小説

超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 63

 当時のミルクプラントは労働集約型の典型的なところだったかも知れない。瓶洗い、瓶詰め、蓋閉め、箱詰め、冷蔵庫への保管、清掃と一連の作業が毎日繰り返された。今は地方の酪農家からタンクローリーで時間差がほとんどないくらいに工場に運ばれるらしい。大幅に集乳過程が改善されたのである。工場も大型化、自動化が進み大量生産で、紙パックに入った牛乳製品が市場に出回る。生産拠点のグループ化も進んでいる。また、牛乳製品の種類も豊富だ。それはスーパーに行けば一目瞭然である。当時はまだ汚くきつい仕事だったのである。
 そんな家業をよそにナオミが、中学時代に多少自分の居場所を見つけ出していたことも書いておこう。それは新鮮な驚きだった。
ナオミは他の同級生たちと一緒に自転車で通学していた。片道20分だったが、中学校は高台にあったので急坂を登らなければならなかった。小雨の日も雨傘を片手に差して通学したのだ。もちろん濡れるのを覚悟してのことだ。
その中学校がある高台は街の中心から近く、小学校、裁判所、神社、少し歩けば高校などもある文教地区で、中学校の正門を出て少し歩くと右側には陸橋があり、渡ると旧城跡に行き着く。この辺にはお堀の名残か池があった。浮草で覆われていてほとんど水面が見えなかった。そんな高台にある中学校の校庭には大木があって、その木に向かって“大木よ、おまえはその昔”で始まる大木を讃える詩を朝礼で一斉に朗読をさせられたのだった。恐らくその大木のようにすくすく育てとの意味合いからだったろうか。
 ナオミには何人かの友達がいた。その一人に根っこから真面目そのもの、顔は端正だが口調はやや女性っぽい、サラリーマンの家庭で育ったM男がいた。ちょっとオマセな男だった。どういうわけかナオミと気が合った。休み時間や下校時の一時に彼とよく話した。何を話したのか、哲学めいたものだったか、それともある小説家の話だったか、ナオミは記憶の奥底をさぐった。しかしなかなか出て来ない、仕方がない、ナオミ流の記憶の現出を試みた。すると、かすかにM男がしきりに喋っている光景が出て来た。

ナオミ君、僕小説書いたんだ、読んでくれるかな。

 彼は照れくさそうに藁半紙10枚をナオミに手渡した。そこには鉛筆でやや四角張った字がぎっしりと並んでいた。消しゴムで消したあとも所々あった。

小説っ ?

ナオミは今まで実際に小説を書いている人間に出会ったことはなかった。下校時の大木の下で半ば告白ぽかった。内容はSF小説のようだった。太宰治の小説ではなかったのだ。

じゃ、読んでみるよ。

 ナオミは生返事をした。こんなもの読んでどうなる、何も役に立たないと考えたのだった。しかし、ナオミは家で読んでみた。今思えばSFファンタジーだったか―。どういう感想を言ったのか思い出すだけでぞっとするが、的外れ的なことを言ってお茶を濁しただろうことは容易に想像がつく。彼は悲しんだはずだ。もっとうまく書くよと答えたような気がする。

