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2006/11/29

超人のジャーナリスト・アイ 53 JR北海道開発 夢の乗物「DMV」

Cm_040213久し振りに地方発の起死回生策の真摯な姿を観た。この話の主人公は、JR北海道でその中身はと言えば、JR北海道車両部門が開発したレールを走るマイクロバスという世界初のDMV(DUAL MODE VEHICLEの頭文字を取って付けられた名称。二重式乗物)車両のことだ。あの幼稚園園児の通園に使われている黄色いマイクロバス(アメリカなどでは小学校の通学車両として走っていた。この光景をニューヨークやアトランタでよく見かけたね)、そのデザインと色には可愛さと愛嬌さがあるが、実際レールや道路を走っている姿は動物が駆け跳ねてるみたいで実にのどかなのだ。低コストを意識して開発した結果、一台1,500万円。道路からレールへの乗り換え、スイッチには一番苦労したらしく、雪除車の油圧で持ち上げている装置にヒントを得て改良に改良を重ねてようやく最近試運転のできるところまでこぎつけたらしい。試運転中に脱線という完成までの過程で「重傷」も負ったが見事に回復し、来年から営業開始を釧路あたりの線(線の名称が出てこない)で行なうという。そもそもなぜマイクロバスが車両に使われたか、読者諸氏はご存じだろうか。マイクロバスの幅と鉄道のレールの幅が合っていたからだそうだ。技術者の発想恐るべし、だ。この快挙は忽ち日本中に知られることとなり、路線廃止の憂い目にあっている地方自治体が目をつけ見学、視察が絶えないという。特に静岡県の富士市は、合併したことで市街地が広がり自動車通勤が増えたため、バスと鉄道利用者が減って頭を痛めているらしい。その富士市の市長自ら関係職員を引きつれて何度も訪れている。その甲斐実って最近地元の鉄道で試運転をしてまずまずの成果を収めた。スピードはそれほどではないが、車両が連結できることやレール→道路と乗りかえなしで病院などに行けてしまう利便性があり、コストはまだまだ下げられるとJR北海道車両部門関係者。安全性が保たれれば、まさしく夢の乗物なのだ。イギリスやドイツでも試みたが失敗している。久し振りの'おもろい'話題である。1日2,000人の乗客があれば採算は取れるらしいが、ラッシュ時は別として昼間の時間帯の利用者が少なすぎるらしい。15年前に比べて三分の一くらいになってしまったJR北海道管轄の路線にこの夢の乗物は、起死回生策の目玉になるか期待されている。
以上がTBSニュース23時の特集報道だった。

だが一方では、高速バスが走行中にエンジン付近が火を噴き火災になるトラブルが相次いでいることも報道されたばかり。バス寿命を延長して走らせた結果、エンジン付近の部品の磨耗、損失など金属疲労を起こし、また整備点検不良が見られたと事故調査委員会の報告があったが、あってはならない安全性の大いなる欠如だ。空恐ろしい。それではなぜこのような事態が何回も起こるのか。それは運賃競争で運賃コストが下がり、その分整備点検に十分回らないのだとか熟練整備士が不足しているとかバス会社と関係会社それぞれの現実があると専門家は指摘していた。怠慢そのものの現実が浮き彫りにした形だ。長距離を安く乗るにも利用者はそれだけ覚悟が要ることになる。他の国の典型的な例として、アメリカのグレンハント長距離運行バス会社は、こういった問題に対してどう対処しているのか聞いてみたいものだ。テレビ関係者の取材の突っ込みが今一だったか。【写真右上:JR北海道のHPより】

  

2006/11/27

超人の面白ラーメン紀行 54 『ぶぶか国立店』

晩秋に銀杏並木が一際映える国立。JR国立駅を降りて道路の左側をほんの2、3分歩くと油そばと大きく書かれた提灯が見えます。ラーメン専門店『ぶぶか国立店』の看板提灯です。豚骨と和風と二種類のスープがベースでねぎラーメン、チャーシューラーメン、玉子ラーメンなどがあります。筆者は油そばAburasoba
とはどんなそばか興味がありましたが、体調が今イチの人にはお薦めできませんと店の能書きが気になり、結局ねぎラーメンの和風味700円にしました。これは煮干しとかつお節のダシが効いた典型的な和風味、トッピングのねぎとメンマそれにチャーシューを大きく一掻きして啜るとストレート系中細麺に絡んで良い味を出していました。ダシの強烈さはありましたが何かコクがありましたね。筆者の体調があまり良くないこの日のコンディションの割にはめずらしく完食です。味覚がいつもと違ったモードにスイッチしてしまったのでしょうか。もっとも量は上品、少なめでしたが。オプションの4ケ入り200円の餃子は、多少パリパリ感もあるものの、ごくありふれた普通の味でした。午後2時頃客は若い男性4、5人、土曜日にしては客入りが悪いかな。それにしても店の名前の『ぶぶか』、お湯が噴出すようなユーモラスな語感(筆者などはその昔釜でご飯を炊き、木の蓋から沸騰して泡が零れることで炊き上がり具合が判る体験をして来ましたが、その釜から吹き出るアブクの音がこの語感っぽい、そうbunbuku-chagama・・・)の由来が気になります。今回は筆者の写真はありませんが、その代わり『ぶぶか高田馬場店』のHPからの写真を紹介します。分かりました、店の『ぶぶか』は、走り高跳びのブブカ選手にあやかり1cmでもより高く、否店がより成長するようにと願いをこめて付けられた名前だそうです。合点です。
『ぶぶか』①スープ★★★②麺★★☆③トッピング★★☆④接客・雰囲気★☆⑤価格★★☆

  和風麺啜る音にも秋深く

2006/11/24

超人の面白読書 24 澤正宏著・歌集『虫に聞け、草に聞け』

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2006年11月20日(月)の朝日歌壇。佐佐木幸綱選一席に

里山に熊が現れリンリンと朝靄をつく集団登校

という朝の光景を詠んだ歌がありました。選者の佐佐木幸綱氏の評も付いていました。第一首、今週は各地から投稿された熊の歌が何種もあり、これはその中の一首。大きくひびく鈴を携行しての集団登校なのであろう。ふだんとはちがう緊張感がつたわるというコメント。急いで書き写した著者の直近の歌がこれ、"里山にリンリン"です。西脇順三郎研究家で福島大学教授の澤正宏著・歌集『虫に聞け、草に聞け』は、朝日歌壇入選の珠玉の歌を中心に編んだ第一歌集。「宣暁」「珊瑚の吹雪」「虫に聞け、草に聞け」「寒夜の虎落笛」の4章から成り、1994年から2006年までに書かれた330首の短歌が収められています。その中の数首を拾ってみました。

核兵器切り札ならば虫に草にまずは問うてみよ地球の破滅

リンドウの花は開かず群青の無口の潤い秋を深くす

わが胸に入りて出てゆく空気あり肺を切除し癌晴れる初夏

啄木の歌作の底の哀しみにいまだ届かず老母を背負う

妻活ける友は行きけりその国へ響きも悲しいアイスランドポピー

人生の機微に入り、ときに社会を鋭く射ち、そして自然とコレスポンデンスする秀歌の数々-。愛おしさ、哀しさが通低音として響きます。嗚呼、抒情 ! ページを捲る度にその都度口ずさみたくなる歌がここにはたくさんあります。お薦めの一冊です。
(発行:日本図書センター 発売:2006年11月24日 定価:2,100円)

追記。澤正宏先生の短歌最新作の一首が2007年6月18日付朝日歌壇永田和宏選に載っております。

川底を水面の影が伸び縮みしながら走る初夏の草取り

少し前には佐々木幸綱選で最上の棚田を詠った歌も掲載されていましたが、その短歌が携帯にあったはずなのがありません。見つかり次第upしておきます。
(2007年6月24日 記)

追記。昨日著者から月曜の朝日歌壇(2007年12月17日付朝日新聞朝刊)で最新作が高野公彦選と馬場あき子選の両方に入ったとのメールが届きました。その秀作は盛岡出張での作だそうです。(2007年12月18日)

遠き野の渋民村も市に入り啄木弾きしオルガン朽ちゆく
   
●馬場あき子選評
渋民村は啄木のふるさと。今や盛岡市である。啄木が弾いたオルガンはどんなモダンな音色だったか。移ろう時代の古びが寂しい。
●高野公彦選評
滔々たる時の流れを感じさせる歌。

超人の面白読書 23 外岡秀俊著『情報のさばき方 新聞記者の実践ヒント』

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10月創刊の朝日選書12冊の一つがこの『情報のさばき方』。新書乱立の昨今、またまた新聞社系の進出である。そして朝日のエースの登場らしく、情報処理の実践論が245ページあまりのこの新書で綴られている。この本のあとがきで著者が書いている評論家の立花隆氏との対談で、立花隆氏があげた四つの資質がこの本の全てを物語っている。 1 取材力 対人関係形式力 信頼される人柄 2 筆力   説得力 3 眼力  広く深く遠くを見る力 ウラ側を読む力 4 バランス感覚

さて、この本には基本原則が5本並べられている。原則1。情報力の基本はインデックス情報である。原則2。次に重要なのは自分の位置情報である。原則3。膨大な情報を管理するコツは、情報管理の方法をできるだけ簡単にすることである。原則4。情報は現場や現物にあたり、判断にあたっては常に現場におろして考える。原則5。情報発信者の意図やメディアのからくりを知り、偏り(バイアス)を取り除く。以上が著者のいう基本原則でこの本はこの原則に則り書き進んでいく。

