書評

超人の面白読書 135 雑誌『ニューヨーカー』電子版最新号に載った作家村上春樹のインタビュー記事

今冬一番の寒波が日本列島を襲撃(一昨日の北海道陸別町では気温が-31.8℃に達し観測史上初の記録となった。1週間前にはアメリカのシカゴで-46℃と大寒波襲来のニュースをアメリカの友人がラインで伝えてきたばかり)、珍しく関東地方でも雪が降っている。そんな寒い朝、スマホでザッビングしていたら、雑誌『ニューヨーカー』の電子版で作家村上春樹のインタビュー記事を偶然見つけ、途中朝ドラの「まんぷく」を見たため中断したが何とか読み終えた。少し長いインタビュー記事だが、作家の小説作法、作品を産み出すプロセス、考え方や日常それに小説を書き始めた頃などが知れて興味深かった。その記事(タイトルは“THE UNDERGROUND WORLDS OF HARUKI MURAKAMI ”)を読むはこちら➡https://www.newyorker.com/culture/the-new-yorker-interview/the-underground-worlds-of-haruki-murakami

インタビューアーのデボラ・トレ―ズマンDeborah Treisman女史に関する記事はこちら➡http://www.artscouncil.ie/Arts-in-Ireland/Literature/Deborah-Treisman/

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超人の面白読書 134 三島由紀夫著『金閣寺』(新潮文庫) 4

蛇足だが、ネットで読んだ三島の生き証人美輪明宏の話は貴重で面白い。
『金閣寺』は通勤中の電車の中で少しづつ読んだ。ほかの本や雑誌と平行して。再読を試みさらに理解を深めたい。また、翻訳された英文版で豊富な描写をどう英文で表現されているかチェックしながら読んでみたい。
いま山中湖の三島由紀夫文学館では「美と孤独―帰ってきた『金閣寺』」展を2019年5月13日まで開催中だ。

追記 2019年1月27付毎日新聞書評欄に渡辺保評で菅孝行著『三島由紀夫と天皇』(平凡社新書)という三島由紀夫論が載っていた。「大切なものからの宿命的な隔離の感覚が促す極限的な孤絶」―。(2019.1.30 記)

追記2 大澤真幸著『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書 2018年11月刊)20190204173743_00001_3
と橋本治著『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(新潮文庫 2005年11月刊)を同時並行して読んでいる。社会学者大澤氏の論理的で比較的分かりやすい文章とつい最近急逝した橋本氏のうねっていて少し分かりづらい文体を咀嚼しながら、筆者なりの三島由紀夫の謎を追っている。(2019.2.4 記)

追記3 三島由紀夫について書いていた矢先、偶然にも今夜のNHKの番組「クローズアップ現代+」 で“三島由紀夫・・・驚きの秘話ノーベル賞と自決の謎”というタイトルで三島由紀夫と川端康成を取り上げていた。演出家宮本武亜門、芥川賞作家平野啓一郎と女優・作家中江有理がゲスト。人間の矛盾を露骨に出ていると語ったのは宮本亜門。そういえば、また2.26事件の日がやって来る。(2019.2.4 記)

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超人の面白読書 135 三島由紀夫著『金閣寺』(新潮文庫) 3