彼は今何をしているのだろうか。小説家になっていれば分かるはずだが、それとも……。ナオミには中学時代の一時期の付き合いだったが鮮烈だった。

 もう一人オマセな同級生もいた。彼は背がひょろっとしていて痩せていた。首を少し右に曲げる癖があり、多少皮肉屋でやや神経質な性格の持ち主だった。いつも授業そっちのけでクルマのデザインをノートに描いては暇をつぶしていた。育ちが良いせいか語り口はやわらか(たまに出る皮肉的な口調を除いては)、しかし、学生服は時々襟元近くが汚れていた。彼とは幼なじみのY夫も家が油を扱う商売だったせいか油の臭いが服に滲み出ていた。そんなクラスが隣同士のナオミたちは、休み時間になるとプロレスごっこが日課になり、時々、ごっこが本番になって、額に絆創膏を張る始末になることもあった。Y夫もその口だった。
 F男の家は学校からすぐ左側の坂を降りた道路の向かい側にあった。彼の父は確か役所のトップにまで上りつめた人で、彼の兄弟は秀才一家と言われたほどだ。工学系から文系まで兄たちがそうだった。F男は末子だった。ナオミは学校帰りにF男宅に行っては彼の兄たちが残していった本を見るのが楽しかった。勉強した筆跡も散見できたラテン語、フランス語やドイツ語の読本をよく見せてもらった。英語の本はもちろんのこと、数学や文学の本もあった。様々な本を持ち出しては誇らしげに解説するF男がいたが、増築した彼の離れ家はそれほど大きくはなかった。いや、むしろ狭い感じだった。ここには何とも言えない知的雰囲気があった。彼の兄の一人は、大手出版社に入りフランス文学全集を手掛けたが、惜しくも40代の若さで病に倒れた。ナオミは生前一度か二度この兄の家にF男が下宿していた時に会って話したことがあった。ナオミに何かアドバイスしてくれたはずだが忘れた。紳士な人だった。

  F男もよくギア付きの自転車でミルクプラントの方まで遊びに来てくれた。彼はシニカル スマイルが得意で飄々としていたが、本当は屈折していたのだ。

 中学時代の彼らとの出会いが、ナオミの将来に少なからずヒントを与えた。ミルクプラントの外への準備はこの時すでに始まっていたのだ。それは祖父の死とも関係していた。

  どういう理由か知らないが、ナオミが抵抗なくミルクを飲めるようになったのは、ミルクプラントを離れて相当後の30過ぎてからだった。不思議な生理現象である。

 そのミルクプラントはもうない。<了>

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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント  62

 ここに色褪せた一枚の写真がある。たまたまナオミの赤い玉手箱の中から出て来たものだ。この箱には和紙の端仕切れにカタカナ、ひらがなそして漢字が少し混じった母親が鉛筆で書いた自筆メモ、父親がボールペンで書いた几帳面な手紙、外国からの手紙類、有名な詩人がB文庫にいたときに撮った写真とサインなどが入っていた。恐らくナオミが田舎から持ってきたものも含まれているはずだ。そこにはナオミが忘れかけていたミルクプラントの周辺が映し出されていた。そうか、こんな色だったのかとナオミは改めてその写真を見入った。屋根近くの色褪せた黄色と青色、その下が斜めにひび割れが入ったコンクリートの壁―ナオミたちがこの壁にぶつけてよくキャッチボールをしていた―は、大きな冷蔵庫・冷凍庫がある壁だ。残念ながらミルクプラントのボイラー室の外側辺りから撮ったらしく、ミルクプラントの玄関は写っていない。例のツバメの巣も見られない。代わりに大きな自家用車が中央に鎮座している。叔父の車だ。叔父はその頃手広く青果業を中心に食料品店を営んでいた。
 この歴史の証言のような一枚の写真は、ミルクプラントの栄枯盛衰を無言のうちに語っている。そこに働く家族のドラマもまた、ある時期の人間の営みを映し出している。ミルクプラントは単なる牛乳処理工場ではなかった。ナオミの家族の物語は、ある意味で家族の結束の展開図だ。今や否、当時もこの結束の展開図は有意義に描かれていたのだろうか―。
 父の事業がせめてあと10年持続したなら、いろいろと家族の結束の展開が新たな糸口を見出だしたに違いない。

この差は何だろう―

 ナオミはいつの間にか熱くてボイラー室から外に出ていた。外の空気がとても美味しく感じられた。

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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 61