第一章 情報をつかむ では、著者の現在の朝日新聞編集局長の立場から実際に紙面が作られる過程を2006年5月のある日を具体的に題、行数、写真、社説などの出来上がるまでを描く。これはとても分かりやすく面白かった。筆者はかつてM新聞社の編集局でアルバイトをしていたのでこの様子は容易に想像がつくが、著者も書いているようにIT時代の始まる1980年代からは様子が一変する。コンピュータの導入によって活字文化から電子、デジタル文化へ変化して行った結果、原稿を打ち込むさん孔係、その打ち込み穴あきテープ化したものを地方局との送受信によって紙面づくりをしてきた時代はコンピューターに代わられ消えたが、筆者もその時代の新聞社にお世話になった一人だ。

不要になった名刺の裏に本ならば著者名と出版社と発行年、雑誌なら誌名と発行年月日、人から聞いた話しであれば、その人の名前と電話番号などを書き込みインデックス情報とし、書き終えてしまえば処分してしまうらしい。著者は蔵書は持たないで読み終えた本などは人に差し上げるか、廃棄してしまうというのだ。それは学生時代に数千冊あった蔵書を入社が決まってそれを郷里に送ろうとしたときに、輸送のトラックから数十箱の段ボール箱が消えて、すっからかんになりむしろ本を持たないことに爽快な気分を味わった時からと、そのショッキングな過去の苦い経験を綴っている。そしてさりげなく物としての情報は捨てると書く。いま、ここにいる自分の情報が「位置情報」、その項では歴史と地理の勉強方法を披瀝する。知らない場所に行った場合、迷わず地図を手に入れバスに乗る、歴史は小学生の郷土史の副読本を読む、博物館を訪ねることなどを勧めている。多分多少は筆者もこのいずれかはしていると思うが、確かに役に立つことかも知れない。

そして、メモ書きの工夫、取材準備の重要性、「西側情報筋」、「消息筋」、「観測筋」などの匿名取材源の話など具体的に役立つ話が続く。 第二章 情報を読む では「情報分析や予測にあたっては、明確な結論や断定は避ける」ことから自分で結論を出してみるいい、またまた軍事評論家の田岡俊次氏から「分析の精度を上げるには、ともかく結論を出せ」と教えられたという。それは情報分析力の自分の欠点を自覚する必要があるからとし、判断のプロセスを記録しておけば、その場合にも分析力を高めるヒントとなると書いている。 新聞記者には論理的で解析力にすぐれ、何かものごとが起きると、たちどころにその背景や道筋を説き起こすことができる書斎派と分析は不得意でも、人並外れたカンが働いて、いつもスポット・ライトがあたる事件の中心に先回りしている現場派の記者の二つのタイプがいるとし、前者は解説や論評を得意とし、後者は特ダネ記事に辣腕を発揮するらしい。著者は前者の典型的な書斎派タイプで特ダネなどには無縁の記者だと謙遜して書くがその違いもチラリ。うーむ、ナルホド、ザ・ブンヤ。 国家情報機関の素顔、致命的な情報の「政治化」、英BBCの「独立性」、「信頼すべき筋」とは何か、確かな分析の数々、からくりを知る、情報を流す側の狙いを考える、「からくり」の奥を知る、世論操作と検閲、戦争宣伝のレトリックと特派員時代の経験などを踏まえて情報のからくりを考える。そんな中で著者が実践しているルーズリーフに書かれた「一日一行」の行動記録、「備忘録」はすごい。多忙の人間にはこれは真似たいひとつだ。 第三章 情報を伝える では誰に何を伝えるか、書くためのヒント、まずは文章の設計図を、設計図の作り方、さまざまなタイプの職人たち、ノンフィクションとフィクションの境目、「三角測量」が可能にする克明描写、IT社会と情報、構想力と分析力が問われるでこの本は終わる。情報収集、情報分析・加工、情報発信の言わば「つかむ」、「よむ」、「つたえる」の記者生活30年渾身の『情報航海(=公開)術』なのだ。メディアリテラシーは今、これはそのやさしく書かれた典型的な回答集の一つであるかも知れない。この手の本で思い出すのは梅棹忠夫著『知的生産の技術』(岩波新書)だ。筆者はこの本に習って、今もって京大式カード使ってメモを取っている。しかも半年に一度は伊東屋に行ってはそのメモ用紙を仕入れてくる拘り派なのだ。そうして云十年だ。便利なものはよろしい。ところで、筆者の記憶に間違いがなければその昔『北帰行』で雑誌「文藝」の新人賞を取った作家の外岡秀俊氏がこの本の著者、彼はその道を選ばずジャーナリストになって今や天下の朝日新聞の編集局長である。デビュー時の鮮烈さが蘇ってくる・・・。  

2006/11/19

クロカル超人の北欧文学散歩 11 『タリエ』日本公演を風雨の中横浜新港埠頭に観に行く

Img065_1体感温度が5度位の風雨と寒さの中、会場も「海上」かと思わせる横浜新港埠頭でくり広げられたイプセン詩劇『タリエ・ヴィーゲン』をもとにしたパフォーマンス『Tarjeタリエ』。これは立体劇というかオリンピックの前夜祭などでみられるパフォーマンス、マルチメディアとダンスを組み合わせたポストモダン劇である。19世紀の創作を新たなパフォーマンスという形式で蘇らせ、現代を生きる私たちにテーマの普遍性を訴えかける意欲作なのだ。そこには大掛かりな仕掛け、たとえば重量680キロもある灯台のレンズをわざわざノルウェーのSvinøyスヴニュィ灯台から1ヶ月かけて輸送しこの埠頭に設置し、帆船のイメージの、6×12mのスクリーン5面で映し出されるパワフルな映像、特に荒波の効果を最大限に引き出したして止まない効果音など演出の斬新さがみなぎっていた。ノルウェー人、トーマス・ホーグ監督の面目躍如といったところか。この日本公演でのナレーター、個性派俳優・Masatoh Ibuの渋い語りはこの光景にぴったりで効果、演出とも抜群、しかしそれにも増してこの悪天候がこのパフォーマンスを増幅したかのようで臨場感たっぷり、現実と現の世界を現出して見せたことが何よりの感動の証左であろう。こんなパフォーマンスは作り手の思惑と観客との一体感が普通では成せない業なのだ。このイプセン劇がいうまさしく神の業だったのか、あるいは単なる悪戯に過ぎなかったかそれは想像に任せよう。比較的背が高く、洗練されてしかもこの夜は雨に濡れながら踊る女性ダンサー4人(それにしてもこの悪天候のなかビショビショで踊るとは、職業とは言え気の毒)のしなやかな仕草にみる感情表現がこの荒波、いわゆる人生のそれと重ね合わせるとき、多少唐突に思えても目に見えない何かうごめくもの、その感情の襞を優しく表現して余るのだろうか。ときにエロティシズムを想起させてくれてしまうのはダンサーが着ていた衣装の素材と色調それにコントラストと、何と言えば良いか、ここに現出する白と黒のあるいはそのグラデーションの、また具体的な舞台装置としての港の、埠頭の、諸道具との、融合したイメージの勝利だろうか。そして悪天候が災いしたかは筆者は知る由もない、一時間きっかりの貴重な観劇体験だった。これは印象に残るパフォーマンスの一つとして記憶されるだろう。ストリーは主人公タリエのノルウェーの沿岸を舞台にした人間の生き様を描き、復讐と許しというテーマを問題にしている。一度インターネットで日本語では読んだ筆者だが、どうもちょっと暗いし飛躍があるなとは筆者の個人的な感想である。ズボンやシャツそれに靴とビショビョになりながらの45分(場所が場所ですでに真っ暗、会場まで時間がかかってしまったのだ)の観劇後(150人位の観客はいたか)主催者側が用意した合羽をそのまま着てJR桜木町駅に帰る途中、ある若いカップルの会話を聴いてほっとしたのだ。いわく、こんなにびしょ濡れになって観たが忘れられない日になりそうと。このカップルに限らず他の人の表情にも爽やかな充実感が窺えた。少なくとも筆者にはそう見えた。
帰り際、桟橋を歩くその一角から撮った一枚の写真は、横浜黄昏、その"ニーオンサイン"・・・。Dscf0471_sh01_1

