書評

超人の面白読書 126 『ちくま 』2016年11月号を読みながら

作家の橋本治が、『ちくま』11月号の巻頭エッセイ(なだいなだ氏のときはよく読んでいた)、遠い地平、低い視点の今回のテーマは祭りの継承。ずっと不思議に思っていたことがこのエッセイで氷解して、少しだけ快感を味わった。
それは30代の初めに仕事で兵庫県の山あいの書店―最寄りの駅から川沿いを歩いて20分ほどかかった―に訪問して若い書店主と喫茶店で話していた時に、がり版刷りの新聞を差し出され、若い書店主が祭りや神輿のことについて熱く語ってくれたことだった。筆者はさほど神輿には興味がなかったので、不思議な人もいるもんだなと感心した。決して上手いとは言えない手書きの、しかも所々薄くてはっきりしない、神輿のイラストが私製新聞の真ん中に掲載されていて、よくまあ、細かく書かれているね、と若い書店主の祭りや神輿の復活にかける情熱が半端じゃなかったことを今でもはっきりと覚えている。その当時は神輿を担いで祭りを行う行事が、作家の橋本治が書いているように廃れていたのだ。それこそ大きな祭りはあったと思うが、商店街などを練り歩く祭りはあまり見かけなかったように記憶している(小中学生の頃は田舎の神社で行われる秋祭りによく出かけたものだ。それこそ子どもにとっては楽しみだった―)。それがいつ頃、多分10年後くらいからか、徐々に商店街に神輿を担いだ祭りが復活したのは。商店街での神輿を春(元来の意味は豊作祈願)、夏(元来の意味は病気よけ)、秋(元来の意味は収穫祭)、冬(元来の意味は豊作感謝)の季節に以前より見かけるようになって(テレビでの祭りの露出度も増した)、あの時兵庫県の書店主の語っていたことが現実味を帯びた。いやー、彼の情熱が伝わったのか予測が当たって驚いたものだ。が、一方で、祭りの宗教的な意味合いは薄れて、代わりにイベント性が出現した。日本社会が何か変わり始めた時期だったかも知れない。作家の橋本治が住宅街の祭りの様子を彼なりの視点で面白可笑しく活写しているが、筆者が住んでいる地域の小さな夏祭りも似たようなものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の新刊紹介 永江雅和(専修大学教授)著『小田急沿線の近現代史』

20160329102755_00001_2 20160311165851_00001

永江雅和(専修大学教授)著『小田急沿線の近現代史』(A5判・並製 本体1800円)がクロスカチャ―出版から発売になった。リブレシリーズ新バージョン。カラーイラスト小田急路線図、写真14枚入り。今までの鉄道史のみかたを覆す、〈土地〉と〈人〉との小田急鉄道物語。いま、手に取りたい一冊。新幹線が北海道まで延伸した一昨日、てっちゃん、てつこだけではなく、ごく普通の人までにわか鉄道ファンになって

しまう雰囲気だ。そんな鉄道の新たな幕開けの時期に私鉄の歴史を分かりやすく解説した、テキスト仕立ての本を読むのも良いかも。書店店頭やネットで買えるみたい。目次は下記の通り。

第1章 私鉄経営と沿線開発―「阪急モデル」と小田急
第2章 「副都心」新宿の形成と駅ビル建設
第3章 「ファッションの街」渋谷と代々木
第5章 狛江市と「雨乞い事件」
第6章 生田村騒動と向ヶ丘遊園
第7章 駅前団地と多摩ニュータウン
第8章 町田の「三多摩壮士」と玉川学園
第9章 「軍都」相模原・座間と林間都市計画

1463660028783.jpg

【知り合いのM氏撮影。小田急
江の島線中央林間駅の書店で
平積みの本書】

第10章 海老名と厚木の駅前開発
第11章 大山・丹沢の観光と小田急
第12章 小田原・箱根の観光と交通
あとがき 関連年表、参考文献付

旧モデルの小田急ロマンスカーを思わせる斬新なカバーデザインもいい。

追記 この本を読んだ人の感想。
実家が新百合ヶ丘にあるが、駅の関係が解って面白かった。
企画は面白い、局部的に売れるかも。イラストの小田急路線図もいい。
小田急沿線住民だったのですぐ手にして読んだ。
キハ52とかいうノリテツのノリではなく、鉄道敷設の土地開発の歴史はなかなかない。小田急江の島線の中央林間あたりに住んでいるので興味津々。これって、トチテツ(笑)。
成城学園や玉川学園駅の成り立ちには実は傑出した人物がいた。この本で教えられた。
本厚木駅周辺の地区にも似たような駅名があり、その開発のプロセスが解って面白かった。
タモリさん、ミュージシャンの向谷実さんや六角さん、中川兄弟の弟さんなどノリテツ、トリテツ、ノムテツにもぜひ読んでもらいたい(2016.4.14 記)。

