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2005/01/23

超人の面白読書 3 「夏目漱石と明治日本」

Soseki
「夏目漱石と明治日本」雑誌『文藝春秋」』平成16年12月臨時増刊号特別版 2004年12月刊 文藝春秋 226ページ 定価1,000円

1月2日拾い読み。意外な読み方が出来て面白かった。全編書き下ろし。芳賀徹の漱石の『靴足袋』では、靴足袋のあみかけてある火鉢哉(明治32年)を夏目漱石の句集から拾い、靴足袋は(靴下の明治の言葉!)火鉢の傍らにあみかけのままおいてあるという。漱石は胃弱で寒さに人一倍に弱かった、と。また、『門』から。夕方、宗助がくたびれて帰宅して着替えると、いつもその「襯衣や洋袴や靴足袋を一抱えにして」六畳の間にかたづけるのが御米である。通勤途上のどこかの唐物屋で買ったか、御米が舶来ものが長持ちすると言って買ってくれたのであったか、想像してしまうと。また、別なページでは孫の半藤末利子の筆による漱石の妻鏡子に言及した『中根家の四姉妹』が面白い。漱石と鏡子とのやり取りを紹介しながら、鏡子は少々のことではびくともしない姿勢を貫き通した女性ではなかったかと著者。中根家の四姉妹(長女の鏡子、次女の時子、三女の梅子、四女の豊子、三女までは豪奢な暮らしを享受したが、四女豊子は生家の没落の理由で享受できなかった。そんな豊子を不憫に思い漱石は特に可愛がった、と)また、余談だがと断りながらも、鏡子の父中根重一の妻豁子(つまり鏡子の母親)の性格は、貞淑そのものの妻であったと。孫や曾孫にまでバカ丁寧で、これが鏡子の母なのかと只々驚いた記憶があると書いている。漱石の登場するヒロイン達は男性に隷属していない。中根家の四姉妹が、漱石の小説の中の女性造型に、描写に、どれだけ大きな貢献を果たしたか計り知れないものがあると著者は書く。その他丸谷才一と山崎正和の対談、漱石の魅力の特集、吉本隆明の『漱石の巨きさ』、孫の夏目房之介の『百年の時を越えて、祖父・漱石に会う』、作家、研究者他の特別随想から成っている。略年譜付。日露戦争から100年、明治の諸相が又違った角度から蘇った感じである。小学生時代に読書感想文を書かされ発表した時の本、即席で「坊ちゃん」を選んで無事済ましたことが懐かしい。また、小学四年の時分、確か担任が女性の森下先生、君の頭は漱石の頭みたいにでかいねと言われた記憶が蘇る。いずれにせよ、日本人が好きな作家の一人であることは間違いない。最後に、大学1年の頃図書館で漱石全集を借り出しては書き写しながら方丈記の漱石の英訳を読んでいた。和文英訳には自信があった頃。そんなときを思い出させるページが秀明学園理事長・教授の川島幸希の「再考 漱石の英語力」である。しかも方丈記の英訳をかの巨人南方熊楠のと比較しているのだ。あっぱれ。紙が少し厚く重たいのが気になる。226ページをスキップしながら拾い読みを続けたい。どこかの版元がまた、衣替えして全集を出すのかしら。

追記。2006年9月7日号の週刊新潮によれば、夏目漱石の96年前の『門』についての書簡が発見されたという。
実業家でコレクターでもあった愛知県西尾市の岩瀬弥助氏、その古典籍含め8万点を擁する岩瀬文庫で資料整理を委託された研究者によって発見された。なかなか筆が進まない様子が淡々として書かれているらしい。
(2006年9月16日 記)

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