『金閣寺』の告白調の内容の理解がなかなか難しい。ここには三島文学の小説に賭けた事柄が凝縮されている。書き出しはこれからどう展開するのか想像を巡らせてくれるが、結末は味気なく中途半端で、むしろ放火後の主人公の心の動きや展開を知りたいはずである。映画のラストシーンでもよく見かける光景で、余韻を残す、あるいは読者の想像に委ねる手法なのか。そういえばアプレゲール派の梅崎春生の小説『幻化』もそうだった―。梅崎春生は昭和22年から昭和32年まで東京新聞に文芸時評を書いていたので、三島の作品『金閣寺』(昭和31年10月刊行)も当然俎上に載せていたに違いない。どう評価したか興味あるところだ。二人の作家に共通しているキーワードは〈戦争〉である。
少し横道に逸れた。三島由紀夫は、新聞の社会面に載った金閣寺放火事件にヒントを得て、それこそ綿密な取材をして事件から5年後に小説を書いた。その緻密さは所々に見られるけれども、とりわけ物語の終わりのほうに金閣寺を放火するまでの様子を刻一刻描写する場面があるが、スリリングがあって見事という他ない。『金閣寺』は雑誌連載中にすでに評判を呼んだ。それは自分の観念、ある種の理想をこの事件にダブらせて描き出し、〈美〉を卓越した言葉の紡ぎ方で追求したのだ。甘美なまでのロゴスとパトスをもって。そしてエロスを味付けに使いながら。主人公は金閣寺の美しさの不滅を内に溜め込んで、終いには感情の化学反応―金閣の美しさ故に儚い、憎いが美しい、それを独り占めにしたいというアンビバレンツな感情―を引き起こして放火という行為で認識を越えようとした。小説はむしろポエジー的でしかも究極、かのマラルメの究極の詩業に似て。彼方にあるのは真善美の〈美〉、耽溺した後に来る死を匂わせ虚無が残る・・・。三島が描いた文学的提示は究極のところ一つの伝統美の回帰という世界を現出させるために、認識から行為へと誘い始めたということか。偶然にもある大学の入口に次のようなフレーズを見つけて驚いた。行動する知性、Knowledge into action。大学のUIの文言は三島の認識から行為へ、を彷彿させる。
それにしても仏教や古典など幅広い知識を駆使して、磐石な構成、人物の設定と造形力、観察眼そして無駄のない論理的な小説作法に驚愕した。
「作家は行動する」ではないが、三島由紀夫が自決してやがて50年になる。その間師である川端康成も葉山マリーナで自殺、また、「作家は行動する」の江藤淳も鎌倉で自殺をしている。文学は相対化され益々ショー化してきている。そして、キナ臭い政治状況が現前しているのだ。戦前回帰、三島は今草叢の陰でニンマリしているだろうか―。
三島由紀夫は、三代続く官僚の家柄でおばあさん子、幼い頃は外で遊ばず家で女の子のように大事に育てられたという。辞書は好きで隅々まで読んでいたようだ(大江健三郎や井上ひさしなどの作家にもこの手の話があるが)。観念の人三島を彷彿させるエピソードである。もう一つこんなことも。蛙の鳴き声は本では知っていたが現実に蛙の鳴き声を聴いて、あれは何の音ですかと訊いたという、信じられないエピソードも―。

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超人の面白読書 135 三島由紀夫著『金閣寺』(新潮文庫) 2

