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2007/05/26

超人のドキッする絵画 4 相国寺承天閣美術館の『若冲展』

Img137_3京都市上京区の同志社大学と同志社女子大学の間の道を入って程なく歩くと名刹、臨済宗大本山・相国寺がある。普段は静かなこの寺も今回ばかりは些か趣が違うのだ。雨が時折強く降る悪天候にもかかわらず、その寺の前ではタクシーから降りていく人たちが次々と現れ、やがて境内に入るやその光景が長い列に変わるのを見て驚嘆。一体何がー。喧騒は雨音に混じって池の蓮にも届いているようだった。
「只今入場まで20分待ちです」。相国寺にある承天閣美術館で今江戸時代に活躍した奇想の画家で異端児・伊藤若冲展が開かれている。Img138
騒ぎの主はこの絵観たさに集まった人たちなのだ。それほどまでに引き付ける若冲の絵の魅力とはー。中年夫婦、学生、カルチャー好きの実年女性、初老の男性、若いカップルなど様々だが、やはり中高年の女性が圧倒的に多かった。1500円でチケットを購入してから入場するまでが長い(美術館側が680人まで数えて音を上げたと初日の様子を毎日新聞が伝えていた)。雨のため特別に用意された長いテントの中の回廊を渡って入口に入るのだが、途中待たされて結局30分以上かかって入場。
第一展示室へ。相国寺派鹿苑寺(金閣寺)所蔵の水墨の襖絵「鹿苑寺大書院障壁画」50面が並ぶ。構図といい濃淡といい実に見事、何枚かに渡って大胆かつ細密に描かれた襖の水墨画は滋味深くかつ壮観そのもの。家業を蹴って画家に、その写生と対象の模写の修行には神経が病むほどだったらしい。絵に見惚れて進む速度が遅くなればたちまちの内に人集り、今度は最前列に行かないと下まで観れないのだ。ここではいかんせんゆっくり鑑賞できない。そして第二展示室へ。ちょっとその前に、またインターバルがあって館内で待たされた。20分後係員の「お待たせしました」の声で「動植綵絵全30幅」と「釈迦三尊像」全3幅が共演した展示室のドアが開いた。薄暗いその展示室に艶やかな色彩の饗宴、鳥や鶏、鯛、鯉や鰹、牡丹、薔薇、鶴や孔雀が奇抜な構図のもとに配置され息を吹きつけられて、静謐のなかに躍動感のある不思議な世界に誘われる。既知のものが未知に未知のものが既知にといった世界。若冲マジシャンの手でシュールに変幻自在に・・・。
中央に配置された「釈迦三尊像」、じっと目のあたりを観ていると多少ユーモラスにも見えてくるから不思議だ。
圧巻は何と言っても表情が面白い「群鶏図」、水族館を想わせる「群魚図(蛸)」、「群魚図(鯛)」、「菊花流水図」、
「紅葉小禽」などが印象的だ。「老松白凰図」、「菊花流水図」や「雪中錦鶏図」などに見られる白さは、最高級の胡粉を使用しているとは専門家の意見だが、この第二展示室は正面から入ってすぐに一堂にかいした絵が見れる。幽玄の中に艶やかさと躍動感が溢れて壮観である。若冲の描く絵は不思議な世界である。

若冲展に因んだこぼれ話しをひとつ。某タクシー会社のドライバーが東京からの中年の女性客を乗せ、車中ちょっと会話を交わした。「若冲展」を観に来たがあまりの混雑でゆっくり観られなかったの。それで今度はじっくり観に来るわ。数日後、この中年の女性客は同じタクシーに乗って二度観たわと言って満足気だったという。東京と京都を二往復したことになる。こういうファンもいるのだ。びっくりである。
そしてもうひとつ、今回だけで言えば外国人が一人もいなかったこともサプライズ。

ここで承天閣美術館のホームページを覗いてみよう。「若冲展」の解説があったので下記に引用してみる。

はじめに

 伊藤若冲は相国寺の大典禅師と親交のあった江戸時代の画家で、近年奇想の画家として注目を集めるようになりました。
 伊藤若冲は、父母永代の供養を願って釈迦、文殊、普賢の仏画三幅対と、三十幅の動植綵絵を描き、明和七年(1770)十月、相国寺に寄進しています。これら33幅は相国寺方丈に於いて行われる伝統的な儀式である観音懺法において方丈の周りにかけられたと伝えられています。まさに最高の仏画として描かれ、儀式に使用されてきたものでした。
 しかし明治時代、財政の危機に瀕した相国寺を立て直すために、当時の初代管長荻野獨園禅師は伊藤若沖の描いた動植綵絵三十幅を宮内省に献じて金壱万円の下賜金を得、それを資金に境内地一万八千坪を買い戻し現在の相国寺の面目を取り戻しました。以来動植綵絵三十幅は相国寺の手を離れ宮内庁の御物となっていました。
 今回120年の時を経て相国寺所蔵の釈迦三尊図3幅と現在宮内庁三の丸尚蔵館所蔵の動植綵絵30幅は再会を果たし、相国寺承天閣美術館に於いて一同に展観することが出来ました。多くの皆様に是非ともご覧いただきたいと思います。
 

