大学改革

毎日新聞のコラムを読む 英国の欧州連合(EU)離脱後の大学の教育・経営

今はアメリカの次期大統領トランプ氏の人事に世界中が一喜一憂している。何だかあからさまに政治にビジネスを持ち込むような雰囲気で、alt-right(アメリカのネトウヨ)の人々の登用が取り沙汰されている。今回のアメリカの大統領選挙でポピュリズムが話題になったが、そのさきがけのイギリスのEU離脱で大学の教育と経営に黄色信号が灯っていると毎日新聞の西川 恵のコラム「金言」が書いている。「英大学の嘆き」と題した見出しで、EU離脱後は財政的に逼迫するとユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)を引き合いに出して実情を報告している。
EUから入っていた研究助成など資金面での支援がなくなるのも痛手だ。UCLの場合、年間予算6億3000万ポンド(約801億)のうち4分の1がEUの助成。離脱は大きな不確定な要素と広報担当者の言葉を引用している。そして、英国は英語と、教育ノウハウの蓄積で外国人留学生を引きつけてきた。しかし逆風の中でもあぐらをかいてはおれない、とこのコラムを締め括っている。イギリスは景気の後退もあって大学の授業料値上げが問題になっている。さて、翻って日本の大学はどうだろう。いろいろと日中関係が冷え込んでいる中で、中国人の留学生が減少して痛手だといっている日本の大学も少なからずあるようだ。格差が広がり、大学入学者にもその影響が出始めて、支給型の奨学金制度の改正が始まったばかりだが・・・。高等教育の充実化は喫緊な問題で、大学にもっと予算を投入すべきと思う。
尚、毎日新聞の西川 恵コラム「金言」を読むはこちら→「20161121124729.pdf」をダウンロード

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超人の面白セミナー参加  大学人会議主催 講師 : 吉見俊哉東大教授『文系学部廃止』の衝撃 : 大学はどこへ行くのか 続

追記2 谷川俊太郎(この詩人の業績と生き方にこそ大学とは?文系、人文知とは?を考えさせてくれるヒントがあるような気がする)の特集を読みたくて雑誌『考える人』(2016年夏季号。この雑誌は最近リニューアルしたみたい)をゲットしたら、対談形式のおもしろい連載に出くわした。40代の比較的若い人の対談で、人文学危機の問題を扱っている。題して“人文の理想と現実”。様々な事象を取り上げ、人文“知”(叡知の知)を探っている。対談は2回目で3回目まで続くらしい。1~3まで通して読んでみるつもり。文系の意義がもっと明らかになるはずだし提言があるかも。(2016.8.18 記)

追記3 大学の学部名が膨れ上がっている現状を皮肉たっぷりに“カンブリア紀爆発”と表現した講演者の吉見俊哉先生だが、一昨日関係者の発表ではまた一つ増えた格好。今度は横国大が50年振りに都市科学部と教職大学院を設置すると発表した。
そして、昨日文科省が一歩踏み込んだ大学入試改革に着手した。国語や数学は従来のマークシート方式に記述方式を加え、英語は「話す」、「書く」を重視し民間の実施している英語検定試験を受験させその結果を尊重する方針と発表。実施は4年後の1月時期と。これで入口の大学改革が更に進んだことになるかー。
(2016.9.1 記)

追記4 2016年9月5日付毎日新聞によれば、大学の個人研究費が年間50万円に満たないことが文科省の研究者約1万人を対象にした調査で判った。そしてさらに、国公立大学の方が私大より減る傾向が大きく、国立大学ではおおむね5割以上減っていると回答した人が24%に上ったという。収入源などによる大学の経営環境の悪化が要因の一つでまた、特に国立大学では主な原資となる運営交付金が過去10年で10%減少しており、その影響が大きいといわれている。これでは大学が劣化していると思われても仕方がないような気がする。平和国家日本を標榜するなら、防衛費を減らし、100年の計をはかるべく教育にもっと予算を投入すべきだろう。(2016.9.9 記)