1463660027046.jpg

小田急鶴川駅の書店さんは本書を頑張って売っていると私設リポーターが報告してくれた。この私設リポーターは本書を買ってすでに読んだ御仁 。
【写真 : 私設リポーターが撮影したものをモノクロに】
(2016.4.22 記)

追記2 小田急線の住人で40才台の男性は、成城学園駅や玉川学園駅の話が非常におもしろかったとにこやかに読後感を語ってくれた。(2016.5.19 記)
著者のインタビュー記事が掲載されるとの情報も。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の面白読書 124 日比嘉高著『いま、大学て何が起こっているのか』

20160217132014_00001


去年の6月に文科省が国立大学に文系廃止や教員系学部の改組を促した通知を出して話題になった。このコラムでも何度か言及しているテーマである。本書はその直前の5月下旬に刊行された本。いま、大学に起きている様々な事象を取り上げ、文学研究者の立場からコミットしている。内容の大半は著者のブログから書籍化したもの。全部で151ページの小さな本で、余白も充分にありかなり読みやすくレジュメ風。議論を煮詰めてまとめたというより、アンテナを高くして時折鋭敏に反応している感じだ。しかし面白い。遊び、アソビ、あ・そ・び、遊戯、モラトリアム(なんと懐かしい言葉!)―。自由でのびやか、種を創ることの意義があちこちに散りばめられていて、原石を磨く方向性を指南しているけれども、昨今の大学改革については舌鋒鋭い。

はじめに
Ⅰ 大学はどこに向かうのか
第1章 国立大学から教員養成系・人文社会科学系は追い出されるかもしれない
第2章 大学をめぐって、何が起こっているのか
第3章 「大学改革」が見ていないものは何か
第4章 大学の「グローバル化」とは何か
第5章 語学教育と覇権
第6章 「大学は役に立つのか?」に答えるならば 総集編
第7章 「大学は役に立つのか?」日本文学研究の場合
Ⅱ 変化するキャンパスと社会
第8章 東京大学「軍事研究解禁」騒動とデュアル・ユース
第9章 教室が「戦場」になった日?―新聞による大学授業への介入を考える
第10章 なぜ「はだしのゲン」を閲覧制限してはいけないのか?
第11章 遊びの世界、仕事の世界
第12章 生涯学習は私たちの社会の新しい管理形態なのか―教育再生実行会議・ドゥルーズ・学びの両義性
あとがき

目先だけを追って人生に躓かないためにも、性急な結果より過程を、技術を身につけることばかりに集中するよりももっと広く深い教養を、ロボット的になるよりより人間らしく生きることのほうに、大学の再生産装置・変換器の有用性を見出している。グローバル化とは英語を話すことだけではなく、多言語・多文化そして多様化を認識しあう、いわば、地球人としての自覚が必要で、お上がこうやれと命令するものだけでは押し付けの教育政策に他ならない。そこから社会に貢献できる優れた人材が輩出するのだろうか。本書を一読しての感想だ。本書と関連するが、昨日読んだ新聞に最近の大学改革について優れた例えをした先生の記事が載っていた。非常にわかりやすいので引用してみたい。

「コンビニチェーンに例えると話が早い。製品開発はすべて本社(文科省)がやるから、各店舗(大学)の店長(学長)は陳列方法だけ考え、売り上げを上げろという命令です。われわれ教職員はバイト店員にすぎない」(東京新聞2016年2月14日 読書欄 書く人 『文系学部解体』の著者、横浜国立大学教授室井 尚氏のインタビュー記事より)

追記 著者・編者つながりで 関連書籍紹介。
河原典史(立命館大学教授)・日比嘉高(名古屋大学准教授)編クロス文学学叢書第2巻『メディアー移民をつなぐ、移民がつなぐ』(2016年2月15日刊 クロスカルチャ―出版 定価3700円+税)が好評発売中です。※表紙は背文字も見えるように工夫して表示。

1458173113671.jpg


| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の面白読書 122 雑誌『中央公論』最新号( 2016年2月号)を読む

