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2006/06/10

学術先端情報ー学術mini情報誌『PS JOURNAL 』の紹介 4

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2006年第9号 特集:研究者の現在Ⅷ 人文・社会科学の、パースペクティブ

■王政復古政府と身分問題             京都大学名誉教授     佐々木 克
■最初の現地調査ー「掃苔録」第1冊からー    仏教大学教授     原田 敬一
■総合科学と歴史学                広島大学助教授     布川 弘
■宮沢賢治の造語「イーハトヴ」について      福島大学教授      九頭見和夫
■作品の力がものを言うー中国における谷川俊太郎ー
                         東京大学外国人研究員     田 原
■「自立」途上にある韓国の植民地期経済史研究
                              江陵大学講師    呂寅満
■資本市場研究について               東京大学教授    伊藤 正直

宮沢賢治の造語「イーハトヴ」について

 九頭見和夫 (福島大学教授/比較文学)

 賢治文学解明の重要なポイントの一つに、豊かな教養から生み出された賢治独特の造語がある。中でも特に重視しなければならないのは地名「イーハトヴ」であろう。
 この「イーハトヴ」の表記については、賢治自身の中で揺れ動いたのか一定せず、最も早く登場する詩「イーハトブの氷霧」(1923年11月頃)から始まって全部で7種類存在する。(1)「イーハトブ」(前述の詩の他に、童話「毒蛾」)、(2)「イーハトヴ」(童話「氷河鼠の毛皮」、童話「ポランの広場」、童話「注文の多い料理店」の表紙)、(3)「イーハトーボ」(童話「イーハトーボ農学校」)、(4)「イエハトブ」(「注文の多い料理店」の広告葉書)、(5)「イーハトーヴ」(詩「遠足統率」、童話「グスコンブドリの伝記」)、(6)「イーハトーヴォ」(童話「ポラーノの広場」)、(7)「イーハトーブ」(詩「さあれ十月イーハトーブは」、童話「グスコーブドリの伝記」)。まずこの造語の意味・内容についてであるが、賢治自身が「注文の多い料理店」の広告の中で解説している。
 イーハトヴは一つの地名である。強て、その地点を求めるならばそれは、大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、少女アリスが辿つた鏡の国と同じ世界の中、テパンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考へられる。実にこれは著者の心象中に、この様な状景をもつて実在したドリームランドとしての日本岩手県である。そこではあらゆる事が可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従へて北に旅する事もあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語ることもできる。
しかしこの「イーハトヴ」の具体的な場所となると、賢治が愛読したアンデルセンの童話「小クラウスと大クラウス」やルイス・キャロルの童話『不思議の国のアリスの冒険』の人物が登場したりして、「ドリームランドとしての岩手県」、すなわち実在の、賢治が生活していた大正・昭和初期の岩手県そのものではないということがわかる程度で、地球上の、それも賢治の愛読する童話に登場する人物が活躍する場所であればどこでも可能と思われるほど漠然としていてつかまえどころがない。
 つぎに「イーハトヴ」の語源についてであるが、賢治の広範囲にわたる外国語能力とも微妙に関係することから、説得力のある学説は存在していない。強いてあげれば恩田逸夫の説である。
  これらの造語は<イハト、イーハト、イーハトー>など、長音の有無の別はあるが、基本的には「イハト」で、「いはて(岩手)」に由来すると推定される。・・・つまり、「岩手」の歴史的仮名づかい、「いはて」に基づいて<いはてihate>のteを、エスペラントの名詞の語尾づくりのように母音Oで終わる語としてとしたのであろう。そして岩手県の「県」に当たるところは、ドイツ語で「場所」を意味するをつけて、イハトヴォ(=岩手というところ=岩手県)>と造語したのであろう。「ヴ・ブ・ボ」を「ヴォ」と同じに用いていることは、いうまでもない。)
賢治は、堀尾青史作成の「年譜」によれば、1922年の1月にドイツ語とエスペラント語の独習を始めている。また弟清六による賢治の蔵書目録にもドイツ語やエスペラント語の本が掲載されている。恩田の指摘のように、「イーハトヴ」がエスペラント語と関係のある造語であることは、以下に述べるエスペラント語の特徴を考慮すればほぼまちがいないと思われる。
 まず第一に、「岩手」を「イハト」と表記した点については、エスペラント語の文字もローマ字であるが、エスペラント語のアルファベットにはの文字が存在しないためではなくてと表記し、ついでエスペラント語の品詞は語尾で決定されるので名詞の語尾Oをつけてとなったと推測される。なおのままだと副詞である。おそらくはこのに意味から判断すると、のいずれかのエスペラント語の名詞が付加されたものと推測され、発音も加味するとが有力である。以上のことを整理すると、となり、これを複合名詞にすると、例えばを複合名詞にするとと前の名詞の語尾Oが省略されるので、は、「コブリ」と発音しても「コーブリ」と発音しても意味は全く変わらない。第三は、語尾が「ヴ」と「ヴォ」、「ブ」と「ボ」とOが語尾につく場合(vo,bo)とつかない場合(v,b)とが存在することであるが、このことは、名詞をあらわす語尾Oがなくてもエスペラント語の場合品詞はわからないが単語の意味は推測できるので、賢治はおそらくその時々の語感に基づいてOを付加したり省略したのであろう。
 ここで「イーハトヴ」とほぼ同じ頃に作られた造語、童話「やまなし」に登場する「クラムボン」について触れてみたい。結論を記すと、この造語の語源は英語で、を付加して作ったではないか。具体的には、谷川にすむサワガニの生態と童話の内容から判断して、おそらくは母ガニが孵化し腹部に抱いていたカニの幼生(生まれたばかりの兄弟ガニ)と思われる。
 以上のように賢治の使用する造語は奥が深い。一つ一つの言葉を大切にする賢治の姿勢が、「イーハトヴ」の表記を7度も変えさせたのであろう。


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