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超人の面白セミナー参加  大学人会議主催 講師 : 吉見俊哉東大教授『文系学部廃止』の衝撃 : 大学はどこへ行くのか

今リオオリンピックが開催中。15日現在、日本は金7、銀4、銅15、あわせて26獲得。代表選手の予想以上の活躍で夏休みの日本では、メディアに釘付けされて眠気もそっちのけの状態が続いている。特に水泳、柔道、体操の競技では複数のメダルをゲット、テニスや卓球それにカヌーでも大躍進している。苦手な陸上でもやがて躍進が期待できる選手が出てくる予兆も。バレーボール、バドミントン、レスリングなどメダル獲得にむけて後半戦が楽しみの競技もある。今回のリオオリンピックでは水泳の萩野選手の金、体操の個人総合で逆転劇を演じて金メダルをものにした内村選手に刺激されて日本の他の選手も発奮した結果、メダルラッシュが起きたのだろうと勝手に想像したくなるほど。いや、コーチや監督の指導力の賜物だろうか。(重量上げの三宅選手や競泳の金藤選手に顕著)そういった場面がメディアを通じてクローズアップされたオリンピックでもある。

ところで、スポーツ教育を含めた高等教育、さしずめ大学の文系廃止問題がここ一、二年話題になっているが、そんな折知り合いのM氏に誘われて80数回も続いているあるセミナーに参加した。下記はそのときに取ったメモ。

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2016年8月2日、霞が関ビル35階で開催されたセミナー。
NPO大学人会議主催「文系学部廃止」の衝撃 : 大学はどこへ行くのか
講師 :吉見俊哉(東京大学大学院情報学環 教授)
パワーポイントを使って説明。
【写真 : 当日会場で配布された資料】

まずは自著の宣伝から。
『大学とは何か』(岩波新書)、『文系学部廃止の衝撃』(集英社新書)の紹介。会場にいた23名に回覧された。『大学とは何か』のページを捲っていると、GHQ先導の戦後教育改革、“教育刷新委員会”の南原繁の話も出てくる。
集英社文庫の『文系廃止の衝撃』については自説を展開し、独創的な概念も導入されている。

はじめに言っておきたいことは、この問題に対してメディアの取り上げ方がエスカレートしていたこと。実は2015年6月8日の通知の前に、2015年8月に文科省は同じような文言で声明を出したが、メディア等の反応がなかった。
それは当時の政治状況が安保法制に揺れていた時期だった。それが約10ヶ月後に再び出した文系廃止の声明をメディアがキャッチ、波紋を広める羽目に。最初は産経、文科省が通知を出す前の5月、これははっきり言ってフライングと講師の吉見教授。ついで朝日他追随。

文科省にも問題があるが、マスコミの報道にも問題が。エスカレートする報道に。
一般社会にも「理系は役立つ、文系は役立たない」の風潮がある。
教養教育の崩壊?大学院生の凡人化?国立大学の企業化? 質の低下ー。
揺り戻し➡名大、教養復活
ICUの例。
学部学生の方が大学院生のよりレベルが高い。
※昨日(8月1日)会った早大の非常勤講師を務める専修大学のN先生も同じようなことを言っていた。

戦後の大学の数の推移。
1945年➡48
1950年➡201
1960年➡245
1970年➡382
1980年➡446
1990年➡507
2000年➡649
2008年➡785

質の低下(志願者マーケティング)、グローバルな大学間競走➡世界大学ランキング
アメリカの大学数➡2500
日本型大学体制の限界
➡大学ランキング➡人の奪い合い。
学部名のカンブリア紀爆発
1975年➡69種類
1990年➡97種類
2000年➡235種類
2010年➡430種類
2015年➡464種類

