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2008/01/04

超人の面白翻訳 37 携帯翻訳 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』 

 春だ。ついにだ! 長く寒い冬の後楽しい季節が巡ってきた。日本だけではなくヨーロッパも同様に息を吹き返すのだ。日本の春はどうだろう。ほとんど初めて見る桜の木は、川辺に沿って何キロも続いて他の木と寄り添いながら咲いている。生き物が息を飲んでいるシーンである。現代人は今尚自然と密接に関係している。それはすてきな市の公園にある視覚的にも嗅覚的にも目立っている植物でまた、数えきれない家々の前の鉢植えの植物なのだが、その匂いがガソリンの煙と混ざり合っているのだ。ここで物理学者のハイゼンブルグのことを考えた。彼はかつてこう言っていた。自然は知覚することではなく、人が自分自身のなかで知覚するイメージである。
 
 私は新しいアパートに引っ越した。今は市の郊外にある大学の国際留学会館に住んでいる。京都の丘陵地は現在私のところから近く故郷のように感じるのだ。その故郷のマリボールにも私の家の窓の外に丘陵地が広がっている。アパートは誰もが分かるように本当に狭いのだ。私たち外国人は自分たちに合わせて多少広くしたりするが、スペースを変えても全て同じだとすぐ気付いてしまう。
 新しい住まいは前に住んでいたところよりも実質狭いが、駅の近くでも全く静かだ。だからここにすぐ決めた。ベランダがあって1階でしかも開放感があるところなら助かったが。 要するに、隣人とは反対に以前住んでいた悪い環境をたやすく忘れさせてくれる新しい住まいがいい。しかし健康的にはちょっと苦痛を感じさせる。どんな状況だろうが、新しいステップを踏んだ始まりと呼びたい。最も喜ばしいことはインターネットや電話が使えることだ。なるほど誰も尋ねて来ないが、私は現代的な便利さを感じている。 アパートの周りはもちろん全く違っている。大学と同じく市の中心部に近いが、私が住んで間もない区画は、特徴的な街と雑踏から引っ越した場所との間に一種の区切りがあるように見える。

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