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2008/02/29

クロカル超人が行く 81 兵庫県立明石公園

クロカル超人が行く県立明石公園
兵庫県立明石公園入口の花壇に咲くチューリップ。
Spring has come !

2008/02/28

超人の面白読書 37 雑誌『図書』3月号を読む

  京都は昨夜雪が舞っていた。そんな折書店で小雑誌を見つけて拾い読みをした。「図書」創刊の頃のコラム第二弾は1940年3月号に掲載された作家島崎藤村、その一文が目に入った。

 雪のおもしろさは、一切の光景を変えて見せるものでありながら、それが何処ともなく消え去って行くところにある。その跡には土の肌も顕われ、大地にほほえみ、人にも草木も共に活き返るような心地を起こさせる。
約70年前の文章である。雪をめぐる感受力を想ったのだ。

  図書3月号には先日読み終えた『翻訳の仕事』の執筆者が書き手に並ぶ。リービ英雄、野谷文昭、越川芳明、柳瀬尚紀などだ。読む人・書く人・作る人の巻頭コラムの高山宏の「百学連環」の話も面白い。曰く、普通ふたつ違うと感じるところ、ふたつ同じと見る感覚をコンシート、コンチェッティスモと美学では呼ぶ。これを種村季弘は「奇想異風」の訳語にした話は有名な伝説だと書く。その種村訳のひとつに百学連環という訳語があるが、実は西周の発明の訳語だったという話。これは著者が印刷博物館の「百学連環」なる展覧会を見て知ったらしい。

  そしてこの号で最も興味深かったのはG・ガルシア=マルケス著田澤耕訳『辞書を「書いた」女性』というコラムだ。訳者注によれば、大学院の授業準備をしているときに資料の中から出てきて25年も経っているが、興味深いので訳出したとある。このガルシア=マルケスの小文はスペインのマリア・モリネールという婦人を尋ねようと思って電話したがすでに亡くなっていたことから始まるが、まるで自分のために働いてくれた人を亡くした気持ちと綴る。マリア・モリネールは「スペイン語実用辞典」を一人で編んだ。合計3000ページに及び、重さは3トンもある全2巻の辞書。図書館の司書の仕事を終えた後彼女は自宅でカードを取り続けた。新聞に出てくる生きた言葉を載せ用例もつけた、いわばスペイン語活用辞典だ。1951年から執筆し1967年に完成、学者である夫や建築家の子息が語る彼女の辞書つくりにかける姿勢とその過程の面白いこと、やはり世の中にはこういう人もいるのだ。だからと言ってスペインの王立言語アカデミー会員にはならず、「靴下にツギを当てることしかしてこなかったのに」と謙遜がる。もちろんその辞書は当時一万部以上の売れ行きを示して好評だった。こうも愛情たっぷり書くガルシア=マルケスの気持ちも分かる。そして辞書学専門の訳者の訳出した動機も−。筆者は勝俣何某著の「英語活用辞典」なる辞書を持っているが、まだまだ活用し切れていないのが残念。

超人の面白読書 36 樋口一葉作・伊藤比呂美訳『 にごりえ』

Nec_0056_2樋口一葉作・伊藤比呂美現代語訳『にごりえ』を読んだ。原文は明治28年作の文語体。しかも訳者も言っていたが、句点があまりなく読点で続く様は、一枚の綴りものを読み上げているかのようだ。そこを伊藤比呂美の現代語訳はひらがなの多用、句読点や会話体の工夫で読みやすくしていた。ここには訳者の創意工夫がある。すらすら読めてしまう。物語は東京の本郷周辺の新開地が舞台、暗い過去を持つ酌婦がやがて死をとげる悲劇仕立ての短編小説。24才で逝った一葉の代表作だ。最後の転調してクライマックスにさしかかる場面は三度ほど読んだ。主語は何処へ行ったか、雰囲気が知らせた−。説明があまり施されてないので少し解りにくかったからだが、この場面展開にはドキッとさせられた。

現代語訳は訳者の苦心で一気に読めるけれども、内容は濃い。一葉独特の色合いがある。リズムがある。女性の抑圧を書いていて今でも通じる社会的なテーマだ。不倫、りんりんりん―。ヒロインお力は何か言いたげだった・・・。作者の思いがこもった写実小説の傑作。現代語訳で更にその思いを強くした筆者だ。“にごりえ”それとも「地獄絵」、当時の日常が浮かぶが会話の妙技もいい。現代語訳で読むのも悪くない。
 さあ、今年のテーマ、通読する源氏物語をどっちで読むかだ。すでに岩波古典文学大系の本は机上にあるのだ。

追記。ついでに『たけくらべ』の現代語訳も探してみたが、生憎その書店には在庫していなかった。松浦理英子訳でやはり河出文庫であるらしい。その前に出張帰りの新幹線の車中で岩波文庫版の原文を読んでみた。遊郭、吉原舞台の美登利と信如の成就せぬ恋物語だ。このリズムは声を出して、ということは音読でずっと読み通したい気にかられた。調子がいいのだ。まだ読みかけだが。
2月28日付毎日新聞夕刊の「雑誌を読む 2月」政治から文学まで新しい感覚の見出しで京大教授で国際政治学者の中西寛氏月評の最後で、芥川賞作家川上未映子『乳と卵』は樋口一葉に影響を受けたと述べる独特の文体でそれぞれの思いのすれ違いを回復していく過程を通じて抑制された希望を描いていると書き、また、弟を大学進学させるため大阪・北新地で働き、カントやウィトゲンシュタインの哲学書に学んだ川上の感性は新しいに違いないと書いていた。歌手でもあり多才な女性だ。書店には今が旬の本が渦高く積んであるが、その中にあってひと際目立つのはこの本のタイトル『乳と卵』と洒落た装丁だ。筆者はまだ読んでいない。それより古典的短編の秀作の作者樋口一葉-あの文豪森鴎外が馬に乗って通りかかった彼女の長屋の前で最敬礼したというエピソードの持ち主-の作品が先だ。有名過ぎて教科書的にしか読んでいなかったのだ(2008年3月2日 記)。

超人の面白ラーメン紀行 84 京都中京区『壱蔵』

超人の面白ラーメン紀行 84 <br />
 壱蔵
京都は阪急河原町駅徒歩3分、西木屋町にある『壱蔵』。炙りチャーシューが売りの店だ。早速特製炙りチャーシューラーメン(750円)を注文。少し経って出された炙りチャーシューは2枚、思ったより小さく薄い。柔らかいがとろけるような柔らかさでもない。豪華さがちと足りない、言ってみれば京都らしさが出ている感じだ。とんこつ醤油はあっさり、トッピングも刻みネギとそう、炙りチャーシューの二大アンサンブルでシンプルだ。この味かとブツブツ言って食べているうちに完食した。客は25席あるテーブルに7人だった。その割りには店内はそれ炙り某、熟成味噌だのコマーシャルがうるさいほど。この手なら仏教大学近くの『たんぽぽ』の方がパンチがある。メニューは浜塩ラーメン(600円)、肉味噌ラーメン(700円)、角煮ラーメン(900円)、担々麺(700円)など。
京都中京区『壱蔵』1.スープ★★☆2.麺★★☆3.トッピング★★4.接客・雰囲気★☆5.価格★☆

