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2007/11/14

超人のドキッとする絵画 8 横須賀美術館『澁澤龍彦 幻想美術館』続々

携帯サイトで加筆訂正など校正をしていたら規定字数オーバーになり、直せたのはよいが最後の10行かが削除されてしまった。うっかりである。再現は可能か試みたい。

澁澤龍彦の偏愛して止まない絵の数々。貝殻、オブジェ、パイプ、眼鏡、万年筆、手紙それに写真などの身の回りの愛用の品々。私たちにエロスの内奥を少しだけ覗かせ、そこには自己韜晦よろしく一人の絵画的人間の審美眼とエロスへの愛があった。雑誌「血と薔薇」を見よ。「異端文学」の旗手と言えば、英文学の由良君美、ドイツ文学の種村季弘そして仏文学の澁澤龍彦だ。1960年代にそれまで未紹介の文学作品を次々と翻訳しては日本に紹介、時代の寵児になった。異端、暗黒、魔術、エロティシズムそして幻想芸術・・・。筆者などはその時代の雰囲気とは少しズレているのでほんの少しこの恩恵に授かったぐらい。周りには影響を受けた人たちがたくさんいたが。現代思潮社、河出書房、青土社の雑誌「ユリイカ」、雑誌「みずゑ」、牧神社、国書刊行会、弱小出版社などが活躍の場所だった。そのいくつかはここにも展示されていた。しかしそれから時代は回り40年以上が経った今日、エロス的世界は表層は進化したように華やかに見えるがその実態はお寒い状態だ。筆者にはカタルシスが足りないようにみえる。そんな時代に澁澤龍彦は自然と自由に戯れる人として迎えられたのだろう。最近澁澤龍彦の本が河出文庫で様相を新たに刊行されている。その何冊かを手に取ってみて原本の形や色それに手触り感が蘇った。特に『ホモ・エロティックス』は今回の文庫版では『幸福は永遠に女だけのものだ』というふうにタイトルも変わった。ピンク色の文字と変形版が強烈な印象として焼き付いている。「イマージナリア」の言葉にヒントを得、文化人類学の方法論も導入しながら筆者は「マージナリア」(周縁)をずっと追っている。書物を通じてだけではない澁澤龍彦の美術批評は、今でも時代を射つ術を忘れがちな現代人を十分に刺激して止まない。
さて、最後にもう一度NHKETVの番組「私のこだわり人物伝」(2006年2月の再放送)の第2回目(2007年11月13日放送)を見た話。画家・金子國義氏が澁澤龍彦を語っている。大枚を叩いて買って頂いた50号の絵「花咲く乙女たち1」1965

を兄と二人で鎌倉の石段のある澁澤宅まで運んだ思い出、その絵を甚く気に入り居間に飾って鑑賞していたこと、フランスのジャン=ジャック・ポーヴェール書店から新しい画家の画集を取り寄せてくれたこと、エロスは格ということ、澁澤さんには極端にエロティックな話をしようが、落ちることがなかった、みんな高級な話になる、そういう品位と力があったこと等々興味深い話に聞き惚れた。澁澤龍彦―美の回廊を巡る話は美術館の企画展の若干の感想を添えてこれで終わりである。加納光於の絵、瀧口修造、池田満寿夫の絵などの感想もと考えたが紙数が尽きたようだ。さあ、『澁澤龍彦 幻想美術館』(平凡社刊)の読み返しと買い込んだ4冊の澁澤ものを読もう。最新刊(2007年10月刊)の文庫はこの横須賀美術館の絵画鑑賞をさらに深くするはずである。【写真はNHKテキスト「私のこだわり人物伝」より】
追記 横須賀美術館『渋沢龍彦 幻想美術館』展で印象に残ったメッセージが二つあった。一つは猥褻か云々のサド裁判の判決で7万円の罰金を科せられたときのこと。あまりにも少ない金額で馬鹿にするんじゃない、それなら懲役刑を受けた方がましだと言ったとか。もう一つは本名は龍雄たが龍の字を略字の竜と書くのは別の字になってしまうと言っていたことだ。

横須賀美術館には週刊新潮の表紙を飾った谷内六郎の絵が常設してある。別館の谷内六郎館だ。横須賀の鴨居にアトリエを構え、戦後の日本の風景をノスタルジックなほのぼのとしたタッチで描いた。ここは時間がなく覗かなかった筆者だが、つい先日あるテレビ番組で夕焼け・夕暮れをテーマに小特集を組んでいたときに、この美術館から借り出した数点が紹介されていた。それでパチリと撮ったのがこれだ。200711112327000_2
他に地下1階には所蔵品展があり、ここは企画展を見た後鑑賞できるようになっている。
中村彝 少女 油彩 1913(大正2) 萬鐵五郎 水辺風景 1911(明治44)頃 藤島武二 夢想 油彩 1904(明治37)頃
原撫松 男二人 1907-08(明治40-41)頃 赤松麟作 水辺裸婦 油彩 不詳 木村荘八 畑(雑司が谷) 油彩 1913(大正13) 中川一政 風景(下板橋火薬庫附近) 油彩 1919(大正8) 岸田劉生 木村荘八像 油彩 1913(大正2) 有島生馬 西洋婦人像 油彩 1909(明治42)頃梅原龍三郎 モレー 油彩 1911(明治44)など。
1階がレストラン「アクアマーレ」(筆者は観にいった帰りに寄ったが満杯だった)、手や身体を動かして創造活動ができるワークショップ、カタログ、美術関連書と美術グッズが買えるミュージアムショップ、2階が自由に美術書などが閲覧できる図書室、企画展などが開催される展示室それに屋上広場で構成されている横須賀美術館。目の前が東京湾という恵まれた環境の中にあるが、実際に筆者はこの美術館の前に立って行き交う大小の貨物船やフェリーなどを眺めたのだ。海も賑やかである。 

追記 新着の2008年1月26日付「ジャパンタイムズウィークリー」によると、フランス国立図書館が、1830年代以来猥褻図書としていた書物などを一般公開したとAFP-Jijiの記事で伝えている。マルキ・ド・サドやジャン・ジュネなどを含めた書籍、彫刻写真など約350点が閲覧可能となった。そしてこの記事はこう結んでいる。
(2008年1月27日 記)
 As the 18th centuary encyclopedist Denis Diderot said, in a quotation that opened the exhibition:
"The tougher the ban on a book, the higher its price and the more eager the curiosity. So the more copies are sold, and the more book is read."

    

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