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2007/06/28

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 23 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』

お金。不幸な環境に負うところがあるが、私は自分の誕生日にお金を持たないままだった(「不幸な」という言葉は自分の誕生日が元旦のあとすぐだという事実とは関係ない)。大雑把に言えば、外国人には日本語で書いてあるものが読めないのは実用的ではないのだ。だから地方の銀行の入口に貼ってある貼り紙が解らなかった。その貼り紙には自動支払い機は止まっていて4日まで動かないと書いてあった。私は自動支払い機は使えると思ったのだ。仕事上開いている銀行次第では使えることを知らなかったのだ。ヨーロッパ人は所謂「プラスチックなお金」を運用する複雑化した大量貨幣システムは、日本人よる発明だと考えがちだ。また間違ったのだ!
休日にもしお金がなくて手に入らなければ、外国人にとっては決定的だ。私は滞在中に知り合った学生に頼みこんで自分の窮状を話した。黙って2日間位過ごせるお金を貸してくれた。期待してなかったが大変な親切に与ったのだ。

2007/06/26

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 22 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』

人々が新年を祈念することはまた違うことだ。叫ぶこと、バンバン鳴らすこと、花火、握手すること、キスすることやお祝いの洪水などが何もないのだ。近くに立っているお互い同士が丁寧なお辞儀を交換するだけだった。今それがはっきりした。私は一人だが誰も「世界に全ての幸運を」と私に祈念しようとしなかった。尻込みし少しがっかりした。私はちょっとそのことを考え日本人の習慣や排他的な家族関係に立ち入ることはできないとの結論に達したのだ。私の隣に立っていた若い女性の一団は、私が本当に仲間からはみ出ていることに気が付いたように思えた。楽しい驚きだが、彼女らは私にお辞儀をしてくれた。それは素敵な経験だった。私が次に何をしていいか糸口が掴めない瞬間には特にそうだ。人込みのただ中で打たれても尚、私は何が起ころうとしているのか待った。ある場所では何も起こらなかったので、私はその場所から移動すべきと考えた。しかし、全く誰も動かなかった。誰もが初詣に行こうしているが、私がいる場所に立っている人たちはあと2時間でも初詣はできないと分かるまで私は随分と時間を費やした。この限界に近い忍耐に私は圧倒された。2時間後私は結局人込みから引き下がる道を見つけ、真直ぐに帰宅した。元旦にそこでは何かが起こると誰かが私に知恵をつけたのだ。
特別なしかも忘れがたいお祝いだった。“日本特有なもの”における日本は以前に期待していたものとはまるっきり違っていた。感覚では分るが頭で理解できない・・・。

2007/06/24

超人の新聞書評欄斜め読み 2 読売・朝日・日経

本日の新聞の書評欄を斜め読み。印象に残った本の評は次の5冊。
①茂木健一郎評 大江健三郎著/聞き手・構成 尾崎真理子「大江健三郎 作家自身を語る」新潮社 1800円 森のような人という評者の作家・大江健三郎についてはじっくり読んでみたい。【読売新聞2007年6月24日】

②梯久美子<ノンフィクション作家>評 山本文緒著「再婚生活」角川書店 1400円
すぐれた作家は鏡のように時代を映し出すとは評者。残念ながら、筆者はまだ2001年37歳で直木賞受賞のこの作家作品は読んでいない。【読売新聞2007年6月24日】                              

③斉藤美奈子評 棚沢直子・中嶋公子編「フランスから見る日本ジェンダー史」新曜社 3360円 1999年日本、2000年パリで開かれた日仏女性研究シンポジウムをもとに、十数本の論考で構成。【朝日新聞2007年6月24日】

④猪瀬直樹著「作家の誕生」朝日新書 756円
大正末には2万人ともいわれた文学青年など文学史を辿りながら作家たちの自意識をさぐる。【朝日新聞2007年6月24日】

