« 超人の面白翻訳 37 携帯翻訳 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』  | トップページ | 超人の面白翻訳 39 携帯翻訳 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』連載最終回 »

2008/01/05

超人の面白翻訳 38 携帯翻訳 『スロヴェニア人の見た不思議な国・ニッポン』 

  例えば、私は前回の記述では微笑んだ。ここの遊歩道は表面が平らなことからは程遠い。アスファルトは粗く私の靴では楽しめない。その靴は英国製だがこの辺を歩き回るには全く適さないのだ。私は緑が好きで空いた時間には堤防をよく散歩する。そうしていると故郷を思い出すのだが、マリボールと比べて川は多少小さい。4ヶ月経った今、私は街を図式化することを考えている。地図がひとつとそれにもうひとつは少しずつ経験しながら・・・。ともかく街を流れている川が全体でどう流れているのか私には理解できないのだ。少なくとも私にとって地域以上に興味あることは、散歩しながら美しい音楽を奏でる多くの若いミュージシャンがいることだ。私は彼らが演奏するヨーロッパのクラシック音楽を楽しんでいる。ヨーロッパと言えば、日本はヨーロッパ大陸からはかなり遠いが、ヨーロッパ大陸も日本からは遠いのだ。アメリカ(もちろんアメリカ合衆国だ)は地域の意味ではひとつの役割を演じているように見えるが、ライフスタイル、ファッション、ビジネスなどでははっきりとしている。私の仮説だが、外国からの訪問者が英語を話せばそれは間違いなくアメリカ人だ、ということだ。
  公共施設の看板を読むのを割り引いても他に興味あるものは、日本語でない看板は英語で書かれていてこれには驚いた。私はフランス語が話せる。このことは歴史とそれに横文字(ラテン文字で書かれていること)が注意をひきつけていることや広告用に使われていることで説明できるだろう。グローバリゼイション(国際化)とは英語や変化した日本人の認識方法と手を組むことである。街のポスター、品揃えの名前等々だが、ヨーロッパの現実はこれとは反対に英語の看板は私と同様時折古臭いのだ。
  日本人はヨーロッパでは自分たちのところから最良のものを取って来て、それを採用し改良する国民と見なされている。日本人の英語も、英語圏の文化(例えばインド)に影響を受けている国々が使用している英語とはかなり違っている。しかしながら日本での違いは音声的や音声学的だけではなく規則正しさにもあるという理由が特に際立っているのだ。多くの人たちがフランス語が分らなくても誰も困らないようだ。自分たちのルールがあるのだ。舶来もの(アメリカ人、フランス人、多分ドイツ人だが、ドイツ語は現実的ではない)は現代的でユニークでよく売れる。国際化や統合特に貿易の現代的な考えではそれらは全て現実的なものだ。そう、私は日本の製品によく見かける広告英語を見過ごすことができないにもかかわらずだ。こうしてかけ離れていることだけが残るのだ。

« 超人の面白翻訳 37 携帯翻訳 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』  | トップページ | 超人の面白翻訳 39 携帯翻訳 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』連載最終回 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 超人の面白翻訳 37 携帯翻訳 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』  | トップページ | 超人の面白翻訳 39 携帯翻訳 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』連載最終回 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31