2008/02/27

クロカル超人が行く 80 宇治市の世界遺産『平等院』

クロカル超人が行く 80 <br />
 宇治市

平等院は早春の様相。
平等院は永承7年(1052)に関白藤原頼通によって開創、鳳凰堂は翌年の天喜元年(1053)、阿弥陀如堂として建立された。国宝の梵鐘、鳳凰一対もあるが、何といっても圧巻は雲中供養菩薩52躯だ。様々な楽器を奏で舞うなど伸び伸びと繊細に彫られている(一部パンフレットから)。どの楽器を奏でているのか観察していると、楽しくて飽きないのだ。
約一千年と悠久の時を刻んだ建造物には確かな年輪を感じることができる。平成7年に世界遺産登録。平等院は修学旅行依頼の見物だが、確か女優ジュディ・オングさんの寄贈した版画があるはずと、関係者に尋ねると私たちも見ていないのだいう。彼女が来たときにだけ特別に出されるとのこと、普段は収納庫にあるらしい。
 

帰りに宇治茶の本場で“吉右衛門はん”ではないが、創業260年の伊藤久右衛門で店長お奨めのお茶一袋(1560円)をお土産用に購入。この店内にあった萩焼のご飯茶碗(3500円)に未練を残しつつ。

早春に古のこだまここにあり

追記。一昨日の集中豪雨が宇治市を襲った。この平等院も鐘楼のある付近の木々などが損壊、ダメージを受けた。(2012年8月15日 記)


2008/02/23

超人のドキッとする絵画 12 ジャン・ミッシェル・バスキア

今回の「美の巨人たち」 はアメリカ・ニューヨークの1980年代の天才画家・ジャン・ミッシェル・バスキアを取り上げていた。「黒人のピカソ」の異名を取っていたこともあって、なかなか鋭い。30分の短い番組だが面白かった。このアーティストの作品『純情』は、1991年にMOMA(ニューヨーク近代美術館)入りだったから筆者は観ていないかも知れない。ジャスパージョーンズの作品は最後の現代アートのコーナーで観た記憶はある。そう、新生MOMAに行ってこの「純情」の絵を観てみた-い。
 
Brooklyn Museum のHPから。

Basquiat1artist

本展は、バスキア(1960−1988)没後 2度目の回顧展。(1992年にホイットニー美術館で最初の回顧展が行なわれた。)今回は彼の出身地であるブルックリンでの開催。(バスキアは、幼い頃よりジュニアメンバーとしてブルックリン美術館によく通っていたというーこれはオーデオガイドの中でバスキアの父親が語っている。)

ヒップホップカルチャーに傾倒し、家を 飛び出したのは17歳。 当時よりSOHOなどのダウンタウンで壁に ポエムをスプレーし、注目が寄せられていたというが、ニューヨークアートシーン躍進のきっかけは1981年P.S.1でのグループショー“New York/ New Wave” への出品だった。このとき若干21歳。その翌年にはカッセルのドクメンタに登場し国際的なデビューをとげる。 早熟でしかもあまりに短命だったバスキア(27歳で麻薬多量摂取で亡くなっている)。

超人の面白読書 35 岩波新書『翻訳家の仕事』続

  全214ページの新書版サイズにもかかわらず、本書は翻訳のエッセンスが随所に散りばめられていて読者、特に外国文学に関心のある読者にとっては翻訳者の裏側を覗けて楽しい。その苦労話、自慢話それに快感などがひとりひとり違った音色を響かせているが通低音は同じだ。結局、翻訳とは多和田葉子が言った「翻訳は文学の極端な形」に象徴されるだろうか。特に文学の翻訳は単なる言葉の「伝達」ではなく「表現」がモノを言う世界なのだ。だから語学力だけでは解決できない母国語での言語研鑽、読書体験を通じた広くて深い教養などが必要なのだ。その上、推理や勘も働かなければならない。「翻訳力」たる所以である。翻訳とは創作物として生きた日本語に「書き直す」作業で「力仕事」でもあるのだ(編集部編「まえがき」)。
  昨今の新訳ブームに乗った訳者ももちろん本書に登場しているけれども、筆者などは古典の名著でさえ時代にあった改訳・新訳があって当然と思うのだ。一度ならずと多少の翻訳を手がけた人なら(ここでは技術翻訳以外の人文・社会科学系)分ると思うが、本書に登場している翻訳家の先生も書いているように、ある語なりフレーズなりまたはセンテンスなりがぴったり日本語のコンテクストに収まった時の感激や感動そしてそれとは裏腹に自分の無知さ加減を突きつけられることは、よく起こる話である。七転び八起きのあとにだ。
  もうひとつ本書を読んでいて楽しかったのは、巻末に掲げた執筆者紹介と「翻訳書、この1冊」、翻訳家をこころざすきっかけとなった本、記憶に残る翻訳作品とその理由のわずか11ページ足らずの欄である。特に若い読者には参考になる欄だ。改めてレビューしてみると、年配者から比較的若い方までジャンルも幅広い。しかも時代の反映が翻訳者にもされていて結構面白いのだ。イタリア文学にはもっと面白い訳者もいたかな、ギリシャ・ラテン文学にも、アラブ文学の翻訳者は入っていないね、中国文学にも否、インド文学、カリブ文学にも・・・と考えているうちに重要なことに気づいた。筆者が関心を抱いている北欧文学の翻訳者がいないのだ。編集者が需要や関心が少ない分野で埒外だった可能性が高いと勝手に想像してしまうのだが-。それにしても翻訳大国・日本を想ってしまう筆者なのだ。

  さて、最後に本書の執筆者一覧を掲げ、筆者が印象に残ったいくつか翻訳者の珠玉のエッセンスを引用してこの書評を終わりたい。
 鼓直、富士川義之、木村榮一、小田島雄志、若島正、沼野充義ね池内紀、亀山郁夫、藤井省三、アレッサンロ・G・ジェレヴィーニ、柴田元幸、三浦佑之、鴻巣友季子、中条省平、宮下志朗、青山南、須永朝彦、岸本佐知子、中務哲郎、和田忠彦、高見浩、野谷文彦、西成彦、越川芳明、米川良夫、西永良成、松永美穂、丘沢静也、リービ英雄、多和田葉子、管啓次郎、伊藤比呂美、野崎歓、旦敬介、金原瑞人、アルフレッド・バームバウム、鈴木道彦

