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2007/12/22

超人の面白翻訳 31 携帯翻訳 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』

 流されるのを防ぐには自分の考えを呼び起こさせ、自分が最初に日本に来た理由に焦点をあてることだ。日本に来た主な目的は言語学の調査と研究だ。私の国は大変狭いし人口も少ないので、世界中の研究者の大変重要な概念である、いわゆる結果を得るための必要な量=“クリティカル・マス”を提供できない。私の研究の中心分野ではまだ学者や研究者が十分に育っていないのだ。だから私は至るところで“クリティカル・マス”を見つけなければならなかった。特に私は生きた母国語を研究するような特別な分野に縛られているからだ。
 スロヴェニア語について深く考えることはごく普通のことだが、私が赴任地として日本を選んだことは会う人みんなを驚かせている。なぜそうなのかという議論を妨げるのは時間的に無駄だろう。だからただ二点だけその理由を述べよう。まず第一点は、どの言語も一般的に言ってただ単なる現象に過ぎないということだ。それは基本言語学、言語学的普遍性などを包含し結合されている。全ては世界のあらゆる言語と共通しているのだ。第二点は、ある距離から観察する事物は、同時にまた、関係づけられたものないし正反対に似つかないものと比較できる事物なのだが、研究の中心概念と見なされた時には違って見えるのだ。例えば、様々な英語研究があるが、それらは非ネイティブスピーカーが作成したものや外国人が作成した日本の歴史についてのものだ。スラヴ語を専門とする日本人研究者はごく普通だそうだ。その一人が学位取得後研究での指導教官の三谷女史である。
 私は京都大学の規則と機構にはともかく驚かされたと言わざるを得ないのだ。私は大学、学部そして渡航より前に私が尊敬している指導教官の三谷女史などの基本的な情報を収集していた。研究教育にあてがわれた学部は他と比べて大変小さい。教育関係の職員とアルバイトのアシスタント数名だ。しかし研究環境は抜群に良い。特に世界中の最新の学術専門分野の電子出版物へは自由に際限無くアクセスできるのだ。


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