『金閣寺』は難解な小説である。下記に概略を記そう。一人称で告白の形を取っている。

日本海沿岸近くにある村のお寺の息子溝口は、父から金閣はこの世で一番美しいとよく聞かされていた。父のコネで京都の金閣寺(鹿苑寺)の住職のところに預けられる。将来は金閣寺の住職にと期待をかけられて修行に励む。しかし、溝口は吃音症の持ち主でそれがコンプレックスになっている。村の若い看護婦に淡い恋を抱くも吃り症のせいで実らない。その女も脱走兵と出来てしまい妊娠したことを知るが、その後の溝口に暗い影を落とす。また、ある時母は蚊帳で親戚の人と関係するも、父が息子溝口の目を覆ってその行為を隠す。その父の死後、母は親戚の家にあって上洛する度に息子に金閣寺の跡継ぎにと再三期待をかける。溝口は吃音症で人としゃべるのが苦手故自ずと孤独を感じていた。やがて修行仲間の明るい鶴川と知り合いになる。鶴川と訪れた南禅寺の部屋では軍人と女の露な行為を見せつけられショックを隠しきれなかった。戦争末期に食料調達が覚束なくなると、かつては心のなかに金閣の美しさは不滅と画いていた金閣も戦争によって一瞬にして燃やされ消滅してしまうのではと現実的に考えるようになる。溝口はその儚さと虚無を思った。時代は敗戦後の占領時代に移り、日本人の娼婦を連れたGIが京都の金閣寺にやって来て日本人を小馬鹿にしたようなショッキングな行動を境内で目にする。やがて溝口は寺の住職の計らいで大学に進学する。そこで内反症の柏木と出合い新たな友を得る。身体は少し不自由だが知識は人一倍あって論理的かつ策略的な人物だ。溝口は彼の奇妙な魅力に引き込まれ、女遊びの手解きまで受ける。ある時外出時に新京極界隈で住職の女通いを目撃、住職の闇の部分を見て嫌な感情をもってしまう。それは溝口を失望させたが住職は何もなかったように振る舞う。そのことが却って溝口を疑心暗鬼にさせてしまう。そんなわだかまりの状態から抜け出すため柏木から借金して田舎をさまよう。そこで金閣寺放火を思いつくが、不審者扱いにされ金閣寺の住職の元に送り返される。その報を住職から聞いて駆けつけた母から叱責されてしまう。借金返済に業を煮やした柏木が一計を案じて住職から借金を肩代わりしてもらうことに成功する。事故死した鶴川と柏木の恋愛関係を柏木が持参した手紙で溝口が知る。溝口は世話になっている金閣寺の住職からついに印籠を渡される。それからの溝口は放火を着実に実行するため、自殺まで視野に入れて毒薬、小刀、ハンカチそれに煙草を準備し決行を着々と進める。静まり帰った夜、マッチを持ち藁を抱えて境内の3階の部屋まで歩くが開かず仕方なく裏側のほうに出る。そこで火をつける。裏山に逃げた溝口は真夜中に燃え上がる炎を煙草を燻らせながら眺める。生きようと思う。ここでこの小説は終わる。(続く)


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超人の面白読書 135 三島由紀夫著『金閣寺』(新潮文庫)

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大昔学生時代のアルバイト先で、朝日新聞夕刊の「三島由紀夫、割腹自殺」の見出しを読んで衝撃を受けたことを覚えている。彼は自ら結成した盾の会メンバー4名とともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地(現防衛省)に立てこもり、総監を人質にしてバルコニーでクーデターを促す演説後割腹自殺を遂げた。三島文学の良き読者ではなかった筆者だが、三島由紀夫の名前は知っていた。マスコミはこの事件を大きく報道、日本国中に賛否両論が沸き起こったのだ。
その三島由紀夫の傑作、いな戦後文学の名作の一つ『金閣寺』を読んだ。恥ずかしながら遅すぎた読書体験と言わざるを得ないが(三島の人と作品などの論評は新聞や雑誌等で読んでいた)、筆者的にはこの作者の思想、自己顕示欲などについていけないところがあり、彼が書いた本を遠ざけていたことも事実。しかし、『文章読本』などは読んだ。そうそう、『花ざかりの森』や『豊饒の海』も途中まで読んで投げ出した。『豊饒の海』など三島作品のいくつかを再度これからチャレンジするつもり。
ところで、『金閣寺』を読むきっかけは、意外なところからやって来た。ノーベル賞候補に挙がったほどの世界的な作家は英語をはじめ外国語に翻訳されて世界中に読者を広げている。日本の作家では珍しく早くから世界的に知名度が高かった作家だ。また、スウェーデンアカデミーからの問い合わせに応じて、翻訳家で日本文学研究家、と同時に三島とも親交があったドナルド・キーンは、まだ若いのでそういう機会はまだまだあると師の川端康成をノーベル文学賞候補に推したことはつとに有名だ(ドナルド・キーンは、テレビ番組に出演した時に三島由紀夫の人柄に触れて、よく高級品を頂いたが、あまり好ましいことではないと言っていたのが印象的だ)。そう、筆者が過去何度も訪ねているニューヨークの書店にもあった。昨夏スウェーデンのアーランダ空港内の文庫本ブックショップにも確かあったように記憶する。
テレビでゲスト出演を果たしたオーストラリア出身のアーティストのサラ・オレーン(絶対音感の持ち主で日本語も上手しかも頭脳明晰。それと表情が妖精っぽい)が衝撃を受けた日本文学は、三島由紀夫の『The Temple of the Golden Pavilion』(『金閣寺』の英文タイトル) 20190128122355_00001だと語ったことに触発されて、英文を読む前にオリジナルを読まなければと読み始めたわけである。生きているうちに少しでも著名な古典や近現代文学の名作を読んでおこうとする自分なりのチャレンジの一環でもある。