ここで突然出題だ。上記37名の専門分野を当てて下さい。


「翻訳は、不可欠な言語的知識とは別にして、決定的な働きをするのが翻訳者の創意である作業だ。この翻訳者が、人間によって<プログラム>された機械であるが、辞書に囲まれた人間であるかは問わない」
「翻訳と創作は双生児的な営みである。一方において、ボードレールやパウンドらの例が示すとおり、多くの場合、翻訳は創作と区別しがたい。他方、両者の間には絶えざる交流が、持続的かつ相互的な肥沃化が存在する」(P.6 鼓直の項 O.パスの「文学と逐語性」を引用した文章から)

小説を翻訳するさい、最初のうちは思うようにはかどらないのに、いったん文体が定まってくると、とりわけ最後の三分の一まで辿り着くと、ほとんど一気呵成に仕上げてしまうこともある。長編小説を読み上げるときの感触に何だか似ている(P.10 富士川義之の項)

文章のリズムについて尋ねられた村上春樹が、リズム、つまりビートとそれよりも大きいサイクル<うねり>があるが、この二つがないと文章は読めない、というか読みづらいといっているのだ(P.13~P.14 村上春樹・柴田元幸の『翻訳夜話』を読んだ一節に出会って。木村榮一の項)
「一貫性、果てしない反復」と言ったのは確かヴァレリーだが、翻訳もまさにそれである(P.17 木村榮一の項)。筆者も同感。

中野好夫の翻訳、ディケンズの『ディヴィッド・コパフィールド』第49章のミスタ・ミコーバーからの手紙の書き出しの候文(P.27に引用されているが省略)による翻訳に「翻訳史上において、一度はありえても二度とは起こらぬ奇蹟」でないかと思う(P.28 若島正の項)

翻訳とは、ある外国語の土壌の上で1回限り起こった言語的事件を、日本語の舞台の上でもう一度起こさせるという、何か途方もない仕事なのである(P.34 沼野充義の項)

翻訳者は言葉の運び屋である。一つの言葉から他の言葉に移す。言葉の運送屋であり、言語的世界を忙しく往復して、せっせと移す。そのためだろう。訳者に対する讃辞には、いつもどこかしら反語的なひびきがある。上手に移した。巧みに運んだ。つまるところ、ただそれだけ(P.38 池内紀の項)

わたしなりの浅い経験でいうと、翻訳者に欠くべからざる資質とは、第一に、他者の言葉から受けるストレスを耐える精神力である。また、耳の良し悪しにからめていうなら、ある一定量の原文をきちんと記憶のタンクに溜めこめる能力もかかせない(P.42 亀山郁夫の項)。

姿かたちをすべて翻訳に反映させることなどできない。とくに長文のドイツ語(屈折語)を日本語(膠着語)にほんやくするとき、句読点を律儀に反映させようとすれば、昔の岩波文庫のドイツ観念論みたいに、どの言葉がどの言葉にかかっているのか、チンプンカンプンになる。一対一対応にこだわる必要はない(P.161 丘沢静也の項)

基本的には、あらゆる翻訳は「誤訳」であり、あらゆる読解は「誤読」なのかもしれないと思っています(P.171多和田葉子の項)。
訳者というのは、ちょうど、作者の書いた戯曲を外国で演出する演出家のようなものではないでしょうか。単なる黒衣では責任が果たせないような気がするのです(P.174 多和田葉子の項)。

英語圏ではTranslators are just writers.「翻訳者はみんな挫折した物書きさ」とさえ言われることがあります(P.204 アルフレッド・バーンバウムの項)

すべての翻訳可能な言語は、マラルメの言うように不完全なものだろう。いわば翻訳者は、愛情をこめてどこまでも原作に近づこうとしながら、必ず原作を相対化するのである(P.231 鈴木道彦の項)。

 筆者は最後のフランス文学者の鈴木道彦の「愚かさに国境はない」と執筆者の彼の欄に何だか共感する。学生時代に人文書院の彼の本を多少読んだからではないが、この老フランス文学研究者の小文は、本書『翻訳家の仕事』のトリに相応しいようだ。約3200字前後の翻訳者のメッセージにはエスプリがある。時々拾い読みしたい本だ。


  

  

2008/02/22

超人の面白読書 35 岩波新書『翻訳家の仕事』

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  岩波新書『翻訳家の仕事』を読み終えた。去年の秋頃買い込んだ1冊だが、鞄に持ち歩いて主に電車のなかでの読書だった。読み終えたのは東急田園都市線の車中だ。本書は2003年5月から2006年5月まで37回にわたって雑誌『図書』に連載された「だから翻訳はおもしろい」に一つの区切りをつけ、まとめたとまえがきにある。筆者は時々書店のレジなどから頂いた『図書』を捲っているので、この37人のいくつかは読んでいた。しかし記憶は不確かなもので些か鮮明さに欠ける。それも“加齢”のなせる業なのか。あれっ、多和田葉子、えっ、伊藤比呂美、ってな具合にだ。池内紀のドイツ文学、沼野充義、亀山郁夫のロシア文学、小田島雄志、柴田元幸、青山南、金原瑞人の英米文学、鼓直、野谷文昭のラテンアメリカ文学、宮下志朗、西長良成、野崎歓、鈴木道彦のフランス文学、アレッサンドロ・G・ジェレヴィーニ、米川良夫のイタリア文学などその道の専門家がズラリ顔を出していて見事だ。それぞれ翻訳の秘訣、秘密、可笑しさ、苦しみなどが平易な文章から伝わってくる。いずれにせよ簡単にできる翻訳はないという自明の理に行き着くのだ。これらの翻訳エキスパートは難産のうえ一冊の翻訳書を産み落とす。それは苦しければ苦しいほど、一方でさらなる達成感なり快感が増すだろうことは容易に想像がつく。それだけ理に合わない商売なのである。ある翻訳家は再版しなければ翻訳料金は時給850円だろうとぼやく。だから翻訳だけの生業では家など建たないので、大学機関などに属しながら翻訳を続けているのが現状だと外国人の翻訳家も書いている。<続く>

2008/02/21

超人の面白ラーメン紀行 83 『らーめん はじめ』

Nec_0037_3藤沢本町にある『らーめんはじめ』。腰の低い夫婦が切り盛りしているカウンター7席のつけ麺が魅力的な店だ。筆者はみそらー麺を注文。スープは見た目は濃厚そうだが、かつお出汁にブレンド味噌がよく溶け合っていい味をだしていた。しかもあっさりなのだ。ストレートの中太麺と絡んで相性もいい。まるでうどんを食べているみたいな食感、麺はやわらかそのもの。あまり味わえない一品だ。トッピングに絹さやも珍しい。惜しいのはチャーシューが多少硬かったか。筆者的には美味かった。メニューは半紙の上に墨で書いてある。チャーシュー麺950円、らー麺700円、みそねぎらー麺850円、つけ麺700円、味付け玉子100円など。客のライス注文にあっ、電気釜のスイッチを入れ忘れましたと奥さんが言えば、味玉子をさっと差し出す店主、こういう場合にも夫婦のコンビネーションは抜群だ。面白かつ人間味を感じた場面だった。
『らーめん はじめ』①スープ★★☆②麺★★③トッピング★★④接客・雰囲気★★★⑤価格★★☆