⑤四方田犬彦著「先生とわたし」新潮社 1575円【日経新聞文化欄新聞広告】

ある大学の先生は最初に買った全集が「カラマーゾフの兄弟」が入っている筑摩書房版の『ドフトエフスキー全集』とN出版社のパンフレットにエッセーを寄稿していたが、筆者は挫折、映画も若い自分に見たが解らなかった。ロシア文学者で次期東京外国語大学学長の亀山郁夫氏訳で平易な日本語で全5巻に訳した「カラマーゾフの兄弟」は、光文社古典新訳文庫シリーズのひとつに入っていて今話題の本である。第1巻は8刷、41000部、第2巻は4刷、27000部、第3巻は3刷、24000部、7月には第4巻とエピローグに解説や伝記を収録した第5巻が出るとは日経新聞書評欄の文壇往来。ドストエフスキーの季節と題してテロ、殺人、暴力、引きこもりなどのテーマと高い倫理感が示されていて、アクチュアリティー(今日性)が見直されているのだろうと結んでいる。既刊3巻全部で92000部と異例のヒットだという。筆者も読んでみようとチェックしていた本だ。思った通りかー。この間、その日はとても暑い日で、昼下がり用事を終えて帰る途中音羽周辺を汗を拭きながら歩いていたら、ビル全体の3分の1を覆うほどの大きな垂れ幕が下がっていたのを発見した。ああ、ここが光文社ビルか、8階か10階かのビルだ。垂れ幕に何が書かれていたかって、訊くのが野暮、古典新訳文庫の広告だろ。むかえの講談社ビルに負けずと劣らずだ。元気のいいところもあるのだ。

超人のジャーナリスト・アイ 66 北欧絵画 雑誌 Scandinavian Review 2007 spring/summer 最新号から フィンランドの国民画家 Akseli Gallen_ Kallela  

The American-Scandinavian Foundation(ASF)の電子版から。
「Scandinavian Review」2007年 spring/summerの最新号は、フィンランドの国民的画家Akseli Gallen_ Kallelaの特集を組んでいる。

Scandinavian Review, ASF's magazine, covers all aspects of life in contemporary Scandinavia with emphasis on areas in which Scandinavian achievement is renowned: art and design, industrial development, commercial, political, economic and social innovation. Leading journalists and writers on both sides of the Atlantic participate in the challenging task of making Scandinavia better known and understood. The magazine offers readers information about the five Nordic countries that is rarely found in the American news media.

「akseli_gallenkallela_article.pdf」をダウンロード

超人のジャーナリスト・アイ 65 最近の新聞・雑誌拾い読みなど 続

「日本史研究」No.537号 2007年5月号に小関素明氏の『研究展望 岐路に立つ「戦後歴史学」-歴史学にはいま何が求められているか-』の小論が掲載されている。中村政則氏の「評論 グローバリゼーションと歴史学 −21世紀歴史学の行方−」と読み比べてみると面白い。年代、考え方も違う歴史学者だが。

また、言語関係では毎日新聞2007年6月24日付書評欄の沼野充義評 『われわれはみな外国人である-翻訳文学という日本文学』(野崎歓著 五柳書院 3675円)も仏文学者の書評、評論、エッセイ、コラムなどを集めた500ページ近い大冊らしい。第一部がフランス文学の日々、第二部が翻訳文学または/すなわち日本文学からなり、村上春樹の翻訳のカタカナ処理に苦言とか東京都知事のフランス語は数を勘定できない発言とかに反論等など興味が引かれる項目もありそうだ。読書欄担当記者後記で野崎歓の書評に関連して翻訳の先駆者、上田敏、永井荷風そして堀口大學に言及していたが、つい最近S大学のフランス文学研究者のN先生から君、堀口大學と言えば、名翻訳者だが小学生と呼ばれたんだよ、その意味がわかるかね。いや、じゃ、教えよう、辞書の第一番目に出ている訳語を当てていたと言うんだ。アッハッハッハハハー。
この人・この3冊のコーナーの斉藤靖二・選 カレル・チャペル著の①ロボット ②山椒魚戦争 ③園芸家12ヶ月の三冊を取り上げていて面白い。社会を見る目が鋭いのだ。家のどこかにあるカレル・チャペルの本を探すとするか。

2007/06/23

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 21 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』