 ナオミはT男に山案内されたことがある。この人の良さそうな男は、母親の実家を継いでいた。
 H山の標高は約900メートル、どのルートから登るかは場所によって違っていた。そのときは正常ルートだったはずだ。つい一人で登れると考えていたナオミは、途中までは良かったが、登山口近くの梨畑の脇の道路の先は笹藪に覆われたところで、右に行くか左に行くか迷ってしまったのだ。そんなとき水先案内人のT男は竹の棒を持ちながら、こちらだと案内してくれた。面白かったのは、笹藪では一面同じ情景なので隠れてしまえば一瞬人影を見失ないがち、どうするかって、笹藪を除けてやや高台にぽつんと立つのだ。これでどこにいるか判るのだった。H山の真下は石ころだらけ、頂上は大きな岩が二つ、どちらに登るか思案していたら、こちらだとまともやT男の声。えっ、見ただけでここをよじ登るのかと思うと恐怖感が過った。急勾配のなか、正面左手の岩に登り着いた。狭い、足場を外したら今にも落ちそうだ。もう一つの岩には足を大股にして渡ればいいが、下を見れば岩肌が丸見え、恐怖感が増した。中央付近に恐る恐る歩み寄った。標高900メートルの頂上にはすでに10数人がいた。360度全景のパノラマ、後ろにはA山脈の山々だ。秋の木々の色付き見事で絶景だった。だから登山はその達成感と頂上から見渡す眺望が止められない、だから人は山に登るのだ。
 風がやや強くなってきた。おにぎりを頬張っていたら、T男の声が近くで聞こえた。

帰るよ。

 そのT男はいつだったか理由は単純だったはずだが、誰も知らないうちに一人で逝ってしまった。忽然とこの世から消えた。それから数年後、T男の姉も海に身を投げたのだった。この山間には魔物が棲んでいたのか、あるいは血のいたずらなのかナオミにはただ人生の儚さ、無常を思うだけだった。

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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 60

 戦前戦後を生き抜いてきた父は、一家の長として家族を支えてきた。生業が何であろうと家族を食べさせていかなければならなかった。遅い結婚でそれから子どもを6人設けた。結婚当初はほとんど家を空けていたらしい。当時―戦前だったと思うが―馬喰で鳥取辺りまで行っていたらしい。それは後年母がナオミの結納で相手の親に語った話からも伺えた。戦後一家の長として恐らくはこの牛の仲介業で儲けて次の業種に発展的に転換したのだ。すでにアイスキャンディ関係の商売は始めていた。戦後のどさくさの時代は地方にも経済の新たな風をもたらしたのだ。もちろん他方では田畑や近隣と共同の山林(ナオミも祖父に連れられて下刈りに行ったことがある)や蚕産業(戦前でむしろ祖母たちの仕事だったか。その名残を母屋の囲炉裏のあった天井裏に見ることができた)、お茶栽培(当時は二軒先の床屋で何人か共同でお茶の乾燥作業があった。ここのおじさんはひょうきんな人で有名だった)などもしていたのであった。稲作は借りていたところも合わせれば全盛期には1町歩ほどあった。N川の堤防に沿って歩くこと20分の隣の地域沿いから菩提寺のあるお寺の下の方まであちこちに点在していた。この田畑の仕事は祖父と母が取り仕切っていた。祖父が亡くなってからは母一人だった。だから冒頭近くですでに書いたことだが、母は百姓女そのものだった。春の種まき、除草、収穫期そして田んぼの後片付けと結構それなりに忙しかった。繁忙期には母方の親戚が手伝いに来てくれたのだった。また、ユイが残っていた時代で、ナオミもお返しに母方や叔母の田植えに駆り出されたのだった。その中にある時期から毎年耕運機で春になると苗代を作ってきた人物がいた。吃り症の笑うと目がなくなりそうな、ナオミの2才年上の従兄弟T男である。今ナオミの瞼に浮かぶ光景は、ミルクプラントから道路を挟んだ向かえの田んぼでT男が耕運機で水を張った苗代を何度も何度も平らにしている農作業の光景だ。顔に泥が跳ね、手で拭い去ろうとするがまた、泥が跳ねる。T男さん、目のところに泥が、とナオミの声。その声に反応したのか彼は笑った。母から休憩時の差し入れの味噌おにぎりを持参したのだ。

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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 59

