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2007/07/22

超人の面白読書 28 四方田犬彦著『先生とわたし』

Img155_1本書第5章ウェルギリウスで著者・四方田犬彦は私見と断りながら次のように書く。
由良君美という存在の再検討は、かつては自明とされていた古典的教養が凋落の一途を辿り、もはやアナクロニズムと同義語と化してしまった現在、もう一度人文的教養の再統合を考えるためのモデル創出しなければならない者にとって、小さからぬ意味をもっているのではないだろうか。わたしはゼミの後で由良君美の研究室に成立していた、親密で真剣な解釈共同体を懐かしく思うが、ノスタルジアを超えて、かかる共同体の再構築のために腐心しなければならないと、今では真剣に考えるようになっている。そのとき旧来の師という観念がどのような変貌を遂げることになるかは、まだ予想つかない。だがいずれにせよ、人間に知的世界への欲求が恒常的に存在しているかぎり、師と弟子によって支えられる共同体は、けっして地上から消滅することはないだろう。

由良君美とはかのイギリスの文芸批評家・ジョージ・スタイナーを1960年代にいち早く日本に紹介した学者で、みずから『沈黙と言語』を翻訳したが、翻訳論を扱った『バベルの後に』(亀山謙吉訳で法政大学出版局から1999年に上巻のみ出ているが)の翻訳を終えずに17年前に亡くなった英国の詩人・コーリッジをはじめイギリスロマン派研究家・妖精学他人文学的教養を身につけた、博覧強記の伝説の英文学者で東大教授。フランス文学の澁澤龍彦、ドイツ文学の種村季弘とならび「幻想文学」の三大巨匠と呼ばれた。その教え子が比較文学者・宗教学者・評論家・映画史研究家・四方田犬彦、明治学院大学教授。世にも不思議な親和力の強大な師弟関係かつ愛憎物語。一気に読了。狭い空間だが生身の人間の葛藤劇が見事に活写されていて一時期の新知識、学問潮流史にもなっている。そう、1970年代。
そう言えば1980年代に筆者が勤めていた会社に由良君美の娘さんが広告を取りに来ていた。本日付(2007年7月22日)毎日新聞書評欄には演劇評論家・渡辺保評でこの本の書評が載っていた。筆者の読後感とはまた違った評だ。〈この項も続く>Img156

【William Blake: PLATE90, Beatrice on the Car, Dante and Matilda: 本書の扉から】


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