学生が一番身近くで親愛なる人に用意するクリスマスパーティー(私を含めた多くの住人は数千マイル離れている)には出席しなかったので、いわゆるメインストリートで新年を迎えることに決めた。私たちヨーロッパ人は市には広場があり、旧市街に置かれて市の広場の中心を表しているとみなしている。もちろん京都は広場ばかりではなく横断歩道もあるが、市の旧市街はつとに有名である。
そうだ、少し忙しい時間から解放されたあと、何も飾っていない喫茶店で日本人が新年をどう迎えるのか掴みたかった。結局実際は各々別々に祝っていると結論づけながら、私はメインストリートに集まっていた人込みに混じっていた。充分に楽しんだあと私は何か新しいものを用意した。外で新年を迎える初めての時だった。表現するのがむつかしい。「フレー」人込みの真ん中で打ちのめされていると、同時に私も気が動転して何も言えない。私の頭はみんなの上で高く居座ったままだった。私が立ったまま何かするかどうか多くの人も興味津々だった・・・。
伝統的な衣服を纏った三人の女性の後ろに立っていた。人生一度の経験の準備をしていた。が、私はまた間違っていたのだ。女性たちはタバコを取り出し携帯電話で少しショートメールを交換してから寮へ戻っていった。新年のお祝いのロマンチックなところは、予期せぬところでおじゃんになってしまったのだ。私は止まって最後のカウントダウンが始まる人々やバンバンと音を鳴らし始める爆竹や夜空を明るくする花火を待ち望んでいたけれども、沈黙以外に何もなかったのだ。誰もが初詣の気分に変わって静かに話しながら待っていた。世界に2006年の新年が明ける直前、約10人位が静かにカウントダウンを始めた。ほとんど呟いているような声で、である。彼らがしていなかったならば、実際に世界のこの地では2005年が終わったか知らなかっただろう。無礼を避けるため先に手袋をかけ、人々と握手して最善を祈ったが不要だった。誰もそうしていなかった。少し経ってから一人の女性の声が初詣をする場所から響き渡った。最初私は誰かが新年おめでとうと人混みに向かって祈っていると思っていた。また間違ったのだ。後になってはっきりと分かるにつれて、その声は多分初詣の案内の声だったかも知れない。

Heianjingu_1【写真: 平安神宮の初詣 平安神宮のHPから】
観光ではない京案内の本4冊を2007年6月24日付朝日新聞書評欄の中から。鷲田清一著『京都の平熱』(講談社 1785円) 杉本秀太郎著『京都夢幻記』(新潮社 1195円) 鶴岡真弓編著『京都異国遺産』
(平凡社 2100円) 木村万平著『京都破壊に抗して』(かもがわ出版 3360円)


2007/06/22

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 20 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』

話題を新年に戻そう。飾り付けはあまり自然なのですぐに目に留まらなかった(人間の目は普通チカチカしているものに反応することに特に慣れているならば)。しかし注意深く探し始めたあとにその飾り付けは、ひょいっと現れた。どこかにあると期待していたが。私には目新しいものだということは事実だ。だけど、言われているように新年は最も重要な祭日として見なされているのだから、飾り付けそれ自体の外観、作られた材質やその感じ方を考えれば、本来家庭的なものである。最も大きな通りだけは飾り付けられて、一方郊外には何もないのだ。これも大きな驚きだ。期待はもちろん私には重要なものだが、それは心から沸き上がって来るものだし、また育つものだ。だから一人の外国人にとっては以前に経験したことと結び付けることを期待する新しいものはない。更に、私は祭日(正月休み)の前日(大晦日)のはしゃぎ振りや歳暮の浮かれ騒ぎにはまったく気付かなかった。全ては違った調子、違った方法で起こっているのだ。静かに気付かれずにそして慎み深くだ。私は後に真夜中過ぎに分かったが、何か日本特有のものだ。