2006/11/16

クロカル超人が行く 52 呉市『海事歴史科学館』

Yamato1_110分の1の戦艦「大和」が展示(全長26.3メートル)されている呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)は、JR呉駅から陸橋を渡り「ゆめタウン」を通り過ぎてすぐのところにあります。映画「俺たちの大和」のロケ地もあってか街ぐるみで盛り上がっているみたいです。この日も中学生の集団がその「大和の戦艦」の前で係員の説明を熱心に聞いていましたね。昭和20年4月7日沖縄へ向かう途中でアメリカ軍の攻撃にあい沈没、その記録は吉田満著『戦艦大和の最期』に詳しい。パンフレットによれば、全長263メートル、水線長256メートル、最大幅38.9メートル、満載排水量72,809トン、基準排水量65,000トン、公試最大速力27.46ノット(時速51キロ)が戦艦大和の概要だそうです。呉工廠で建造されてわずか4年でその役割を終えたわけですが、3,056名の尊い命を落とすほど壮絶な最期でした。この悲劇の巨艦「大和」は、生まれ故郷の地「呉」において、今も私たちに平和を訴え続けていますとはこの館が作成しましたパンフレットの言葉です。館内1階は「呉の歴史」展示室で大和の技術、戦艦「金剛」の実物ボイラーと地形模型、大型資料展示室では零式艦上戦闘機62型、人間魚雷「回天」10型、特殊潜航艇「海龍」後期量産型と各種砲弾が展示されており、3階の「船をつくる技術」展示室には科学の原理を体験・体感を通じて分かりやすく紹介したウキウキドラムカン、操船シュミレーター・チャレンジナビなどが備えてあります。また、同じ階の「未来へ」展示室では宇宙開発への夢をはぐくむ科学技術と時空を超えた未来への希望を想像し続ける松本零士氏の世界や宇宙戦艦ヤマト模型が展示されています。実物の潜水艦が見られる潜水艦展望テラスや戦艦「大和」建造ドックや建造中の大型船、行き交うフェリーなども見ることができます(4階展望テラス)。以上はパンフレットからの抜粋です。人気番組の『なんでも鑑定団』の司会役の俳優・石坂浩二氏が自分で購入した軍艦「長門」の軍旗を寄贈したことや、大和ミュージアムのスタッフが鳥人間コンテストに出場し3位入賞を果たしたとかここのHPの最新情報は話題豊富ですが、何と言っても開館1年ちょっとで入場者200万人突破が一番でしょう。
開館時間展示室:9:00~18:00ライブラリー9:00~17:00会議室・研修室9:00~21:00 鑑覧料:大人500円、高校生300円、小・中学生200円 休館日:火曜日 ホームページhttp://yamato.kure-city.jp

晩秋の呉市内を歩いていますと、えっ、ここは浦賀 ? と間違えるほど地形も似ています。勿論造船業が盛んなところも同じですが、規模がこちらの方が多少大きいかも知れません。最近の産業統計資料を調べた訳ではありませんので自身がありませんが。【写真上:10分の1の大きさで再現した戦艦大和 呉市海事歴史科学館ホームページから】

2006/11/15

クロカル超人の北欧文学散歩 10 Ibsen year 2006 続

2006年9月21日付日経新聞「文化往来」欄にイプセン没後百年記念の国際フェスティバルがノルウェーのオスロで3週間開催されたことが書かれていた。なかなか刺激的な記事だ。以下はその全文である。

イプセン作品の核心に迫るフェスティバル
3週間の会期中、10カ国が参加、30近い公演があったが、家族観、社会観が激変した現在、説明的な時代背景を削り、作品の核心に直接飛びこんだ舞台が目立った。特にノルウェーの大胆なやり方に驚かされた。イプセン最後の戯曲「われら死者の目覚めるとき」を上演した国立劇場の舞台は、雪山を思わせる白い畑のような抽象的なセット。登場人物を三人に絞り、時間はわずか45分だった。国立巡回劇場の「野鴨」は大人の犠牲となる少女を中心とした装置なしの一人芝居で、女優の乾いた演技で澄明な悲劇に凝縮した現代化の手法が新鮮だった。フランス古典劇風に様式化したスウェーデン国立劇場の「ヨーン・ガブリエル・ボルクマン」、夢のように美しいロバート・ウィルソン演出「海の夫人」などに混じり、日本から唯一参加した名取事務所が「ふたりのノーラ」を上演した。有名な「人形の家」を基に主人公の二面性を能と現代劇で表現、能面の照り曇りがノーラの心情の変化を効果的に描写した。今回、本場ノルウェーで見られた新たな動向が、イプセンの作品を創造的に再生していく刺激になるのは間違いない。

さて、筆者の感想と言えば、没後100年のいま、イプセンの作品を現代風に読み替え意欲的に可能性を追求した試みと取れる。それはイプセンの作品にはそれだけ普遍性があることの証左だろう。

2006/11/12

クロカル超人の北欧文学散歩 9 Ibsen year 2006 『我々にとってのイプセン』を聴きに早稲田大学小野記念講堂へ イプセンが求めた幸福の段階についてそしてハプニングもあって・・・

Img058"Life is a stage"、人生はドラマとはとシェイクスピアの有名な言葉。筆者はそんな言葉がぴったりの、"まさかの"光景に実際に出くわした。それはイプセン没後100年記念フェスティバルの最後を飾るパネルデスカッション「我々にとってのイプセン」が、早稲田大学小野記念堂で行われた会場での出来事だった。一応パネラーがそれぞれイプセンとの関わりを語りまた、イプセンの現代的意味を論じた(『人形の家』、『ペール・ギュント』、『ヘッダカブラー』や『人民の敵』などの作品も出たが、『ロスメルスホルム』の作品がかなり話題に上った)あとの質疑応答で、イプセンが求めていた幸福の段階で安西氏と毛利氏との穏やかなやりとりがあって、そのことについて安西氏に早稲田の学生がそれでは幸福に代わるものとはどんなことか直接的かつ単純な質問を浴びせたとき、演出家で上智大学名誉教授の安西徹夫氏はその状態を演出に没頭しかつ上手く行ったときだと言い、また他のパネラー(イプセンの『民衆の敵』を現代風にアレンジして上演している社会派・劇作家の坂手洋二氏、演劇集団円の女優、佐藤直子氏)もそれぞれの考えを喋った。最後に司会進行役の翻訳家・演出家で成城大学教授の毛利三彌氏が幸福に代わるものについて喋ろうとした瞬間突然に言葉が途絶えてしまった。直前の外国人特別講演会での名通訳、このパネルデスカッションでは気の利いた司会と見事な解説が嘘のように、この幸福の言葉について語ろうとしたときに、何とも言えないある種の感情がこみ上げて来てきたらしい。少なくとも筆者を含め聴衆の誰もがそう思ったに違いない。ひょっとすると身内に何かがあったのか・・・。すぐさま隣の特別ゲストで国際イプセン協会会長でカナダ・ブリティシュコロンビア大学の教授であるエロール・デュルバック(Errol Durbach)氏に振ってしまった。彼はこの直前の特別講演会で物理学者のハイゼンベルクが唱えた<不確定性 uncertainty>原理を創作の分野に適用し、ベケット、ピンターなどの創作法にそれを読み取っている。イプセンについては、人生の問題にたやすく答えを出すことや登場人物を理解するのに明解な方針を打ち出すことを拒否する彼のドラマのスタイルを不確定性uncertaintyと定義し、シェイクスピアとの類似性を指摘しながら見事なイプセン解釈を見せていた。その彼がマイクを握って結局はhappinessとpleasureとの違いで、一方は、精神的に満たされたものという幸福、他方は、肉体的に満足するという快楽とは区別しなければならないと語った。
  さて、落ち着きを戻したところで毛利三彌氏は、いつかは話さなければいけないこととし昨年の妻の死という身内の問題を話してこう続けた。イプセンも晩年は幸福ではなかった、悲しみじゃないんだ、祝祭なのだと。その"大きな"呟きはまるで自分に言い聞かせているかのように筆者には感じた。と同時に筆者も小さな涙がぽつりと零れ落ちそうだった。これは明らかにも貰い泣きというやつだろうか。ゲストパネラーのエロール・デュルバック氏の戸惑った表情が聴衆からはっきりと読み取れた。
  最後に日本演技家協会の代表者が、このイプセン没後100年フェスティバルは還暦前でノルウェー語に挑戦し見事に個人訳イプセン戯曲全集を出して昨年亡くなった劇作家、原千代海氏が、そもそもこの企画を提案しイプセン劇に縁の深い早稲田大学が協力して出来上がったと述べたあと、イプセン劇は今でもヨーロッパのあちこちでで上演されているのに、日本では少ない、もっと見直されていいはずと締めくくった。筆者もこの早稲田の小野記念講堂の施設は立派だが、なぜにもっと聴衆が集まらなかったのか、不思議だ。(この日は多少強い雨で寒かったが・・・)100人足らずだったと思うが、題材といい、ゲストといいしかも無料展示もあるは映画もやるはと、そうだ、一昨日仕事の都合でほんのわずかしか見られなかった作・主演はリヴ・ウルマンと並ぶノルウェーの女優ユーニ・ダール、音楽はクリス・プールの『イプセンの女たち』-鷲を鳥篭に入れたらImg059_2-もその見事な動きと語りに見惚れた、エネルギッシュな女独り舞台もそうだ、それこそmottainaiイベントだった。この19日には横浜新港ふ頭でノルウェー人・トーマス・ホーグ演出の『タリエ』もある。復讐心に燃えるあまり慈悲の心を失い、策略の網にとらわれてしまう男の運命などをテーマにしたイプセンの詩『タリエ・ヴィーゲン』にもとづいたパフォーマンスらしい。これも楽しみである。イプセンと並んでもう一人の北欧の有名劇作家、ストリンドベリー。その影響を受けた北欧映画の巨匠、イングマール・ベルイマン演出の芝居もニューヨークで公演して好評だったらしいと毛利氏が言っていたが、この巨匠の最後の映画が近く日本で上映されるとの予告をテレビかな、見た。確か魔女、魔法使いの話だったか題名が思い出せない。北欧の演劇や映画は、なかなか魅了してやまないのだ。いや、ここまで書いて書き足りなかったことが一つあるのだ。毛利氏がイプセンの最高傑作と見ている『ペール・ギュント』の新訳が論創社から一昨日発売になったことである。
追記。この『ペール・ギュント』新訳本は、都内の大きな書店に問い合わせたところ、今月下旬に刊行予定。

