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2005/08/15

クロカル超人のジャーナリスト・アイ 新聞・雑誌拾い読み 13 『i feel 読書風景』 最新号(紀伊國屋書店発行)

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『i feel』最新号(No.33/2005)を拾い読み。古本屋経営者の内堀弘氏が新連載「予感の本棚・戦前の紀伊國屋書店」、第1回目のタイトル"紀伊國屋みたい"を書いている。田邊茂一氏による昭和2年創業の紀伊國屋書店、戦前・戦後を生き抜き、70年以上経って今や年商1200億円を超える日本一の大書店に成長。そもそもは大正時代、田邊茂一氏が日本橋の丸善を見て、あういう文化の香りのする本屋を創ろうと思い立ったのが発端とか。それほど当時の丸善は魅力的だったのだろう。戦前創業時の頃、戦中・戦後を新宿の街と共に歩み、その軌跡はその著『新宿わが街』(旺文社文庫)に詳しい。歩く広告塔よろしく日本テレビの番組「11PM」に出たり、駄洒落を連発するなど陽気な好々爺といった印象が筆者には残る。このページには貴重な「紀伊國屋月報」第1号(昭和6年2月刊、近代文学館所蔵)の表紙が載っていて、当時の店内を撮った写真が配されているが、これが結構イケルのだ。モダーンである。確か『新宿わが街』にも書いてあったと思うが、画廊と講堂を併設し芝居や講演会に使用、また1階にはインディーズ系の出版も扱いその手の同人雑誌、詩誌も置いていたとか。内堀氏が書いている老モダニストの話の"紀伊國屋みたい"とは、当時の紀伊國屋が、新しい文学運動などの作家達の溜まり場、言わば文化的サロンの場所になっていて、文学、演劇、芸術の雰囲気がぷんぷんしていた魅力的な本屋だったはず。それが"紀伊國屋みたい"と言わしめたのだ。
1989年頃か、筆者は詩人アレン・ギンスバークらのビートジェネレーションをはじめ詩人、作家達が出入りしていたサンフランシスコの丘の中腹にあった有名な書店(探せば判るが今名前は忘れた)をぶらりと訪ねたことがある。そう広くない店内には上を見ると作家のポートレート、下には所狭しと同人雑誌などインディーズ系のものが無造作に置いてあったのが印象的だった。そこでA5判サイズの茶色い表紙の詩誌1冊を記念に買い込んだのを鮮明に憶えている。

右上の写真はモノクロだがイメージが鮮烈、それ故当時が透かして視えるのだ

今の時代は現実が芸術の半歩先を行っているようなあらゆるものを飲み込み、咀嚼されないまま置き去りにして去っていく無表情の、仮面の、バーチャルな世界、それがポストモダン(脱近代)ー。そして、大都市圏のターミナルの地区では顔の見えないカメレオン的なブック戦争が繰り返されている。文化的創造ではなく、限りなく資本主義の申し子たらんと勝ち組を急いでいる。そこには戦前の古き良き時代のスローで粋なライフはない。「予感の本棚」からは想像力・創造力を逞しくせよと聴こえて来るかのようだ。

今日は戦後60年目の終戦記念日。アジアの近隣諸国を無視したきな臭い妖怪が一人歩きし始めている。平和に対する想像力・創造力を今こそ働かせよと声を大にして言いたい。靖国神社とは何か、日本人の感性のモーメントはどこへ行ったのか、問いたい。
追記。最近出版部創設50周年記念特別号が出た由。その内容が面白いと最近の読売新聞の書評欄で紹介されていた。まだ筆者は読んでいない。
ところで、この会社から最近届いた封書で洋書案内のアナンスメントが有料化するという知らせ。しかも1500円もする。これは解せない。やはりサービスを怠ると読者離れは起ると思うが、さて、どうだろう。推移を見守りたい。


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