20160119140758_00001_2

去年6月8日に文科大臣が全国86の国立大学長宛に通知した内容がマスコミにも取り上げられ波紋が広がっているが、雑誌『中央公論』の最新号(2016年2月号)は、国立大学文系不要論を斬る、のタイトルでこの問題を特集している。目次を読むと次のようだ。学長アンケート にみる大学の悲鳴 一“省”功成りて万骨枯るー竹内 洋(教育社会学者)、文科省・企業にこれだけは言いたい !55国立大学 学長アンケート[ 編集部の設問 : ①人文社会科学系軽視とも批判されている文部科学省の6月の通知をどう受け止めましたか。②近年、大学への運営交付金を減らされる中で、予算配分が理系重視になる傾向にあります。これからの国立大学は理系を重視すべきでしょうか。文系はどうあるべきと思いますか。③少子化、財政難という状況下で、大学、学部の統廃合など、『集中と選択』を進めるべきであるという声もありますが、どうお考えになりますか。また、貴大学は、この問題でどうあるべきと思いますか?④学長は理系、文系、どちらがご専門ですか?理系の場合は文系科目、文系の場合は理系科目を勉強したことがありますか。理由もお聞かせください。⑤文科省にこれだけは言いたい、ということがあればお書きください。⑥即戦力の学生を求める企業にこれだけは言いたい、ということがあればお書きください。] 世界水準でがんばる大学、特定分野でがんばる大学、地域貢献でがんばる大学(この雑誌ではすでに大学の役割別に配列している : 筆者注)、「世界」に認められたければ文系に集中投資せよー佐和隆光(経済学者・滋賀大学長)、世界的趨勢としての人文社会科学危機ーエドワード・ヴィッカーズ(東アジア史・教育学)、実学・虚学・権威主義ー学問はどう「役に立つ」のかー猪木武徳、文部科学大臣インタビュー 「国公私立大学の枠を超えた統廃合も視野」ー馳 浩 。
竹内 洋は、アンケートを読んでの感想で「上からのビジネス的大学改革が猛威をふるっているときに、『特になし』や空欄がこれだけあるのは不思議に思える」と書き、「『手術(大学改革)は成功したが患者は死んだ(大学人のモラル・ハザード)』ということにならないか。これまでの大学改革そのものの功罪評価をしなければならないときにいたっていると思う。」とも述べている。筆者の学長アンケートの読後感では、学長間に温度差があることが分かって興味深かったが、また、大方の学長が理系出身者で占められていることに多少驚いた。そして、竹内 洋が指摘しているように運営交付金削減に対する悲鳴があがっていることも分かった。大学の学長はこのまま削減されれば高等教育の崩壊につながると危機感を募らせている。より良い人材を育成し社会に送り出すにはむしろもっと予算をつけてほしいということだ。

九州大学のエドワード・ヴィッカーズ准教授は、この特集に寄せて中国の物理学者の言葉を最後のほうで引用している。「中国の物理学者方励之が、1989年の天安門事件の際に国外脱出する前に『我々人民、そして実は政治家たちも、科学が文化の一種だと気がついていない。科学を、単純に何か、例えば電灯を修理するようなものだとしか捉えていない。その背後にある思考システムを理解していないのだ』と嘆いた。」文系理系の問題を考えるときより深い言葉だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の面白読書 121 『三田文学』冬季号 2016年2月号 西脇順三郎特集を読む 続

