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2007/07/22

超人の面白読書 27 最相葉月著『星新一 1001話をつくった人』 2

最相葉月のノンフィクション大作はこう始まる。

香代子は、新一が鼻歌をうたうのを聞いたことがない。ふたりで冗談をいって笑うこともなければ、感情をあらわにして喧嘩することもない。夫婦は無口であった。

一見どこにでもある家庭の一シーンだが、違っているのはある作家の苦悩がかいま見えることか。
シンイチは睡眠薬を飲みながら未明まで仕事をし夕方には銀座に飲みに行くという日常を続け、家事は妻の香代子に任せ、妻はその作品をいつも雑誌や新聞に発表されたあとで読む。そして20枚以内のショートショートを25年書き続け1001篇を書いたところで休筆宣言するのはシンイチ57歳。「原稿を書かないのがこんなに体にいいとは思わなかったよ」とシンイチは洩らす。60歳代になって白髪が増え酒場でたびたび転倒しがちになり、妻の香代子をはじめ編集者や作家の友人たちが長年飲み続けた酒と睡眠薬が体を蝕んだのではと精神科を受診させるも異常なしだったが、平成6年シンイチ67歳のときに口腔癌の宣言を受ける。余命3年と医師に告げられる。それから3年後の平成9年12月30日午後6時23分東京船員保険病院(現・せんぽ東京高輪病院)で永眠。約10年前のことだ。ちょうどイギリスのダイアナ妃がパリで交通事故死した年、筆者は神田のある会社にいた頃、確か新聞の死亡欄で読んだ。孫たちの結婚に悪い影響が出てはいけないと親戚、知り合いなど一切伏せられていたが、口腔癌のおもな原因は喫煙や飲酒などの生活習慣であり、遺伝性ではないことがわかったのは最近で、だからこのことは本邦初公開だと著者は記す。
妻の香代子から聞いた話にシンイチの遺品にショートショートの傑作「鍵」を想い出すような、晩年かぶっていた英国紳士風の帽子に鍵が縫い付けてあったらしい。銀座のバーのママにそのことを訪ねたところ、地下鉄のホームで生き倒れるになっても自分には家があることを証明するため、などとわらって説明したのだという。シンイチは地下鉄で銀座通いをしていてどんなに遅くとも最終電車で帰宅していた。
著者は取材半年後に伊豆の別荘にあるシンイチの100箱以上の段ボール箱の整理を申し出る。そのなかには星製薬時代も含まれているはずといままでシンイチが随筆などで書いてきたことや妻の香代子にも一切話していないことがあるはずと書く。家には写真とともに直筆の色紙(50歳の頃雑誌の取材で香港に旅したときに占い師から示された言葉で、シンイチのお気に入りでよく頼まれるとこの言葉を書いていたという)が飾られている。著者はそれに目をつけ、東京高等師範附属中学時代の担任の漢学者・鎌田正を著者は訪ねてその色紙の意味を聞いている。宋の蘇軾の「羽化登仙」をふまえたもので、風雲に乗じて昇天して仙人となり、俗界を離れて自由奔放になる心境を意味する古い中国の信仰で漢詩によく現れる言葉だと教えられ、彼の作品は、この言葉のようにまったく奇想天外にて、羽化登仙に一脈通じるものがあるやうに存じます。発想の飛躍ぶり、その奇抜さは父・星一の血筋を引くように思われますとこの90歳を優に超えた老漢学者に感想まで引き出している。

意中生羽翼 筆下起風雲 星新一

意中 羽翼を生じ 筆下 風雲を起こす

こんな風にして序章 帽子は終わる。

さて、シンイチの随筆などにも書かれ何かと大きな存在の父・星一の話だ。
筆者は若い時代に夕刊紙・いわき民報に連載した「いわき百年と星一」を読んでこういう人がいたんだと関心をもったことがある。この本にそのことが書かれていて云十年の時を隔て今その記憶が蘇ってくる。書いていたのが台湾専売局阿片課に所属していた荒川貞三だとは知らなかったが。そして、父・星一の長男、次男の名前に新一、協一という名前をつけた由来も面白い。星製薬の話は後ほど。その前に生い立ちとアメリカ行き、それに新聞発行だ。〈続く〉


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