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2007/02/06

超人の面白読書 25 金谷武洋著『主語を抹殺した男 評伝三上章』

Img091 筆者は母国語である日本語で書いたり話したりしているが、時にこの文章には主語が必要なのかと迷ったりすることがある。また、日常のさり気ない会話でもよく主語がなく話し相手に解りづらいと指摘されたりする。その度に日本語はつくづく難しくやっかいな言葉だと思ってしまうのは筆者の思い過しだろうか。否、単なる個人的な癖だよと言われそうだ。余談だが、あれ、あれっ、あれだ、あれあれあれ、これ、これっれ(この終わりの「れ」は余計か)などの指示代名詞の多用も多く我ながら呆れてしまう。加齢か華麗かはいざ知らず健忘症の謗りを免れない。昨年だったかある新聞にM商社の偉いさんだったかが、日本語はビジネス向きの言語ではなく文学に適した言語で、むしろビジネスの交渉などには英語が相応しいと言っていたことがまだ脳裏に残っている。どういうことかとずっと気になっているのだ。論理的な言語ではなく情緒的な言語、それが日本語。本当だろうか。
 さて、今回の書評だ。日本語には主語は存在しない。この画期的な言語学的な命題を追求したのが「町の語学者」、三上章である。日本語文法に取り憑かれ生涯独身を貫き通し、『象は鼻が長い』、『新訂版現代語法序説-主語は必要か』、『日本語の論理ーハとガー』など現場主義のユニークなそれでいて鋭い文法書を7冊と数多くの論文を残した。その生き様は古武士そのもの。この評伝はこの文法学者・三上章に惚れた一人の日本語学者の手で書かれ、その尋常ならぬ惚れ込みようは行間からと言うよりはむしろ、ストレートに時に多弁と執拗な繰り返えしの言辞によって読み取れるかも知れない。現在カナダ、モントリオール大学で日本語を教える著者念願の書でもある。本文269ページ。詳細な年譜、参考文献も付した丁寧な造本でカナダはフランス語圏にいる著者らしく、副題にはLa vie et la grammaire d'Akira Mikamiと仏語が添えられている。

目次

序  章 三上章を追いかけて
第一章 三上文法と出会う
第二章 幼年~学生時代
第三章 知的逍遥時代
第四章 街の語学者
第五章 晩年
終  章 時空を超えて

『日本語に主語はいらない』(講談社選書メチエ 2002年)、『日本語文法の謎を解く』(ちくま新書 2003年)、『英語にも主語はなかった』(講談社メチエ 2004年)の三部作をものにした著者の渾身のこの書は、自分のカナダ留学から筆を起こし、日本語教師、日本語代用教員の仕事、友達から紹介された三上の文法書、三上文法で日本語を教授やがて盆栽とクリスマス・ツリー、虫の視点と神の視点という日本と英語の文法の違いを精査し独自の日本語教授法を編み出していく。そして三上文法と出会いその独創的な文法理論を開陳した後、第二章、三上章の幼少~学生時代を生前一緒に暮らし兄章を陰で支えた末妹茂子のインタビューなどを交えて語られていく。そして三上章に影響を与えた叔父の科学史家で和算史研究家の三上義夫の存在-。
<続く>

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