「化粧」して「客」を引く。
大学へ行くこと自体の価値劣化➡再び大学を襲う改革の嵐。教授たちの疲弊、管理者、研究者、教育者の一人三役をこなす。

「文系」は役に立つ➡役立たないけど価値がある?
地球社会のために「役に立つ=効果をもつ」は必要。

「役に立つ」とはどういうことか?
目的遂行的(=手段的有効性)
価値創造的(=価値反省的)
価値創造的、変化する多元的な価値の尺度を視野に入れる。
・理工系=役に立つ(3年~5年)
・文系=長く役に立つ(20年~1000年)
創造的破壊→いま当たり前のことを批判すること。
価値観。オリンピックの例。
「文系」とは何か?「人文学」と「社会科学」。
中世のヨーロッパ→「神学」「法学」「医学」と「リベラルアーツ」「哲学」。
・国民国家と人文学の誕生
・産業革命と「自然科学」対「社会科学」
リベラルアーツ(教養)と人文社会科学(文系)
文法学、修辞学、論理学、代数学、幾何学、天文学、音楽学。

・教養 一般教育 共通教育
・スキル教育 ・コンピテンス ・活動能力。
19世紀→文系と理系の区別→産業革命
産業革命と人文社会科学の成立。
産業革命→自然科学支配と人文社会科学の成立
「価値」への注目→マックス・ウェーバー社会学への決定的影響。
意味/価値の問題
「文(主体)」「理(客体)」の境界の曖昧化(21世紀)。

視点の違いー文系理系の融合
価値を見いだす、価値の転換→文系的な知。

甲殻類 脊索動物への進化。

5つの壁を越える
入試の壁、就活の壁、学年の壁、学部の壁、言語の壁。
ボーダーレス時代、グローバル時代、持続可能な社会。
大学の再定義←縦横の横断→21世紀の宮本武蔵を育成する、二刀流のすすめ。壁の溶解。
各分野における専門教育×諸分野の横断・融合。
文系重点型学際人/理系重点、複合的。
グローバルな課題と地球社会の価値創造。

人生で3回大学に入る。
18才、30才、60才。
アメリカに比べれば日本の大学には
社会人学生が少ない。

高校・大学の一貫も視野に。
入試があって非常に難しいが、繋ぐことが大事。
現状の大学の劣化。
文理融合の複眼的な学び
→教育において文系理系を組み合わせて学ぶこと→これが講師の結論、まとめ。
講演時間約120分(午後2時~午後4時)。

パワーポイントの文言を追えないところや聴き漏らしもあって不完全だが、以上がメモのあらまし。賢明な読者諸氏はこのメモから講演者の意図を読み取ってほしい。

この示唆に富む話は今後の大学問題を考えるとき、上述の講師の著作とともに筆者には大いに参考になる。実学か教養か、教養も実学も、大学は厳しい運営面を含めてあり方が問われている。

格差社会が顕著になっている昨今、昨日(8月14日)の日経新聞の対談でも学生の奨学金支給の改革(経済的理由で大学進学困難者や大学在学者向けに奨学金の枠を広げ、貸与型→給付型への改革推進)も緊急の問題として提示されてきている。

追記 「文系廃止」など関連の文化講演会が、クロスカルチャー出版主催で 光本滋先生(北海道大学準教授/高等教育論)を講師に迎えて7月9日に開催された。その講演レジュメと関連記事を読むはこちら→
レジュメhttp://cpc.la.coocan.jp/20160715171411.pdf

関連記事http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2016/05/10-dd04.html

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クロスカルチャー出版主催 第10回文化講演会 エトセトラ 3

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JR両国駅近くの居酒屋で行われた文化講演会後の懇親会。

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クロスカルチャー出版主催 第10回文化講演会 エトセトラ 2

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講師の水本先生が大当たり。美味なマグロの刺身にありつけた。先生もご機嫌でした。

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クロスカルチャー出版主催 第10回文化講演会 エトセトラ

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今回の文化講演会は開始時には生憎の雨模様だったが、終了時には雨は上がっていた。内容は濃く、聞き応えのある講演だったとの声が多かった。場所を移して土俵のある居酒屋でのショウも面白かった。