ラーメン道ミスった手にも夫婦愛

2008/02/15

クロカル超人が行く 79 東京都中野区

クロカル超人が行く
三井文庫の庭に咲く梅林。
春はまだ語る主はバイリンガル

2008/02/14

クロカル超人のグルメの話 カツオ 9 2008年かつおくんリポート 

カツオの話
今年の初かつおの刺身は、バレンタインの日の2月14日。高知産で1柵880円也。色艶は良いようだ。実は一月ばかり前いわきの平に寄った時に、いつもの鮮魚店からめひかりを買ったついでに九州産(鹿児島か宮崎産)のかつおを手に入れて3時間半後に食したのだった。大きめの1柵は何と1700円!空輸して取り寄せているとは店の人の話。へぇ、かつおの産地のいわきでもねぇ、とは筆者。美味だったことは言うまでもない。さて、今年のかつおはどうか。何せチョッコレートだらけで一階を地下街入口を占領されているのだから、うんざりである。かつお君、助けてとデパ地下をあとにしたのだ。

デパ地下で初かつおはおチョコ顔

追記。 2月22日の生かつおは千葉産、380円。一柵。色艶、やわらかさ、食感ともまあまあ。
追記2。2月23日の生かつおは千葉産、350円。一柵。小振り。
追記3。3月12日の生かつおは鹿児島産、497円。6切れ ! 美味。色艶良し、やわらか。
追記4。3月13日の生かつおは鹿児島産、598円。6切れ!色艶多少悪いか。
追記5。3月19日の生かつおは千葉産、498円。一柵。色の割には美味。
追記6。3月22日の生かつおは宮崎産、638円。一柵。色艶良し。味はまあまあ。
追記7。3月23日のかつおは静岡産、215円。解凍もの。
追記8。3月25日の生かつおは千葉産、687円。遅く帰り食べれず。見ただけ。色艶良好、幻の味わい !
追記9。3月28日のかつおは静岡産、190円。鰹たたき。色艶悪し。
追記10。4月3日のかつおは産地不明。398円。土佐造り。まあまあ。
追記11。4月5日の生かつおは千葉産、573円。一柵。144g。色艶良好。小振り。
追記12。4月6日の生かつおは千葉産、568円。一柵。138g。色艶多少悪し。硬い。味も劣る。
追記13。4月10日の生かつおは千葉産、449円。一柵。133g。色艶、やわらかさはまあまあ。
追記14。4月12日の生かつおは宮崎産、163円。一柵。土佐作り。
※4月に入ってイマイチのかつおの刺身が多い。
追記15。4月19日生のかつおは宮崎産、401円。1柵。まあ。
追記16。4月20日生のかつおは三重産、598円。四半身。色艶、味とも久し振りに美味。
追記17。4月22日生のかつおは千葉産、680円。一柵。16切れ。色艶まあまあ、多少のこりこり感あって美味。
Nec_0064_2【写真右: 3月12日鹿児島産のかつお】
追記18。NHK BSの番組新「おーい ! 日本 福島」で高知出身の男性が福島県小名浜で獲れるカツオに惚れ込み住みついた話は滑稽だが大変興味深い。刺身文化と炙り文化の融合に挑戦していた。で、できた新しいカツオのたたきは藁を燃やして炙るもの、藁の香ばしさが出ているらしい(2008年4月22日記)。
追記19。4月26日の生かつおは福島県いわき産、2000円。初鰹半身。色艶抜群、超美味。
追記20。4月29日の生かつおは千葉産、480円。一柵、小振り。まあ。
追記21。5月2日の生かつおは東京都産 ! 、880円。一柵皮付き。色艶柔らかさ、グー。
追記22。5月6日の生かつおは宮城県産、380円。一柵、色艶味まあ。
追記23。5月7日の生かつおは千葉県勝浦産、398円。一柵、皮付きまあまあか。
追記24。5月10日の生かつおは千葉産、350円。一パック。まあ。
追記25。5月14日の生かつおは千葉産、580円。丼にどうぞのメッセージ付。小振り。まあ。
追記26。5月15日の生かつおは千葉産、680円。広告の品でこの値段。今年も不作 ? 皮付き、色艶、まあまあ。
追記27。5月18日の生かつおは千葉産、554円。皮付きで一柵。色艶、良。美味。
追記28。5月20日の生かつおは千葉産、358円。ま、。
追記29。5月21日の生かつおは千葉産、425円。ちょっと-。
追記30。5月22日の生かつおは千葉産、798円。一柵。値段は高いが色艶柔らかOK、美味。
追記31。5月25日の生かつおは千葉勝浦産、498円。一柵。広告の品。皮付き、まあまあ。
追記32。5月27日の生かつおは千葉勝浦産、498円。四半身。まあまあ。
追記33。5月29日の生かつおは千葉産、780円。皮付き。まあ。
追記34。6月1日の生かつおは福島産、498円。四半身。これから試食。色艶まあまあ。
鹿児島県などの加工製造会社は鰹を取り巻く環境が悪化し死活問題という。獲れない、燃料費高騰・・・。
やむなく廃業せざるを得ない会社も出てきて事態は深刻らしい。
追記35。6月3日の生かつおは千葉産、398円。四半身。まあまあ。
追記36。6月5日の生かつおは宮城産、680円。皮付き。四半身。美味。
追記37。6月7日の生かつおは宮城産、480円。四半身。柔らか。
追記38。6月11日の生かつおは福島産、398円。一柵。まあ。
追記39。6月12日の生かつおは福島産、358円。皮付き。うまっ。
追記40。6月14日の生かつおは宮城産、398円。今が旬、脂のノリはまあまあ。
追記41。6月19日の生かつおは宮城産、386円。まっ。
追記42。6月21日の生かつおは宮城産、380円が300円、が柔らかく美味。
追記43。6月22日の生かつおは宮城産、380円が300円、まあ柔らかい。
追記44。6月24日の生かつおは宮城産、500円。まあまあ。
追記45。7月3日の生かつおは宮城産、398円。まあ。
追記46。7月4日の生かつおは宮城産、580円。まあまあ。
追記47。7月6日の生かつおは宮城産、480円。まあまあ。
追記48。7月8日の生かつおは宮城産、599円。まあまあ。
追記49。7月11日の生かつおは千葉産、215円。四半身の半分。高いので買い易いように量を減らした?
追記50。7月14日の生かつおは宮城産、480円。食べ切れず-。
追記51。7月15日の生かつおは宮城産、580円。皮付き。四半身。まあまあ。魚も受難な時代到来だ。今ニュースで原油値上げ、中国市場の急拡大で魚が食べられなくなるとのニュース。
追記52。7月18日の生かつおは福島産、550円。四半身。柔らか。
追記53。7月19日の生かつおは宮城産、650円。四半身。美味。
追記54。7月27日の生かつおは宮城産、600円。四半身。まあまあ。
追記55。7月28日の生かつおは宮城産、690円。まあまあ。
追記56。7月30日の生かつおは宮城産、658円。やわらか。
追記57。7月31日の生かつおは千葉産、498円。まあまあ。
追記58。8月1日の生かつおは産地不明(表示の紙破損で。多分千葉産)、298円。四半身。まあ。
追記59。8月12日の生かつおは宮城産、298円。1日後に食。やや味落ち。
追記60。8月13日の生かつおは宮城産、398円。四半身。やわらか、美味。
追記61。8月15日の生かつおは福島産、980円。四半身。大振り。
追記62。8月22日の生かつおは千葉産、698円。四半身。やわらかだが値段が高い。
追記63。8月24日の生かつおは宮城産、498円。四半身。小振り。まあ。
追記64。8月30日の生かつおは千葉産、698円。四半身。少し硬いか。
追記65。9月4日の生かつおは宮城産、398円。四半身。まあまあ。
追記66。9月6日の生かつおは宮城産、780円。四半身。皮付き、大振り。味もまあまあ。
追記67。9月13日の生かつおは宮城産、960円→480円の半値。7時45分頃購入。まあまあ。
追記68。9月13日の生かつおは宮城産、768円。ぶつ切り。まあ。
追記69。9月18日の生かつおは宮城産、599円のが300円。まあまあ。
追記70。9月21日の生かつおは宮城産、498円。多少細い。まあまあ。
追記71。9月29日の生かつおは宮城産、1250円。いわき駅近くの鈴木鮮魚店で購入。四半身。大振り。値段も値段だが、今回は思ったほどの味ではなかった。残念。
追記72。10月4日の刺身用わら焼きかつおたたきは静岡県産、354円。やわらか。
追記73。10月5日の生かつおは宮城産、478円。四半身の半分くらい、201g。やわらくて美味。値段が高いか。
追記74。10月11日の生かつおは宮城産、471円。四半身の半分くらい。やわらかくて新鮮。美味。
追記75。10月12日の生かつおは宮城産、516円。四半身の半分くらい。皮付き。まあまあ。
追記76。10月18日の生かつおは宮城産、497円。四半身の半分くらい。まあまあ。
追記77。10月19日の生かつおは宮城産、516円。四半身の半分くらい。最近は高いようだ。まあ。
追記78。10月25日の生かつおは宮城産、526円。四半身の半分くらい。やわらか。
追記79。10月26日の生かつおは宮城産、480円。まあまあ。
追記80。11月3日のとろかつおは三陸漁港、575円。解凍もの。まあ。
追記81。11月11日のかつおのたたきは静岡産、421円。刺身用わら焼き。ま、。
今年のかつおくんレポートはかつおの獲れる季節がOFFシーズンに入ったため終了。

