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2008/02/11

超人の創作・小説 『時のかけら』 断章

             時のかけら 断章-青春メモワール-


  夕映えがきれいな山間を歩いて行くと、悠二はいつの間にか湖のそばまで来ていた。彼は今まで何をどうしてきたのか気づかずにただ記憶のなかを彷徨っていた。
 湖はとても澄んでいてまわりの木々が水面をくっきりと映し出していた。時はやがて夕闇の中へ押しやられ、あたりは急に静寂のうちに世界が広がりつつあるところだった。しいーんとした世界には一種の安堵と戦慄の交叉する前兆を呈していた。だが、遥か彼方には人間たちの泣き声が響き渡っているらしく、山々を経てこの湖まで及ぶのだった。
  いくときが流れただろうか。彼は湖のそばにたどりついてからずっと夢想のなかに自分の身を置いていた。時折肌を濡らすかすかな自然の触れ合いに、ひどく恐れの念を抱くこともあった。彼はそんなとき自分の行動に対する怒りと、自らをさらけだす解放的な習癖とが映し出され、どうしようもない苛立ちにかられるのだった。
  もうすっかり夜も落ちて、あの夕焼けの空はなく、あるのは湖の小波だけだった。奇妙なその音はまわり一帯に響き渡り、一人の人間がやってきたなど聞き入れる様子もなく、一定のリズムの繰り返しのなかでわずかな生命を保っていた。湖は宵闇のなかでかすかに呼吸し、その小波に闇が呼応してまわり中が生命のダンスを奏でていた。木々のひとつひとつが不思議なほど知覚され、季節の訪れを漂わせているらしく、その声が聴こえるくらいだった。
  暗闇が近づくにつれ、その世界には一種独特の生の世界をごく当然のように訴える力量を持っていた。彼は疲労困憊の身体を休めるため近くの草むらの上に身を置いた。
 これほどの美しい静けさを感じた日々があっただろうか。ただ流されてゆく日々に唖然としたまま迎合して来ただけだろうか。いろいろと入り混じった彼の脳裏には何か絶望とも焦燥とも言えないわだかまりが残っていた。
  悠二はこの山に入って自分の生活がどんなものであったか確かめたかった。土地の人たちはほとんどいず、山小屋はすでに春夏の美しも多忙な日々はすでになく、今は静かな厳しい冬に備えつつある晩秋にさしかかっていた。
  彼は大学生活の最後にと思い、小旅行を計画したのだった。高校生のときには友人と一千メートル以下の山々を登った。その体験の面白さも手伝ってまた山歩きに来たのだった。

「もう、秋も終わりですね」
と誰かが声をかけた。

<続く>


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