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2006/06/25

超人のジャーナリスト・アイ 33 最近の日刊ゲンダイの記事から『悪党芭蕉』

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まずは著者インタビュー冒頭の記事から。「芭蕉と聞けばほとんどの人が"古池や蛙跳び込む水の音"という句を浮かべて、わびとかさびとかの俳聖を思い出すでしょう。しかし、あの池は"枯淡の聖なる池"ではなくて、天和2年の江戸の大火で大量に死体が飛び込んだであろう池で、ゴミの浮かんで泥のにおいが強い"混沌の池"なんだ。それが、後世、芭蕉が神格化されることで、意図と違う解釈がまかり通ってきたんですね」とは『悪党芭蕉』の著者嵐山光三郎氏。2006年6月15日付の日刊ゲンダイの著者インタビュー「芭蕉は危険領域の頂に君臨する"悪党"でした」は、そのタイトルもそうだが、痛快そのもの。久し振りにわれらの嵐山光三郎氏の登場で記事が踊っている感じ。曰く、江戸に出てから俳句で名を上げるまでは、土木工事の請負仕事で100人の人夫を采配していたんだから、やっぱり並の人じゃない。スポンサーへの配慮も怠りないし、あいさつ句も実に多いとか。曰く、芭蕉には、行く先々でスポンサーに提供してもらった庵を旅に出るときには売り払い旅費にしてしまう、というずうずうしさもあったと。また、曰く、芭蕉という俳号については、謡曲の『芭蕉』に由来すると言い、僧の前に女が現れて草木の成仏を願い、後半その女が芭蕉の精(女)としてみすぼらしい姿で現れて世の無常を説くという話なんだが、芭蕉は両刀遣いでね。最初は伊賀の殿様の寵愛を受けた女役だったんじゃないかと考えられるとか、ともかく痛快なのだ。芭蕉は旅するだけの風流人じゃない。こういう危険領域の頂に君臨する宗匠だったということを知ったうえで、その句を鑑賞してもらいたいために書名を敢えて"悪党芭蕉"としたと著者の視点、その企てが見える。芭蕉に魅せられてきた著者渾身の芭蕉論のようだ(新潮社 1500円)。まずは書店で手にとって読んでみるとしよう。以前に書いた松尾芭蕉関連記事もどうぞ。

"場所"捜しすればするほどワビ剥がれ

追記。この本は最近第34回泉鏡花賞に決まったと報じられた(2006年10月16日 記)。

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