それをいくつか拾うとこうだ。まずこれは澤先生も言及していたかも知れないが、時代が西脇詩に近づいてきたという認識(大概の人が言い始めている)、吉田一穂(その昔よく読んだ!)とは生活の困窮と裕福とを超えたところで一致、垂直的なイメージ、絵画は決して上手いとは言えないが絵と詩の両方での営易がある、柳田国男は実は慶応に来るはずだった(これは初耳)、吉増の西脇との出合い、雑誌『幻影』20号に掲載された村田美穂子の西脇詩に出てくる色を調べ数値化(109の色)し、「西脇順三郎の色づかい」のタイトルで発表、アプローチが斬新だと、詩人田村隆一が『アンバルワリア』のワインレッドの装丁にショック受けた話(早稲田の本屋での有名な話)、西脇の崖(小千谷にある、なかなかそれなりの絶壁感もある)、西脇の光源体➡折口信夫、柳田国男、井筒俊彦、瀧口修造、岡田隆彦(筆者はこの詩人兼美術評論家を好んだが残念ながら若くして亡くなってしまった)、日本的霊性、心細い人、魔と妖などなど。新発見もあって面白かった。で、聞き手の『三田文学』の編集長若松英輔著『黎明の詩学-西脇順三郎と井筒俊彦』も興味のあるところ。荻野アンナの「旅人かへる」─西脇順三郎へのオマージュは、さすが言葉遊びや駄洒落好きの学者(ラブレー研究者)らしく、自由闊達な連想ゲームさながらのエッセイだ。面白い、最後の言葉が。しかしあなたは職業としては神様であった。次に西脇順三郎といえば英文学者のこの人、新倉俊一氏の帽子にまつわるエッセイ「西脇先生と詩人の帽子」、小千谷市立図書館元館長の新野弘幸氏の「西脇順三郎記念室について」(西脇順三郎が持っていた幅広い洋書などが一同に見られて極めて貴重。西脇順三郎に関するテレビ放映も示唆)、詩人新井高子氏の「西脇順三郎という『愉快』に憧れて」、樋口良澄氏の「沈黙する詩人―西脇順三郎と鮎川信夫」(戦後の文学は戦前の文学を読み直すことが必要と説く元詩誌の編集者)。この雑誌の編集後記は今回の特集を振り返って次のように書いている。「西脇順三郎に秘められているものは未だ、十分に解き明かされていないというのが、この特集の通奏低音だったように思われる。西脇は井筒俊彦を教えたが、原民喜も彼に学び、影響を受けた。」筆者は一読したあと、次ページの広告に異常に惹き付けられた。井筒俊彦全集 第12巻 アラビア語入門である。“井筒学”は“西脇学詩”ともども益々光彩を放つと思うのだ。この点についても我らの澤先生に訊いてみたいところだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の面白読書 121 『三田文学』冬季号 2016年2月号 西脇順三郎特集を読む

Image

『三田文学』冬季号 2016年2月号は西脇順三郎特集。ややボリューム感が不足気味。寄稿者に常連の人もいるが、我らの澤正宏先生も「西脇順三郎の現代詩の始まり」(P.83~P.90)のタイトルで寄稿している。萩原朔太郎から西脇順三郎へ、経験意識の「無」を追求する試論と詩、イマジズムの詩の宣言、イマジズムで書く「抒情詩」の4章で構成。澤先生は難解な(南海=「Aegean sea」な、と呼びたいが)西脇詩をとてもわかりやすく具体的に(裏の裏まで読み込みながら、華やかさや明るさを通り越して結局は“存在の無”に行きつく・・・)解説しているのだ!それでも筆者などはパラグラフごとに2回ほど読み直しながらこの小論を読了した。これほどまでに明解(明快)に詩を解説した詩論家がいただろうか。かつての伊藤信吉や大岡信の詩論に負けず劣らず、否、それ以上にそのスタイルのスマートなこと、今風にいえばクールなタッチが素晴らしい、しかも西脇詩についての感受力の鋭いこと、ピカイチである。近代詩から現代詩へ、朔太郎の影響を受けながらも独自(西脇順三郎は初め英語で詩作その後母語の日本語で詩作するというたぐいまれな言語感覚の持主)でギリシャ的な乾いた明るいイメージを定着させるも、言語の鎧を一つ一つ剥ぎ取っていった曉に聳え立つのは「孤愁」そのものだとその内奥を鋭く抉る。切れ味がいいのだ。それは若い時分から西脇順三郎にとりつかれ、謎解きの回路を幾度も試みて得た、云わば、澤詩学の結晶だろうか。静かな確信に満ちた解釈が横たわっているのだ。この小論でも明らかなように特に、西脇の初期の作品鑑賞において冴えわたっている。筆者はこの静かな解釈の響きが心地いい。
澤先生の小論「西脇順三郎の現代詩の始まり」の前に詩人吉増剛造と美術評論家で世田谷美術館長の酒井忠康との対談を読んだ。そしてメモった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の面白読書 120 PR誌『経 Kei』(ダイモンド社) No.170 2015年12月号 続

その中で2015年8月23日付の『ジャパンタイムズ』に通知の内容は時代錯誤的であると批判するエッセー“Humanities under attack”を寄稿したとある。その内容は下記の通り。

