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2006/09/29

超人の面白外国語考 1 英語

今朝の日経新聞春秋子は、就任したばかりの伊吹文明文科大臣が「必要は全くない」と小学からの英語教育導入に待ったをかけたことについて言及している。美しい日本語の習得が先決というわけだ。すでに導入準備万端の小学校もあるらしい。母国語が完全に運用できてからでも遅くないというのがその反対の趣旨だと思うが、そんなことはないのだ。極端な義務化は困りものだし、却って禍根を残すことになりかねない。ここは慎重な議論の要するところ、同時に速やかな導入も待たれる。ここで引用されている作家・リービ英雄の随筆に、ボーダーを越えてゆくよろこびとあるが、なかなか味わい深い言葉だ。このニューヨーク生まれの作家は日本語で書いた『星条旗の歌は聞こえない』で作家デビューし日本以上に日本語を駆使して小説、随筆を書いている。法政大学教授で筆者は二度ほど会ったことがあるが、目だけぎょろっとしていて恐い感じであまり愛想がいいとは言えない人との印象を持っている。その妹さんも(当時コロンビア大学の学生)作家の司馬遼太郎のニューヨーク紀行取材に通訳者として同行したらしい。確か司馬遼太郎が何かに書いていたか、筆者の記憶ははなはだ頼りない。
ちょっと脱線したらしい。テーマは小学校に英語を導入する話だ。昔から外国語学習では一定の成果を上げて世界的にも評価されている地域がある。スカンディナビア諸国である。英語は小学3年から確か6年までの2年だか3年間学習して終了、それでいて本人の努力もあるが流暢に喋るのだ。筆者は10代後半、20代前半に実際にノルウェー人やスウェーデン人を何人か見ててその実力を肌で知っている。もちろんBritish Englishだ。スウェーデン人やノルウェー人にとっては英語は同じゲルマン語族に属する言語でいわば兄弟語、言語構造的な類似性は確かにあって習得には有利だ。それにもましてその言語習得のプログラミングが素晴らしいと聞いたことがある。

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