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2005/07/30

超人の面白読書 洋書 Memoirs of a Geisha by Arthur Golden

geisha
Memoirs of a Geisha, a novel by Arthur Golden Alfred A. Knopf New York 1997 First editon
arthur_golden 【写真左:novelist Arthur Golden 写真右:Memoirs of a Geisha の原書初版本表紙】


TRANSLATOR'S NOTE

One evening in the spring of 1936,when I was a boy of fourteen,my father took me to a dance performance in Kyoto. I remember only two things about it. The first is that he and I were the only Westerners in the audience;we had come from our home in the Netherlands only a few weeks ealier,so I had not yet adjusted to the cultural isolation and still felt it acutely.The second is how pleased I was,after
months of intensive study of Japanese language,to find that I could now understand fragments of the conversations I overheard. As for the young Japanese women dancing on the stage before me,I remember nothing of them except a vague impression of brightly colored kimono. I certainly had no way of knowing that a time and place as far away as New York City nearly fifty years in the future,one among them would become my good friend and would dictate her extraordinary memoirs to me.
As a historian,I have always regarded memoirs as source material.A memoir provides a record not so much of the memoirist as of the memoirrist's world.It must differ from biogaphy in that a memoirrist can never achieve the perspective that a biographer possesses as a matter of course....

Chapter one

Suppose that you and I were sitting in a quiet room overlooking a garden,chatting and sipping at our cups of green tea while we tallked about something that had happened a long while ago,....


Chapter thirty-five

But now I know that our world is no more permanent than a wave rising on the ocean.Whatever our struggles and triumphs,however we may suffer them,all too soon they bleed into a wash,just like watery ink on paper.

斎藤孝の本をはじめあらすじ本が売れているらしい。しかも出版社の意向に反してビジネスパーソンが読んでいるという。ここでも1997年に出た"Memoirs of a Geisha" のさわりの部分を原書から引用してみた。
小説は、オランダ人の歴史家が、京都の祇園で一世を風靡した後にアメリカに移住した芸妓、ニッタ・サユリと知り合い、彼女の前半生を18ヶ月にわたって口述筆記するという仕立てで、1930年代頃の京都は祇園の花街を舞台にした一人の女の成長物語。苛めながらも見事に舞妓から芸妓に変身を遂げ成長し水揚げ代の最高額を記録するまでになる。何故に今頃になってこの本を読破してみようと考えたか。スティーブン・スピルバーグが映画化し今年12月23日に公開する映画で話題になっていて、主演は中国人だが、渡辺謙、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴などの日本人俳優も出演するからか。答えはNONである。この本には筆者なりの発見と思い入れがあるからに他ならない。翻訳は2年後の1999年11月に小川高義訳・邦題『さゆり』で文藝春秋社から上下二冊本で刊行された。
この翻訳者・小川高義氏は、2000年にピューリッツアー賞を受賞したロンドン出身でニューヨーク在住のインド系作家ジュンパラヒリ Jumpa Lahhiri の処女短編集『停電の夜に』を翻訳した人。筆者も途中まで読んでそのままにしていた新潮文庫。ネットで調べているうちに思い出したみたい。そして、この翻訳者に関して雑誌『翻訳通信』2003年10月号に興味深い記事を見つけた。以下その雑誌からの引用。

須藤朱美氏よる名訳解説。

小川高義訳『さゆり』

「へえ、おかあさん、これから気張らせてもらいます」
「もう初桃さんを怒らせんといてや。ほかの子ぉかて、あんじょうやってますのや。あんたにできひんことあらへんえ」
「へえ、おかあさん……ええと、一つだけ聞いてもよろしおすやろか。うちの姉の行き先を知ってはる人おへんのか、ずっと気になって、あの、手紙でも出したい思うてまして」
(アーサー・ゴールデン著小川高義訳『さゆり』文藝春秋社p71~72)