Humanities under attack

by Takamitsu Sawa

August  23, 2015

HIKONE, SHIGA PREFECTURE – On June 8, all presidents of national universities received a notice from the education minister telling them to either abolish their undergraduate departments and graduate schools devoted to the humanities and social sciences or shift their curricula to fields with greater utilitarian values.
The bad tradition of evaluating academic learning and sciences in terms of their utility, with private-sector enterprises meddling in higher education, is still alive in Japan.
Indeed, policies related to higher education are under the control of the Council on Industrial Competitiveness, which is made up of nine Cabinet ministers, seven corporate managers and two scholars. One of the scholars is from the field of engineering while the other comes from economics.
A member of the education ministry’s panel of learned persons even said that the humanities and social sciences departments should be allowed to remain as they are only at the seven former Imperial universities and Keio University, and that those at other universities should be transformed into vocational training schools.
This person even went so far as to assert that students majoring in the humanities and social sciences at schools other than those eight institutions should be taught the Building Lots and Building Transaction Business Law instead of the Constitution, software programming for bookkeeping and accounting in place of Paul Samuelson’s “Economics,” and the skills of orally translating between Japanese and English rather than reading Shakespeare’s works.
These are outrageous proposals and I cannot tolerate anti-intellectuals distorting the government’s policies related to higher education.
During World War II, students of the natural sciences and engineering at high schools and universities were exempt from conscription and only those who were studying the humanities and social sciences were drafted into military service.
In March 1960, the education minister in Prime Minister Nobusuke Kishi’s Cabinet said that all departments of the humanities and social sciences at national universities should be abolished so that those schools would concentrate on the natural sciences and engineering. He also said that education in the humanities and social sciences should be placed in the hands of private universities.
A certain well-known entrepreneur predicted, meanwhile, that before long a majority of high posts in politics, the bureaucracy and business would be occupied by those with natural science and engineering backgrounds.
One of the principal features of the “income doubling plan,” which Prime Minister Hayato Ikeda announced in December 1960 as his major platform, was to promote education in the natural sciences and engineering at universities.
All of these events still remain clearly in my memory as they came while I was preparing for my university entrance examinations.
Fortunately, the prediction made by the famous entrepreneur proved to be off the mark. A majority of Japanese political, bureaucratic and business leaders today are still those who studied the humanities and social sciences. This is because those who studied these subjects have superior faculties of thinking, judgment and expression, which are required of political, bureaucratic and business leaders. And the foundation for these faculties is a robust critical spirit.
The countries in which the famous entrepreneur’s prediction was on target were socialist. In the Soviet Union, many of those who climbed to the position of general-secretary of the Communist Party had engineering backgrounds. Mikhail Gorbachev did not. Successive Chinese presidents also had engineering backgrounds.
The foundation of democratic and liberal societies is a critical spirit, which is nurtured by knowledge of the humanities. Without exception, totalitarian states invariably reject knowledge in the humanities, and states that reject such knowledge always become totalitarian.
The administration of Prime Minister Shinzo Abe has set an ambitious target of making 10 of the nation’s universities rank among the world’s top 100 within the next decade.
This target appears utterly impossible to achieve because at present only two universities in Japan are among the global top 100 — the University of Tokyo at 23rd and Kyoto University at 59th. Moreover, only three others — the Tokyo Institute of Technology, Osaka University and Tohoku University — are among those ranking between 101st and 200th.
The Abe administration’s target is tantamount to demanding the impossible. Why is it then that Japanese universities rank so low? One big reason is the low levels of education and research in the humanities and social sciences. Schools like the University of Oxford, the University of Cambridge, Stanford University and Harvard University, all of which are among the world’s top 10, are highly reputed in these fields.
The Massachusetts Institute of Technology, which ranks sixth in the world, is often thought to be an institution devoted exclusively to engineering. But the fact is that it offers a wide variety of curricula in the humanities and social sciences, and the standards of its research in these fields are reputed to be among the highest in the world.
The University of Tokyo is the only Japanese university that is among at the global top 100 in the humanities and social sciences. Although it ranks 87th in social sciences, no Japanese universities, including the University of Tokyo, rank among the top 100 in the humanities.
Stanford University ranks first in both the humanities and social sciences, while MIT places second in social sciences. The London School of Economics and Political Science, which specializes in social sciences, ranks 34th overall, which is below the 23rd spot held by the University of Tokyo but far above Kyoto University’s rank of 59th
I believe that I am not alone in thinking that if Japan is serious about getting 10 of its universities into the world’s top 100, it will be far more cost-effective and advantageous to promote, rather than abolish or curtail, education and research in the humanities and social sciences.
Takamitsu Sawa is the president of Shiga University. (「ジャパンタイムズ」電子版より)