追記 『The Temple of the Golden Pavilion』(写真は公共図書館で借り出したもの。1987年刊行のペンギンブックス版。現在絶版。何せ30年以上経っていて、焼けていたり破けていたりと本の状態が良くない。コピーもなかなか厳しかったが何とか読めるように工夫した。新たにヴィンテージ版を購入。しかし、ヴィンテージ版には「序論」がない!)の抜粋。 はじめの序論~P.6までとP.203~からおわりまでを読むはこちら→「20190128221509.pdf」

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超人の面白読書 134 小堀 聡著『京急沿線の近現代史』

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京急は西の阪神、東の京急と例えられるほど海沿いを走る庶民の電車として親しまれている。しかも目立つ赤い電車でスピードもある。電車のなかで書きものをするものならすぐさま字が踊ってうまく書けないほど揺れる。その極致はカーブのある線路を走るときで、何とも言えないスリリングさを体験できるのだ。
さて、そんな大手私鉄の京急について蘊蓄を傾けた本が刊行された。小堀 聡(名古屋大学准教授 横須賀市出身、日本経済史、エネルギー産業・環境史)著『京急沿線の近現代史』だ。キーワードは120年の京急を繙く、である。本書の関連年表によると、1899年(明治32)1月 川崎(のち六郷橋)―大師、国際標準軌(1435ミリ)にて開業とある。更に本文には1月21日午前10時開始と詳しく書いてある。京急はこの1月でちょうど120年になるのだ。本書は今までの電車本とは切り口が一味違って京急「沿線」の歴史だが、読み応えがあり考えさせてくれる一冊だ。筆者は全12章174頁を一気に読んだ。前から、章によっては二三度、最後の章からは、上りの各駅電車に乗った気分で反対にも読んだ。行間からは〈つよさ〉と〈やさしさ〉が感じられ、〈知見〉が迸る。少壮歴史学者のなせる業だ。初詣(川崎大師)や神社参拝(穴守稲荷)、在来産業(海苔養殖、漁業など)に従事してきた地域・住民が京急の鉄道敷設で変貌していく様を小気味良く抉る。在来産業➡海水浴・リゾート➡大規模な埋め立て・大企業の誘致と進出・重化学工業の勃興と発展・公害➡宅地開発・沿線人口増➡開発に歯止め・自然破壊・住民運動・自然保護―といったように歴史の光と陰を分かりやすく、ときに資料を駆使して簡明に描き出す。大雑把に捉えれば、前半は京浜工業地帯の発展史、後半はその歪みと警鐘。京急沿線のもう一つの顔である軍隊(帝国陸海軍、占領軍、自衛隊)の話(写真とコメントがいい、特に「小松・パイン」、横浜、逗子、原発誘致失敗の言及もある横須賀とその周辺)を織り混ぜながら、京急延伸と宅地開発の歯止め➡三浦半島の自然保全に言及する。そして、京急と沿線―脱工業化の設計図等➡自然との共生を模索―の未来像を巡らせて終わる。京急沿線を世界史的、とりわけ東アジアのコンテキストで捉え直したことが画期的だ。ここで目次を掲げてみよう。その前に本書の狙いを著者が書いているので覗いてみたい。

「京急沿線各地での生産活動と生活(住居、行楽、住民運動など)とが、臨海工業地帯の発展とともにどう変わっていくのかを具体的に追跡したい。本書はあくまで沿線史ですから、各章には京急以外にも企業家、政治家、住民、宗教家など様々な人物が登場します。京急は時として主役を、また脇役を演じるでしょう。なお、特別出演として軍隊(帝国陸海軍、占領軍、在日米軍、自衛隊)が登場することを予め補足しておきます。神奈川県にとって軍隊は戦前・戦後を通じて大きな存在であり、それは湘南電鉄、京急やその沿線自治体に数々の影響を与えてきました。京急沿線に注目することは、世界各地からの資源輸入の背後にある日米安保体制を足許から見直す機会にもなるでしょう。」(本文P.10―P.11)

