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2006/09/01

超人の歴史発見 ヒュースケンの墓

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2005年7月30日のコラムでシュリーマン著『シュリーマンの旅行記 清国・日本』で登場するHeuskenヒュースケン。幕末日米修好通商条約のハリス総領事の通訳、オランダ人ヘンリー・コンラッド・ヒュースケンは、交渉途上馬に乗って米公使館麻布善福寺に帰る途中薩摩藩士よって刀で殺害された。当時政府側は土葬を禁じていたため府外のここに埋葬したと光林寺の看板に書いてありました。やっとのところで探し出したのがこの写真、ヘンリー・ヒュースケンの墓です。1861年YEDOで死去と誌されています。また、この付近にはフランス大使館それにU.S.Naval joint services activityのホテル“THE NEW SANNO”Sanno
があります。南麻布界隈はちょっと坂もあったりして洒落た店がありますよね。Nec_0062_1

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