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2006/01/21

超人が見た雪景色

 1月21日土曜日、大学入試センター試験日のこの日横浜では11cmの積雪がありました。寒い一日でほとんど家の中に閉じ籠り、テレビを見たりパソコンをいじったりして過ごしていました。水戸で17cm、東京の大手町で9cmと関東地方の平野部でも5年振りの本格的な雪化粧。たまには雪も良いかと思いきや、これが何日か続いては堪らないね。今年の冬は冬将軍の一足早い到来で特に日本海側、山間部の地域ではメートル単位で積雪、雪下ろしなどの作業中に犠牲になった年寄りが多く、すでに100余名の人が亡くなっています。また、雪で遮断されて孤立した新潟県の村もあったり、長野県と新潟県の県境の地域では自衛隊に出動を要請して除雪作業行っているところなど各地で雪被害が相次いで出ている模様。これも異常気象のせいか。今年の冬は寒気団がいつもよりズレていて日本に到来する回数が多いとか。
 風説などの証券法違反の疑いでホリエモンのライブドアーの子会社に東京地検による家宅捜索が入ったり、今度はBSE問題で安全性が問われていたアメリカ産牛肉の輸入再開で背骨等が混じっていたことで輸入再禁止が出されたりと芳しくないニュースが目に留まる今日この頃。いずれも透明性が問われていると思いますね。
これはちょっと外に出たついでに撮った写真。右側の写真で思い出したのは10代の頃、スウェーデンから届いたペンパルの新聞の切り抜きにもこんな写真がありました。

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降る雪や 飛んで目に入る 寒さかな  


学術先端情報ー学術mini情報誌『PS Journal』の紹介 3

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2006年 第8号 女性学研究最前線

【目次】
■中国女性学の最新動向 中華女子学院大学客員教授 大浜 慶子
■ジェンダー統計に関する研究 日本女子大学助教授   天野 晴子 
■ジェンダー研究とセクシュアリティ研究の交差      女子栄養大学専任講師       田代美代子
■NPOと女性の学習         市原看護学校非常勤講師      山澤 和子
■学校女性管理職の研究      日本女子大学助手          高野 良子
■「家庭教育」の歴史研究について 彰栄保育福祉専門学校専任講師  藤枝 充子
■戦後(1970年代まで)の女子教育研究をめぐって
                      日本女子大学教授          真橋美智子
NPOと女性の学習          
山澤和子(日本女子大学大学院生・市原看護学校非常勤講師