超人の面白ラーメン紀行 82 蒲田駅『ラーメン大』

超人の面白ラーメン紀行 蒲田
JR・東急蒲田駅徒歩2分のところにある『ラーメン大』。たった一人でやっているカウンター8席の小さな店だが、ラーメンはこってり濃厚だ。高田馬場にあるてんこ盛りでも有名な『ラーメン二郎』系。ラーメン(600円)と野菜と油をトッピングしてこの値段、安価である。麺は縮れ太麺、スープはとんこつ醤油の家系風でこってりだ。やや食べるのに忙しく味わいの感覚には乏しかったか。どうも筆者はこの手のラーメンが苦手だ。否、合わないのかも知れない。後を引いてしまった。店主は若くて真面目そうだ。今やラーメン「道」だね。昼時間帯をずらして入ったが、それなりに客がいたのだ。流れる音楽はジャズ、個性的なラーメン店だ。蒲田駅周辺はラーメン激戦区らしい。日高屋、味の時計台、ちりめん亭、喜多方ラーメン、せい家などが歩いてすぐのところに軒を並べているのだ。これも凄い光景ではある。
蒲田『ラーメン大』①スープ★★②麺★★☆③トッピング★★★④接客・雰囲気★★⑤価格★★★

2008/02/11

超人の創作・小説 『時のかけら』 断章

             時のかけら 断章-青春メモワール-


  夕映えがきれいな山間を歩いて行くと、悠二はいつの間にか湖のそばまで来ていた。彼は今まで何をどうしてきたのか気づかずにただ記憶のなかを彷徨っていた。
 湖はとても澄んでいてまわりの木々が水面をくっきりと映し出していた。時はやがて夕闇の中へ押しやられ、あたりは急に静寂のうちに世界が広がりつつあるところだった。しいーんとした世界には一種の安堵と戦慄の交叉する前兆を呈していた。だが、遥か彼方には人間たちの泣き声が響き渡っているらしく、山々を経てこの湖まで及ぶのだった。
  いくときが流れただろうか。彼は湖のそばにたどりついてからずっと夢想のなかに自分の身を置いていた。時折肌を濡らすかすかな自然の触れ合いに、ひどく恐れの念を抱くこともあった。彼はそんなとき自分の行動に対する怒りと、自らをさらけだす解放的な習癖とが映し出され、どうしようもない苛立ちにかられるのだった。
  もうすっかり夜も落ちて、あの夕焼けの空はなく、あるのは湖の小波だけだった。奇妙なその音はまわり一帯に響き渡り、一人の人間がやってきたなど聞き入れる様子もなく、一定のリズムの繰り返しのなかでわずかな生命を保っていた。湖は宵闇のなかでかすかに呼吸し、その小波に闇が呼応してまわり中が生命のダンスを奏でていた。木々のひとつひとつが不思議なほど知覚され、季節の訪れを漂わせているらしく、その声が聴こえるくらいだった。
  暗闇が近づくにつれ、その世界には一種独特の生の世界をごく当然のように訴える力量を持っていた。彼は疲労困憊の身体を休めるため近くの草むらの上に身を置いた。
 これほどの美しい静けさを感じた日々があっただろうか。ただ流されてゆく日々に唖然としたまま迎合して来ただけだろうか。いろいろと入り混じった彼の脳裏には何か絶望とも焦燥とも言えないわだかまりが残っていた。
  悠二はこの山に入って自分の生活がどんなものであったか確かめたかった。土地の人たちはほとんどいず、山小屋はすでに春夏の美しも多忙な日々はすでになく、今は静かな厳しい冬に備えつつある晩秋にさしかかっていた。
  彼は大学生活の最後にと思い、小旅行を計画したのだった。高校生のときには友人と一千メートル以下の山々を登った。その体験の面白さも手伝ってまた山歩きに来たのだった。

