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2005/02/20

クロカル超人のジャーナリスト・アイ 新聞・雑誌拾い読み 2   

shitechou
文芸評論家・加藤典洋氏の講演「私にとって詩とはどういうものか」(「現代詩手帖」2005年2月号所収)を読む

2005年2月の読売新聞読書欄の書評子に刺激されて本当に久しぶりに雑誌『現代詩手帖』2月号を購入。その中に載っていた文芸評論家、加藤典洋氏の講演「私にとって詩とはどういうものか」を読んだ。2004年12月4日山形市遊学館で行われた講演を再構成したもの。高校時代、大江健三郎著「日常生活の冒険」をはじめ、奥野健男、島尾敏雄、安部公房、井上光晴、倉橋由美子の現代小説、会田綱雄、堀川正美、吉野弘や「荒地」の鮎川、田村、北村の現代詩、テル・ケル派等の現代フランス文学を読み、ゴダールとトリュフォーの映画を観、「現代詩手帖」と「美術手帖」を持ち歩き、その中の長田弘とか渡辺武信とかを好きで読んでいたという初期読書体験。当時地方で雑誌「文學界」を取っていた家庭はそう多くはないはずだが。大学では学生運動があって、最初は愉快、しだいに暗くなって結局はへこたれたと語り、高校のころは文学青年が好きな太宰治とか中原中也とかは軽蔑していたが、20歳過ぎて中原中也の詩に惹かれて行ったと。加藤氏流に言えば捕まった。一人目の子どもの誕生日が中也の子ども、文也が死んだ日、二人目の子どもの誕生日が文也の生まれた日、偶然だがそれだけ中原中也に数年間は憑かれていたという。国会図書館員のときカナダのケベック州に留学した際に中也について書いたものが郵送途中紛失し戻って来なかったことから中也の世界から離れることが出来たことなど詩と詩の周辺について面白おかしく、時に真面目に語られていく。「結局最後に残ったものは、へたり込んだときに心に響いてきたもので、わけのわからない言葉の断片なのです。なんでこれいいのって言われても、ほんとに答えないといけないなんて気持ちがすこしも湧いてこない。そういうもの。そういう会話が辛いっていうときに、からた゛に入ってきた言葉です」詩の根源的な意味を語り、ごく普通の詩を引用して上手な現代詩よりいいのかというと、これまでこの世で誰も言わなかったことをいっているからいいのですと語る。その一部を本文から引用。

こころのしゅうぜんに
いちばんいいのは
自分じしんを
ちょうこくすることだ
あらけずりに
あらけずりに・・・・・・
*
Kaki no ki wa
Kaki no kide aru
Koto ni yotte
Basserarete iru no ni

文芸評論家、三浦雅士氏の土井晩翠賞選評「賛嘆と不安と」を加藤氏は引用しつつ、現代詩はいまや、難解詩とライト・ヴァースのいかんともしがたい二極分解しているのだという。そして加藤氏の示唆は「詩の逆境を詩はどのように生き延びるか」という問題だとし、戦後詩の「一体」の感じが失われて、現代詩が逆境にあって、苦しんでいると受け取るべだという。詩は、暗がりに浮かぶ行燈のようなものだ。暗いと暗いだけ、それはくっきり見える。でも時代が明るいと困ってしまう。昼行燈ということばがあるが、そのままだと、非常に間の抜けた、ぼんやりした存在にならざるえないという。また、現代詩は、編集者が書き手にダメを押せなくなって堕落したとも語る。良い詩とダメな詩というのが、詩の世界でわからなくなった。くだらないものをくだらない、という人がいなくなったと。そして難解なものとやさしいものに分解するというのは、逆境になったときの詩の身の動かし方で、詩はこういうかたちで逆境を耐えている。どっちがいいという話しではないと。小説でも村上春樹、村上龍、高橋源一郎などがこの二極分解を自分で引き受け、作品の中に呼び入れ、呼びかけ、乗り越えることだった。それは演劇の平田オリザ、野田秀樹もそうだったという。詩が二極分解したときに、その一方に立つというのではなく、誰がこの二極分解自身を体現してみせるか、誰かがこの分裂の現場にならなければならない、そういう問題意識を持つ人がどのくらいいるのかが加藤氏の答えらしい。旧ソ連のノーベル賞詩人のヨシフ・ブロツキイ、吉野弘の詩、荒川洋治の詩に言及して詩の根源的なものを呈示してみせる。その荒川洋治氏の「美代子、石を投げなさい」という詩から。
 
宮沢賢治論が
ばかに多い 腐るほど多い
研究には都合がいい それだけのことだ

ぼくなら投げるな ぼくは俗のかたまりだからな
だが人々は石を投げつけることはしない
ぼくなら投げる そこらあたりをカムパネルラかなにか
 知らないが
へんなこといってうつろいていたら

ああ石がすべてだ
時代なら宮沢賢治に石を投げるそれが正しい批評 まっ
すぐな批評だ
それしかない
(中略)
宮沢賢治よ
知っているか
石ひとつ投げられない
偽善の牙の人々が
きみのことを
書いている
(中略)
「美代子、あれは詩人だ。
石を投げなさい。」

筆者はかつて「水駅」で颯爽と詩人デビューを果たしたこの人の詩や評論を読んだことがある。今や現代詩作家と名乗り版元も経営しマルチ人間である。
20ページに及ぶこの講演は、文芸評論家・加藤典洋氏の読書体験、思想、感受性の総体として今の詩の現状に根源的な問いを突きつけつつ、乗り越えの作業に的確に示唆を与えているように筆者には思える。筆者より年配ではあるが、似たような読書体験をしているし、同時代の感性を共有していたことも頷けて時代のモーメントを想う。中原中也は若い自分に相当読んだし、湯田温泉にある中原中也記念館にも出かけた。ある書肆が書店を経営していてそれに参画していた時分、主は現代詩のコレクターで当時1,000万以上の初版本を持っていたし、詩もいろいろと読んできたが、3回目かの引越しで詩集と言語学関係書を約400冊位古本屋に売ってしまった。そのあとからここ17,8年はぽつりぽつりと試作した程度でほとんど遠退いていた。また、昔よく読んだ詩人も物故者が多くなった。新しい試みとして詩のボクシングをテレビで見ては面白いと思ったことはあるが、それほどのめり込めなくなった。今は新聞雑誌等で現代詩の動向をちらっと読む程度。しかし、現代詩が気になっていることも事実だ。加藤典洋氏に刺激を受けてポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの詩を読んでみたいと思う。
文芸評論家で大学教授の加藤典洋氏は、来年度から早稲田で教鞭をとる予定と聞いている。筆者は、2年位前に明治学院大学の校舎の前を考え込みながら歩いている光景を目の当たりに見て、その昔、哲学者、梅原猛が京大農学部の前をそれより更にうつむいて歩いていたのを思い出す。何かの着想、構想、それとも学生のことか、筆者には到底その中身までは分るはずはないが、その光景は強烈な印象として残っている。

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