第1章 世界史のなかの京急沿線
第2章 川崎―初詣からハンマーへ
第3章 羽田・蒲田・大森―行楽、空港、高度成長
第4章 品川―帝都直通の夢
第5章 鶴見~新子安―生活と生産との相剋
第6章 日ノ出町・黄金町―直通、戦災、占領
第7章 上大岡~杉田―戦後開発の優等生
第8章 富岡~金沢八景―おもしろき土地の大衆化
第9章 逗子海岸と馬堀海岸―残る砂浜、消えた砂浜
第10章 安針塚~横須賀中央―軍都の戦前と戦後
第11章 浦賀と久里浜―工業化とその蹉跌
第12章 三浦海岸~油壺―三崎直通の夢と現実
あとがき、関連年表

筆者的には第6章、第10章~第12章が印象的。どの章から読んでもいい。鉄道史はもちろんのこと、政治経済史、環境史、都市史、社会史、軍事史、不動産史などのアプローチを可能にする、多面的な読み方ができる本だ。ぜひ薦めたい本。
CPCNo.9 エコーする〈知〉A5判、174頁、クロスカルチャー出版 2018年12月25日刊 定価 本体1,800円+税。

追記 著者の小堀聡先生が地域情報紙『タウンニュース』横須賀・三浦版の「人物風土記」に登場しました。
その記事を読むはこちら→「20190201112835.pdf」

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クロカル超人の面白読書 133 大矢悠三子著『江ノ電沿線の近現代史』

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藤沢と鎌倉を走る江ノ電は、走行距離10キロ、10駅約30分の短いレイルウェイだ。しかし、民家や海岸線をすれすれに走る緩い走りの車窓からは風光明媚な箇所がいくつもあり、一駅一駅降りては乗るを繰り返せば1日あっても時間が足りないくらいだ。筆者などは、春には鶴岡八幡宮での花見や江の島マリンタワーすぐ近くのイタリアンで誕生日祝いをしてもらうのが恒例だし、夏には海辺でシラスを食べ、秋には鎌倉山麓で紅葉狩りも。そして冬、鯵の干物買いついでに蕎麦を食べに出かける。混雑する観光シーズンはなるべく避け、土曜日などにふらっと出かけるのがいい。そんなとき車に乗れない筆者はいつも江ノ電を利用して移動している。そっと耳を傾ければ線路を走るガタコトガタコトという音が聴こえる、それが心地良いのだ。最近では中国からの若いカップルも多くなり、極楽寺駅(かつてはテレビドラマで脚光を浴びた)をはじめ江ノ電沿線の駅に甲高い中国語が飛び交う。これも古都鎌倉の新たな風物詩になりつつある。
そんな江ノ電利用者に待望の本が刊行された。藤沢市史に関わり、『湘南の誕生』の共著もある海水浴(そう、湘南の海水浴に触れた、タレントのタモリが主演のNHK番組「ブラタモリ #115 湘南~湘南の人気のヒミツは“いとしのヘリにあり”~」が10月13日に放映された!)やリゾート史に詳しい大矢悠三子氏の『江ノ電沿線の近現代史』、ここには今まで知らなかった事柄が分かりやすく書かれていて沿線の顔をリアルに浮き彫りにさせてくれる。目次は下記の通り。

第1章 江ノ電の開業―湘南トライアングルの形成
第2章 湘南の大都市・藤沢
第3章 憧憬の鵠沼―開発分譲型別荘地の嚆矢
第4章 大東京の風景地と湘南海岸
第5章 湘南ランドマーク―不思議アイランド・江の島
第6章 海岸線―「江ノ電のある風景」の変貌
第7章 鄙の地、聖地となる
第8章 鎌倉を愛した文士たち
第9章 由比ヶ浜に海浜院ありき
第10章 古都・鎌倉に遊ぶ、暮らす
あとがき、関連年表、参考文献

