« クロカル超人が行く 11 山口 ザビエル記念聖堂 | トップページ | クロカル超人が行く 12 神田猿楽町界隈 »

2005/03/22

クロカル超人のジャーナリスト・アイ 新聞・雑誌拾い読み 3 『學燈』春号をよむ    

gakuto_harugou約一ヶ月振りでのブログ登場です。ここ2,3週間、日常に多少流された感じでサボってしまったのだ。そんな中で『學燈』春号を拾い読み。仏文学者・文芸評論家の菅野昭正の「恩師の蔵書」 は面白かった。1893年(明治26年)刊行された象徴主義的形而上学小説のエレミール・ブールジュ『鳥たちは飛び去り花々は散る』をようやく読んだ著者が、ようやくの特別な理由を書き綴っていく話しだが、この本が仏文学者で著名な渡辺一夫先生の蔵書の一冊でそれが著者の手許に来るまでの経緯、エピソードを書いている。恩師渡辺一夫先生は贅沢本とか豪華本にはあまり執着しないタイプの学者で、むしろ書物活用の思想を貫き、蔵書にも並々ならぬ愛着があって、その愛着は所蔵するのではなく活用することに向けられたのだと著書は言う。そして蔵書はそれを活用できる後進に受け継がれてほしいという考えがあったと。その蔵書の遺贈に預かって30年近くたって先生が亡くなられた年齢に達した著者が一念発起して読み終えた本が奇想、幻想、幻滅と精神の衰えをしだいにつのらせてゆく若きロシアの大公の物語、原題は"Les oiseaux s'envolent et les fleurs tombent"。ようやく恩師の思いを果たすことができたが、また若い奇特な士を探し出して読み継がれていけたらと著者の願いもちらほら。ブールジュはマラルメの周辺にいた人らしい。
守山卓郎の「酒と泪や男や女」 ? も国語学者の眼がキイテイル。例題、新年会では、日本酒ビールを飲んだ。あ~、酔っぱらっちゃった。新年会では、日本酒ビールを飲んだ。あ~、酔っぱらっちゃった。曰く、「」は、もともと「結合させる」ことに中心があってどんなものでもくっつけられるが、それに対して、「」は、もともと何らかの「まとまりの集合」がある中から例を出すという列挙の仕方と。「点線」が「点線」になってもなんとかなるが、「老人海」が「老人海」になるとちょっと無理かもと著者は書く。なるほど、ナットク。
紅野敏郎の「學燈」を読む―篠田一士 も興味深く読んだ。亡くなって15年、今だこの巨漢にして大読書家、博識、世界文学に通じた篠田一士の仕事の全体像を如実に示す著作集が未だに沸き起こってこないのが残念と著者は嘆く。篠田の路線に沿いつつ近代文学史の見なおしが転回しつつあるのに。嘗て筆者はこの學燈で篠田一士の評論を何度か熱心に読んでいたし、題名は忘れたが今も著書を持っている。
丸善社史資料 25 もその初期の会社の内情が読めて面白く読んだ。

« クロカル超人が行く 11 山口 ザビエル記念聖堂 | トップページ | クロカル超人が行く 12 神田猿楽町界隈 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« クロカル超人が行く 11 山口 ザビエル記念聖堂 | トップページ | クロカル超人が行く 12 神田猿楽町界隈 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31