「釈迦三尊像」「動植綵絵」
全33幅が創り出す空前絶後の展覧会

 臨済宗相国寺派の大本山で、京都五山の一つ、相国寺は明徳3年(1392)に足利義満によって建立されました。それから六百年以上の間、相国寺は春屋妙葩(しゅんおくみょうは)や鳳林承(ほうりんじょう)章(しょう)らの高僧、さらには周文や雪舟ら巨匠など、日本文化を代表する人々の集った寺院であり続けて今日に至っています。
 江戸時代の中頃にも、相国寺は稀有な才能を持つ画家との縁を結んでいました。その画家こそ、「奇想の画家」として、近年再評価が進み、高い人気を誇るようになった伊藤若冲その人です。若冲は京都・錦小路の大きな青物問屋の長男として生れながらも商売を好まず、ひたすら絵を描く事だけを好んで絵に没頭していました。
 この時期に相国寺の第113世の住持を務めた梅荘顕(けん)常(大典禅師)と知り合ったことは若冲の人生にとって転機でした。若冲は大典の人格、学識に傾倒して、在家のままで禅の修行に励んだほどでした。この両者の交流が極まったのが、若冲の最高傑作として名高い「釈迦三尊像」「動植綵絵」全33幅です。

 中国の古画を若冲が模写した「釈迦如来像」「文殊菩薩像」「普賢菩薩像」の3幅と、仏を取り巻く様々な動植物が極彩色で描かれた「動植綵絵」は、若冲が四十代前半から五十代前半の十年間を費やして描きあげ、亡き両親と弟、そして自分自身の永代供養を願って相国寺に寄進した作品です。

 以降、相国寺では年中行事の中でも最も重要な儀式の一つである「観音懺法(かんのんせんぼう)」の時にこの作品を飾り、若冲の遺志に報いてきました。しかし、このうち「動植綵絵」は明治22年(1889)に皇室へ献納され、以来33幅が一堂に展示されたことは今まで一度もありません。
 折しも今年は、相国寺の開基、足利義満の没後六百年にあたります。本展はこの記念すべき年にあたって「動植綵絵」全幅を宮内庁三の丸尚蔵館より拝借し、「釈迦三尊像」と、そして相国寺とのおよそ120年ぶりの「再会」を計ろうとするものです。さらに相国寺の塔頭である鹿苑寺(金閣寺)の大書院に描かれた、若冲の水墨画の代表作である重要文化財「鹿苑寺大書院障壁画」全50面の一括展示や、新発見作品を含むその他の若冲、大典ゆかりの作品多数を加えた展覧会です。この歴史的な、そして空前絶後の機会を存分にお楽しみ下さい。

見どころ

一、「釈迦三尊像」「動植綵絵」全33点がおよそ120年ぶりに再会

 「奇想の画家」伊藤若冲の最高傑作として知られる「動植綵絵」は、もともとは若冲が張思恭の「釈迦三尊像」を模写したものをとりまき、荘厳する目的で描かれたもの。つまり、33幅が揃った姿が完全な姿です。
 しかし、廃仏(はいぶつ)毀釈(きしゃく)などの影響で疲弊した相国寺が、復興のために明治22年(1889)に「動植綵絵」を皇室に献上するにあたり、若冲が寄進したときの「両親と弟、そして自分の永代供養を」という遺志を汲んで「釈迦三尊像」を相国寺に留めたことから、この33点は分蔵されることとなって今日に至っています。この時からのおよそ120年間、「動植綵絵」30幅が一堂に展示される機会はありましたが、33幅が揃ったことはついぞなく、今を生きる人間でこの傑作の真の姿を見た者は存在しません。今回の展覧会はまさしく歴史的な機会といえます。

 
二、「釈迦三尊像」「動植綵絵」のための特別な空間で、若冲を観る

 当館は昭和59年(1984)に、相国寺創建600年を記念して設立されました。このときの展示室は設計段階から「いつの日か「動植綵絵」の里帰りが叶ったときに一室で展示が出来るように」と配慮して建築されたものです。東側の展示ケースには「釈迦三尊像」が、南北面の展示ケースにはそれぞれ左右に「動植綵絵」15幅ずつが掛けられるようになっています。
本展では、この展示室内にはパーテーションや独立ケースなどを一切使用せず、全作品が視界に入る形での展示を行います。
 

