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2006/11/19

クロカル超人の北欧文学散歩 11 『タリエ』日本公演を風雨の中横浜新港埠頭に観に行く

Img065_1体感温度が5度位の風雨と寒さの中、会場も「海上」かと思わせる横浜新港埠頭でくり広げられたイプセン詩劇『タリエ・ヴィーゲン』をもとにしたパフォーマンス『Tarjeタリエ』。これは立体劇というかオリンピックの前夜祭などでみられるパフォーマンス、マルチメディアとダンスを組み合わせたポストモダン劇である。19世紀の創作を新たなパフォーマンスという形式で蘇らせ、現代を生きる私たちにテーマの普遍性を訴えかける意欲作なのだ。そこには大掛かりな仕掛け、たとえば重量680キロもある灯台のレンズをわざわざノルウェーのSvinøyスヴニュィ灯台から1ヶ月かけて輸送しこの埠頭に設置し、帆船のイメージの、6×12mのスクリーン5面で映し出されるパワフルな映像、特に荒波の効果を最大限に引き出したして止まない効果音など演出の斬新さがみなぎっていた。ノルウェー人、トーマス・ホーグ監督の面目躍如といったところか。この日本公演でのナレーター、個性派俳優・Masatoh Ibuの渋い語りはこの光景にぴったりで効果、演出とも抜群、しかしそれにも増してこの悪天候がこのパフォーマンスを増幅したかのようで臨場感たっぷり、現実と現の世界を現出して見せたことが何よりの感動の証左であろう。こんなパフォーマンスは作り手の思惑と観客との一体感が普通では成せない業なのだ。このイプセン劇がいうまさしく神の業だったのか、あるいは単なる悪戯に過ぎなかったかそれは想像に任せよう。比較的背が高く、洗練されてしかもこの夜は雨に濡れながら踊る女性ダンサー4人(それにしてもこの悪天候のなかビショビショで踊るとは、職業とは言え気の毒)のしなやかな仕草にみる感情表現がこの荒波、いわゆる人生のそれと重ね合わせるとき、多少唐突に思えても目に見えない何かうごめくもの、その感情の襞を優しく表現して余るのだろうか。ときにエロティシズムを想起させてくれてしまうのはダンサーが着ていた衣装の素材と色調それにコントラストと、何と言えば良いか、ここに現出する白と黒のあるいはそのグラデーションの、また具体的な舞台装置としての港の、埠頭の、諸道具との、融合したイメージの勝利だろうか。そして悪天候が災いしたかは筆者は知る由もない、一時間きっかりの貴重な観劇体験だった。これは印象に残るパフォーマンスの一つとして記憶されるだろう。ストリーは主人公タリエのノルウェーの沿岸を舞台にした人間の生き様を描き、復讐と許しというテーマを問題にしている。一度インターネットで日本語では読んだ筆者だが、どうもちょっと暗いし飛躍があるなとは筆者の個人的な感想である。ズボンやシャツそれに靴とビショビョになりながらの45分(場所が場所ですでに真っ暗、会場まで時間がかかってしまったのだ)の観劇後(150人位の観客はいたか)主催者側が用意した合羽をそのまま着てJR桜木町駅に帰る途中、ある若いカップルの会話を聴いてほっとしたのだ。いわく、こんなにびしょ濡れになって観たが忘れられない日になりそうと。このカップルに限らず他の人の表情にも爽やかな充実感が窺えた。少なくとも筆者にはそう見えた。
帰り際、桟橋を歩くその一角から撮った一枚の写真は、横浜黄昏、その"ニーオンサイン"・・・。Dscf0471_sh01_1

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