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2008/04/13

学術先端情報-学術mini情報誌「PS Journal」最新号の紹介 8

Img013_2特集: 研究者の現在ⅩⅠ地方文学研究者は今
目次
■鷗外『椋鳥通信』における西洋文化の受容と伝搬
 富山大学教授 金子幸代
■石川近代文学館徳田秋聲原稿について
 金沢学院大学教授 秋山稔 
■谷崎潤一郎と日本橋人形町
 京都大学助教 藤原学
■東京裁判と文学
 京都橘大学教授 野村幸一郎
■「小説で読む日本の問題」を求めて」
 福島大学教授 澤正宏
■朝日新聞復刻版・縮刷版広告

内容詳細はこちら→「img014.pdf」をダウンロード

「小説で読む日本の問題」を求めて
 福島大学教授 澤正宏

 
 2007年(昨年)度は専門分野の研究とはいえ、久しぶりに現代詩に関する仕事に追われるばかりの一年間であった。「コレクション・モダン都市文化 第Ⅱ期・第28巻」として編著を任され、6月に刊行した『ダダイズム』(ゆまに書房)では、世界のダダイズムの歴史の概観のなかに、やや特殊ともいえる日本のダダイズムを関連づけたり、何冊かの日本のダダイズムの書物や雑誌を紹介したが、大変だったのは日本を重視した世界のダダイズムの年表作りであった。原稿を書きながら同時進行で古書目録を漁り、注文の乱発でなんとか作成できてほっとしている。
 7月には『復刻版 ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム』(全10冊、不二出版)が刊行され、別冊に「『ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム』と現代詩」を執筆した。幻の詩誌といわれてきたこの雑誌が復刻されるまでの経緯にはいろいろあったようだが、この刊行は専門的な立場からみても本当に画期的なもので、私もある事情から15年前にこの詩誌の全コピーを入手していたので、復刻と詩誌の解説とに参加させて頂くこととなった。この詩誌は日本に超現実主義が受容される直前での、日本語による前衛的な詩の試みを研究するには第一級の資料である。その他、9月には福島市で「中原中也生誕100年祭IN FUKUSHIMA」が催され、トークショウ「中原中也と福島~中原中也の魅力をめぐって~」に参加、あらためて中也のモダニズムという課題を意識することになった。この課題は今年の5月に昭和文学会と中原中也研究会との合同研究会で話すことになっている。また、編集委員、執筆者として参加した、今年の2月に刊行の『現代詩大事典』(三省堂)
も大きな出来事になった。私は「瀧口修造」「吉岡実」「詩と詩論」「新散文詩運動」「東北の詩史」「詩人の小説」などを担当したが、この事典の総企画・編集を担当した飛鳥勝幸氏の労は多大なものであった。
 さて、今年の3月に依頼されて、福島市で「ハンセン病の文学――戦後のハンセン病小説を読む――」という講演をした。これは、以前にこの冊子に書かせて頂いた、学生たちと新しく始めた小説演習の、私なりの一つの成果の発表でもあって、また、この3月に大学院を修了していく、ハンセン病文学を3年半にわたり研究してきた院生との共同研究の一つの成果でもある。現在、ハンセン病の文学の担い手、ないしは研究者は少ない。しかし、私の研究の姿勢は、今後、ハンセン病はなくなる病気ではあっても、日本の政府が、とりわけ近代以降に犯して来たハンセン病者に対する差別の実態の歴史は、ハンセン病の文学を通して確認され、明らかにされ、まだなお告発されなければならないというところにある。
 講演の内容(研究の一端ということにもなるが)を簡単に紹介すれば、まず第一に、戦後のハンセン病小説といっても、戦時下で隔離されていた殆どのハンセン病患者にとっては、「癩予防法」(昭和6年4月公布)が完全撤廃されない限りは、隔離に関わる様々な実態は戦時下と地続きであり、敗戦が文学に大きな影響を与えることはなかったということがあげられる。第二に、ただこの時期には、敗戦になったことでハンセン病の治療薬としてのプロミンの有効性(この発見は昭和16年3月、薬の開発成功は昭和18年11月、ともに米国で)が日本でも評価され始め(昭和22年)、無癩県運動、強制収容、断種の法制化、特別病室(重監房)事件、強制労働など、世界のハンセン病理解とは逆行していく日本の隔離政策、方針などのなかで、本格的な救済にはならなかったがプロミンの国家予算化(昭和24年4月)がなされ、患者による人権闘争運動(最初の動きは昭和22年8月頃)が拡大していく様相を呈してきたということがあげられる。
 つまり、昭和24年あたりを境に、日本のハンセン病は、それまでの第一期ともいえる歴史から第二期ともいえる歴史を迎えるのであり、小説も既述したような内容を描いているのである。第三期をどの頃におくかはまだ課題であるとしても、第二期を昭和35(1960)年まで延ばして考えた場合、この時期にハンセン病小説として新しく現れたもっとも特徴的な描写の一つは、プロミン効果や人権闘争の描写の他に、隔離された生活のなかでの抑圧された性の描写ということであった。
ハンセン病文学の研究においては資料不足ということがあげられる。現在、ハンセン病療養所で発行された雑誌の収集や整理、保存がすすめられていると聞くが、この研究においては何をおいても
まず、このことをやらなければならない。いや、文学以前に、もう既にいろいろなところでなされているのだが、ハンセン病患者の歴史の実態を文字や映像や口承によって明らかにすることが大切である。私にとってのハンセン病文学は、「小説で読む日本の問題」の大きな一つである。


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