筆者としては特に江ノ電小史、藤沢駅と周辺エリアの盛衰、湘南海岸物語、鵠沼などの宅地開発、江の島アイランドストーリー、鎮魂歌であまりにも有名な逗子開成高校ボート水死事故の話、由比ヶ浜海浜院物語、江ノ電唯一のトンネル極楽洞の話(ツルハシで掘削)、戦後すぐ鎌倉文士によって開校した鎌倉大学校→鎌倉アカデミー、鎌倉文庫、いくつものテレビドラマの舞台そして数字で示してみせた観光のあゆみなどが著者の視点も見え隠れしていて興味を引いた。鉄道本にはビジュアル的なものが多いが、コンパクトに活字で読ませる本書には、電車で未知の旅に出るようなある種のワクワク感がある。今度の週末は本を片手に江ノ電乗車といきますか。窓外から見える沿線の景色が少し違って見えるかも。
A5判・177頁、定価本体1800円+税。2018年10月31日、クロスカルチャー出版刊。

追記 FMいわきの番組、「いわきの人、まち、文化」<文学散歩>でこの本が紹介された。2018年12月12日(水曜日)午前9時30分~9時59分。司会は馬場典枝さん、ゲストは鈴木英司氏。筆者はゲストから連絡を受けてインターネットラジオで聴取。録音がうまくできなかったのが残念。ユーチューブにあげてくれると嬉しいのだが・・・。ゲストは歴史や文学に造詣が深いだけに、自分の鎌倉旅行を含めてコンパクトに本の内容を伝えていた。CPCシリーズ、版元と著者紹介、湘南の由来、江戸時代の鎌倉、江ノ電唯一のトンネル、大仏、NHK大河ドラマ「もみの木は残った」、江ノ電のはじまり藤沢、鎌倉文学館、初めは棒を使って医療のための海水浴等々面白おかしく。歴史散歩のガイドブックとして最適と。(2018.12.13 記)

追記 図書新聞(2019年2月9日号)に書評が紹介されたみたい。その記事を読むはこちら→「20190201113018.pdf」

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超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』最終回

終章の「横浜学」では今までの7つの物語とは違って本書の締めとして全体的なアプローチの仕方に触れている。最近地域研究や地方史研究が盛んになる一方、グローバルに捉えようとする歴史学の新しい枠組でのアプローチも行われている。いつだったか、雑誌『思想』で中堅の歴史学者たちが戦後歴史学の時代区分の新しい分け方を提案していた。また、一部の出版社のPR誌で周辺領域を含めた歴史学の見直しを試みるエッセイも書かれている。戦後70年以上経過した現在、歴史学も新たな時代を迎えているということなのかも知れない。換言すれば、中心が少しズレ周縁よりになった感じだ。遺跡の科学的発掘とITを駆使し図解解析を容易にした追跡調査や古文書の卓越した解読と発見が次々と現れ今まで半ば常識化した歴史的な事柄が少しずつ塗り替えられているのだ。テレビやゲームそれに中高年の“歴史散歩”が歴史ブームに拍車をかけているのも事実だ。そして何より歴史は民衆史の視点を忘れてはならない。それと民間学―。著者が本書で言及している鹿野政直の唱えた歴史学の方法である。かつては大阪学を唱えてベストセラーになった学者もいた。立命館大学の地理学科は京都学を唱えて“営業中”だ。東京圏といえば、比較的活発なのが「多摩学」だろう。「多摩学」に関係する小冊子は何冊か筆者の手元にある。読んでみると目から鱗の事柄も。
本書はフェリス女学院大学国際交流学部のテキスト用に編まれているが、新書版サイズは一般読者にも手軽で読みやすい。著者は前任者の高村直助先生から引き継いで「横浜学」を今も講じている。横浜を身近に知る好著。最後は著者に倣って。Think locally, Act globally ! (2007年3月刊、フェリス女学院大、新書版、206頁、700円+税)