そして、2015年10月号(第165回)のタイトルは、なぜ日本では経済学が制度化しないのか、さらに9月号はビックデータ時代に不可欠なデータサイエンティストとは ? のタイトル。 計量経済学者らしく日本に統計学部・学科が存在しないことや統計学の歴史などに言及し、このエッセーでこう締めくくっている。
「統計学・情報学の専門知に加え、ビジネスパーソン・公務員・ジャーナリスト能力、そして価値創造能力を有するデータサイエンティストを養成する学部が、2017年度から滋賀大学に設立される。言語、数学、データサイエンスを修めることにより、思考力・判断力・表現力という3つの『真の学力』を完備した人材を養成する、わが国初の学部である。」統計学の歴史に関心大の筆者としては面白い試みだ。新たな知の地平が見えるかも―。

追記 ETV「日本人は何をめざしてきたか 未来への選択⑤ 戦後教育の70年の真実」(2016年1月9日午後11:00〜午前0:30)を観た。三重県尾鷲の学校をケーススタディとして卒業生や教師にインタビューをしながら検証を試み、戦後の教育改革に関わった人たちの証言(綴方教室で有名な無着成恭、歴代の教育改革に携わった文部官僚それに教育関係者)も織り交ぜて、戦後教育の“翻弄された”歴史を繙いていた。果たして戦後教育史の真実は描かれたか ? 番組の最後のほうで教育社会学者でオックスフォード大学教授の苅谷剛彦氏は、「理想主義だけでの教育では格差を拡げてしまう難しい時代だ」と。NHKのアンケートで、いま17才以下の生徒の16.3%、6人に1人が貧困層であることが判明し、親の経済力がないためなどで高校中退者が300万人もいるという。誰でも教育を受ける権利は憲法で保障されているはずなのだが現実はそうなっていない。この数字はそれを物語っている。学校教育は岐路に立たされていると番組は締めくくっていた。
ところで、『臨時教育審議会』の著者のW先生が出演していた!びっくりぽんや!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の面白読書 120 PR誌『経 Kei』(ダイモンド社) No.170 2015年12月号

テレビ東京の番組に出演したフリーアナウンサーの徳光和夫は、放送業界に就職希望する学生の質問に応えて、これからの放送業界に求められる人材は万遍なくこなす人より飛びぬけた才能を発揮する人(確か取り組む人を強調していた)、言い換えれば、ジェネラリストではなくスペシャリストだと語った。驚いたことにこれはもう25、6年前に京大人文研のS教授が今の学生は何でもこなす優秀さはあるが卓越したものが今一つ足りないと語っていたことと同意見だった !
いま、国立大学の人社系が揺れている。この問題に真摯に向き合っている経済学者で滋賀大学の学長をしている佐和隆光氏もその一人だ。彼はかつてニューアカデミーを牽引した浅田彰(『逃走論』の著者)の恩師でもある。その彼がダイヤモンド社のPR誌『経 Kei』に連載しているエッセイ、ハードヘッド&ソフトハートのタイトルで大学問題について書いている。

Image_3 Image_2

因みに2015年12月号(第167回)は、安倍政権が進めるピント外れの大学改革というタイトル。その中の一文を引用してみたい。「人文系学部・大学院の廃止・転換を図ろうとする2015年6月8日付けの文科大臣通知は見当外れも甚だしい。仮に国立大学の人社系学部・大学院を全廃して、余った資金の全額を理系学部・大学院に投下しても、その効果は微々たるものに過ぎまい。むしろ不毛の荒地のまま放置されている人社系分野にわずかな資金を投じて田畑を開墾するほうが、はるかに得策である。」また、こうも書いている。「学力の思考力、判断力、表現力の要素を高め、優れた研究者を養成する必要のあることは、否定すべくもあるまい。そのためには、目下、対GDP比率でOECD34ヵ国中最下位の高等教育予算を大幅に増額し、大学教員の給与を引き上げ、正規雇用の教員数を倍増するくらいの措置を講じなければならない。」
筆者はいま経済学者の岩井克人著『経済学の宇宙』を読書中だ。夫人は作家の水村美苗氏でこれまた、彼女の著作『日本語が亡びるとき』の文庫版によせてのあとがき(これが異常に長い !)のコピーも鞄に入れて読んでいる。佐和隆光氏や岩井克人氏は同じ年代にアメリカに留学してアメリカの経済学の最前線の息吹に触れた日本の東と西の著名な経済学者だ。あえて取り上げたのは人社知の営為がここにあるからに他ならない。
話は少し横道に逸れた。元に戻そう。このダイヤモンド社のPR誌『経 Kei』は新年の挨拶まわりの時にM書店のH部長から頂いたもの。バックナンバーもいくつかもらった。2015年11月号のタイトルは、人文社会知の充実こそ技術進歩のカギ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の面白読書 119 西脇順三郎に関する記事を読む 続

