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2007/06/07

クロカル超人の面白翻訳 携帯翻訳 16 『スロヴィニア人が見た不思議な国・ニッポン』

前回私のコラムで日本についてのうわべの知識について書いた。しかし、はっきりしていることは日本が、人生でまさに現在的で日本人は期待した以上というヨーロッパ人を思わせる。敬うことそしてそれを実際に経験してみると読んだり聞いたりしたこととは何と大きな隔たりがあることかを指摘したい。個人的には私は日本を頼りにしているのだ。
読者は私を寒がりの人とのイメージを持ったかも知れない。自己防御の点で言えば、1946年来最大の寒波の日本にやって来たことは“幸運”だった。ある地域では367センチメートル以上の積雪そして凍死の絶えざるニュースもある。そんな時家族の人たちはe-mailでどう対処するのか尋ねてくるのだ。不幸にもこの冬は例外で日本の一部の地域ではひどかった。私がよっぽど幸運だったのは、まさにその地域、もっと正確に言えば、札幌に2月に2日ばかり訪ねようとしたことだ。そこでは本当の自分自身を取り戻せるのだ。新しい環境で自分自信を発見すると、ひとは新しい環境には慣れるはずだ。ある種の習慣や期待が取れ新しいものを取り入れるはずなのだ。まずは、既得の習慣のシステムを全く破壊して意味を短期間に理解できなくすることだ。他方は、更に時間と闘いが要求される。この二つの局面の間に捕られて自分自身を発見すると、読者はある砂漠の中に固定化された感じになる・・・。どうして、どうして、これは私に起こったことなのだ。自由な時間と実際に過ごせる多くの可能性をもたらしてくれる数えきれない休日と祭日をちょうど経験したのだ。

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