現在、女性たちは大学、社会教育施設、カルチャーセンターなど様々な成人教育の場で学習をする機会に恵まれているが、NPOもそのひとつである。1998年にNPO法(特定非営利活動法)が成立してから、年々NPO法人の数は増加し、2005年9月現在では23,603のNPO法人が全国で活動している。活動分野別にみると、保健・医療・福祉、社会教育、学術・文化・芸術・スポーツ、国際協力、環境の保全、男女共同参画社会の形成、子どもの健全育成など多岐にわたっている。その割合は保健・医療・福祉56.8%、社会教育47.1%、学術・文化・芸術・スポーツ32.1%、国際協力21.5%、環境の保全28.9%、男女共同参画社会の形成9.0%、子どもの健全育成39.5%などである。女性達だけで運営するNPO法人も増えており、ジェンダーの視点で、女性の自立をめざしているNPO法人(特定非営利活動法人)4団体を紹介する。
神奈川県にある「WE21ジャパン」は国際援助活動を目的とし、30~50代の主婦たちがリサイクルショップを運営するNPO法人である。その収益金をアジアの女性たちの、生活の向上と自立を助けるために、アジアのNGO などに寄付をしている。1998年に第1店舗を開店し4年間で48店舗と増加を遂げているのは画期的である。WE は「Women’s Empowerment」の略で、女性の力を高め、市民と市民の交流の中から、アジアの平和を築くというビジョンを表している。会員や地域住民を対象とした、ショップ開店のための講座やNGOについての学習、各国の料理教室などの学習機会を提供している。支援先の調査や人々との交流のために、タイやカンボジア、フィリピンなどへのスタディーツアーもおこなっている。講座での学習や現地の人々と寝食を共にするスタディーツアーは異文化への理解を深め、女性たちの意識変容を促している。寄付や会費にだけに頼らず、女性たちが自ら事業を起こし、その収益によって活動を拡大している理由は、中年期の女性たちがそれまでに培ってきたネットワークにあるといえよう。
 一方、名古屋では、子育て中の専業主婦たちが託児所つきコンサートの企画、運営をおこなうNPO法人「SKIP」が活動している。名古屋市女性会館の講座で出会った、子育て中の4人の母親たちが、子育てをしながらもクラシック音楽を聴きたいと、1994年に全国初、朝の託児付き本格的クラシックコンサートを開催した。スタッフの「子育て中も私らしく輝きたい」という願いが、多くの同世代の母親たちに共感を与え、コンサートは成功したのである。子どもたちは成長するため、主要スタッフは随時世代交代をしているのがこのNPO法人の特徴だ。2001年には「ママたちのモーニングコンサート」と題する本も出版した。活動の意味を考える、女性学を学びたい、自分のことを話したいとの希望により講座の企画を兼ねた学習会をおこなっている。彼女たちは「専業主婦、子育て」というスキルは専門性であると考えている。家事や子育ては仕事とはみなされない現在の社会状況下で、この考えは注目すべきであろう。1986年の男女雇用機会均等法が施行されたころに、総合職としてOLを経験し、男性と対等に仕事をしてきた能力を、今度は芸術・子育て活動にと発揮しているのである。
 大阪では、ジェンダーフリーな社会の実現をめざし、ジェンダー教育を社会に浸透させるために、学校や行政に出前講座をおこなっているNPO法人「アートフル・エフ」が活動している。子どもたちは常にメディア(TV・ラジオ・新聞・絵本・雑誌など)や教科書にからジェンダーのすり込みが行われており、幼児期からのジェンダー教育は特に必要である。「アートフル・エフ」は性差にこだわらず、「自分らしく」生きるための社会の実現を、市民の立場から推進している。ジェンダーフリー教育プロジェクトを立ち上げ、幼稚園、小学校、保健所などで、子どもや保護者たちに出前講座による学習機会の提供をしている。オリジナルな人形や紙芝居教材を作成し、ゲーム・ロールプレイなどの方法を取り込みながら、自主公演を行っている。大人向けには市、公民館、女性センターとの共催の講座の開講、市民の意識啓発のための情報誌の発行、助成金事業、教職員研修や講座に講師を派遣する活動もおこなっている。全国的な取り組みへの発展にも意欲的である。
スポーツ分野でも女性の地位は低く、茨城県に本部を置く「ジュース」は1998年に男女平等をめざして、日本初のNPO法人となった。女性の地位の向上のために、女性指導者・研究者などへの支援事業、男女共同参画社会とスポーツをテーマとした啓発事業、女性スポーツに関する国際会議などの開催事業などをおこなっている。日本にとどまらず世界的に活動しているNPO法人である。行政や大企業(博報堂、全日空、NIKEなど)との関係が深いことが世界規模な活動を可能にしている。2001年にアジア女性スポーツ会議を大阪で開催し、シドニーオリンピック委員会へも会員を派遣した。2006年には熊本市の賛同を得て、第4回世界女性スポーツ会議を日本で開催予定である。国内では女性のスポーツ振興のためのワークショップや、女性指導者セミナーなどを開講している。2001年の文部科学省委嘱事業(女性のエンパワーメントのための男女共同参画学習促進事業)などの研究活動も行っている大規模なNPO法人である。
どの団体も、スタッフのジェンダーに対する思いが、活動の起爆剤になっている。そして家族や男性たちの理解を得ながら活動を進めている。つまり活動を通した学習が、家族との関係や地域との関係を変える力となっているのである。これらのNPO法人は、ジェンダーの視点を踏まえ、女性の地位向上のために社会で活躍し、女性たちのエンパワーメントに貢献しているのである。

