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2007/05/05

超人の面白読書 26 第10次「早稲田文学」0号などを読む

Img120_1届いたばかりのフリーペーパー「WB」VOL.7~VOL.9、「早稲田文学0号を寝転びながら読んでいたら、小特集 寺山、発掘のページに出くわした。その中からこんな若い時の詩があったみたい。

「風」より五篇から一部を引用してみよう。

若い手帖

     1

たとえば5月の星を百万までも数えようとする。
大きな椅子の
上にやわらかな平衡がある。
少年よ。 一体ぼくはどこにいて、そして待つ
ているのだろうか。

     2
  
バラの色の雲を破つて足の長い郵便夫があらわれる。
彼はとても若いので<幸福>にスタンプは押さな
い。
少年の内にいる僕が耳をすませば僕を訪れる森の
少女のソネット。

     3

忘れたふりをすることは愉しいことである。そう
だ、僕は
おまえをしらなかつた。
- たそがれ、展覧会の画の前で僕はひとり言を
  つぶやいていたのだつた。

     4

  <あれはほんとの青空だよ>
  <おまえの頬にアプラクサスを書いてやろうか>
  <知らないね>
    
     5

枝に時間がひつかかつた。山羊が教科書の方で鳴いている。
失くしたくないので僕は何も考えはしない。マクダエ
ルの牧歌がキヤベツ
に沈むとちよつぴり涙ぐんで貪欲を増す

     6

あゝけれども4Bの鉛筆で夜を塗ると星が無限にで
てくるのだ。
この星の光りはしかし決して一瞬もおなじではないのに
僕はどこにいるのだろうか。
そうしてだれを待つているのだろうか。
               (1955年、「風」」1号掲載)


私撰百句
雲は飛ぶ教室である から。

花売車どこへ押せども母貧し

沖もわが故郷ぞ小鳥湧き立つは
青む林檎水平帽に髪あまる

西行忌あほむけに屋根裏せまし

方言かなし菫に語り及ぶとき

燃ゆる頬花よりおこす誕生日

「風」は早稲田大学教育学部国語国文学科のクラス誌として1955年から3年間発行されたと註にある。これは若き日の寺山修二の一面を大いに見せてくれる詩篇そのもの、中に有名な詩句が見え昔読んだ。懐かしさとイメージの豊穣さと独特の語句の使い方の妙技にやはり感心したのだ。

いゃ-、参ったな、これは新潮社の小説新潮別冊の「yom yom」とそっくり、ページ数が33ページ足りないくらいで紙質、版型も同じなのだ。定価が331円高く割高感はあるが、前から後ろからも読める遊び心あって、面白いかな。「yom yom」の読者を喰うか ? しかし最近では文芸雑誌の運営は、大変でこの老舗の雑誌も例に漏れず模索中なのだと思う。斉藤美奈子×森達也の対談も面白い。「WB」200705051340000「WB」9号の現代作家が選ぶ世界名作シリーズは第9回目、金原ひとみがイタリアの作家、アルべルト・モラヴィアの『軽蔑』を選んでいた。第8号の初活字化公演(1985年にフランスの高等師範学校での公演) 中上健次 三島由紀夫をめぐって(抄)、その他モブ・ノリオ等等、寺山修二のジュリエット・ポエツト レーナの詩もあった。午後の陽射しを浴びてまた読もっと。 

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