「もう、秋も終わりですね」
と誰かが声をかけた。

<続く>


超人の創作・小説 『風に魅せられて』 4

                    風に魅せられて
 
                        4
  
 目がくりっとして慌てた仕草がカワイイ、オードリー・ヘップバーンが主演の映画『ティファニーで朝食を』の舞台が隣の宝石はもちろんガラス工芸と銀製品でも有名な高級店、ティファニーだ。”ティファニー”という何とも言えない甘い響きと優雅さを備えた言葉にナオミはうっとり、何度も口ずさんでいた。

「ちょっと入ってもいいかい」
「カラット・・・何カラット?」
「値段は? あっ、まぶしい」
ナオミは呟いていた。

いつの間に店内を気恥ずかしく歩いていた。壁には歴史を語る絵と写真が飾れていた。
ニューヨークとともに歩んだ歴史があるのをナオミは何年か前にテレビで見て知っていた。

その語り草になったアール・ヌーボー調のランプやティファニーセッティング―。

(つづく)

2008/02/09

超人のドキッとする工芸 工芸家・宝飾デザイナー・アート・ディレクター ルイス・ティファニー

今回の「美の巨人たち」はニューヨークの有名な宝石店ティファニーの創業者の子息ルイス・ティファニー(1848-1933)を取り上げていた。彼はアメリカのアール・ヌーボーの第一人者で工芸家・ステンドグラス・デザイナー。ホワイトハウスの内装などを手がけた。ニューヨークのブロンクスのセント・ジェームズ・エピスコパル教会に飾られている「百合と林檎の花」のステンドグラスは、叔母の死を哀悼して作られたものだという。残念ながら写真に収めることは出来なかった。観たい人はこちら→「bi_no_kyojintachi.mht」をダウンロード

当時アメリカの教会のステンドグラスの三分の一はこのルイス・ティファニー自身が作った会社の製品だった。しかしアール・ヌーボー調が廃れてからはその姿はほとんど消えたが、この教会だけは大切に彼の作品を残しているらしい。
これはウィキペディアの英語版で見つけた作品だ。緑といい、エコ作品としても傑作ではないか-。
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超人のジャーナリスト・アイ 75 最近の国際情勢 コソボ自治州独立問題

  本日付(2008年2月9日)毎日新聞夕刊によると、セルビア大統領選で2月3日に接戦で再選されたタディッチ大統領が、8日ミュンヘン安保政策会義でコソボ自治州093
の独立問題について「数週間内に真剣な交渉がなされなければ、セルビア、コソボ、国際社会の3者は、いずれも対処できない法外な代償を払うだろう」と警告したと報じている。コソボ自治州が今月半ばには独立宣言することに対して、セルビアの大統領が欧米諸国に独立阻止を求めた恰好だ。一方、2008年2月7日付日経新聞朝刊は、来日中のアルバニアのベリシャ首相がアルバニア系住民が9割を占めるセルビア・コソボ自治州について「コソボ独立は地域の平和と安定をもたらす」と都内の記者会見で語ったと伝えている。このところコソボ自治州独立問題が新聞を賑わしている。アメリカ大統領選もスーパーチューズデーを終えて民主党候補のクリントン氏とオバマ氏が予想に反して互角とデットヒートを繰り広げていることにマスコミは、連日現地からの特派員報告と解説を加えて報道しているが、今バルカン半島の一角での出来事は、またもや「バルカンの火薬庫」ならんとする民族問題を孕んでいて深刻かつ複雑な問題だ。
  旧ユーゴスラビア連邦共和国(旧ソビエト連邦から離れて独立路線を歩んだチトー大統領と労働者自主管理、直接民主制などが思い出されるが。序でに言うと、ユーゴスラビアは南のスラヴという意味だ)は、スロヴェニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアと2自治州(コソボとボイボディナ)から構成された多民族国家で、1917年のロシア革命後から1990年代始めまで続いたが、東欧革命と言われる民主化の波が押し寄せ解体。1992年のスロヴェニアの独立をはじめ、最近では2006年にモンテネグロが独立したばかりだ。隣国はアルバニアそれにギリシャだ。
筆者は最近スロヴェニア人の日本見聞記を翻訳し終えたが、この地域には以前から多少関心があった。しかし、その歴史と民族問題は遠く離れた歴史も文化的背景も違う東洋の国・日本ではあまりにも関心の度合いが低すぎるようだ。因みに筆者は、このコソボ自治州のウィキディアの記事の扱いについて日本語版と英語版を読み比べてみて驚いた。日本語版が4ページに対して英語版は5倍近くの18ページもあった。このインターネット百科事典の書き込みだけでもその関心の高さが分るのだ。実際に政治的にも経済的にも直接に降りかかって来ないからだが、回りまわって日本にも影響を及ぼすことがあるかも知れないのだ。経済的にはグローバル化しているからだ。コソボ自治州の独立宣言は、イスラム教徒の多いアルバニア系の独立だが、キリスト教徒の少数派セルビア系を怯えさせかねない問題も孕み、そもそもは歴史的にセルビア発祥の地とされている地域だが、それを主張するセルビアだけに問題の解決は複雑だ。民族間の流血はどうしても避けなければならない。大国のエゴを引きずり回さず国際秩序に則り、平和的に解決していく方策を探るべきだと思うのだ。最近急いで探し求めた本にこう書いてあるではないか。

旧ユーゴスラビア094_2
が解体された以上、コソボをセルビアに従属させることそれ自体に無理と無駄があるということだ。アルバニア系とセルビア系とは水と油の関係にある。双方を同じ地域に推し込めておくことはもはや不可能だ。耐え抜いたアルバニア系がようやく獲得した独立。セルビア系との共存は想定できない。これは理屈ではない。人間としての問題だ(筆者が太字に)。つまり、コソボ問題とは人間の問題なのである。これを解決しない限り、欧州大陸には平和は到来しない。(中津孝司著『ロシア世界を読む』 2007.9 創成社新書 P.66)

 そして、同じ日の毎日新聞朝刊ではコソボ南部に住むセルビア人の年老いた女性、飲食店主や国際機関で働くセルビア人を取材して独立は避けられないがここは動かない、コソボ残留 少数派セルビア人 孤立と無力感とその苦痛を活字にしている。ニューヨークのmelting spotやカナダのsalad bowlの道はないのか、しばらくはこの地域から目が離せない。
【左上図:2008年2月9日毎日新聞朝刊より 右上図:柴宣弘著『ユーゴスラヴィア現代史』岩波新書より】