2006/01/16

超人のジャーナリスト・アイ、など 

 ブ゙ログを始めて2006年1月15日の今日で1年。よくも続いたものだ。記事数は長短合わせて159本。読破目標は50冊だったが、実際には完全読破した本は20冊、買い込み、読みかけの本は80冊以上。もちろんこの他に図書館から借り出した本、新聞雑誌の記事等多数。ベストセラーものを追いかけたわけではないが、仕事中、出張中、通勤途中と移動中がもっぱら筆者の読書空間だった。多少の文章修行はできたか。それにしても日本語はムツカシイ。中途半端に終わった記事も多いが、ともかく書き続けることで軌道修正して行けばとの軽いノリで始めたのだった。このブログが加わったことで週末は朝までという日も結構あって、多忙な一年であったことは確かだ。しかしだ、このことによって多少充実感も味わえた。いろいろと軌道修正、見直しもできた。プログ人口は、今や500万人否それ以上と言うし、これから先進化していくらしい。そういう社会現象に対して、一億総ブログ人、評論家が蔓延る時代にまさに突入したと揶揄する人たちもいる。情報発信、手軽に批評できる空間が出来たと言うことかも知れない。文章云々の良し悪しはあるにしても。
 ところで、面白い記事を二つ紹介しよう。
一つは、天皇陛下が昨春ノルウェー訪問を回想して詠んだ今年の歌会始の歌に関して。

トロンハイムの運河を行けば家々の窓より人ら笑みて手を振る

以前ノルウェーの有力新聞Aftenposten紙に天皇陛下のノルウェー訪問の記事が掲載されたが、たまたま先程この新聞の1月13日付の電子版の記事を読んでいたら、歌会始に詠んだ天皇陛下の歌がトップ記事として掲載されていた。以下はその引用。

Emperor moved by Trondheim
Japan's Emperor Akihito was so impressed by his visit to Trondheim that he composed a New Year's poem about the "smiling" city and on Thursday read it for all of Japan.
Japan's Emperor Akihito, sitting in a chair, listens to a poem read during the annual imperial verse reading ceremony with Empress Michiko, Crown Prince Naruhito, third left, and Prince Akishino, second left, at Imperial Palace in Tokyo Thursday, Jan. 12, 2006.JAPAN_IMPERIAL_POET_356718h


Japan's New Year's celebrations end each year with a poem written and read by the emperor. This year's them was 'smile'. During a ceremony at the imperial palace, the emperor's poem about Trondheim was broadcast nationally on live TV.

The content of the poem leaves little doubt that Trondheim's residents made a strong impression on Emperor Akihito, newspaper Adresseavisen reports.

Trondheim mayor Rita Ottervik was proud to learn about the event.

"It is just fantastic to be mentioned so explicitly in the annual poem reading. The emperor describes smiling and waving people. I am proud and don't know what to say," Ottervik said.

Deputy ambassador Susumu Fukuda at the Japanese embassy in Oslo said that the emperor was impressed by the warmth of his reception in Trondheim during his visit their last May.

The poem refers to what the imperial couple experienced during a boat trip up the Nidelva river with Crown Princess Mette-Marit.

The unofficial translation of the emperor's poem listed on the Japanese embassy in Norway's web site reads:

At Trondheim
Cruising along the canal,
From the windows
Of houses are people
Seen smiling and waving hands.