三、配列順番は第一線の研究者を交えての会議を経て決定

 献納以前に「釈迦三尊像」「動植綵絵」がどのような順番で配列されていたのか、という問題については、資料が失われている事もあってはっきりとはわからず、研究者によって様々な説が提示されています。このため、今回の展覧会の開催にあたり、監修の辻惟雄先生(東京大学名誉教授・MIHO MUSEUM館長)と小林忠先生(学習院大学教授・千葉市美術館館長)、そして太田彩先生(宮内庁三の丸尚蔵館主任研究官)と当館担当者による会議の末に配列順番を決定しました。詳細については展覧会の開催まで発表できませんが、会場での展示の順番が、諸説提示されている「釈迦三尊像」「動植綵絵」の配列順番に対する相国寺としての回答となります。
 

四、若冲による水墨画の傑作も一堂に公開

 若冲の着色画の最高傑作が「動植綵絵」なら、水墨画の最高傑作は重要文化財に指定されている「鹿苑寺大書院障壁画」全50面だと言えるでしょう。相国寺の山外塔頭である鹿苑寺(金閣寺)の大書院の5部屋を飾っていたこの作品は宝暦9年(1759)、若冲が44歳の時に描き上げたものです。この時期は「動植綵絵」を5点も制作したという若冲が最も旺盛な制作意欲を見せた絶頂期であり、「鹿苑寺大書院障壁画」は若冲ならではの水墨世界を堪能できる作品と言えます。
 本展では、このたび増築した別館展示室にこの50面のうち、鹿苑寺大書院一之間と三之間の床の間を飾っていた「葡萄小禽図」「月夜芭蕉図」の床の間を原寸大で再現、より臨場感ある展示が可能となりました。また、他の作品も一括して並列展示いたします。
さらに、「葡萄小禽図」「月夜芭蕉図」「双鶏図」は修復を終えて面目を一新、今回が初めての展示となります。
 

五、「動植綵絵」の鑑賞機会、「観音懺法(かんのんせんぼう)」もクローズアップ

 京都の禅刹の特徴を言い表す言葉として「禅面(ぜんづら)」と言う言葉があります。「大徳寺の茶面、東福寺の伽藍面……」などと言われる中、相国寺は「声明面」として知られてきました。
 この「声明」とは、室町時代から伝わる儀式で、毎年6月17日に行われる相国寺でも最も重要な法要である「観音懺法」の時に捧げられるものを指しています。実は、「釈迦三尊像」「動植綵絵」は相国寺に寄進されてから、この「観音懺法」の際に用いられてきました。現在でも「文殊菩薩像」「普賢菩薩像」の2幅が実際に使用されています。
 本展では、皇室への献納以前までは年に一度の貴重な鑑賞機会であったこの「観音懺法」についても、実際の資料の展示を通して紹介します。
 

六、新発見の名作「厖児戯帚図(ぼうじぎほうず)」初公開

 本展開催に先立つ予備調査で、鹿苑寺の蔵から発見されたのが「厖児戯帚図」です。明治時代に鹿苑寺の歴史をまとめた『金閣寺誌』什物帳の部に記載されていたことから発見に至ったこの作品は、画面を斜めに横切る箒と、その前に座って見返る愛らしい子犬を描いたもの。若冲30代後半に描かれたと考えられる作品で、画家としてのスタートが遅かった若冲としてはかなり若い時期の作品ということになります。同時に、この作品は相国寺派の寺院に伝わる若冲作品としては最古のもので、おそらくは大典との親交が始まって間もなく描かれたものと思われます。この作品は、若冲自身にとっても自信のある作品だったらしく、ほぼ同じ構図を水墨で描いた「箒に子犬図」も現存していることも貴重です。今回の展覧会が初公開となります。
 

七、最新の研究成果を反映

 本展には、相国寺所蔵の各種資料を用いて様々な新発見がありました。若冲の没後85年目に描かれた肖像画である久保田米僊( く ぼ た べいせん)筆「若冲居士像」(相国寺蔵)の制作背景や、若冲による水墨画の優品「竹虎図」(鹿苑寺蔵)「芭蕉図」(相国寺山内塔頭 大光明寺蔵)が本来対になる作品であった事など、様々な新知見を反映した展覧会となっています。
 

主な展示作品

釈迦三尊像<相国寺蔵>

釈迦如来像(しゃかにょらいぞう)
文殊菩薩像(もんじゅぼさつぞう)
普賢菩薩像(ふげんぼさつぞう)
 