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超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 7

横浜大空襲の被害の数字を眺めるとその被害の大きさが解るので本書から拾ってみよう。死者3649人、重傷1655人、軽傷8542人、行方不明309人、罹災者311218人、当時の人口比からすると二人に一人が罹災。民家の被害は中区、南区、西区、神奈川区に集中し約80000戸が全焼、その後の調べで死者は7000人から8000人と推定されるという。ここでの注目は
京浜急行電鉄の横浜駅と戸部駅の間にあった旧平沼橋の話だ。1944年に廃止されその後横浜大空襲で焼け落ちたホームと鉄筋の残骸は残っていたが、今は撤去されてないそうだ。アメリカ軍の爆撃機B29による攻撃は、戦略的で容赦ないものだった。そういった意味で旧平沼橋駅の残骸は歴史的証拠で貴重な戦争遺跡、移築して残しておけば良かったと思うのだ。これこそ横浜各地に残る戦没者の碑とともに“戦争と平和”を考える生きた教材として役に立つのに―。
尚、この横浜大空襲の話は、小堀 聡著『京浜沿線の近現代史』(クロスカルチャー出版 2018年12月刊行予定)でも言及される。
港北区の慶応義塾大学日吉校舎の地下にある、旧海軍軍司令部がおかれた巨大地下豪の話や病院として使われたフェリス女学院の地下豪の話しも戦争遺跡として貴重だ。日吉の巨大地下豪は機会があったら一度見学したい。
第7章の「占領のまち横浜とザンダー先生」。パイプを加えたマッカーサーが厚木飛行場に降りたときから横浜は「占領のまち」化した。横浜市内に互楽荘(慰安所)、日本造船大丸谷寮(慰安所)やエキスプレスビル(バー)や大阪商船ビル(キャバレー)などの「進駐軍将兵慰安施設」が設けられるも、米兵の間に性病が蔓延し、GHQは民主化の一環として「公娼制度廃止」を指示せざるを得なかった。遊廓の公認を禁止した。日本政府はこういった施設をつくることによって一般女性にまで被害が及ばないことを目論んだが失敗に終わり、まちに「パンパン」(映画、舞台、詩、写真集それに漫画などのモデルになった“メリーさん”はつとに有名)など街娼があふれることになる。これを機にやがては「売春禁止法」が制定される。筆者的には著者が書いている「二業街」(芸者や料理屋を中心とする歓楽街)には興味大。そう、大昔まだ都会に出始めの学生時代の頃、アルバイト先のオーナーに夜半伊勢佐木あたりの食堂(?)に連れて行かれ、そこで目にした光景は、白衣を着たやや年増の女性が給仕している妖しくも不思議な光景だった。これが「二業街」だったか。
そういった占領時代にGHQの兵士たちの振る舞いが横暴さを増すなか、フェリス女学院と極めて縁の深いヘレン・ザンダー女史がいたことは救われる。リンゴの代金支払いや少年を野球場に連れて行った話は感動的だ。(続く)

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超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 6

第6章の「戦争遺跡が示すもの」に入る前に、直近のテレビニュースから一つ。毎年夏が近づくと戦争関連ものが話題になるが、今年もその類いのニュースが飛び込んで来た。福井県の若狭湾でナチスドイツのUボート(Unterseeboot 潜水艦)が発見されたニュースだ。日本に製造依頼(川崎重工)して出来なかったもの。戦後すぐGHQによって沈められたという。前章でナチスドイツに触れたがまさしく「戦争遺跡」、3年前には戦艦「武蔵」がフィリピン沖でアメリカの富豪マイクロソフトの創業者ポール・アレン氏よって発見され話題になったことも記憶に新しい。
さて、この章では「戦争遺跡」の簡単な定義に始まって、原爆ドーム、戦争遺跡の種類、横浜の戦争遺跡、日吉の巨大地下豪、横浜の大空襲の傷跡それにフェリスと戦争を扱っている。やはり日吉の地下豪と横浜の大空襲が見逃せない。(続く)

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