2007/06/18

超人の面白ラーメン紀行 66 福岡県大宰府市国分『八ちゃんラーメン』

超人の面白ラーメン紀行 66
九州は太宰府にあるラーメン店『八ちゃんラーメン』。福岡空港売店で売上ナンバーワンの生ラーメンである。とんこつっぽい醤油ラーメンだが味はあっさり系、麺はストレート系細麺、トッピングは刻みネギと紅生姜、これが見た目よりイケた。まいゆーなのだ。因みに第二位は長浜ラーメン、第三位は一竜ラーメン、これはあくまでも福岡空港のある売店に張り出してあった手作り掲示板での生ラーメンランキングの話。
話は変わるが、それにしてもここの明太子はでかかったが値段の表示が今一つ解らない。100g、1050円は解るが、そのグラムに相当する商品がない。店員に尋ねるとこれが訳の分からない返答だった。結局買わずに向かいの店の明太子の表示を見ると、何とそこには200g、2100円と書いてある商品もあるではないか! 商品最終選択の段階で別の店に寄りそこで200g、2100円のものを購入した。もちろん長浜ラーメンと一竜ラーメンはすでに買い込んでいたが。

2007/06/17

超人のジャーナリスト・アイ 64 最近の新聞・雑誌拾い読みそして最近買い込んだ書籍拾い読みなど    

  『論座』(朝日新聞社)」2007年6月号の文芸評論家・加藤典洋氏の戦後から遠く離れて −わたしの憲法「選び直し」の記事を読む。『敗戦後論』から10年後の憲法9条を巡る小論。左翼性からだけではなく、戦後からも遠く離れ、自分の理念の場所からではなく、ふつうの人のふつうの不安と希求の場所から憲法9条について考えることが、これを擁護するにあたり、必要なことであると、思うとこの小論を結ぶ。大学で教鞭を取っている身のこの評論家は、戦争を知らない、否、それどころか1980年代後半生まれの今の学生に英語で戦後の憲法、天皇の責任問題、教科書問題などを教えていて分ったことがあるという。戦後に知識もこだわりもないという意味では外国人の若者と日本の若者は良く似ているらしい。こうした相手に、戦後をどう伝えればいいのか。伝えることに意味があるのか。そうして突き詰めて考える中で、戦後というものをはずして物事を考えるようにならなくてはと思うようになったという。そして、僕が戦後といってきたのは結局、戦争で死んだ人への思いがバックボーンにある。でも、戦後を出発点にしなくとも、現実の生活の場でさまざまな問題や矛盾が埋め込まれている。そうした生活の中から、さまざまな問題を考えていけば、そこに自然に、戦争で死んでいった人たちの思いも入ってくると、雑誌「エコノミスト」2007.6.5号(ワイドインタビュー問答有用155 「戦後」を思索する 加藤典洋 「『戦後』は一度死ななくてはいけない」)で語っている。筆者はこの文芸評論家が雑誌に書いたものを(「群像」2006年11月号)加筆訂正した『太宰と井伏−ふたつの戦後』(講談社 2007年3月刊)と筑摩学芸文庫『敗戦後論』(筑摩書房 2005年12月刊)を近くのY書店で買い込みペラペラ捲っているところだ。加藤典洋については柄谷行人と同時に少し時間をかけて再度系統的に読んでみようと思う。

『神奈川大学評論』第56号(神奈川大学広報委員会 2007年3月刊)には歴史学者の中村政則氏の「評論 グローバリゼーションと歴史学 −21世紀歴史学の行方−」が掲載されていて刺激的である。歴史学の潮流を的確に捉えて参考になるし、外国人の日本研究者の一人、コロンビア大学のキャロル・グラック教授(ひろたまさき/キャロル・グラック監修『歴史の描き方』全3巻 東京大学出版会 2006年刊)の語った歴史学の要素は、「大きな問題提起、実証、そしてコミットメントの三つです」の引用も著者自身の長年実証研究に裏付けられた確信的言辞と重なる。最後にこれからの研究者向けに創造(想像)力と文章力と持続力をもっと身につけて欲しいと語る。これは2006年11月の日本史研究会例会報告(京都)および2007年1月15日、神奈川大学歴史民俗資料学研究科主催の最終講義をベースに文章化したもの。