動植綵絵<宮内庁三の丸尚蔵館蔵>

老松孔雀図(ろうしょうくじゃくず)
老松白鳳図(ろうしょうはくほうず)
芍薬群蝶図(しゃくやくぐんちょうず)
牡丹小禽図(ぼたんしょうきんず)
梅花皓月図(ばいかこうげつず)
梅花小禽図(ばいかしょうきんず)
南天雄鶏図(なんてんゆうけいず)
向日葵雄鶏図(ひまわりゆうけいず)
蓮池遊魚図(れんちゆうぎょず)
秋塘群雀図(しゅうとうぐんじゃくず)
老松白鶏図(ろうしょうはっけいず)
椶櫚雄鶏図(しゅろゆうけいず)
雪中鴛鴦図(せっちゅうえんおうず)
雪中錦鶏図(せっちゅうきんけいず)
紫陽花双鶏図(あじさいそうけいず)
芙蓉双鶏図(ふようそうけいず)
老松鸚鵡図(ろうしょうおうむず)
梅花群鶴図(ばいかぐんかくず)
芦鵞図(ろがず)
芦雁図(ろがんず)
群鶏図(ぐんけいず)
薔薇小禽図(ばらしょうきんず)
桃花小禽図(とうかしょうきんず)
大鶏雌雄図(たいけいしゆうず)
池辺郡虫図(ちへんぐんちゅうず)
貝甲図(ばいこうず)
菊花流水図(きっかりゅうすいず)
紅葉小禽図(こうようしょうきんず)
群魚図(蛸)(ぐんぎょず・たこ)
群魚図(鯛)(ぐんぎょず・たい)


鹿苑寺大書院障壁画<相国寺山外塔頭 鹿苑寺(金閣寺)蔵>

葡萄図床貼付(ぶどうずとこはりつけ)
月夜芭蕉図床貼付(げつやばしょうずとこはりつけ)
松鶴図襖絵(しょうかくずふすまえ)
芭蕉叭々鳥図襖絵(ばしょうははちょうずふすまえ)
菊鶏図襖絵(きくけいずふすまえ)
秋海棠図襖絵(しゅうかいどうずふすまえ)
竹図襖絵(たけずふすまえ)
双鶏図貼付(そうけいずはりつけ)
 

牡丹・百合図(ぼたん・ゆりず)<相国寺山外塔頭 慈照寺(銀閣寺)蔵>
松亀図(まつかめず)<相国寺山内塔頭 大光明寺蔵>
竹虎図 梅荘顕常賛(ちくこず ばいそうけんじょうさん)<相国寺山外塔頭 鹿苑寺(金閣寺)蔵>
芦雁図(ろがんず)<相国寺山内塔頭 大光明寺蔵>
鯉図(こいず)<相国寺山外塔頭 慈照寺(銀閣寺)蔵>
龍図(りゅうず)<相国寺山内塔頭 大光明寺蔵>
伏見人形図(ふしみにんぎょうず)<相国寺山外塔頭 慈照寺(銀閣寺)蔵>
亀図 聞中浄復賛(かめず もんちゅうじょうふくさん)<相国寺山外塔頭 鹿苑寺(金閣寺)蔵> ほか

※都合により、展示作品や展示内容を変更する場合がございます。
悪しからずご了承ください。

開催要項

会  期 : 2007年5月13日(日)~ 6月3日(日)
休 館 日 : 会期中無休
開館時間 : 午前10時 ~ 午後5時(入館は午後4時半まで)

入 館 料 :
一般 1,500円
65歳以上・大学生/高校生・団体(20名以上) 1,200円
中学生/小学生 1,000円
※障害のある方と介護者1名 無料 バリアフリー対応

会  場 : 相国寺承天閣美術館
問 合 せ: 050-5542-8600(ハローダイヤル)
主 催 : 相国寺・日本経済新聞社
協  力 : 宮内庁
後  援 : 文化庁・京都府・京都市・京都新聞社・NHK京都放送局・毎日放送・KBS京都・京都仏教会・京都商工会議所
監 修 者 :
辻 惟雄(東京大学名誉教授・MIHO MUSEUM館長)
小林 忠(学習院大学教授・千葉市美術館館長)
担当学芸員 : 村田 隆志

■「動植綵絵」人気投票HPから。
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【写真左から: ①牡丹小禽図②菊花流水図③群魚図鯛④群魚図蛸⑤群鶏図⑥群蝶図
写真右から ⑦紅葉小禽図⑧雪中錦鶏図⑨雪中鴛鴦図⑩池辺群虫図⑪老松孔雀図⑫老松白凰図】


■愛知県立美術館では若冲再発見の立役者、ジョウ・プライス氏所蔵17点を展示開催中。6月10日まで。

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