 いっさいの前情報なしに上のセリフを読んで、はたしてこの文章に英語の原著があり、それを日本語に翻したものだとピンとくる方がおられるでしょうか。もしいらっしゃるとしたら、おそらくその方は卓抜なる日本語力をお持ちであり、わたくしのごとき若造にはとうてい到達しえない境地にふみこまれている方か、でなければ、翻訳というものは英語ができればおのずとなしえる生業だと、いささか勘違いされている方だとしか言いようがありません。それほどまでに小川氏の訳は美しい日本語で訳されています。さっそく例を挙げて検証したいとおもいます。

ほかの科目では、おカボも三味線ほどの体たらくではありませんでしたので、見ているほうも救われました。たとえば舞のお稽古ですと、全員そろって動きますので、一人だけ目立つということがありません。それにおカボも下の下というわけではなく、ぎこちないながらに、どことなく味のある動きをしていたように思います。
(上巻p82)

It was a relief to me that Pumpkin’s other classes weren’t as painful to watch as the first one had been. In the dance class, for example, the students practiced the moves in unison, with the result that no one stood out. Pumpkin wasn’t by any means the worst dancer, and even had a certain awkward grace in the way she moved.
(原文ペーパーバック版p57)

 『さゆり』の訳には特筆すべき特徴が二点あります。一つは、まえから順に訳しながら日本的論理展開で訳されていること。もう一つは日本的情緒を含む言葉で英語臭を完全に消していること。

 この話の舞台は京都の祇園です。訳書を手にした場合、おおかた日本人が日本語で日本を舞台にした小説を読むのですから、ほんの少しの英語臭さでも鼻につきます。しかし小川氏の訳は日本人の論理と言葉を軸にして、そこからぶれることなく訳しているために嫌悪感を抱かせる要素が微塵もありません。

 上の訳文からは<It…that~>や<as…as>の構文・論理展開がまったく透けていません。そのかわりに「体たらく」「見ているほうも」など、言葉尻で探しても原文には見当たらない単語がならんでいます。また日本語にはない完了形、<the first one had been>の部分は時制ではなく比較のようなかたちで英文の言わんとしている内容を簡潔に伝えています。

 なにより驚くのは「下の下」という言葉です。原文はと言えば<the worst dancer>となっています。最上級は「最も~」と訳すものだと中学生のころに教わりますし、最上級が出てくれば英文和訳の際にはどこかの宗教かとおもうほどみな意を一つにして「最も…」と書きはじめますが、はたして普段ものを書いたり話したりするときに「最も…」というフレーズがどれほど口を付いて出てくる機会がありましょうか。英語ではとにかく比較級だの最上級だのがよく出てきますが、必ずしも「~より上」、「一番~」と言いたいのではなく、単に強調しているにすぎないことが往々にしてあります。いちいち比較級、最上級に訳していたら読者は読む気が失せます。それほど比較級、最上級は英文で頻出し、日本語の文脈に馴染まないものです。それをさらりと訳す小川氏の「下の下」という言葉の発想はただただ感服するばかりです。

 次の例を見てみましょう。

まことに粋をきわめたというべき美しさでしたが、それもそのはず、私が知らなかっただけのことで、日本でも指折りの格式あるお茶屋さんに来ていたのでした。いいえ、お茶を飲みに行く店ではございません。男の方が芸者をあげてお遊びになるところがお茶屋なのです。
(上巻p115)

It was exquisitely lovely― as indeed it should have been; because although I didn’t know it, I was seeing for the first time one of the most exclusive teahouses in all of Japan. And a teahouse isn’t for tea, you see; it’s the place where men go to be entertained by geisha.
(原文ペーパーバック版p81)

上の英文は私たち日本人に馴染みにくい、つまり直訳をしたのでは作者の言わんとすることがまったく伝わらない文章です。

まず一つは<as indeed it should have been>。直訳すると「事実、お茶屋は美しかったはずであるように」となりますが、一体なにを言おうとしているのか読むほうには伝わりません。ひっかかるのは<当然を表すshould>です。ここに<強調のindeed>が加わると下手な訳者は決まって「事実、……べきである」と、わかったようなわからないような、字面だけなんとも偉そうな訳文をつくるものです。原文でこれだけ短いのですから、やはり日本語でもさらりと流したいところなのですが、助動詞・完了形・強調などの要素を頭でこねくりまわしているうちにいびつで冗漫な訳文以外浮かばなくなります。