歴史学者・中村政則氏の「評論 グローバリゼーションと歴史学 −21世紀歴史学の行方−」の全内容はこちら「img146.pdf」をダウンロード

今朝の毎日新聞書評欄には岩波書店の新聞広告が大きく出ている。いわく、地道な史料読解と雄大な構想力をもって日本史像を大胆に革新し、その清新な問題意識により多くの人々を魅了し続けている歴史家・網野善彦とある。網野善彦著作集 全18巻・別巻刊行の新聞広告だ。13巻の中世都市論は既刊、15巻の列島社会の多様性の予約募集広告のようだ。4410円は高いな−。2006年11月から刊行中の岩波新書・シリーズ日本近現代史は井上勝生著『幕末・維新』、牧原憲夫著『民権と憲法』、原田敬一著『日清・日露戦争』、成田龍一著『大正デモクラシー』はまだ読み始めたばかりだ。新史料も駆使して日本の歴史学、特に近現代史研究に新たな方向を示しているようだ。

言語関係ではある先生に薦めれた加藤晴久著「続出誤訳のケーススタディと翻訳者のメチエ 憂い顔の『星の王子さま』」(書肆心水 2007年5月刊 本体2200円)Img147_2
が面白い。かの有名な「星の王子さま」の翻訳本の誤訳指摘書だ。この本のはじめに著者は、本書の意義は次の3点という。いかにして、根拠のない億説がメディアをつうじて世の中に流布するかをケーススタディで示したこと、翻訳というものがいかに難しい仕事であるか翻訳をたずさわる者たちに、翻訳というものを信用してはいけないということを翻訳書の読者に、ケーススタディで示したことや出版社が欠陥翻訳の責任を問われない、翻訳公害垂れ流しの実態に一石を投じたことと書く。
扉の裏にはLa traduction est belle si elle est fidle. −Milan Kundera うつくしい翻訳とは忠実な翻訳のことだ(ミラン・クンデラ)と書かれていてこれがこの本のすべてを語っているかも知れない。翻訳者には高い職業倫理と出版社には最低限の商業道徳が求められて当然と著者は言う。なかなか耳の痛い言葉だ。その昔W・グロータス神父著『誤訳』を何度も読んだことがあるが、この本も熟読に値する本である。

今同時平行で読んでいるのが、英米文学者・行方昭夫著『英文の読み方』(岩波新書 P.233 2007年4月刊 740円)とシェイクスピア研究家で劇団「円」主宰者の安西徹雄著『英文読解術』(筑摩学芸文庫 P.221 2007年6月刊 本体840円)の2冊。二つともごくありふれた英文読解術だが、前者はピンぼけ訳から正確に訳すという英文読解訓練、後者は文意を読み解く→流れをつかむ→感じをつかむ→構成を分析するそして今度は日本語として発信し直す試みとして<全文を訳してみる>という具体的な方法を提示しての英文読解訓練、それぞれにその特徴が伺え知れて面白い。しかし二人とも精読と全体を掴むことの意義を強調していることは共通している。英語の例文も錆びかけた自分の英語力を試すのには良い材料だ。今筆者も拙い翻訳に挑戦中でもう少しで終えるところなのだ。参考になります !

雑誌『図書』5月号の精神医学者・中井久夫氏の「私の日本語雑記−6 生き残る言語−日本語のしたたかさとアキレス腱」、雑誌『学鐙』夏号の一橋大学教授・糟谷啓介氏の書評 K.David Harrison- When Laguages Die: The Extinction of the world's Languages and the Erosion of Human Knowledge 危機に瀕した言語の本、
雑誌『未来』 5月号のロドネフ・エティエンヌ 中村隆之訳「パン=クレオールの概念 国際クレオール語の活性化に果たす都市の役割」、ジャパンタイムズ ウィーリー2007年5月19日号 Serbia ecstatic after Eurovision victoryの記事、雑誌『本郷』5月号創業150周年記年号の吉川弘文館オーラル小史、芝宣弘著『ユーゴスロラヴィア現代史』そしてサマセット・モーム著行方昭夫著新訳『サミング・アップ』などを暇を見ては読んだり拾い読みしている。最後にひとつ、雑誌『UP』5月号の影浦峡氏の「ソシュール先生の声を聴く−『ソシュール 一般言語学講義』が生まれるとき」も面白い。更にこの際つけ加えると、神繁司氏の「ハワイ・北米における日本人移民および日系人に関する資料について(6)」(国立国会図書館主題情報部 参考書誌研究・第66号 2007年3月刊)は労作それに三輪宗弘著『太平洋戦争と石油』(日本経済評論社 2004年1月 5400円)は知人から借りたもの。著者は理系から出発して今や軍事史・経営史のプロパーだ。