・『國文学―解釈と教材の研究―』 昭和54年9月号 學燈社
現代詩をどう読むか
現代詩を読む 表現に即して 西脇順三郎「眼」 千葉宣一(帯広畜産大学教授)

白い波が頭へとびかかってくる7月に
南方の奇麗な町をすぎる。
静かな庭が旅人のために眠っている。
薔薇に砂に水
薔薇に霞む心
石に刻まれた髪
石に刻まれた音
石に刻まれた眼は永遠に開く。

ギリシャ的抒情詩の一編である、「眼」のモチーフや素材を照明し、解釈の許容範囲を限定する上で留意すべきは、最初に想定されいた詩集の題名が、Ambarvaliaではなく、『ヘレニカ』(『尺牘』5号、昭和8.・6、「椎ノ木社通信」に拠る)であり、次いで西脇に拠れば、『ヘリコン』であったという事実である。37年前の雑誌掲載記事。文章的には硬いが解釈が面白い。

・『英語青年』 1982年10月1日号 研究社 P.14〜P.17他
追悼文のなかで井筒俊彦が書いている。若いうちに自分を専門領域の枠に閉じこめ、その狭い世界のなかで小成を図ろうとする近代の学者一般の傾向に反抗して学問することの貴さとむずかしさとを、私は西脇先生に教えられた。この意味では、私はやはり西脇先生の忠実な弟子だったかも知れない。

Image_3


【写真 : 2015年12月(2日~18日)に開催された慶応大学文学部125年記念展示2 師弟のことば。語学の天才のふたり。西脇順三郎と井筒俊彦。ふたりともパイプを加えているのが印象的。今回の展示でふたりの個性的な筆跡を見ることができた】


池田満寿夫、会田綱雄、阿部良雄、岩崎春雄、海野厚志、大橋吉之輔、三神勲が寄稿。長文の『The Times』の追悼文も掲載されている。

・『朝日新聞』夕刊 1982年(昭和57年)6月7日
篠田一士による追悼記事。西脇順三郎を悼む 彼の眠りは静かな宝石である 我れ この朝 この海を歎ず
この記事についてはこのコラムですでに触れた。

・古典的な西脇順三郎の詩鑑賞本は、やはり文芸評論家伊藤信吉だろう。伊藤信吉は筆者の青春時代に毎日新聞夕刊で文芸時評を執筆していてよく読んだものだ。歯切れがいい文章だったように記憶している。
伊藤信吉著『現代詩の鑑賞  下巻』(新潮文庫   昭和29年)  西脇順三郎の項  P.377~P.400
西脇順三の『アムバリヴァリア』に言及して伊藤信吉は言う。(中略)知識や教養が、作品理解のために役立つことはいうまでもないのだけれども、これを逆に、もっと素朴な態度で読んでも差し支えないだろう。読んで感じたままの印象と、その感銘を享受すれば、それでひとまず事足りるわけである。(P.380) ※一部新漢字に改めた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

超人の面白読書 119 西脇順三郎に関する記事を読む

この半年の間に探しながら読んだ西脇順三郎に関する記事。アトランダムに。
・『英語青年』2008年1月号 西脇順三郎没後25年記念 特集: 西脇順三郎
新倉俊一 西脇順三郎の絵画的旅 阿部公彦 西脇順三郎の英文学度(・) 渡部桃子 詩人としての西脇順三郎―西脇と/の翻訳 杉本 徹 黄昏色の鍵を―5つのプレリュード 松田隆美 中世学者としての西脇順三郎 
渡部桃子の言及。西脇にとっては、「オリジナル」でさえ、ある事象を言語化したものにすぎなかったのではないか。だから、彼にとっては「オリジナル」と翻訳の「境界線」、「上下関係」などは存在しなかった(だから、「翻訳詩」さえ堂々と自分の作品として詩集におさめたのかもしれない)。別の言い方をすれば、すべては翻訳だったのである。西脇にとっての翻訳とは、外国語のテクストを日本語にする作業のみならず、(日本語のテキストをも含む)様々な事象を、言語化していくというあらゆる作業であったと、わたくしには思える。(本誌P.13)

