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2006/11/12

クロカル超人の北欧文学散歩 9 Ibsen year 2006 『我々にとってのイプセン』を聴きに早稲田大学小野記念講堂へ イプセンが求めた幸福の段階についてそしてハプニングもあって・・・

Img058"Life is a stage"、人生はドラマとはとシェイクスピアの有名な言葉。筆者はそんな言葉がぴったりの、"まさかの"光景に実際に出くわした。それはイプセン没後100年記念フェスティバルの最後を飾るパネルデスカッション「我々にとってのイプセン」が、早稲田大学小野記念堂で行われた会場での出来事だった。一応パネラーがそれぞれイプセンとの関わりを語りまた、イプセンの現代的意味を論じた(『人形の家』、『ペール・ギュント』、『ヘッダカブラー』や『人民の敵』などの作品も出たが、『ロスメルスホルム』の作品がかなり話題に上った)あとの質疑応答で、イプセンが求めていた幸福の段階で安西氏と毛利氏との穏やかなやりとりがあって、そのことについて安西氏に早稲田の学生がそれでは幸福に代わるものとはどんなことか直接的かつ単純な質問を浴びせたとき、演出家で上智大学名誉教授の安西徹夫氏はその状態を演出に没頭しかつ上手く行ったときだと言い、また他のパネラー(イプセンの『民衆の敵』を現代風にアレンジして上演している社会派・劇作家の坂手洋二氏、演劇集団円の女優、佐藤直子氏)もそれぞれの考えを喋った。最後に司会進行役の翻訳家・演出家で成城大学教授の毛利三彌氏が幸福に代わるものについて喋ろうとした瞬間突然に言葉が途絶えてしまった。直前の外国人特別講演会での名通訳、このパネルデスカッションでは気の利いた司会と見事な解説が嘘のように、この幸福の言葉について語ろうとしたときに、何とも言えないある種の感情がこみ上げて来てきたらしい。少なくとも筆者を含め聴衆の誰もがそう思ったに違いない。ひょっとすると身内に何かがあったのか・・・。すぐさま隣の特別ゲストで国際イプセン協会会長でカナダ・ブリティシュコロンビア大学の教授であるエロール・デュルバック(Errol Durbach)氏に振ってしまった。彼はこの直前の特別講演会で物理学者のハイゼンベルクが唱えた<不確定性 uncertainty>原理を創作の分野に適用し、ベケット、ピンターなどの創作法にそれを読み取っている。イプセンについては、人生の問題にたやすく答えを出すことや登場人物を理解するのに明解な方針を打ち出すことを拒否する彼のドラマのスタイルを不確定性uncertaintyと定義し、シェイクスピアとの類似性を指摘しながら見事なイプセン解釈を見せていた。その彼がマイクを握って結局はhappinessとpleasureとの違いで、一方は、精神的に満たされたものという幸福、他方は、肉体的に満足するという快楽とは区別しなければならないと語った。
  さて、落ち着きを戻したところで毛利三彌氏は、いつかは話さなければいけないこととし昨年の妻の死という身内の問題を話してこう続けた。イプセンも晩年は幸福ではなかった、悲しみじゃないんだ、祝祭なのだと。その"大きな"呟きはまるで自分に言い聞かせているかのように筆者には感じた。と同時に筆者も小さな涙がぽつりと零れ落ちそうだった。これは明らかにも貰い泣きというやつだろうか。ゲストパネラーのエロール・デュルバック氏の戸惑った表情が聴衆からはっきりと読み取れた。
  最後に日本演技家協会の代表者が、このイプセン没後100年フェスティバルは還暦前でノルウェー語に挑戦し見事に個人訳イプセン戯曲全集を出して昨年亡くなった劇作家、原千代海氏が、そもそもこの企画を提案しイプセン劇に縁の深い早稲田大学が協力して出来上がったと述べたあと、イプセン劇は今でもヨーロッパのあちこちでで上演されているのに、日本では少ない、もっと見直されていいはずと締めくくった。筆者もこの早稲田の小野記念講堂の施設は立派だが、なぜにもっと聴衆が集まらなかったのか、不思議だ。(この日は多少強い雨で寒かったが・・・)100人足らずだったと思うが、題材といい、ゲストといいしかも無料展示もあるは映画もやるはと、そうだ、一昨日仕事の都合でほんのわずかしか見られなかった作・主演はリヴ・ウルマンと並ぶノルウェーの女優ユーニ・ダール、音楽はクリス・プールの『イプセンの女たち』-鷲を鳥篭に入れたらImg059_2-もその見事な動きと語りに見惚れた、エネルギッシュな女独り舞台もそうだ、それこそmottainaiイベントだった。この19日には横浜新港ふ頭でノルウェー人・トーマス・ホーグ演出の『タリエ』もある。復讐心に燃えるあまり慈悲の心を失い、策略の網にとらわれてしまう男の運命などをテーマにしたイプセンの詩『タリエ・ヴィーゲン』にもとづいたパフォーマンスらしい。これも楽しみである。イプセンと並んでもう一人の北欧の有名劇作家、ストリンドベリー。その影響を受けた北欧映画の巨匠、イングマール・ベルイマン演出の芝居もニューヨークで公演して好評だったらしいと毛利氏が言っていたが、この巨匠の最後の映画が近く日本で上映されるとの予告をテレビかな、見た。確か魔女、魔法使いの話だったか題名が思い出せない。北欧の演劇や映画は、なかなか魅了してやまないのだ。いや、ここまで書いて書き足りなかったことが一つあるのだ。毛利氏がイプセンの最高傑作と見ている『ペール・ギュント』の新訳が論創社から一昨日発売になったことである。
追記。この『ペール・ギュント』新訳本は、都内の大きな書店に問い合わせたところ、今月下旬に刊行予定。

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