2007/06/16

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 19 『スロヴェニアが見た不思議な国・ニッポン』

ある日私は児童たちが演奏する音楽会に出席した。それはショッピングセンターの前にステージが作られたものだ。凍てついていたが(そう、すでに何度も書いた)、彼らの音楽はすごく楽しかったし出席していた人たちはその演奏に圧倒されていたので、指揮している先生はコンサート終了を完全に説明しなければならなかったほどだった。少し寒くて震えていた学生服姿の児童たちは立ち去るときにはとても幸せそうだった。この音楽会で私は社会主義時代の子どものときを思い出した。しかし他の出席者全員が自分たちの子ども時代について更にノスタルジックになっていたように思えた。少なくとも私はそう思った。


2007/06/14

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 18 『スロヴェニア人が見た不思議国・ニッポン』

否、11月にジャズが知らせてくれることやクリスマスが近づいていることにちょうど私は慣れてきている・・・。ここ日本ではそれははっきりと違った調べだ。私は“メリークリスマス”の看板を日本の伝統の、ある種のヨーロッパスタイルの侵入だとは見なさないし、さらに全体的な言語学的な構築には内容の欠落ないし思想的空虚さがあるとは思わない。問題はクリスマスを祝福することだけである(英語圏の社会でさえその言葉の繋がりの最初の象徴的な意味を忘れてきているので、休日を全く違ったものとして見なしていないのだ)。だから看板は目立つし書き方が違っているため、ある種の飾り付けや商業的なポスターは大変似ているようだ。すべてを棚上げにすれば、クリスマスの花輪を買ってそれをドアにかけるのは素敵だった(キリスト教より遥か以前が起源のシンボルだが誰も気に掛けているようには思えない)。もっとも自分たちのウインドーに普通に飾る店主より私とは全体的に何か違っていた。滑稽に聞こえるかも知れないが、私はクリスマスが決してヨーロッパと同じようにはアジアに引き継がれていないと思ったのだ。

クロカル超人が行く 63 倉敷アイビースクウェア

明治時代に建てられた倉敷紡績発祥の地を改築しホテルとオルゴールミュゼ、コンサートホール、倉敷記念館や児島虎次郎などの文化施設を併設。そして、この写真左側に小さく見えるのが「京遊印・倉敷店」、ここで材質は竹の、遊び心一杯の雅号印を作成。  
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2007/06/13

クロカル超人が行く 62 倉敷 白壁の風景

クロカル超人が行く

白壁に柳垂れるや梅雨の声

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クロカル超人が行く 61 倉敷美観地区など白壁家屋敷・大原美術館・チボリ公園

今日気象庁は梅雨入り宣言をしたが、夕方まで少なくとも倉敷の白壁、大原美術館徘徊と駅から見たチボリ公園までは雨に会わず幸いした。それで撮ったのがこの写真。


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  倉敷
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2007/06/09

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 17 『スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン』

クリスマスは基本的にはキリスト教信者の人たちの休日である。世界の国々で祝福されている休日として認識されていることを私は期待していた。それが間違いだった。マクドナルドの店のように“大きな池”の上に道が作られていた。そう、いろんな大きさの飾り付けのある重たいクリスマスツリーはなかったし、無駄な装飾もどの入口どのショッピングセンターの前にもサンタは立っていない。しかし、“メリークリスマス”の看板やいろんなところにクリスマスの表示がしてあった。だから私は大晦日になると飾り付けは取り外されている通りを見て驚いたのだ。
クリスマスツリーやふわふわした雪にみせかけたかざりものなどバリエーションに富んだものがなくてさびしいということではないが、ヨーロッパでは全体的なイメージを妨げることや上品さを優先させている傾向があるようだ(しかし、言っておきたいのは私の出身地は毎年良くなってきている)。