2006/11/10

超人の面白ラーメン紀行 53 神保町『さぶちゃん』

Hanchan_nec_0087神保町の交差点を水道橋方面に向かって左に曲がった一角にあります小さなラーメン屋、それが知る人ぞ知る元祖半ちゃんらーめんの『さぶちゃん』。いつも決まって5,6人は並んでいるので、ちょっと迷ってもすぐ分かります。しかもほとんどが中高年の男性、これも不思議ですが。筆者は常連ではありませんが、この界隈に来ると何となく寄りたくなります。うむ、隣の『いもや』の天丼もたまにはいいかなと思いながら、10分位並んで7席で一杯の小さな店に入りました。アシスタントとともに白シャツ姿の体格のいい、海坊主みたいな(ちょっと言葉は悪いですが)店主が黙々と注文の品を捌いていました。これは30年前と少しも変わっていない仕草。変わったと言えば、この店主が老けたことぐらいでしょう。定番の半ちゃんらーめんは600円、醤油ラーメンであっさりそれに大きなチャーシューとメンマが乗った、一見どこにでもあるラーメンですが、そこがポイント、多少甘さが残る出汁になっているのです。その黄色いストレート系細麺がまた、この出汁に絶妙に合うのです。半分のチャーハンも添えてこの値段なのだから納得です。狭いながらも楽しみな、ちょっと前のラーメン屋なのです。その他4品。らーめん500円、ちゃーしゅーめん700円、大盛らーめん580円、ちゃーはん600円。
読者諸兄の何人かは食べたことがあるところかも知れませんね。
『さぶちゃん』Hanchan2_nec_0086

①スープ★★☆②麺★★★③トッピング★★☆④接客・雰囲気★★⑤価格★★★

半チャン食べたさ一心秋暖簾

2006/11/09

超人のジャーナリスト・アイ 52 アメリカ大統領中間選挙 民主党の勝利 

11月7日に行われたアメリカ大統領中間選挙。民主党が下院、上院とも勝利のニュースが日本のマスコミでも大々的に報道された。イラク問題に嫌気がさしたアメリカの人々が選択した改革の道かも知れない。ラムズフェルド国務長官は更迭、その会見で私は嫌われ者とは充分に承知していたとの発言、イラクでの犠牲者はその数を増していてもはや泥沼化状態なのだ。無策そのもの、ベトナム戦争ではないが、何も解決の糸口は見出せないまま犠牲になっていった兵士は多い。アメリカの大義とは何か、今それが問われている。ブッシュは藪の中のヤブかー。それにしても今や次の大統領にもっとも近い位置にいるヒラリー上院議員とクリントン元大統領との勝利宣言は、華やか、一方ブッシュ大統領はあと2年を残すが、議会との軋轢は避けられずレイムダック状態とは大方の見方だ。もっともクリントン元大統領の在任末期も似たようなケースだったが。
以下は直近のニューヨークタイムズ紙電子版トップページ。


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Rumsfeld Resigns; Bush Vows to ‘Find Common Ground’
By SHERYL GAY STOLBERG and JIM RUTENBERG
Published: November 9, 2006
WASHINGTON, Nov. 8 — Faced with the collapse of his Republican majority in Congress, President Bush responded swiftly on Wednesday by announcing the departure of Defense Secretary Donald H. Rumsfeld and vowing to work with Democrats “to find common ground” on the war in Iraq and domestic issues.



Joshua Lott for The New York Times
ILLINOIS After the rally for Representative J. Dennis Hastert, who will be replaced as speaker.
With Democrats having recaptured the House and control of the Senate depending on the outcome of a single unsettled contest in Virginia, Mr. Bush, sounding alternately testy and conciliatory at a White House news conference, said he was “obviously disappointed.” He portrayed the results as a cumulative “thumping” of Republicans and conceded that as head of the party, he bore some responsibility.

In Virginia, though Senator George Allen had not conceded Wednesday night, the Democrat, Jim Webb, was confident enough of victory to begin talking about transition. Mr. Allen’s defeat would mean that the Democrats would control the Senate for the first time since 2002 and would control both houses of Congress.

Just days after telling reporters that he would keep Mr. Rumsfeld on for the rest of his term, Mr. Bush said that the two had agreed “after a series of thoughtful conversations” that it was time for Mr. Rumsfeld, a magnet for criticism about management of the war, to go.

The president asked Robert M. Gates, who was director of central intelligence under Mr. Bush’s father, to take over at the Pentagon at a time when the administration is under intense pressure to develop a new approach in Iraq.

Senior White House officials said the Rumsfeld resignation had been discussed for weeks, coming as the violence intensified in Iraq and a growing number of critics — including Republicans — called for the secretary’s firing.

Several weeks ago, with the White House’s own internal polls showing Democrats making gains on antiwar sentiment, Mr. Bush and a few top aides began a series of secret meetings to discuss what he knew would be an explosive announcement.

Meanwhile, the president was holding heart-to-heart talks with Mr. Rumsfeld. As the longest-serving member of Mr. Bush’s cabinet — and a member of Mr. Bush’s father’s cabinet as well — the defense secretary had always enjoyed Mr. Bush’s unconditional public support.

The impending resignation was so closely held that the chairman of the Senate Armed Services Committee, Senator John W. Warner of Virginia, did not learn of it until Mr. Rumsfeld called him 45 minutes before it was announced. The White House was also wary about how the news might affect the election.

“It’s like when you get asked about the dollar,” one senior White House official said in describing why Mr. Bush gave no hint of the resignation when asked directly about it last week. “If you don’t give the same answer every time, the markets move.”

The timing of the announcement left no doubt that Mr. Bush wanted to make a dramatic demonstration of flexibility in dealing with a war that has come to define his presidency.

The White House said it had not yet determined whether to ask the departing Republican-controlled Senate to take up the Gates nomination or to wait for the new Senate, potentially in the hands of Democrats, to take it up next year. But Mr. Warner said he would like to see Mr. Gates confirmed by the end of the year, if possible.

Tuesday’s vote ripped apart the political landscape in Washington just two years after Mr. Bush won re-election and declared that he intended to expend his political capital on behalf of an ambitious agenda.

While members of both parties said the election was about the war as much as anything, Republicans opened a debate about whether they had also been undone by failing to stick closely enough to conservative principles. Republicans in the House moved toward overhauling their leadership, and presidential contenders in both parties began preparing for an almost immediate start to the 2008 campaign.

Democrats picked up at least 28 seats in the House, putting them in control of that chamber for the first time in 12 years.

By midday Wednesday, Democrats had won one of the two Senate races that had been left undecided overnight, claiming a seat in Montana from the incumbent Republican, Conrad Burns.

In Virginia, the Democrat, Mr. Webb, held a lead of less than 0.5 percent of the 2.3 million votes cast, aides to Mr. Allen suggested on Wednesday evening that he could acknowledge defeat as early as Thursday afternoon.

After spending weeks questioning Democratic approaches to the economy and national security as dangerous for the nation, Mr. Bush said he recognized “that many Americans voted last night to register their displeasure with the lack of progress” in Iraq. He said he intended to “work with the new Congress in a bipartisan way” and invited leading Democrats to meet with him at the White House beginning on Thursday.

Representative Nancy Pelosi, the California Democrat who is now expected to become the first female speaker of the House, said Mr. Bush had invited her to lunch, calling her “Madam Speaker-elect.”

Senator Charles E. Schumer, the New York Democrat who spearheaded his party’s campaign to take back the Senate, said he had received calls from Mr. Bush’s press secretary, Tony Snow, and his chief political adviser, Karl Rove, as well as the president himself. Mr. Schumer said he thought it meant the White House was serious about reaching out.

“He was gracious,” the senator said of Mr. Bush. “He said, ‘You did an amazing job, congratulations.’ He said, ‘I wish you were on my team.’ And I said, ‘No you don’t, Mr. President.’ ”

In the Capitol, Ms. Pelosi vowed to use the first 100 hours of the new Congress to push through what Democrats dubbed their “Six for ’06” agenda.

That program includes calls to raise the minimum wage, repeal subsidies for oil companies and incentives for companies to send jobs overseas, cut interest rates on student loans, give the government the authority to negotiate with pharmaceutical companies for lower prescription drug prices, and expand opportunities for embryonic stem cell research. On one of those issues, the minimum wage, Mr. Bush signaled there was room for a deal, as he also did on immigration.

But Democrats made it clear that their first order of business, even before taking over in January, would be pressing the Bush White House to change course in Iraq.


Senator Harry Reid of Nevada, the Democratic leader, called for Mr. Bush to convene a bipartisan summit meeting on Iraq. Ms. Pelosi, apparently unaware that Mr. Rumsfeld’s resignation was about to be announced, called pointedly on Mr. Bush to get rid of the secretary of defense, saying it would “signal an openness to new, fresh ideas.”

Also: House | Governors | State-by-State AnalysisAs Democrats turned their attention to governing, Republicans — including Mr. Bush — grappled with their losses. Although Mr. Bush had been insisting in public that he was confident Republicans would retain control of both houses of Congress, his aides said privately on Wednesday that the president knew as early as several weeks ago that Democrats were likely to capture the House, even as he hoped for an upset.

“If you look at it race by race, it was close,” the president told reporters in the East Room of the White House. “The cumulative effect, however, was not close. It was a thumping.”