ところが小川氏はこの部分を「それもそのはず」の一言で英語の持つ要素を簡潔に表現しています。こういった訳出の仕方は、まず学校では教わりませんし、辞書や翻訳指南書にも載っていないでしょう。多読・精読の訓練を積んだ者のもとにミューズが降りてきた、そんな神秘的な力さえ感じられます。こういう文章の訳で訳者の力量というものが浮き彫りになる気がします。

 次は<one of the most exclusive teahouses>という箇所です。私事になりますが、中学校でこの<one of the 最上級>という構文を「一番○○なもののうちの一つ」と訳すものだと習ったとき、どうしても腑に落ちないことがありました。「一番○○なものって、一つじゃないの。そのうちの一つということは、一番○○なものというのはそんなにたくさんあるものなの。だとしたら最上級ってなに?」中学生だったわたくしの頭はパニック寸前でした。おそらく先生に質問しにいったとはおもうのですが、「ああ、なるほど」と感じた記憶が残っていないので適当にあしらわれてしまったのでしょう。わたくしの方でも「どういうことかよくはわからないけれど、要は『一番○○なもののうちの一つ』と書いておけばテストで丸をもらえるらしい」と最小限の労力で、この<one of the最上級>問題を一件落着させてしまいました。

それから十年後、「この<one of the最上級>は物理的な関係を表しているのではない。<very>の強調である」と、とある識者に教わりました。そのときは十年来封印されていた呪縛が解かれた心持ちでした。なるほど、解釈の仕方は分かりました。しかし翻訳者として訳すのであればこれをどういった言葉で表現すればよいのでしょうか。以来、<one of the最上級>をひとはどう訳すのかとひそかに気にしていましたが、納得できるものには出会えませんでした。ところが『さゆり』でため息のでるような表現に出会ったのです。

 <one of the most exclusive teahouses in all of Japan>の部分を直訳すれば、「日本中で一番高級なお茶屋のうちの一つ」となります。<one of the最上級>を<veryの強調として訳しても、せいぜい「日本で非常に高級なお茶屋のうちの一つ」といったところでしょう。ところが小川氏の訳文では<one of the最上級>の部分を、作者が日本人であったらまさにこう書いただろうという言葉で表現しています。「日本でも指折りの(格式あるお茶屋さん)」は、原文の意味をきちんと伝えた日本語的表現であり、ほのかな日本的情緒さえ漂わせています。わずかな英語臭も感じられないことに驚かずにはいられません。

この言い回しは<one of the最上級>がでてきたらいつでも使えるというものではなく、この文脈だからこそ輝きを発した表現でしょう。応用性のごく低いものです。ただし<one of the最上級>をこれほどうまく訳している訳本にいまだわたくしは出会ったことがありません。「いや、それはほめすぎだ」と言う方がいらっしゃいましたら、ためしにこちらの原書を一ページ訳してみてください。小川氏のようにするりと繊細な日本語で訳出できる方は、そうはおられないでしょう。

 そして訳の技術とは関係のないところかもしれませんが、小川氏の訳書『さゆり』はどの頁を開いても日本語の活字本として、その見た目が美しいこと。原書ではなく訳書で読む価値のある本がここにあります。

著者アーサー・ゴールデンはTennessee州Chattanooga生まれ、Harvard Collegeで日本美術史を専攻、Columbia University で日本史(室町時代)の修士号を取得。日本の出版社に14ヶ月勤め、帰国後Boston Universityで小説作法の修士号を取得した。現在はMassachusetts州Brooklineで妻と二人の子どもと暮す。The New York Times紙のオーナーであるザルツバーガー家の係累。この本が処女出版である。これが200万部以上売れて大ベストセラーになとなり、26ヶ国語以上に翻訳されている。歌手のマドンナもこの本を読んでゲイシャスタイルに熱を上げた一人。
ところで、雑誌などに出たこの本の紹介、書評とは別に個人のコラムで面白い書評があったので引用してみる。

vendredi 14 Novembre 2003
auteur : Mlle.C
さゆり
アーサー・ゴールデン著 小川高義訳『さゆり』上・下巻(文藝春秋)読了。