・DAWN TO THE WEST
Japanese Literature of the Modern Era
POETRY, DRAMA, CRITICISM
DONALD KEENE
HOLT, RINEHART AND WINSTON  1984  NEW YORK P.322~P.335
西脇順三郎の詩に言及。「天気」のドナルド・キーン訳もある。
ドナルド・キーンは西脇順三郎の項でこう結んでいる。

…and he has found in such poetic features as an intense feeling for the seasons a congruence between his European tastes and Japanese tradition. He is an international poet who has exercised a profound influence on the poetry of one nation.

この本の日本語訳は、新井潤美訳『日本文学史 近代・現代編 8 』(中公文庫P.268〜P.292 2012)

・『三田文学』No.92 [季刊]冬季号 2008 winter 特集―西脇順三郎没後25年 西脇詩論の国際的評価
新倉俊一/林少陽/チヴァルディ・オルネラ/ホセア・ヒラタ ホセア・ヒラタ氏は西脇詩の英訳者。1993年に500部ほど刷ったらしいと書いている。ホセア・ヒラタ氏のこの小論は特にアメリカの現状が知れて面白い。ついでに記せば、西脇詩も入っている日本の現代詩(アンソロジー)の英訳「KANTO POETRY」(ネットでも見られる)は、最近一式すべてシカゴ大学図書館に寄贈されたと関係者が語っていた。

・『こころ』 Vol.18 2014 [隔月刊] 平凡社
生誕120年 西脇順三郎への旅 P.18〜P.55(P.54〜P.55は西脇順三郎の年譜)
平出隆 西脇順三郎を語る 『詩学』を読みながら 私はこう読む 野家啓一/池辺晋一郎/金森修/栩木伸明/富士川義之 藪の光 20世紀のジョーモン人・西脇順三郎の絵 大倉宏 ≪再録≫西脇順三郎・人と詩 中村真一郎 この中で平出隆の話に面白さが。書かれた詩の言葉としては時代色があってもアクチュアルに感じられるとか、「つまらない」という語は「さびしい」や「ポポーイ」の友だちで、「つまらない」という語を楽しんでいる節があるとか、まあオーソドックスな意味での「詩学」とはいえない、あえていえば失敗した奇書でしょうか、それがあの騒然たる1968年に刊行されたということについても、狐につままれるような感触がいまもしますとか―。

・『文藝』 '78 10月号 河出書房
<対談>詩と青年 西脇順三郎 田村隆一 P.284〜295
田村  その時期というのは、近代日本自身が戦争に巻き込まれていきますね。(中略)
西脇 (中略)『旅人かえらず』の草稿らしいものを書いていたんです。みんな詩を書かなかったと言うけ どね。書いていたんですね。今、帳面が残っているんですよ。詩のノートが。
田村  その帳面は拝借できませんか。
西脇  いや、それは僕の研究者が持っているから。
田村 (編集部に)今の憶えておきなさいよ。先生は、帳面を持っているとおっしゃってる、これは非常に大事なことです。
    ―筆者注。この対談に立ち会った編集者は当時編集者だった詩人の平出隆氏。

・『西脇順三郎詩論集』 装幀 真鍋博 1964年 思潮社
超現実主義詩論 PROFANUS 詩を論ずるは神様を論ずるに等しく危険である。詩論はみんなドグマである。マラルメがイギリスの学生に聞かせた講義も今では軽薄なるドグマになった、で始まる詩論。文学的自伝の「脳髄の日記」が印象深い。西脇順三郎研究の第一人者の澤 正宏先生(福島大学名誉教授)はこの本を読んで衝撃を受け西脇順三郎を研究を始めたという。

・復刻版『第三の神話』 1994年 恒文社
「しゅんらん」P.48〜P.52

2月中頃雪が降つていた。
ヒエの麓の高野という里の
おくの松林へシユンランを取りに出かけた
仁和寺の昔の坊主などは考えないことだ
………

・「新潟日報」2015年8月28日
聖地をたずねて 西脇順三郎生誕120年に寄せて 第3部 第9回 「1月の京都」
西脇の英詩「January in Kyoto」を読んで感銘した詩人エズラ・パウンドなどが書かれている連載記事。この記事は加藤孝男氏(歌人、東海学園大学教授)の執筆。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