Washington has been a one-party Republican town for almost the entire six years Mr. Bush has been president. Tuesday’s election ended any talk about Republicans establishing a permanent majority in the capital and upset a power structure that extended from Congress and the White House through the network of lobbyists, interest groups and donors who have supported Republicans and their agenda for years.

“We’re going to take a two-year hiatus,” Representative Thomas M. Reynolds of New York, chairman of the National Republican Congressional Committee, told reporters at a morning news briefing. Of Ms. Pelosi, he said: “My goal and job will be to make sure she never sets the record that Denny Hastert set.”

Mr. Reynolds was referring to the current speaker, Representative J. Dennis Hastert of Illinois, who has held the job longer than any other Republican in the nation’s history. Mr. Hastert issued a statement on Tuesday saying he would not seek the role of minority leader in the new Democratic-controlled House.

In addition to upending the balance of power between the parties in Washington, Tuesday’s election also set up a leadership scramble within the parties themselves. Two Democrats, Representative Steny H. Hoyer of Maryland and Representative John P. Murtha of Pennsylvania have both said they will seek the position of majority leader, to replace Ms. Pelosi if, as expected, she moves up to speaker.

And there has been speculation that Representative Rahm Emanuel, the chairman of the Democratic Congressional Campaign Committee who is widely viewed as an architect of Tuesday’s House victory, would seek the position of Democratic whip. Mr. Emanuel said Wednesday that he had not made any decision about the whip’s race but would do so “in short order.”

At the other end of Pennsylvania Avenue, Mr. Bush gathered his senior aides — Mr. Rove; Joshua B. Bolten, the White House chief of staff; and Dan Bartlett, counselor to the president — in the Oval Office before 7 a.m. Wednesday to assess the new power structure on Capitol Hill.

Although the White House had been insisting for weeks that it was not planning for a Democratic takeover, those in the room were part of a small cadre of presidential advisers, also including the national security adviser, Stephen J. Hadley, and the domestic policy adviser, Joel D. Kaplan, who had already been doing just that.

“We got thumped, it’s time, let’s go,” Mr. Bush said, according to one person who was present at the early morning meeting. “Let’s get them on the phone. Is it too early?”

Aides to Mr. Bush said they wanted to make some fast moves to show they were nimble in the face of the new challenge and to seize at least some of the stage on a day that belonged to Democrats. At the same time, they said, they wanted to show they had heard the voters’ message that it was time for a new direction in Iraq.

And they said Mr. Gates was someone the president was comfortable with; Mr. Bush considered him for the position of director of intelligence, now held by John D. Negroponte.

Mr. Gates and the president met secretly on Sunday at Mr. Bush’s ranch in Crawford, Tex.; to avoid the prying eyes of reporters and low-level White House officials who were camped out in nearby Waco, Mr. Gates met senior aides to Mr. Bush in the little town of McGregor and was then spirited into the ranch, aides said.

Mr. Gates, the president of Texas A&M University, had a difficult confirmation as director of central intelligence 15 years ago because of accusations that he had slanted intelligence. Senator Carl Levin of Michigan, the senior Democrat on the Senate Armed Services Committee, pledged to give Mr. Gates “a fair and fresh look,” despite voting against his confirmation in 1991.

Despite the pronouncements of bipartisanship on both sides, there were questions about how Mr. Bush would work with a party whose Senate leader, Mr. Reid, has called him “a liar,” and whose House leader, Ms. Pelosi, has called him “incompetent.”

Asked in an interview on ABC News about her comments that Mr. Bush was incompetent, Ms. Pelosi replied, “Incompetence in the implementation of a war is dangerous,” but she quickly added that it was time to move past old conflicts.

Mr. Bush, meanwhile, was asked at his news conference how he could have been so hopeful of Republican victory in the face of polls predicting such serious losses.

“I thought when it was all said and done, the American people would understand the importance of taxes and the importance of security,” the president said. “But the people have spoken, and now it’s time for us to move on.

クロカル超人が行く 51 渋谷駅界隈

Densha_nec_0084_1渋谷駅ハチ公前に突然エコ電車が出現かー。これは電車モニュメントと言ってつい10日前の10月26日に建てられたばかりらしい。昭和29年製の超軽量車両5000系一両で中は渋谷と電車に関する変遷を写真で綴る、言わば「動かない」電車博物館。東急電鉄と渋谷は東急の本社がここにあるほどだから昔から結びつきが深い。その歴史もおさえておきたい想いがあるかもしれない。突然四角い蛙が、あなたたちもエコする精神を持った人間になって下さいと、特に若い人に呼びかけているように筆者には見えた。それにしても大きなモニュメントだ。しかも渋谷駅派出所の脇とはー。

2006/11/04

超人のジャーナリスト・アイ 51 新生『暮らしの手帖』

Img055_3伝説の人・花森安治と戦後の主婦層を牽引し啓蒙し続けてきた『暮らしの手帖』のことは、このコラムでも何回か言及して来ました。思想的な遍歴、一貫した生活改善主義、ファッションの奇抜性、広告を載せない雑誌等など戦後の名編集者の一人でした。しかも戦後20年代に書いたものには当時を活写したルポタージュものが光っていました。その歯切れのいい文章は確かなロジックと観察眼の賜物。筆者は朝日新聞の死亡欄に載った「花森安治」の記事が今でも印象的です。ところで、この戦後の優等生的な雑誌『暮らしの手帖』が危機に瀕して新編集長を大抜擢した記事が、2006年10月26日付朝日新聞朝刊の人欄に載っていました。それが文筆家で古本屋「COW BOOKS」の代表の松浦弥太郎氏、40歳です。世田谷文学館が開催した「花森安治と『暮らしの手帖』展」(筆者は行きたいと思ってメモを取っていましたが、行きそびれてしまいました)の展示や冊子を手がけたのがきっかけらしい。この世田谷文学館はユニークな企画で今注目されている文学館です。ところで、この有名な雑誌も時代の急激な波に乗り遅れたみたいで読者層を掴み切れないでいるらしい。その証拠に全盛期には発行部数が100万部ありましたが、今や5分の1の20万部と、この記事は書いています。看板企画の商品テストも復活、子供用携帯電話や銀行のサービスなどをテストすると言います。面白、おもろい、やってみなはれ、です。高校中退して渡米、道端で雑誌を売ることから仕事を始めたらしい。この記事でも言及していますが、移動本屋のことなど新聞でも話題なって、確か大阪梅田界隈で開店して注目された人だと筆者は記憶しています。なかなか気骨の、ガッツある人間かも知れません。雑誌『暮らしの手帖』のモットーの日常革命はいいですが、ちょっと高踏的否気取っていたことと読者の主婦層の年齢が高齢化しているなども低迷している原因でしょう。雑誌の性格は多少違うけれども、最近のフリーペーパーのR25そして最近出たばかりの女性版L25(近い将来の読者即ち予備軍層)は、早速テレビと創刊時に連動、一気に読者を獲得する作戦が展開されていました。ヤラセではないと思いますが、この25歳から35歳までの女性をターゲットにした新雑誌を抱えていた初老のサラリーマンが、テレビのインタビューを受けて、あっ、R25と間違ったかなと困惑していたのには思わず筆者も笑ってしまいました。R25は60万部、フォローの風に乗ってL25も強気と思います。就職情報誌など業界大手のリクートが仕掛け、商業誌の発売が間に合わなくなるほど印刷会社を席巻していてるらしいです。良い意味では歯切れのよい役に立つ記事、悪い意味では細切れすぎて尻切れトンボと筆者などには映ります。新生雑誌『暮らしの手帖』は、実用と教養のバランスをどの読者にむけて発信していくのか、興味はありますね。ここは新編集長のお手並み拝見と行きましょう。しばし静観です。

超人のジャーナリスト・アイ 50 新聞・雑誌拾い読み  

  雑誌『文学界』11月号で世界の文学賞を特集している。「世界の文学賞はどうなっているのか」がテーマだが、沼野充義の西欧中心からマイノリティへ-ノーベル賞、新元良一のヴェテランの君臨した25年-アメリカ、國分俊宏のゴンクール賞とライブァル達-フランス、縄田雄二の朗読と受賞演説の重要性-ドイツ語圏、生駒夏美の批判に晒されるブッカー賞、橋本勝雄の2000もの賞がひしめく-イタリア、安藤哲行の世界的成功への第一歩-スペイン語圏そして工藤正廣の文学賞はロシア文学再興の力となるか-ロシアとこの特集に52ページを割いている。なかでもロシア文学者の沼野充義氏の文章を興味深く読んだ。その最後のところで面白いことを言っていて実際当たったのだ。曰く、「最近のノーベル賞の傾向からすると、村上氏や、彼と同じ程度に国際的なスターといえるミラン・クンデラなどは、ちょっとポピュラーになりすぎてしまった感があって、かえって受賞は難しいのではないか。もっとも、こんな予言をしてもあまり意味はないし、予言がはずれたら私個人としては大変嬉しい。村上作品の新しさを前にして、スウェーデンの長老たちが判断基準を変えることだって、ありえるだろう。村上文学にはいわば「ゲームのルール」そのものを変える潜在的な力があると思う。」
10月13日の朝刊は各紙一斉に2006年度のノーベル文学賞はトルコのオルハン・パムク氏が受賞したと発表した。その時点で沼野氏は苦笑いをしていたと筆者などはすぐ想像してしまうが。そして、この他にもある世界の文学賞のなかで、アイルランドのオコナー国際短編小説賞、チェコのフランツ・カフカ賞が村上春樹氏に贈られたという記事が10月に立て続けに新聞に載ったのだ。チェコのフランツ・カフカ受賞者は、過去にその受賞実績もあってかノーベル文学賞に一番近いところにいると言われている。今回も村上氏が有力候補と騒がれていたらしい。『海辺のカフカ』という作品もあるし世界中で翻訳されているので(以前に書いた雑誌『遠近』の村上春樹特集に世界中の翻訳書の詳細が載っている)、東欧・ドイツ語圏でも読まれていると思う(チェコではこの『海辺のカフカ』は10月にでたばかりだった)。何と言ってもカフカの名前を広めた功績は大きいと思うのだ。何かネーミングが上手いし読者を擽るよね。したたかな戦略家かー。Img052_1

