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2006/12/17

クロカル超人が行く 54 福島県南相馬市小高『埴谷島尾記念文学資料館』

最近合併して南相馬市小高区に住所が変わった浮舟文化会館内の『埴谷島尾記念文学資料館』。20061215_haniya
精神のリレーゾーンと書かれた資料館は、この地にゆかりのある作家・埴谷雄高と島尾敏雄の原稿、作品、写真や身の回りのものをコンパクトに展示している。以前から一度訪ねてみようと思っていたところだが、交通の便が悪くこの地に降りるチャンスがなかったのだ。埴谷雄高が書いた形而上学的小説の『死霊』は、何度か読破を試みたが挫折のまま、それでも「群像」に載った第9章はすぐ買って読んだ。理解できたかは分からない。ぷふぃ、確かドイツ語で記されていた、"存在の不快感というやつ"をこう表現していたね。不思議とこれだけは筆者の脳裏に今もって残っている。カントの『純粋性理性批判』を独房のなかで読破したとか、ドフトエフスキーにどっぷり浸かったとか、戦後すぐには「近代文学」を創刊、真善美社、未来社それに講談社と版元を変えて作家活動を続けた人でしかも難解で知られた作家だ。椎名麟三論、『不合理ゆえ我あり』などもあったね。野球狂で社交ダンスも得意な人でもあった。吉祥寺に住み思想史家・とも親交があったことはこの筆者のブログですでに書いた。
一方、島尾敏雄は特攻隊長の体験からその手の小説と家族の問題特に作家で夫人の島尾ミホさんとの葛藤を描いた『死の棘』はあまりにも有名な小説である。最近ではその夫人が島尾敏雄とのことを描いた小説が話題になった。旅行記もすぐれていて筆者は『夢の影を求めて 東欧紀行』を図書館から借りて途中まで読んだことが記憶に新しい。私小説的で粘着質の文章とひらがなの多様が特徴だが、観察眼と感性が鋭い作家だ。また、ずっと奄美大島に住んだ作家でもある。
この埴谷島尾記念文学資料館は、スペース的にはこじんまりしていて小さいが、作家の生誕、没後などの節目の年、書簡などの新資料発見などを加えた企画展、作家、研究者の講演会、ワークショップの企画次第ではもっと脚光を浴びる日も近いかも知れない。南相馬市になって新たに雑誌「近代文学」同人の一人、英文学者で文芸評論家の荒正人(鹿島出身)の資料も収集しているらしい。ごく最近彼の書簡が出てきて手に入れたと資料館の専門員が話してくれた。期待したい文学資料館だ。20061215haniya_shimao2

追記。立教大学院生の女性が、『埴谷島尾記念文学資料館』の資料を使って2007年10月28日(土)の日本近代文学大会で死霊論、特に代表作『死に至る病』を書いたデンマークの実存哲学者・キルケゴールの影響などを発表するとある親しい先生が言っていた。確か近代文学同人の一人、作家で評論家の山室静の翻訳もあった。

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