2008/02/08

超人の面白ラーメン紀行 81 鎌倉 『湘南麺屋 海鳴(うなり)』

Nec_0029JR鎌倉駅から徒歩2分の、東急ストア前にある湘南麺屋『海鳴』。カウンター5席と6人用のテーブル一つの小さな和風が売りのラーメン専門店だ。2006年10月にオープンしたニューウェーブのこのラーメン店は、女性2名を含め3名のスタッフ全員が若い。
早速注文したゆず塩ラーメン(800円)を食べた。魚介系と動物系をミックスしたスープにストレート系細麺、トッピングはチャーシュー、ホウレンソウ、ネギ、メンマそれにノリでどんぶりの中は、ちょっとした繊細な小宇宙。ネギの飾り細工と半透明なスープがそう感じさせたのかもしれない。炙りチャーシューは軟らかくとても食感がいい。美味そのもの、参りました!スープは薄味あっさり系でゆずのアクセントが憎いほど効果的だ。筆者は細麺を啜るうちに関西風のうどんを食べてる錯覚に捉われたのだ。ほんとに餅が入っていても違和感がないほどだ。出汁の取り方は東西で違うはずだが、チョウー和風なのだ。しかしまた、パンチの効いたラーメンからは程遠いのも確かだ。
常連客が若い女性スタッフをからかうも、ケラケラと笑い屈託がない。あれっ、ここはラーメン専門店か、一瞬戸惑ってしまったほど。
メニューは和風湯麺700円、梅塩ラーメン800円、辛醤油/塩ラーメン800円、つけ麺850円他。     
和風ラーメン『海鳴』スープ★★☆麺★★☆トッピング★★接客・雰囲気★☆価格★☆

和風麺ケラケラ笑うも古都の春

クロカル超人が行く 78 春遠からじ 如月の頃 江ノ島 2

クロカル超人が行く続

 江の島展望台から富士山を見たかったが、霞んでいて見れず。
代わりに展望台にあったイラストをパチリ。

近くには芭蕉の句、
疑ふな潮の花も浦の春

クロカル超人が行く 78 春遠からじ 如月の頃 江ノ島 1

クロカル超人が行く 江ノ島

源實朝が建立した江ノ島神社。手前のしめ縄で作った丸いところを
3回潜ると御利益があるとか。

江の島植物園。貿易商だったサムエル・コッキング氏が明治18年
(1882年)に大庭園を建造。当時東洋一の規模を誇っていた温室
のレンガ作りの遺構がこれ、それに植物群。

2008/02/03

クロカル超人が行く 76 横浜ニュースポット Bay Quarter   スペイン料理店『Bar de Canteバルデカンテ』

クロカル超人が行く 横浜ベイ
 去年の夏みなとみらいのある一角に寄って帰る途中、筆者は横浜駅東口駅方面へ歩いていた。夕暮れ近かったのであたりの建物から明かりが灯り始めていた。そんな光景のベイサイド前方に一際目立つレストラン街が見えた。えっ、いつの間にかこんなところに最先端のお洒落なダイニング&カフェスポットができた、知らなんだ。それから桟橋のフェリー発着場と隣接した“Bay Quarter”と呼ばれている食空間が気になっていたのだ。
 スペイン料理店『Bar de Cante』(2年前に開店)。偶然に入ったそんな食遊間最先端 のスポットにあるこの店には、昼下がりの一時にもかかわらず人が一杯入っていた。この時間でもランチコースはまだあってパエジャ、魚介類それに肉類などの組み合わせで5種類、値段もリーズナブル。1000円〜2000円が中心のメニューで味、量ともまあまあだ。イベリコ豚の生ハム、ロシア風サラダを食したが美味。圧巻は何といってもワインそれも赤ワインだ。美味い。酸味といいまろやかさといい、good tasteだった。帰りぎわに接客の上手な店員にそのワインの銘柄を尋ねた。
バルコルソ カベルネーウ゛ィヨン。なかなか手に入らないらしい。帰宅後インターネットで検索してみたら、限定入荷ものであと2本と、ある輸入業者のサイトを見つけて早速注文してしまった。2005年もので1100円。通常のものは4000円以上するようだ。
また、2月4日(月)はSPAIN NIGHTを開催(要予約)、フラメンコライブでタパス、陶板焼き、パエジャなど5000円で食べ放題フリードリンク付きだ。新しいおオシャレなベイエリアのスポットを堪能した後は、この桟橋から夜のクルーズとシャレ込んでみてはいかが。

  このスペイン料理店『バルデカンテ』は三菱商事系の株式会社クリエイト・レストランツが経営、この店の他和洋中のダイニングスポット・レストランを展開中で現在約320店舗、約320億円、従教員数約5218人の食の総合商社。『バルデカンテ』は仙台駅、吉祥寺ガード下、名古屋などにもあるようだ。これこそ集客を狙えるスポットに転換させていくアイデアやコンセプトが凄い、シーズとニーズを上手く組み合わせて新たな業態に変貌させていくビジネスだ。

『バルデカンテ』HPから。

住所 〒221-0056 神奈川県横浜市神奈川区金港町1番地10 横浜ベイクォーター3F
アクセス JR横浜駅東口 徒歩5分 
京浜急行線横浜駅東口 徒歩5分 
東急東横線横浜駅東口 徒歩5分 
みなとみらい線新高島駅 徒歩10分
TEL 045-450-7215
FAX 045-450-7221
営業時間 ランチ11:00〜16:00/ディナー17:00〜23:00(L.O.22:00)
定休日 不定休(施設に準ずる)
平均予算 3000円
総席数 107席
カード VISA UC DC AmericanExpress JCB SAISON
駐車場 無

■【米料理】ミックスパエジャ(2人前から承ります) 1人前 1,380円
■【米料理】魚介のパエジャ(2人前から承ります) 1人前 1,380円
■【米料理】オマール海老のアロス(2人前から承ります) 1人前 1,480円
スープたっぷりのスパニッシュリゾット
■【冷たいタパス】ムール貝のヴィナグレッタ 500円
■【冷たいタパス】サーモンと小海老のマリネ 500円
■【冷たいタパス】ズッキーニと小海老のピンチート 500円
■【温かいタパス】スペイン産そら豆のパプリカ炒め 500円
■【温かいタパス】スペイン風オムレツ 500円
■【温かいタパス】ソーセージ盛り合わせ 500円
■小海老のアヒージョ 650円
■イベリコ豚のハム3種盛り合わせ 1,980円
ワインのおつまみに!
■魚介の鍋 ”サルスエラ” カタルーニャ風 1,800円
■【スープ】ガスパチョ アンダルシア風 500円
■【サラダ】エスカリバーダ(焼き野菜のサラダ)ロメコソース添え 880円
■【デザート】チョコラテ コン チューロス 500円


□ ■ □ フラメンコライブ開催のお知らせ □ ■ □

〜 Flamenco Live 〜

開催日 2/4(Mon)