毎日新聞夕刊に書いていた現代詩人・荒川洋治氏の「文芸時評百年」が興味を引いた。最初の文芸時評は明治後期に正宗白鳥が読売新聞に書いたのが始まりだと披瀝していた。読み進めて途中で思わず、えっ、である。もうすでに中学の時に文芸時評を読んでいたのか、林房雄とか、この人は。想い出した、中三の頃かな、佐久間君という人がわら半紙に小説書いたから読んでよ、と何か坂の途中の大きなケヤキの下で見せてもらったことを。小生などは平野謙あたりかな、真剣に読み始めたのは。それと文芸評論家は意外と作家を掘り出す力がない云々とこの人らしい結構辛辣さもあって面白かった。これ以外にも2,3箇所なるほどと思わせるところもあったが忘れた。

そして、10月の文芸時評。朝日新聞は加藤典洋氏、毎日新聞は川村湊氏。芥川賞受賞作家の綿矢りさの新作『夢を与える』が雑誌『文藝』に載った500枚の長編小説を巡っての見解が面白かった。加藤氏はこの長編小説を失敗作と断じたがその将来性を感じたのかそれでもいいと評価、一方そこまでは評していないが、実験作っぽいところに期待している感じだったのが川村氏。読売新聞は誰が書いているのか興味があったが、つい買いそびれた。近いうち読んでまた書いてみたい。たまには比較して読むのも良いかも知れない。
追記。その読売新聞10月24日では文芸欄の記者、山内則史氏がCMモデルの美少女が高校入学時にブレーク、やがてスキャンダルにまみれるまでとごく簡単にあらすじを追った後、意欲、語りの才気は見えるけれど、展開には既視感がありやや物足りない、氏特有のリリシズムもなくこれまでの作品ほどには迫ってこないとの評価を下していた。10月の文学時評の冒頭でこの記者は、文学賞の応募数は「文芸」、「すばる」、「新潮」、「群像」そして「文学界」の純文学系で1万1000作を超えて、小説を書くことが「普通のこと」になっていると書くが、この秋は「豊作」の手応えがないらしい。量産されてはいるが質が高まっていないことを示唆しているようだ。それより同じページにあった詩評で安藤元雄の「ほんの少しではあるが、詩と短歌や俳句などのジャンルをへだてる垣根が乗りこえられる気配がある。一昨年来『日本詩歌句協会』という集団が立ち上げられたのもその一例云々」の記事の方に筆者は興味を持った。
【写真:フランツ・カフカ賞授賞式での作家・村上春樹氏。記者会見では「私にとっての賞は読者」と語り、それに先立つ授賞式では「本は、僕たちの内部の凍結した海を裂く斧でなければならない」とカフカの手紙の一節を朗読したと毎日新聞は伝えている】

秋の空晴れ渡ってはハルキ節

超人の面白音楽 北欧の音楽 エドヴァルド・グリーグ

  ノルウェーの作曲家・エドヴァルド・グリーグBio_02_grieg
が来年没後100年を迎えるという。ピアノ協奏曲イ短調は昔から好きなピアノ曲。
あの軽快ながらも高低の落差のある音色は、まさしくフィヨルドの中の滝を流れる水、その零れ落ちそうな情景が音になったような名曲、そんなグリークの曲を何度聴いたことかー。そのグリーグの生誕100年記念行事が今年のイプセン祭に続き、ここ日本でも来年開催されるらしい。以下はノルウェー大使館のウェプサイトから。
 

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2007年2月12日(月・祝)
日本・ノルウェー音楽家協会第12回演奏会
~ グリーグ没後100年記念演奏会Vol.1 ≪グリーグと文学≫
自由学園明日館講堂14:30  全席自由\2,000
【出演】
日本・ノルウェー音楽家協会メンバー
【演奏曲目】(全プログラムグリーグ作品)
組曲「ホルベアの時代から」、アンデルセン/ビョルンソン/イプセンの詩による歌曲(君を愛す、初めての出会い、白鳥、スイレンを手に)、組曲「シーグル・ヨルサルファル」より、ヴィニエ/ガルボルグの詩による歌曲(川のほとりで、ロンダーネにて、「山の娘」よりヴェスレモイ/青い実の斜面/逢い引き)、付随音楽「ペール・ギュント」(抜粋・室内楽/ピアノ連弾版)
[お問合せ] 日本・ノルウェー音楽家協会 jnms@attglobal.net / TEL 03-5021-3983
       http://jnms.web.infoseek.co.jp/


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2007年2月10日(土)
≪ピアニスト100≫レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル
彩の国さいたま芸術劇場16:00  一般S\4,000/A\3,000 学生S\2,000/A\1,000
【出演】
レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)
【曲目】
グリーグ: ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード、シベリウス: キュリッキー3つの叙情的小品、シェーンベルグ: 6つの小さなピアノ曲、ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第32番
★中村紘子音楽監督によるトーク付き
[お問合せ] 彩の国さいたま芸術劇場 TEL 048-858-5511 (10:00~19:00)  http://www.saf.or.jp/

※筆者はこの演奏会のチケットを購入しました。楽しみです。

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2007年2月6日(火)、8日(木)
レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル
2007年2月6日(火)王子ホール19:00
2007年2月8日(木)東京オペラシティコンサートホール19:00
【出演】
レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)
【演奏曲目】
グリーグ: ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード、シベリウス: キュリッキー3つの叙情的小品(6日)、シェーンベルグ: 6つの小さなピアノ曲(6日)、ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第32番、ムソルグスキー: 組曲「展覧会の絵」(8日)
[お問合せ] ジャパン・アーツぴあ TEL 03-5237-7711


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2007年1月25日(木)
広島交響楽団第265回定期演奏会
広島厚生年金会館18:45  S\5,000/A\4,500/B\4,000/学生\1,500
【出演】
広島交響楽団(指揮: 秋山和慶、ピアノ: ユリヤ・チャプリーナ)
【演奏曲目】
グリーグ: ピアノ協奏曲イ短調、ニルセン: 序曲「ヘリオス」、ベンディクス: 交響曲第3番(日本初演)
[お問合せ] 広島交響楽団事務局 TEL 082-544-2900


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2006年12月5日(火)、6日(水)、7日(木)
プレ・イヤーイベントVol.2 ノルウェー民俗音楽の夕べ
自由学園明日館ホール18:45  全席自由\2,500[各日50席/茶菓子付]
【出演】
GJETORD(ノルウェー・テレマークを中心に活動する若手の民俗音楽演奏グループ) 他
【演奏曲目】
未定
[チケット発売開始] 10月1日
[お問合せ] グリーグ2007記念プロジェクト実行委員会 info@grieg2007.com / TEL 03-5021-3983


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2006年11月3日(金)、6日(月)
ウィーン交響楽団 日本公演
2006年11月3日(金)14:30 横浜みなとみらいホール
2006年11月6日(月)19:00 東京文化会館
【出演】
ウィーン交響楽団 (指揮: ファビオ・ルイジ、ピアノ: ユンディ・リ)
【演奏曲目】
グリーグ: ピアノ協奏曲イ短調、モーツァルト: 交響曲第40番(3日)、ブラームス: 交響曲第4番(6日)
[お問合せ] ジャパン・アーツぴあ TEL 03-5237-7711


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■エドヴァルド・グリーグ

 エドヴァルド・グリーグは1843年6月15日、西ノルウェーの街ベルゲンで生まれました。幼い頃から音楽の才能を開花させ、国際的なヴァイオリニストであったオーレ・ブルの勧めでドイツへ渡ったのは15歳の時でした。その後、コペンハーゲンに移り、生涯の伴侶ニーナと出会いました。歌手であったニーナは生涯を通じ、作曲家グリーグのよき理解者となりました。
 代表作「ペール・ギュント」、「ピアノ協奏曲イ短調」などを作曲した、オスロでの10数年を経て、西ノルウェーに戻ったグリーグはより一層、ノルウェーの美しい自然や民俗音楽に魅かれていきました。フィヨルド、山々、森、そしてそこで暮らす人々が奏でる素朴な旋律はグリーグに多くのインスピレーションを与えたのです。
 10集あるピアノ小品集「叙情小曲集」の多くにはこの頃の日常がまるで日記のように綴られています。グリーグは作曲家として国際的な評価を得た後も、あくまでも≪ノルウェー≫にこだわり続けました。
 1907年9月4日、グリーグはこよなく愛した故郷ベルゲンで64歳の生涯を閉じました。グリーグ夫妻がベルゲン郊外に建てた家、トロルハウゲン(「トロルの丘」の意)は現在グリーグの博物館兼コンサート会場として親しまれています。