 ナオミの転寝は佳境に入っていた。
 ミルクプラントが良かった時期はこの10年間位の時期だったか。ナオミが小学生の低学年の頃、高学年には事業にも陰りが出て、家族には家の犠牲になる者も出たのだった。その時には一応家族会議めいた会合が玄関を入ってすぐの居間で開かれたが、当然父は自分の意見を通した。家族を養っていかなくてはいけないから、誰かを外に出さなければならなかったのだ。そこにはやり切れない思いが子どもたちにはあった。まだ学業半ば、上級学校への門戸は開かれていたはずだったし、当人も当然そう思っていたはずだ。事業を持続させていくにはそれなりの覚悟が必要だが、それを乗り越えていく何かが必要なこともまた、事実だった。怒号が飛び交う、そんな修羅場より解決に向かう暗黙の了解が漂っていた。確か「たこや」、この響きはナオミの鼓膜に末長く張り巡らすことになる。いつの世も栄枯盛衰はつきもの、家族に犠牲者は出さないと誰が言えるか。そこに生を受けた者とってはある意味での運命だったかもしれない。仕方がないな、と呟きが長男にはあったのだ。兄弟はいたし。母は泣いていた。それから長男は外での稼ぎに回された。二転三転、結局どういう計らいかは知らなかったが、親戚の事業の参画で落ち着き、ある時期まで事業展開の推進役を担った。この頃にはミルクプラントはすでにその役割を終えていた。看板の黄色板に書かれていた青色のミルクプラントの文字はペンキが剥がれて文字が霞んでいた。

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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 58

 飛び込み台などはないから、ちょっとした勢いをつけて飛び込んだ。ザブーン、しかしその後飛び込んだ川が深かったのと流れが多少あったので、アップアップ状態、5分ぐらい水を飲んで浮いたり沈んだりしていた。丘の上の年長者たちはナオミの下手くそな泳ぎ方にそれ、みろ、と言いたげな笑い声が聞こえた。これも肝試しなのだった。川は浅いところと深いところがあって、岸より近くが水面の色具合でも分かるのだが、水深3メートルくらいはあったはずなのだ。溺れかかっている本人としてみれば、まさに藁をも掴みたい心境だった。年長者たちの中には泳ぎ方が上手い者もいて、すいすいと川を横切って遠くの向こう岸まで辿り着いていた。ナオミたち年少者は小さな中洲に辿り着くのがやっとで川の流れに逆らえなかった。下手すると身体ごと流されてしまうことだってあったのだ。今でこそこんな光景は見られないけれども、その原因はというと水質汚染や川の蛇行で遊泳禁止になってしまっていることだ。それよりも川が全体的に浅瀬になっていて昔の面影がなく、景観が一変したことだろう。やはり川は生きているのだ。今は違った現象が多い。夏にはゲリラ豪雨、秋には台風の変質した集中豪雨など異常気象が地球を覆って自然災害が多発しているのだ。
 N川のほろ苦い想い出に少しばかりわさびの効いた話も添えておこう。今でも時々ニュースになることもあるお騒がせ人間たちの話だ。
 遊泳のポイントは限られていたが、ワルガキ隊はつい冒険心に駆られて未知なるところまで行ってしまったのだ。何の目的かは忘れたが、ただ単にその川中にあるK島―竹が生い茂っていて畑もあった―に泳いで辿り着くだけの単純な発想だった思うが、これがいけなかった。台風が接近していたため、島に辿り着いてしばらくして天候が急変、雨が振り出して川の水かさが増し、流れが急に速くなったのだ。ワルガキ隊がK島に取り残されてしまったのだ。家族が救出願いを出したのか消防隊員や警察官が駆けつけた。雨の中のゴムボードでの救出作業は大掛かりだった。全員救出にほっとしたが、後味の悪い出来事だったようだ。ナオミも野次馬よろしく事件現場にいたのだ。翌日の新聞に写真入りで救出模様が載った。
 川中のK島を少し下ると、この辺の集落では有名なI堰がある。その堰の真下はよく鮎などが獲れた場所だった。

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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 57

