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2005/04/07

クロカル超人の文学散歩 横浜市金沢区『直木三十五の墓』

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京浜急行京浜富岡駅から歩いて20分の長昌寺に作家直木三十五の墓があります。1934年肺結核と脊髄カリエスで43歳の若さで亡くなった直木三十五、翌35年に直木賞が発足。そしてその70年後に生誕の地である大阪で未発表の資料もある記念館がこの2月24日に誕生しました。最近その記事を関西大学の増田周子先生が学術mini情報誌『PS Journa』の編集部の求めに応じて寄せられました(詳細は『PS Journal2005年5月刊の第6号に掲載予定)。代表作は『南国太平記』。直木は奇行でも知られた人物で、毎日つめかけた借金取りを目の前にして、平然としていたというし、銭湯に行く金もないのに車を乗りまわし、飛行機の搭乗回数も文壇一だと噂されたくらいだ。死後、直木賞が制定され、大衆文学の発展に寄与することになるが、これも菊池寛の彼に対する友情によるものだった(『近代文学大事典』から抜粋)。筆者が行った長昌寺境内にある直木三十五の墓には花が添えられ、暖かい夕陽を浴びていました。そのすぐ脇には直木賞が取れず済まいで、せめてその墓のそばに眠らせてくれと言ったひょうきんで洒脱な作家、胡桃沢耕史の墓もありました。最近直木三十五に関する新聞記事とか読んで触発されて、ついには墓参りでもと思い立った次第。ジャンジャン。

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