グリーグ2007プロジェクト実行委員会のwebsiteから。info@grieg2007.com

2007年11月12日(月)
第31回ミュージック・イン・スタイル
~グリーグ没後100年記念
東京文化会館小ホール
【出演】
岩崎淑(ピアノ)、ジョセフ・リン(ヴァイオリン)、上村昇(チェロ)
【演奏曲目】
ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ (オール・グリーグ・プログラム)


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2007年10月14日(月)
日本・ノルウェー音楽家協会第14回演奏会
~ グリーグ没後100年記念演奏会Vol.3 ≪グリーグと民俗音楽≫
自由学園明日館講堂 詳細未定
【出演】
日本・ノルウェー音楽家協会メンバー
【演奏曲目】
未定
[お問合せ] 日本・ノルウェー音楽家協会 TEL&FAX 03-3983-5021
       jnms@attglobal.net http://jnms.web.infoseek.co.jp


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2007年10月14日(月)
日本・ノルウェー音楽家協会
~ グリーグ没後100年記念セミナー ≪グリーグと民俗音楽≫
自由学園明日館講堂 詳細未定
【講師】
A.ヴォルスネス氏(オスロ大学音楽学部教授)
[お問合せ] 日本・ノルウェー音楽家協会 TEL&FAX 03-3983-5021
       jnms@attglobal.net http://jnms.web.infoseek.co.jp


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2007年9月8日(土)~12日(水)
ノルウェーソリスト合唱団日本公演
2007年9月8日(土) 横浜みなとみらいホール(横浜)
2007年9月9日(日) しらかわホール(名古屋)
2007年9月11日(火) 京都コンサートホール(京都)
2007年9月12日(水) 小出郷文化会館(新潟・魚沼)
【出演】
ノルウェーソリスト合唱団(指揮:グレーテ・ぺダーシェン) 他
[お問合せ] Nordic Culture, JAPAN TEL&FAX 03-3983-5021
       nskor@attglobal.net


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2007年8月3日(金)
関西フィルハーモニー管弦楽団
コミュニティー・コンサート
オーク・ホール(関西フィルハーモニー管弦楽団練習場)19:00
大人¥1,500/高校生以下¥500
【出演】
関西フィルハーモニー管弦楽団(指揮:藤岡幸夫)
【演奏曲目】
グリーグ:ホルベルク組曲、ハイドン:交響曲第103番「太鼓連打」
[お問合せ] 関西フィルハーモニー管弦楽団 TEL 06-6577-1381


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2007年6月23日(土)
日本・ノルウェー音楽家協会第13回演奏会
~ グリーグ没後100年記念演奏会Vol.2 ≪トロルハウゲンのグリーグ≫
自由学園明日館講堂 詳細未定
【出演】
日本・ノルウェー音楽家協会メンバー
【演奏曲目】
未定
[お問合せ] 日本・ノルウェー音楽家協会 TEL&FAX 03-3983-5021 
       jnms@attglobal.net http://jnms.web.infoseek.co.jp


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2007年4月26日(木)
東京ニューシティ管弦楽団第50回定期演奏会
~ グリーグ没後100年記念演奏会
北とぴあさくらホール19:00  S¥5,000/A¥4,000/B¥3,000/学生¥1,500
【出演】
東京ニューシティ管弦楽団(指揮:曽我大介)、三輪郁(ピアノ)
鵜木絵里(ソプラノ)、柄本明(語り)、山瀬理桜(ハルダンゲル・ヴァイオリン)
【演奏曲目】(全プログラムグリーグ作品)
ノルウェー舞曲、ピアノ協奏曲イ短調、音楽物語「ペール・ギュント」《オリジナル脚本》[ハルダンゲル・ヴァイオリン使用上演日本初演]
[お問合せ] 東京ニューシティ管弦楽団 TEL 03-5933-3222/FAX 03-6766-3782 
       ticket@tnco.or.jp  http://www.tnco.or.jp


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2007年4月7日(土)
没後100年記念 グリーグピアノ作品連続演奏会
第2回 私のグリーグ 私とグリーグ
松濤サロン  全席自由¥3,000[50席]
【出演】
ピアノ&おはなし リヴ・グラーセル(元ノルウェー国立音楽大学教授)
【演奏曲目】
未定
[お問合せ] グリーグ2007記念プロジェクト実行委員会
       info@grieg2007.com / TEL 03-3983-5021
[チケット取扱い] タカギクラヴィア㈱ TEL 03-3770-9611


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2007年4月2日(月)
第13回童話の森アフタヌーンコンサート ~ グリーグ没後100年記念コンサート
東京文化会館小ホール19:00  大人¥3,000/子供(中学生以下)¥2,500/親子ペア券¥5,000
【出演】
末高明美(ピアノ)、リヴ・グラーセル(ピアノ)、松谷友香(ソプラノ)、杉浦美加(ヴァイオリン)
大谷マヤ(朗読)
【演奏曲目】(全プログラムグリーグ作品)
「ペール・ギュント」組曲、歌曲(君を愛す、夢、白鳥 他)、ホルベルグ組曲、ヴァイオリン・ソナタ第3番
[お問合せ] ㈱日本交響楽協会 TEL 03-5721-4621
      http://homepage3.nifty.com/dowanomori


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2007年3月31日(土)
グリーグ没後100年記念コンサート ~ 音楽物語「ペール・ギュント」
河口湖円形ホール18:00  ¥3,000(ステラ会員¥2,700)
【出演】
末高明美(ピアノ)、リヴ・グラーセル(ピアノ)、松谷友香(ソプラノ)、杉浦美加(ヴァイオリン)
大谷マヤ(朗読)
【演奏曲目】(全プログラムグリーグ作品)
「ペール・ギュント」組曲、歌曲(君を愛す、夢、白鳥 他)、ホルベルグ組曲、ヴァイオリン・ソナタ第3番
[お問合せ] 河口湖ステラシアター TEL 0555-72-5588 / http://www.stellartheater.jp


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2007年3月16日(金)
関西フィルハーモニー管弦楽団
Meet the Classic vol.14 ~北欧音楽特集~
いずみホール19:00  1階席¥4,000/2階席¥3,000
【出演】
関西フィルハーモニー管弦楽団(指揮:藤岡幸夫)、ピアノ:青柳晋
【演奏曲目】
グリーグ:「ペール・ギュント」第1組曲、グリーグ:ピアノ作品より、
グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調より 第1楽章、シベリウス:交響曲第1番
[お問合せ] 関西フィルハーモニー管弦楽団 TEL 06-6577-1381


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2007年3月11日(日)
コンセール241 ガラコンサートVol.13
~ グリーグ没後100年に寄せて
横浜市旭区民文化センター サンハート14:30
【出演】
福井早枝子、熊本美也子、加行尚、奥山千賀子、佐藤里美 他
【演奏曲目】
「ペール・ギュント」組曲、ソルヴェイグの歌、ソルヴェイグの子守歌 他
[お問合せ] コンセール241 TEL 045-921-2285

2006/11/03

クロカル超人のグルメの話 カツオ 7

  昨夜も千葉産の戻りカツオ一さく680円のを食べましたが、あまり美味しいとは感じられませんでした。何だか今年もカツオ漁が不作のうちに終わってしまうみたいです。獲れたり獲れなかったりのシーソーゲームを繰り返しています。しかも値段は高価、なかなか庶民には手に届かない魚になってしまったのかしら。カツオフリークの筆者としてはとても残念な出来事、今後も期待できないみたいで哀しくもあります。黒潮が地球の温暖化などで日本沿岸から遠ざかっていることが原因とは2,3年前にも新聞で騒がれていましたが・・・。それどころではない最近の食材・「魚」事情はBSE問題、鳥インフルエンザ、健康ブームそれに寿司などの日本食ブームによって世界の魚買い付け事情が激変しているとのニュースが新聞のトップニュースを飾ったりしています。マグロ、いわし、鮭、イカにシシャモなど日本人の食卓を彩る魚が市場の高騰により食卓から消える日も近いかも知れないらしいのです。現に買い付けができない魚によっては代わりの魚に変えられたり量を少なくしたりとそれなりの工夫がコンビ二やスーパーなどで見え始めたと言われています。世界の台所事情は特に魚の場合よく食する日本へ、が今までの通例でしたが、このところヨーロッパや中国での需要が急拡大していると報じられています。何だかだんだん食文化も枯れて寂しくなりますね。そう、カツオの話です。年がら年中食べている筆者は、それでも美味と思えたカツオには年2,3回位しか味わえないから獲るほうの漁師さんも大変なことは(職業とは言え)想像に難くありません。スーパーの魚売り場を奔走してもなかなか良いのにでくあわせなくなりました。おぃ、カツオ ! ザザエさんの漫画ではありませんが、箒で部屋中を追い掛け回すサザエさん、それは何と大海の海原を追いかける漁師さんの姿とダブります、ね。
 ところで、スウェーデンのtv4.seの2006年11月2日付電子版には魚に関するこんなショッキングな記事を見つけました。以下はそのさわりの部分の紹介とその私訳。

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Haven tömda på fisk inom 40 år enligt studie
Forskare: "Naturen fundamentet för vår utveckling"NYHETER: År 2048 kommer alla hav att vara tömda på fisk och skaldjur, konstaterar en internationell forskningsgrupp.