 公民館周辺にはワルガキ隊がいて、何人か集まっては年少者がその洗礼を受けるのが常だった。ナオミの兄たちの仲間だ。年下のナオミもよくその仲間の隅に入れさせてもらった。なぜかこのワルガキ隊は5、6人の編成隊を構成していて誰が隊長というわけでもなかった。緩い関係で保っていた。ナオミは金魚の糞みたいについていたのだ。
 夏のあるときなどは近くのN川に水浴びに行くのだが、途中きゅうりやトマト栽培している畑を通って堤防に続く道で、突然トマトやきゅうりをもぎ取って来いとの命令が年長者から下るのだ。ナオミたち年少者は、仕方なく道から外れて畑に入り、やや青っぽいトマトや曲がったきゅうりを周りに誰もいないのを確認しながら失敬してくるのだ。そして年長者に上げた後堤防を越えたN川のほとりで噛りつくのだった。このトマトの味の触感は何とも言えなかった。瑞々しくて美味しかったのだ。トマトもそうだったがきゅうりもまずは手に持って一拭きした後に噛りつくのだった。そうして堤防を越えた水浴びのポイントに着くと、早速海パンに履き替えて簡単な体操を始める。脱いだ衣類は近くのくさむらに置きっぱなし、言わば、青空の脱衣場だった。ここからが面白い。さて、誰が一番先に飛び込むか、年少者は戦々恐々、川の流れはところによっては急なところもあり下手すると溺れてしまう危険を孕んでいた。
 ナオミ、お前飛び込め!年長者Sの声だった。

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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 56

 もう一つの映画―『風の又三郎』とは別の日に上映したと書いたが、同時上映だったかナオミには記憶が曖昧だった―は、竹山道雄原作、市川崑監督の『ビルマの竪琴』だった。原作は児童読物だがこれもまた、ナオミにとっては『風の又三郎』以上に怖くて、それこそ最初から最後まで観賞できなかった。戦争映画で舞台はビルマ、日本兵が僧侶になり竪琴を引くというごくありふれたストーリー展開は描けるも、メッセージが解らなかった。怖くて何度も前の人の背中に隠れていたから、仕舞いには怖さが先に出て前後関係が繋がらなくなっていたのだ。今でも目に焼き付いているシーンは、水島一等兵が剃髪して僧侶になり、戦友を弔うため、寺院の中で祈りながら一巡するシーンだ。 だが、ナオミには肝心の竪琴を引いていたシーンが思い出せなかった。
 こうしてナオミの公民館での映画鑑賞は、怖さが先行し全体のストーリーが途切れたままで終った。モノトーンの映画は子どもの恐怖感を煽るのに大いに役立ったかも知れない。

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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 55

 まだ夢の途中―。今度は顔が強張る場面だった。ジグザグ、ジグザグ―。思わず恐怖で目が覚めた。ここはどこ―。
公民館。映画は日にちをおいて2本上映された。螺旋状の遠い記憶が蘇った。

 ど―どどどとと、ど―どどどとと、かぜのおとがひびく、どこかのどてにたたずむおとこ、ど―どどどとと、ど―どどどとと、ふきつけるかぜのおとがひびきわたる、ここはどこ、わたしはだあれ? ふうけいはのっぺらぼう、まんとをまとったおとこがたっている、とおくにはまっちばこみたいないえいえがたちならぶ、おぞおぞしい、ものとーんの、こうりょうとした、むごんのにちじょう、しょうがくこうのきょうしつのぽつんとしたじょうけい、ここはどこ、わたしはてんこうせい、ど―どどどとと、ど―どどどとと。

 ナオミは思わず目を伏せた。怖い。このモノトーンの映画は風の音が異常に強く、風景はのっぺらぼう、効果音は更に増幅する。

ど―どどどとと、ど―どどどとと、ど―どどどとと、ど―どどどとと、
青いくるみも吹き飛ばせ
すっぱいかりんも吹き飛ばせ

谷川で異様な声が轟く。

 ナオミは怖くて前の人の背中に顔を隠した。後ろの方からは映写機の音もしていた。
 家から歩いて3分の公民館は郷土芸能の練習の場所や大木がある庭はかくれんぼなど子どもの遊び場を提供していたばかりではなく、夜には映画観賞などの娯楽も提供していた。この夜は宮澤賢治原作の『風又三郎』を上映していたのだ。
 ナオミも近所の人たちに混じって映画観賞したのだった。これ以来ナオミはなぜか宮澤賢治作品にはあまり触れていない。


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超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 54

 ナオミは何時間転寝をしていたのだろう。ボイラー室の室温は上昇していた。蒸気も出ていて缶は熱い。配る燃料のおがくずが減少し黒い燃えかすを残していた。ここは居心地の良い小宇宙だ。時間が緩やかに行ったり来たりしている。フロイトやフロムはいない。謎解きもない、あるのは螺旋状の夢の空間だ。行ったり来たり―。

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