もう一つは、作家の高橋源一郎氏が今年から教授を勤めている明治学院大学で、学生の卒論に小説もOK、しかも新人賞に応募することを条件にしているという記事だ。将来は作家を輩出したい、と高橋教授。また、森鴎外の『舞姫』について続『舞姫』を書くことをゼミの課題にしているらしい(2006年1月14日付毎日新聞夕刊)。かつて夏目漱石の『明暗』の続編を書いた海外帰国子女でもある作家・水村早苗著『続明暗』もあるし、大変面白い試みだ。できた暁には何らかの形で公開してほしい。『舞姫』については昨年春からhotな話題を提供しているが、「新潮45」の最新号(1月18日に発売)でも言及している。この『舞姫』については筆者のブログも参照されたい(2005年8月9日の記事他)。
何か月か森鴎外の妹他周辺のエッセー、短編などを筆者は読んできたが、そしていま、コペンハーゲン大学異文化研究・地域研究所副所長・長島要一氏の『森鴎外 文化の翻訳者』を読んでいる。この本はいろいろと示唆に富んでいる。例えば、モデルと言われているエリーゼ・ヴィーケルトなどなど。
今日は慣れないコンピュータのネットワーク構築作業で疲れた。今年は50冊は読破したい。


2006/01/07

超人の映画鑑賞 1 スティーブン・スピルバーグが製作した映画『SAYURI』

 話題の映画、『SAYURI』を日本封切日の12月10日から20日過ぎた12月30日に有楽町マリオンの丸の内プラゼールで見た。[sayúri]、アクセントが第二音節に置かれたこの言葉の響きが端的にこの映画の本質を見事に表している。日本をテーマにした映画にして日本映画ではないまさしくハリウッド映画。主演が中国人の女優などAsian tasteに仕立て芸者、踊り、着物、着付、庭園他日本人にしてみればディテールに違和感は残るものの、エンターテイメント性を重視して作られた映画。ところどころ日本語は入るが全体を通して英語という外国語で語られるある種のモドカシサが残る映画。本当はwetな映画をdryに異国趣味的タッチを覗かせながら描く女のサクセスストリーの映画。ここには原作を超える試みがある。それは何か。恐らくイメージの世界、美の祭典、とりわけ踊り(=ダンス)と音楽との饗宴を描きたかったからか。それがエンターテイメントの映画の醍醐味を熟知しているスティーブン・スピルバーグ、ロブ・マーシャルの狙いか。2時間26分があっという間に終わってしまって思ったより短かったというのが筆者の正直な感想。それにしても和太鼓、尺八、琴そして三味線などの日本の伝統的な楽器とパールマンのウ゛ァイオリン、ヨーヨー・マのチェロなどの西洋音楽とのアンサンブル、そのテンポの小気味良い速さと強弱のある響きが鮮やかな映像と絡み合って豊かな叙情性を醸し出していた。この一大スペクタルは忘れられない。誰かが言っていた言葉を拝借すれば"感動した"。2時間半銀ブラをした甲斐があったというものだ。筆者は、丁度午前の部が終わるのを見計らってチケットを買いに窓口に行っのだが、すでに時遅し満員で入れず、仕方なく有名な鞄店などをハシゴしていたのだ。 ついでに言えば、映画鑑賞と洒落込んだのは20何年振り、映画館も椅子、音響設備、トイレ他大分以前とは新しくなっていて快適になっていたのだ。一時劇場映画は廃れて危機的状況だった。今は情報過多気味。それでも観たい映画はあったが、いざ映画館まで足を運ばなかったのが実情である。
 さて、全体的な内容はと言えばThe Japan Times Weekly December 17の記事が簡潔に伝えているので、引用してみよう。

The story chronicles a young girl's rise from poverty in a Japanese fishing village to life in high society as a top geisha-a woman schooled in the art of dance, singing and conversation to be a companion for weathy men.

中国の女優が日本の文化を本当に理解して正確に描き切れるか、或いは、アメリカ人が書いた小説に心を動かされた同じくアメリカ人の監督が、海外で大分誤解されている芸者の伝統を正当化できるのかなどの文化的な懸念があるが、これについて監督のロブ・マーシャルはこの映画のことをこう言っている(いずれも上記の「ジャパン タイムズ ウィークリー」の記事 "Globalization in film stirs up cultural anxiety" から)。

Marshall has tried o despel some of those concerns,saying he aimed to set the record straight on geisha-who often seen in the West as glorified prostitutes.