クロカル超人のグルメの話 「めひかり天日干し」 2

クロカル超人のグルメの話
1週間で今日届いた「めひかりの天日干し」はいわき市常磐沖で獲れたもの。一袋5匹で8袋、計40匹。冷凍庫で3ヶ月は保つらしい。三陸以南の太平洋側の海底で生息し、底引き網で周年漁獲される。6月までとは地元の鮮魚店の話。体長は15cmくらい、丸みを帯びた白身に旨みたっぷりの脂を蓄えた白身魚だ。他の漁場に比べ皮がやわらかく薄い。黒潮と親潮がぶつかる絶好の漁場で豊富なえさに恵まれて育つらしい(同封の小冊子から)。
いわきと高知産のは食べたので、今度は静岡、蒲郡、九州地方のものに挑戦してみたい。
さて、このめひかり天日干しのお味は?まだ内緒なのだ。何、まだ自然解凍中? (^ム^)(^ム^)

2007/06/08

クロカル超人が行く 60 六本木ミッドタウン オブジェ 安田侃作「意心帰」

防衛庁跡地に三井不動産が開発し今年の3月にオープンした六本木ミッドタウン。そのプラザ地下1階にあるイタリア在住の彫刻家・安田侃による「意心帰」。国境やジャンルを越え、さまざまな彫刻や絵画が飾られているとはこのミッドタウンのパンフレット。1階にはサントリー美術館もある。金曜日の昼下り、やはりここにも元気のいい中高年の女性たちが仲間と連れ立ってお茶してたりと時間はゆったりと過ぎている、と筆者には映った。過日の関西の某美術館のざわめきとは、雰囲気も多少違っていたかー。

2007/06/07

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 16 『スロヴィニア人が見た不思議な国・ニッポン』

前回私のコラムで日本についてのうわべの知識について書いた。しかし、はっきりしていることは日本が、人生でまさに現在的で日本人は期待した以上というヨーロッパ人を思わせる。敬うことそしてそれを実際に経験してみると読んだり聞いたりしたこととは何と大きな隔たりがあることかを指摘したい。個人的には私は日本を頼りにしているのだ。
読者は私を寒がりの人とのイメージを持ったかも知れない。自己防御の点で言えば、1946年来最大の寒波の日本にやって来たことは“幸運”だった。ある地域では367センチメートル以上の積雪そして凍死の絶えざるニュースもある。そんな時家族の人たちはe-mailでどう対処するのか尋ねてくるのだ。不幸にもこの冬は例外で日本の一部の地域ではひどかった。私がよっぽど幸運だったのは、まさにその地域、もっと正確に言えば、札幌に2月に2日ばかり訪ねようとしたことだ。そこでは本当の自分自身を取り戻せるのだ。新しい環境で自分自信を発見すると、ひとは新しい環境には慣れるはずだ。ある種の習慣や期待が取れ新しいものを取り入れるはずなのだ。まずは、既得の習慣のシステムを全く破壊して意味を短期間に理解できなくすることだ。他方は、更に時間と闘いが要求される。この二つの局面の間に捕られて自分自身を発見すると、読者はある砂漠の中に固定化された感じになる・・・。どうして、どうして、これは私に起こったことなのだ。自由な時間と実際に過ごせる多くの可能性をもたらしてくれる数えきれない休日と祭日をちょうど経験したのだ。

2007/06/03

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 15 『スロヴィニア人が見た不思議な国・ニッポン』

日本人は本当にとても礼儀正しい。日本へ来て1ヶ月以上になるが、最初のコラムで言ったことについては今尚変わっていない。たとえ受け入れ国の代表に巻き込まれた毎日の出会いが何であろうともだ。毎日と言えば、だんだんと単調になってきている。私でさえ分かることは、この国の人口が最近1億2千800万人になり、その中で1年間たっぷり過ごす自分自身も外国人としてこの数字に含まれているということだ。
気温が上がった。だから私のアパートの気温も上がった。ちょっと皮肉的に言えば、暖かい空気が私の部屋に入ってきたのだ。私の部屋の気温を追いやって。しかし私はセントラルヒーティングには今尚ちょっと不幸せになる。一生懸命やっても、セントラルヒーティングは機能しないということの事実を変えられないのだ。これがいつも寒さを感じる理由なのだ。いろいろと日本のものに慣れてきたが、未だに本来の問題の解決がどうして働かないのか私には不思議に思えてならない(私たちは外国人だから)。ヨーロッパで使っているセントラルヒーティングは故障するだろうか?私は電気毛布を与えられたが、こうして一人ではもはや眠れない。ここで過ごす他のヨーロッパ人が同じことで文句を言っていることを私はよく見ている。現在私にはこの“ヒーティングコンパニオン”がいるけれども、それは私が寒さで身震いすることが更に少なくなっていることではないのだ。