パリの書店で山積みになっていたのを見かけたのが数年前のこと。
そのときは「…どうせまた間違った日本観(フジヤマゲイシャエキゾチックジャッパーン系)が描かれているのだろうな…」と思いながら通り過ぎたのであるが、実際に読んでみるとなかなかよく調べてある。人名などの固有名詞がときどき不自然であることを除けば、日本人が書いたと言われても信じてしまうかもしれない「自然さ」である。もちろん、芸妓たちの台詞をすべて京詞であらわしたのみならず、状況に応じてgeishaを「舞妓」「芸妓」、okiyaを「屋形」などと訳し分けた訳者の功績も大きいだろう。

実際、構想十年を要したというこの作品の良さはその正確さ、自然さに尽きるのであって、小説としては凡作であると言わざるをえない。全体に橋田壽賀子調大河ドラマといった趣で、主人公のさゆりも苦難に耐えるだけの辛抱強さは持ち合わせているものの、自ら運命を切り開いていくタイプではない。流されるままに流されていると、いつのまにか周囲が助け船を出してくれて生き延びるという塩梅である。主人公としての魅力は薄い。
海外でベストセラーになったのも「おしん」が受けたのと同じような感じだったのではないだろうか。日本では、「日本人からみても不自然ではない」ということで過大評価されている部分もあるように思う。

ところで、謝辞で触れられている「祇園のしきたりや芸妓の暮らしについてレクチャーしてくれた女性」というのは、かつて名妓として名を馳せ、勝新太郎の愛人としても知られた岩崎峰子さんのことである。その峰子さんがゴールデンを訴えた。名前を出さないことを条件とした取材協力だったのに約束を破られた、のみならず、描かれた芸妓の姿が、偏見に満ちた日本女性像の枠を出ないものであったことに憤慨したからだという。
彼女の自伝も読んだことがあるが、京のいけずここに極まれり!といった感じの本で、あまりいい印象は受けなかった。とはいえ、「芸は売っても身は売らぬ」芸妓としての誇りには感嘆したものである。
その峰子さんが、芸の研鑽に打ちこむでもなく、旦那にすがって生きていくだけの存在として書かれた芸妓像に憤慨したのも無理はない。

しかし、峰子さんが一番反応したのはおそらく「水揚げ」のシーンではなかったかと推測される。法外な花代と引き替えにさゆりの処女が競り落とされるくだりである。
その気持ちは分からないでもない。外国人(時には同胞でも)の中には、いまだに花街に隠微なイメージを抱いている者が多く、私もそれを不満に思っていた。
しかし、これは実際どうなんだろうか。もちろんきょうび舞妓芸妓が娼婦だと思っている日本人はいないだろうし、「水揚げ」なるものが実質的には存在しないことも、ちょっと詳しい人なら知っているはずだ。
ただ、「さゆり」の舞台は戦前である。赤線廃止前。舞妓が後ろ盾としての旦那を持つことはあっただろうし、そうなれば身を任せずに済んだとも思えないのである。少なくとも、峰子さんが言うように「舞妓は伝統的に公家の子女がなるもの」だったとは到底信じ難い。

舞妓の数は年々減っているようで、京都に行っても本物の舞妓さんを見ることは滅多にない。いると思ったら観光客が扮した偽舞妓だった、ということがほとんどだ。
私が初めて本物の舞妓さんを目の当たりにしたのは、ちょうど一年前の今頃、円山公園近くの料亭でのことである。廊下ですれ違った舞妓さんは、私よりはるかに年少で、あどけなささえ残していた。酔客の無遠慮な笑い声が漏れ聞こえる部屋に入っていく、その姿を見送りながら、思わず心の中で「お仕事頑張ってね」と呟いたのであった。

to be continued.

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