時代は戦前の1920~30年代そして戦後。貧しさゆえに9歳で山陰の小さな漁村から京都の置屋に売られた千代は(このさゆりの少女時代を耐える一途な女の子を好演していた女優、大後寿々花は、渡辺謙と競演した「北の零年」の映画の演技で認められ、この役に抜擢されただけあって小さいながら卓越した演技が光っていた。置屋を屋根から抜け出そうとするが失敗、結局は大怪我するのだが、このシーンが音楽の効果も手伝って印象的だったし、また渡辺謙扮する会長さんに橋の上で出会うシーンなど見る者を飽きさせない)、コン・リー扮する売れっ子でわがままの芸者、初桃などの冷たい仕打ちや嫌がらせをされながらも、した働きに耐える日々を送るなかで会長さんと出会う。ミシェル・ヨーが演じる知性と品性を備えた一流芸者の豆葉に見込まれ芸者として成長し、数年後一流芸者として会長さんと再会する。その立派な芸者に成長していく過程で印象的なのは、春の踊りのシーンである。さゆりを演じるチャン・ツィイの独壇場でその仕草に多少の違和感はあるものの、ぽっくり下駄の履きさばき、踊りの上手さ、傘の使いこなしなど切れのある動きと雪のシーンをsauri_odori
演出する青と白のコントラストが見事で、醸し出す雰囲気は見る者をうっとりさせて圧巻そのもの。置屋「新田」の女将を好演しているのは桃井かおり。英語も板に付いており、演技にも実力派女優の仕草が光っていた。特にキセルで煙草を燻らすシーン、濡れ衣を着せられた千代を叩く迫力あるシーンや算盤を弾いて"水揚げ"(この描写では原作の方が優っていた !)を計算するシーンなど怪しい女を演じて余りある。さゆりと同世代で明るい芸者役で最後にはさゆりの友情を裏切るおカボを演じているのは、工藤夕貴。この映画が最初に発表されたときには最初は主演のさゆり役に工藤夕貴の名前が上がっていた。ミュージカル出身の監督ロブ・マーシャルとしてはダンスのできる女優が欲しかったらしい。映画を観ていて多少は納得したかな。早くからハリウッドを目指し、何本かのハリウッド映画にも出演していてその英語力も定評もあったので、筆者などは至極残念だった。大阪の電器会社の社長で会長と友人でもある延さんを演じているのは、役所広司だ。芸者嫌いだがさゆりには魅かれていた。渋い役ではある。
この映画は、さゆり自身のナレーションで語られるように、「願い事はきっと叶う」という世界共通のテーマを日本的な装いで描いたlove storyである。これはシネマスクランブルの映画評だが、同感できる見解だ。
チャン・ツィイ、ミシェル・ヨー、コン・リーなど中国系の女優の演技力にはやはり日本の女優にない演技のダイナミズムさがある。役になりきっていて日本人と間違えるほどだ。いろいろと日本文化について研究はしたようだ。そのことはこの映画のパンフレットのインタビューで彼女自身が語っている。また、『SAYURI』に出演したことで、芸者のイメージは変わったかの質問に対して「撮影前はほとんど芸者の知識はなかったが、撮影を終えたときには、非常に感銘を受けていた。例えばさゆりも、彼女は美しく着飾った【芸者さゆり】として存在するが、それは彼女の本当の姿ではない。芸者は、自分自身の運命すらコントロールできない、特殊な世界に生きるしかなかった。そういう状況にありながら、たくましく生きる姿に非常に感動した」と答えている。芸者の化粧、着物の着こなし方、歩き方、宴会のもてなしなどに妖しい色気が漂い、そのワンシーンを切り抜いてみれば一枚、また一枚と色鮮やかな絵画を見ているようだ。これはオイシイ。障子のシーンが出て来る場面あたりにしっとりとしていながら乾いた感性が透けて見えるのは、筆者の思い過ごしだろうか、或いは製作者側の巧妙に仕込んだ異国趣味的な明るさだろうか。出演していた日本をはじめアジア系の人たちのplain Englishは、聞き取りやすかった。それにしても映画製作を発表してから5年はナガスギナイカ、スティーブン・スピルバーグ様 !