時間 17:00〜19:30(stage18:30〜)
    20:00〜22:30(stage20:30〜)

入場料 お一人様 ¥5,000(税込)
     ※料理(ビュッフェ形式)、ドリンク(飲み放題)料金込み

Guitarrista 小林亮/Cantaora 小里 彩/Bailaora えんどうえこ・島村香

※ご予約はお電話もしくはメールで承ります。
Tel: 045−450−7215
Mail: bar-bay@create-restaurants.co.jp

今後の開催予定 3/24(Mon)、4/14(Mon)

■ ■ バルデカンテ 貸切パーティープラン ■ ■

モデルプランの中から、お客様とご相談の上決定致します。

− 本格スペイン料理のビュッフェスタイル −

★フリードリンク(一例)
・ビール
・サングリア
・ワイン
・カクテル
・ソフトドリンク

人数 〜100名様まで
[参考価格  300,000円〜500,000円]

※マイク・ビンゴゲーム・ポラロイドカメラ・ウェディングケーキ等手配致します。
音響・プロジェクター持込OK。

2008/02/01

超人の面白読書 34 最新のPR雑誌を拾い読む

085岩波書店『図書』2月号の表紙『ルネ・ド・フランスの祈祷書』作者不明1520年代羊皮紙写本・手彩色12.2×8.8センチメートル モデナ、エステ家図書館所蔵について、フランス文学・書物の文化史が専門の宮下志朗氏が蘊蓄のある短文を披瀝している。ルネサンス期にも稀な、きわめて洗練された個人用の祈祷書があったと。この類のフランス中世の稀覯書はある知り合いの先生も持っていて筆者は、その書誌をいくつか読んでいる。活字といい色彩といい歴史の息吹を感じるのだ。新連載「図書」創刊の頃では、「明治二十四五年頃の東京文科大学選科」のタイトルで哲学者・西田幾太郎(きたろう)の回想記事を載せている。ケーベル先生にギリシャ語やラテン語の古典語の必要性を問われたこと、選科の学生は本科の学生と違い、図書室でも肩身の狭い思いをしたなど、ちょっとうら哀しさが感じられた回想文だ。余談だが、同じ漢字の「幾太郎」でも社会学者の清水幾太郎は“いくたろう”と読む。ややこしいのだ。アメリカ文学者の巽孝之氏の「SFにとって日本とは何なのか」も面白い。筆者は行きそびれたが、昨夏ヨコハマでSFの第65回世界大会が非欧米語圏で初めて開催されて大盛況だった話だ(日本国内からの参加者1559名、海外からの参加者877名、ヨコハマ市民割引496名、有料入場者合計は3332名)。その他田中克彦氏の「ことば喰い」の世紀のエスペラントもいい。エスペラント語を「緩衝語」として位置づけできると指摘している。英語帝国主義に陥らないためにも。1月1話 途中点では日米戦争は、おこるかで都留重人とシュレジンガーがはずれ、私が当たったと鶴見俊輔が「戦中の日々」を回想している。この国ついて、困ったことははっきり見てそしてはっきり書くことだと。ごもっともなご高説、肝に銘じたい。


超人のドキッとする絵画 11 アルフォンス・ミュシャ

088
ミュシャ作カラーリトグラフ 1899年「羽根」と1901年頃「リジー」。

追記。―ミュシャ自身の制作による―『アルフォンス・ミュシャ展』が2009年5月13日〜19日まで丸善・丸の内本店四階ギャラリーで開催中だ。無料。『羽根』や『桜草』は336万円、『朝の目覚め』は252万円だ。(2009年5月15日 記)


超人のドキッとする絵画 10 堺市立文化館 アルフォンス・ミュシャ館『花と女性―ミュシャ・スタイルの精華』

Nec_0007_319世紀パリ万博で頂点を極めた装飾美術・アールヌーボー。その艶やかな魅力は今もって人々を魅了して止まない。その代表的な画家がチェコのアルフォンス・ミュシャだ。そのミュシャの子息とも親交があったミュシャの世界的収集家・土居君雄「カメラのドイ」創業者(1926-1990)が堺市に寄贈・寄託してできたのが「ドイコレクション」である。堺市立文化館アルフォンス・ミュシャ館では今「花と女性ーミュシャ・スタイルの精華ー」と題してミュシャのポスター、装飾パネルなど約100点の所蔵作品が平成20年3月9日まで展示開催中だ。規模はそれほど大きくはないが、「夢想」、「リジー」、Nec_0015_2
「ウミロフ・ミラー」、「蛇のブレスレットと指輪」、「サラ・ベルナール:遠国の姫君」、「モナコ・モンテカルロのポスター」、「美術雑誌の表紙のためのデザイン」、「憧れと愛」、「出版社のロゴ・マーク」、「1900年パリ万博、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ館の壁画の下絵」、「メニュー」、「通り過ぎる風が若さを奪い去る」、「パリの象徴を描いた飾り皿」「桜草」、「建築図案集」、「薔薇、連作<四つの花>より:カレンダー」、「イーゼルと少女」、「ポストカード」等々そのジャンルはデザイン、ポスター、油絵、リトグラフ、陶器、雑誌の表紙他多岐にわたっている。そのしなやかな曲線と美しい色彩の装飾スタイル-それがAlphonse Muchaだ。筆者は1970年代初期にこの絵に魅せられた知り合いのS氏が、何枚か複製画を購入して仕事場に飾っていたのを思い出す。その一枚を筆者も譲り受けてしばらく部屋に飾っていたこともあった。このとろけるような美神と会話した夜・・・。

この館で一際目立ったのが「クオ・ヴァディス」086_2
(Quo Vadis "主よ、何処に行き給ふ")という作品。1904年 油彩。229.0×210.0㎝。出典はポーランドのノーベル賞作家シェンキェヴィチの同名の歴史小説。ギリシャ思想の体現者ペトロニキウス、甥のヴィニキウス、恋人のキリスト教徒リギア。彼らの勧めでローマを去る途中キリストの姿を見た使徒ペトロの言葉。当時のポーランドと同じくチェコの運命を憂われたのか-。この絵は1904年当初<ペトロニウスとヴィニキウス>のタイトルでウィーンの展覧会に出品するつもりだった。その後絵はアメリカへ渡り、1910年チェコへ返還されタペストリーのデザインとして使用することになっていたが、1980年にシカゴで発見されるまで行方不明だった。1989年日本で開催されたミュシャ没後50年記念展で初めて公開された。なるほど、数奇な運命を辿った作品なのか。この絵の前にしばらく佇むと、恋人リギアの眼が何かを切実に訴えているような迫力を感じたのだ。(この館で購入した島田紀夫編『ミュシャ アール・ヌーボーの美神たち』を参照)プラハのアルフォンス・ミュシャ美術館はこちら→
http://www.mucha.cz/index3.phtml?S=home&lang=JP


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