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2007/01/21

超人の面白読書 24 鈴木ひとみ著『紐青ニューヨーク』

Img090  ニューヨーク在住のジャーナリスト(共同通信社の文化芸能担当者)が書いたニューヨーク歩き方ガイド。著名な場所や史跡を中心に、著者自身が撮った49枚の写真を挿んだテンポの速いそれでいて女性の優しさがあふれているニューヨーク愛情リポートである。ロウアー・マンハッタン、グリニッジ・ビレッジ、ユニオン・スクエア、グラマシーとチェルシー、ミッドタウン、アッパー・イースト・サイド、アッパー・ウェスト・サイド、ジ・アザー・ニューヨーク、グランド・ゼロの全8章、188ページからなるマンハッタン島を南から北へ抜ける旅、ここには9,11以降のニューヨークの現在の姿が疾走感よろしく飾り気なく率直に活写されている。しかもすぐ読めた。やはりちょっと蘊蓄を傾けてみたい輩にポケットに入れてどうぞと誘っている手軽な本なのだ。しかし、そこはどっこい耳寄りな話もあって面白い。その二つ三つを本文から拾ってみよう。
 ブロード・ストリートとの南東の角、パール通り54番地の「フラウンシス・タバーン」はジョージ・ワシントン初代アメリカの大統領が贔屓にしていた居酒屋、ここは1776年の独立宣言後、国務省、財務省が置かれた初代オフィスだったことから2004年9月、当時の国務長官コリン・パウエルの主催でG8、8ヶ国蔵相会議の晩餐会が一階レストランで開かれたという。独立戦争時ニューヨークは戦地となり、1775年英艦アジア号の砲弾がこのタバーンの屋根を直撃。「ほら、みなさんが座っている、すぐそこに砲弾が落ちたんですよ」と、ザ・ブロンクス出身のパウエル長官が歓迎スピーチで話して大受けしたらしい。この建物は1719年建設当時の枠組みを元に再現して現在は2,3階が1907年開館の博物館だという。また、チェルシーの9番街75番地が本拠地のケーブルTV局フード・ネットワークは、1993年11月放送開始以来、料理や食にまつわる番組や日本の番組「料理の鉄人」を大ヒットさせ、今では全米8000万世帯の高視聴率を誇っているという話。チェルシー・ホテルは数々の亡霊伝説の噂もある超文化人御用達のホテル、1940年からは現三代目の経営で全400室、スイート10室で宿泊客が宿賃やチップ代わりにした絵や彫刻がぎっしりと天井に飾られている。完成当時、チェルシー・アパートメンツの名で1戸30万米ドル、計40世帯分が売られたコープ、共同組合住宅だったらしく当時としては画期的だったいう。マーク・トウェイン、オー・ヘンリー、トーマス・ウルフ、ディラン・トーマス、アーサー・シー・クラーク、ウィリアム・バロウズ、ロバート・オッペンハイマー、ウラジミール・ナバコフ、ジェーン・フォンダ、ドナルド・サザーランド、エディット・ピアフ、ボブ・ディラン、ジャニス・ジョップリン、ジミー・ヘンドリックなどの作家、映画監督、学者、俳優や歌手などが定宿だった。1999年にここに泊まろうと筆者は予約を試みたが取れなかった(もっとも仲間とアメリカ旅行に行く3日前に体調を崩し断念した苦い想い出がある)。
西72丁目、北西の角があのビートルズのジョン・レノンが住んでいた有名なダコタ・アパート、高橋譲吉という日米両国の元祖架け橋的存在の化学者・実業家・慈善家が立役者で日米友好の印としてワシントンのポトマック河畔とニューヨークの西122丁目、リバーサイド・ドライブとクレアモント・アベニューの間に植えられた桜が静かな公園となっている話(そのポトマック河畔の桜が今年は暖冬で咲き始めているとのニュースが今日流れた)、そして新生ハーレムの活写と続く。アポロ劇場は只今総額7000万ドルをかけて改修工事中で2009年再開予定らしい。西125丁目55番地のビル14階には元アメリカ大統領のクリントン氏のオフィスもある。ヤンキースタジアムとシェイスタジアムとも立て替えるらしい、そしてグランド・ゼロ。この著者が配信したこの時のリポートが最後に書かれている。二度と起こってはならない出来事だがその確証は残念ながらない。この9.11以降ニューヨーカーは、保守的愛国的になっているという。戦争、暴動、火事、経済恐慌、停電、テロ、起き上がりこぼし精神で、すぶとく生き延びてきた街では、みんな違って、みんないい。それが、ずばりニューヨークと、著者は最後を締めくくっている。
話は前後するが、パール・ストリートからステート・ストリートのブロードウェイが始まるあたりはニューヨーク名物ティッカー・テープ・パレードが行われる通りで紙吹雪が舞う場所だそうだ。1860年1月18日、日米遣米使節団が首都ワシントンでブキャナン大統領と謁見、日米修好通商条約批准書交換後、ニューヨークのブロードウェイで群衆から大歓迎されたという。詩人ウォルト・ホイットマンがこの時のことを詩に書いていると著者が引用している。当時ニューヨークタイムズ紙に掲載されてその後改題、詩集『草の葉』に収められている。当時の様子が窺えて面白い。一部を引用してみる。

   ブロードウェーの華麗な行列

  西の海を越えて遥か日本から渡来した、
  頬が日焼し、刀を二本手挟んだ礼儀正しい使節たち、
  無蓋の馬車に身をゆだね、無帽のまま、動ずることなく、
  きょうマンハッタンの街頭をゆく。

  「自由」よ、使命を帯びた日本の貴公子に伍して、
  殿をつとめ、上から覗き、まわりに群がる人びとのなかに、あるいは隊列の
    
   なかに、
  
  わたしが見ているものを他人も見ているかはどうかは知らず、
  ともかく歌おう君のために、「自由」よ、わたしに見えるそのものの歌を。
  (坂本雅之訳『草の葉』 岩波文庫)

地下鉄視線の掟があるとは知らなんだ。曰く、乗ったら人をじろじろ見ず、視線を宙に浮かせ、決して指差さないこと。ニューヨークの地下鉄の運賃は、2003年5月から1ドル50セントから2ドルに大幅値上げしたらしい。1980年代後半から何度も行ってはいるがここ10年は行っていない。新生ニューヨークもまたいいかも。昨年暮れに行こうと思い立ったが止めてしまった。機会はまたあるはず、楽しみに取っておこう。ジュリアーニ前ニューヨーク市長のゴシップ的なストーリーにはこの著者の得意としている芸能分野らしく活き活きしていたね。文章に疾走感があるのはいいが、体言止めが多く、ブツブツ切れた感じがして文章のリズムが不整脈っぽいのがちょっと難点だ。それにしてもニューヨークはat your risk自己責任で、の街ですね。
2005年12月刊 集英社新書 660円。
  

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