Fisken i haven slut inom en livstid.Fortsätter vi som nu kommer världshaven redan år 2048 att vara tömda på alla dearter av fisk och skaldjur som vi äter i dag, konstaterar en internationell forskargrupp. Och den snabba utarmningen av oceanerna slår direkt tillbaka mot oss själva.
- Det är dags att vi börjar att se på det här som inte i första hand miljöfrågor, utan som utvecklingsfrågor. Vi pratar fortfarande om att naturen och miljön är någonting som vi måste göra någonting åt och bevara, men vi inser fortfarande inte att den är själva fundamentet för vår egen utveckling, säger Carl Folke, professor i naturresurshållning vid Stockholms universitet.

研究によると海洋は40年以内に空になるとの見出し。2048年には世界の海洋には魚介類がいなくなると国際的な研究者グループが結論づけています。
そして詳細を読み進んでいきますと、海洋にいる魚は生命を終えますとのリード見出し。私たちは今日食べている魚介類のあらゆる種類が絶滅するような海洋がすでに2048年にやって来きますと国際的な研究グループが結論づけています。そして海洋のこの早過ぎる"海の砂漠化"が私たちにも直接襲いかかって来るというのです。これは今すぐ至近的な問題ではなくむしろ、発展的な問題として注視し始める時なのだ言います。私たちは更にしっかりと保持しなければならないものが自然と環境であることについて議論していますが、そのことが発展していくための基礎的条件そのものなのだということを私たちは理解していないのですと、ストックホルム大学自然資源学部のカール・フォルケ教授は語っています。彼はこの研究グループの一人で、世界の海洋承諾についてかなり落胆させるショッキングな報告書を書き、近く刊行される権威のある科学雑誌『サイエンス』に掲載される予定です。
世界の海洋環境の激変が魚介類を絶滅させる、これは筆者も含めて魚介類を特に好む私たち日本人とってはかなりショッキングなニュースです。カツオどころではありませんね。でも、40年後・・・。


2006/11/02

超人の面白ラーメン紀行 52 東京都町田市『雷文』

Nec_0082_raimon筆者は背油がきつかったり出汁が塩辛かったりと、ここ2,3日良いラーメンに当たっていませんでした。挽回の意味も込めてここは思い切って一度は食べてみたかった町田の有名なラーメン専門店に出向こうと決心しました。それが本町田にあります『雷文』。駅から離れていることはテレビや雑誌で知っていました。タクシーを飛ばして10分、その店は鶴川線、菅原神社の信号を右折してちょっと行った左側にコスモスなどの花に囲まれたところにありました。木造の小さな店です。入るとすぐに肝っ玉かあさんこと女店主を見つけたミーハーの筆者は、ちょっと嬉しくもなりましたが、つかさず厨房の男性に座る場所を指定されてしまいました。奥の方のカウンター席が空いてたにもかかわらずです。客に選べさせればいいものを、と一瞬むっとしましたが、仕方なく指定された入口近くに鎮座。少し待たされたあと、しょうゆラーメン700円を注文。その後トイレへ。「有機栽培で育てた花を無料で差し上げます」の貼り紙や「紙オムツは捨てないで必ず持ち帰って下さい」などの貼り紙がところ狭しと貼ってありました。なかなかトイレも主張しています。
ラーメンはsimple is bestそのままの、全体的に少なめ、上品なラーメンです。追求の結果がこういうシンプルなものになったのでしょうか。透明な鶏がらスープはあっさり系、黄色い縮れ細麺、四国直送の薄切りの特製チャーシュー一枚そしてメンマと刻みネギ少々、これで全部です。ものたりない、ものたりない、これでは日高屋のラーメンじゃ、そこで周りを一瞥して地鶏半熟卵を追加注文しました。ふっくらやわらか、これは当たりでした。手短に評すれば、一昔前の札幌ラーメンの味を試行錯誤しながら今風にアレンジして再現したものでしょう。鶏がらスープのあっさりとした食感が舌を刺激、その旨味成分が縮れ細麺と絡む時不思議な味の世界を堪能させて止まないから不思議、まさに典型的な静謐感のある食の饗宴と呼べば大袈裟でしょうか。それにしてもテレビ出演していた女店主のラーメンにかける迫力からは想像し難いすっきりとしたラーメンでした。もっともそのときはフカヒレらーめんかその特別メニューで同業他社のこれまた有名なラーメン野郎と戦っていましたが。 Winner or looser ? That's a question.Just imagine.
メニューはチャーシューめん1050円、メンマらーめん900円、生ラーメン900円、コーンらーめん900円、ワンタン麺1050円、フカヒレ1600円それに学割らーめんもあります。筆者が食べ始めた時には15席のカウンターだけの席にはぽつりぽつりといるだけでしたけれども、それが完食時には13人とほぼ満員でしたね。しかも午後2時過ぎの時間帯、混雑時を避けて来た人もいるかも知れませんが比較的若い男女が次々と入って来ていました。余談ですが、このラーメン店の前に仕事でJR橋本駅へ向かうタクシーの中での会話でブックオフの社長の話をしていたばかりでしたが、何を隠そう、その話題にしていた人が店内のテレビの「徹子の部屋」に生出演している清水姉弟、偶然とは言えSURPRISEでした。
『雷文』①スープ★★★②麺★★★③トッピング★★④接客・雰囲気★★ ⑤価格★★☆Nec_0083jpg_raimon2


この店の壁には「一心一麺」の額が掲げられていました。そして、一句。
雷文や麺一心にも秋深し

2006/11/01

クロカル超人の戯言

携帯電話のポータビリティシステムが導入されたばかりの10月30日の今日、ソフトバンクにシステム上の問題があって一時休止していた(システム原因不明のまま)営業を再開したらしい。この過激な過当競争のなか、準備不足が原因と一部に報道されているが、一体全体携帯電話業界がどうなっているか皆目わからへん。それが変?料金、コンテンツ他解らないことが多すぎる。解りやすく説明してくれるのが普通だと思うのだが、この国の事情は違うらしい。ともかく格好否、ポスト資本主義の変幻した怪物だけーが先行していくのだ。それはこの携帯電話業界に限ったことでもないのである。ブログのプロバイダーしかりだ!現に今、システム障害が理由で3日間生命線のところで動かないままの状態が続いているのだ。生真面目ジャパニーズ、もっと大らかにとの声が聞こえそうだが、待てよ、運用者の説明がないのだ、唐突すぎるでないのか。不思議に思ってその運用者に電話するもこれまた、待たされること待たされること、困ったものだ。そんなこんなでお騒がせプロバイダーのブログの一部がようやく昨夜復旧した。筆者にはストレスがたまる出来事だった。あーぁっ。2006年10月30日書き始め、11月1日
了。

  通らないトークを速くぷろバイター

超人のジャーナリスト・アイ 49 ハンガリー暴動

  Budapest
10月24日のNHK衛星放送で、東欧のハンガリーの首都・ブタペストで革命50年周年の祝賀パレードが国会前の広場で行なわれましたが、ジュルチャーニ首相の隠蔽発言がきっかけでその祝賀パレードが一転して暴動化し、機動隊との衝突に発展、市民に怪我人も出た模様と報じていました。所得格差など日本でも話題になっている昨今、ハンガリーは革命後資本主義の市場原理を取り入れて経済を活性化した東欧の先進国でした。また最近ではいち早くEUにも参加しています。資本主義導入を選択したことでハンガリーは人々の生活向上と安定した暮らしが可能なはずでした。実際は賃金格差や生活不安定が生じて年金受給者の不満も表面化し、これなら以前の平等で社会保障が行き届いていた社会主義体制の方がいいと嘆いている年配者が増えていると言います。筆者は、インターネットでその辺の事情を確かめようと情報探索を試みました。すると現地で日本語を教えています男性のwebsiteを見つけ、その日の生々しい現地リポートを興味深く読むことができました。ハンガリーも今や二極分解しているらしく、人口一千万人のうち一握りの金持ちと多くの貧しい人たちで成り立っているらしい。しかし財政支出の面など困ったことも起こっているらしくハンガリー政府は改革を実行すると言います。定年になる前に年金をもらい年金生活をしている人が94%いて、その年齢が58.6歳と言われています。2007年から定年前に年金受給している人で職がある人は収入の8.5%を国に収めます、2008年からは最低賃金をもらっている人は定年まで年金を受給できなくし、そして2010年には働いている人は定年まで年金を受給できない法律を作るらしいです。
また、ハンガリー特に都会のブタペストでは家賃などが高いせいもあって大学の先生でもその給料ではやって行けず、ガイドのアルバイトをしている同僚もいるとこの別項の奮戦記は伝えています。今回の暴動は左右陣営の政治的衝突が原因らしいですが、さすが大方のハンガリーの人々はこれ以上の発展を望んでいないとこのサイトは書いています。それ以上に左右陣営の衝突で政治的空白が生じ重要法案が審議中断されたままらしい。このことを懸念しているようです。内外のウォッチァーともども。現在為替レートは、100円=192.3フォリント前後で推移しているようです。この日本語教師は興味深い実例を出しています。日本の生活必需品はヨーロッパで高価だとは察しはつきますが、醤油1ℓが2500フォリントもするそうです。それからはドナウの嵐は収束したらしい。日本に長らく住んでいる数学者兼大道芸人兼作家兼タレント兼語学堪能者のピーター・フランクル(日本名:富蘭平太)氏に最近のハンガリー事情を聞いてみたい気に駆られます。うむ、今や半ば日本人だから分からないかな(笑)。
2006年10月25日書き始め、11月1日了。【写真:ブダペスト市内 「ブタペストなるほどガイド」サイトから】
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