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2006/11/15

クロカル超人の北欧文学散歩 10 Ibsen year 2006 続

2006年9月21日付日経新聞「文化往来」欄にイプセン没後百年記念の国際フェスティバルがノルウェーのオスロで3週間開催されたことが書かれていた。なかなか刺激的な記事だ。以下はその全文である。

イプセン作品の核心に迫るフェスティバル
3週間の会期中、10カ国が参加、30近い公演があったが、家族観、社会観が激変した現在、説明的な時代背景を削り、作品の核心に直接飛びこんだ舞台が目立った。特にノルウェーの大胆なやり方に驚かされた。イプセン最後の戯曲「われら死者の目覚めるとき」を上演した国立劇場の舞台は、雪山を思わせる白い畑のような抽象的なセット。登場人物を三人に絞り、時間はわずか45分だった。国立巡回劇場の「野鴨」は大人の犠牲となる少女を中心とした装置なしの一人芝居で、女優の乾いた演技で澄明な悲劇に凝縮した現代化の手法が新鮮だった。フランス古典劇風に様式化したスウェーデン国立劇場の「ヨーン・ガブリエル・ボルクマン」、夢のように美しいロバート・ウィルソン演出「海の夫人」などに混じり、日本から唯一参加した名取事務所が「ふたりのノーラ」を上演した。有名な「人形の家」を基に主人公の二面性を能と現代劇で表現、能面の照り曇りがノーラの心情の変化を効果的に描写した。今回、本場ノルウェーで見られた新たな動向が、イプセンの作品を創造的に再生していく刺激になるのは間違いない。

さて、筆者の感想と言えば、没後100年のいま、イプセンの作品を現代風に読み替え意欲的に可能性を追求した試みと取れる。それはイプセンの作品にはそれだけ普遍性があることの証左だろう。

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