主演女優チャン・ツィイZhan Ziyi、ミシェル・ヨーMichelle Yeoh、コン・リーGong Li、渡辺謙、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴、大後寿々花などの豪華俳優を揃えた、スティーブン・スピルバーグSteven Spielbergが製作、ロブ・マーシャルRob Marshallが監督した映画。制作費は$8500万。日本の映画ランキングでは7位。原作は発売以来全世界で400万部以上売れたベストセラー、アーサー・ゴールデンArthur Golden作 "Memoirs of a Geisha"(邦訳『さゆり』文春文庫)。興味ある方は、筆者の2005年7月~8月の記事"Memoirs of a Geisha"を参照されたい。

2006/01/01

クロカル超人が行く 40 東京駅・丸の内界隈 光の祭典Tokyo millenario   

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東京駅から丸の内、JR有楽町駅へ通じる約500メートルのオフィスビルと高級ブティックなどが立ち並ぶあたりにイタリアの光の職人が造った"Tokyo Millenario"があります。ここ何年か行きたいと思って実現せずにいた筆者ですが、ついに有楽町に映画見に行った帰りの年の瀬も押し迫った12月30日夕方に実現しました。聞くと見るとはこうも違うのかと感動しましたね。このイタリア中世的な雰囲気を醸し出して余りある電飾群にただ見惚れるばかり。wine shopの前では一杯500円でhot wineが振舞われ、筆者も暖かくて甘酸っぱい赤ワインの微妙な味をしばし堪能しました。コクがあると言うよりはまだ若い代物でしたか。電飾が眩く見えるあたりには携帯カメラ、デジカメで撮ろうとしている人たちばかりではなく、三脚を持ち込み本格的に撮ろうとしている人たちも見受けられましたね。誰かがここはイタリアだね、と言っていたのが微かに筆者の後ろの方で聞こえました。気がつくと通りは忽ち一杯になり、身動きが出来ないくらいになっていました。本当にどこからこれほどの人たちが集まって来たのかと不思議なくらい、人、ヒト、ひとでごった返しの有様。子供連れ、カップル、熟年仲間などなど。東京駅もまもなく改装工事に入るらしくしばらくはこの周辺の光の祭典は見られないみたい。この師走の風物詩は惜しい。
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【写真右:有楽町方面から見たTokyo millenario・丸の内界隈】
   
 

             ミレナリオ 光輝き 冬に舞う

                              

超人の新年の詩 2006

新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2006年(平成18年)戌年、元旦。天気は曇、気温3℃、寒。
今年は幸運が来そうな予感、それを俳句で表現してみました。英訳付で。
そして本当に久し振りで詩を書いてみました。題して「新年の朝」。

今年こそここ掘れわんわん春近し

This year
dig here, bowwowing
spring comes near


新年の朝

また いつもの朝がやってきた

とりわけて何があるわけでもなし
とりわけて何かが変わるでもなし
たんたんと時が刻まれ

いつもより遅い朝の食卓には
ちょっと色を添えて
お雑煮など出され
そっと 少しだけ音とを立てて
食べた

変わったことはありますか
変わらないことが良いですか

今年の新年の朝は
ひとつだけ違って
1秒だけ長く過ごせたこと

これは文明の悪戯
人間への贈り物

また いつもの朝がやってきた
また いつもの朝がやってきた

Sarry's voice;
crying and laughing
in our back room
on New Year's morning


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