2007/06/02

超人の面白ラーメン紀行 65 秦野市『なんつっ亭 本店』

超人の面白ラーメン紀行 65
「うまいぜ ベイビー」と書かれた文字が踊る。店の中ばかりではなく店員のユニフォームにまで文字が踊る。ここはラーメン店『なんつっ亭』本店。今や超有名な熊本ラーメン系の店だ。あのスープが黒い独特の豚骨ラーメンは、ニンニクと油を混ぜて焦がすというユニークな製法から編みだされた“マー油”を使用している。インパクトがありパワーも抜群。店に入ると元気のいい声で「いらっしゃいませ」の挨拶、やはり並ぶ、否ここでは座るだ。カウンターは満席である。男性の店員が客が待ってる間に注文を取る。チャーシュー麺ひとつ、らーめんひとつ、チャーシュー麺ふたつとひっきりなしだ。筆者はどれっ、ここはチャーシューでと空かさず注文。5、6分後カウンター席へ誘導された。いゃー、次々と出されるのは、どれもどんぶりに溢れんばかりの量だ。嬉しいやら食べらるのかなとか複雑な気持ちが一瞬横切ったことは確かだ。はい、チャーシュー麺やわらか、です。啜るとこれがしつこくない、ニンニクの香りが滑らか、味にまろみがあるではないか、傑作の一品ー。um.um.これは何じゃー。ストレート中細麺が絶妙に絡み合う。自家製、こだわりである。5枚入ったチャーシューは柔らかくて触感が良く美味しい。やや小さなどんぶりにたっぷりのチャーシュー麺を完食。隣席の男性がまだオーダー取ってないんですがとぶつぶつ、申し訳ありませんと落ち度を認めた店員、威勢が良い割りには抜けていたのだ。こちらには出された水はコップ2個!
遅い昼食は丹沢の麓、昔葉煙草今落花生の産地、秦野の、小田急小田原線渋沢駅を降りて5、6分の国道沿いにある「なんつっ亭」でとった。確かガソリンスタンドが近くにあったはずとキョロキョロしたが見当たらない。帰宅後この店のホームページで確かめてみたら、3年前にここ松原町1に引っ越していたことが判って納得。今度来るときには売り切れの限定メニュー、“ぼくの空”(700円)に挑戦してみよっと。新鮮なカツオとサバなどを使用した特製醤油ダレ言わばトンコツ魚介ラーメンだという。トッピングの玉葱のみじん切り、チャーシューに更に濃い醤油で味付けしたほぐしチャーシューも魅力的。メニュ-はらーめん600円、ちゃーしゅーめん850円、ねぎらーめん750円、ねぎちゃーしゅーめん900円、しおらーめん700円、みそらーめん700円、和風とんこつつけ麺700円、ぶたまんま250円。

蛇足だが、小田急江ノ島線湘南台駅近くの「丸美」に立ち寄り、店一番人気の牛煮込みを食べていたら、隣席の若い慶大の女学生二人(この店は男性がほとんどでしかも年配者が多いのに。右隣のオッサンは30年以上通っていると汗を拭き拭き言っていたのが印象的)が、ミクシィの書き込みを見てこの店に来たと店主に話し掛けていた。この店主は何のことやらわからずちんぷんかんぷん。いゃー、こういうのって、筆者が実際に出くわしたのは初めてだ。『なんつっ亭』もこういうことは大いに“あり”だろ。超人の面白ラーメン紀行 33 川崎市『なんつっ亭』の記事も参照。

『なんつっ亭 本店』①スープ★★☆②麺★★★③トッピング★★★④接客・雰囲気★★☆⑤価格★★★

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