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超人の面白時事 国立大学通知の波紋 4

この記事を3まで書いて9月の終わり頃の馳浩新文科大臣の話(「通知」の文章力は32点だと言っていた)を書こうと思っていた矢先、昨日国立大学に新たな動きがあったことをマスコミ(毎日新聞夕刊やNHKの夜のニュース)が伝えた。それらの報道によると、33国立大学で組織の見直しを計画、人文社会科学系がある60大学の半数以上に上ることが分かった。もちろんこれらの大学には運営交付金がつく。各大学の16年度以降の6年間の中期目標・計画の素案が文科省の専門分科会で示されたのだ。組織の廃止を予定しているのは教員養成系学部のある9大学。これで国立大学の文系学部の組織改編が一気に進むことになる。年度内に文科相が各目標を決定し、計画を認可する。組織見直しの大学の例として次の大学が揚げられていた。宇都宮大学では国際学部、工学部を改組し、16年度に地域デザイン学部を新設、愛媛大学は法文学部を改組し、社会共創学部を新設、横浜国立大学は教育人間科学部人間文化課程を廃止し、学校教育課程のみの教育学部に組織改編、滋賀大学はデータサイエンス学部・研究科を新設など。中期目標・素案の数値目標の内容は、外国人留学生の受入数・比率、女性教員数・比率、外部資金獲得額・採択数など。各大学・学部の強みや役割を整理するため、専門分野が細分化している社会科学系の改組や教員養成系の新課程の廃止を求める意図だったが、人文社会学系にも廃止を求めるように読める文面だったことから、学術界などから「文系軽視だ」と反発が起き、文科省は「文書ミスだった」と認めている。以上が2015年10月20日付毎日新聞夕刊の一面「国立大学 文系見直し」の記事のあらまし。一方、NHKではこの改編について学生にインタビューを試み、彼らの戸惑いの表情を取材していた。また、偶然手に入れた雑誌『塾』(AUTUMN 2015 NO.288)の巻頭エッセイで、慶應大学常任理事が書いていた文章が目を引いた。少し引用してみよう。

最近文部科学省が文系学部の整理統合の方針を発表しましたが、グローバル化時代にこそ独創性を養う文理融合の教育が必要です。理工学部の前身である藤原工業大学は昭和14年、塾員で王子製紙の創業者藤原銀次郎が私財を投じて設立し、小泉信三塾長が学長を兼任、初代学部長には東京帝国大学教授・海軍造兵中将谷村豊太郎が就任しました。藤原が「すぐ役に立つ」人材を造れと要求すると、谷村はすぐに役に立つ人間は「すぐ役に立たなくなる」と応酬した話は有名です。開学式で小泉は、人文科学の発達の伴わない技術学の発達は時として有害でさえあると強調し、学部長就任式で谷村は、大きな建築には大きな基礎工事がいるように、技術家として大成するには人文学を含んだ学習が必要だと述べています。帝国大学が生んだ「官」の人谷村と福澤の膝元で育った「民」の人小泉が教育観を共有していたことは興味深い事実です。

なかなか示唆に富むエッセイだ。目先だけを追っていてはいつになっても何の抜本的な解決にはならない。今年の日本人のノーベル受賞者の一人、生理学・医学の大村智・北里大学特別栄誉教授は地方の大学出身者だ。地方の大学の活性化も充分に視野に入れた文教施策を望みたい。世界の大学ランキング上位入り(今年のTHEのランキングでは東大が43位と去年よりずっと後退。シンガポールの大学よりも下。またガラ系!)がすべてではない。所詮アングロサクソン系のランキングなのだから。それよりは文系理系問わず大学の質をあげることが最も大事な要件なのだ。文系をなくせと誤解を招いた文科省の役人の文章力こそ文系の存在を明確にさせたものはない。皮肉な結果である。まずはお膝元からの意識改革が必要だろう。それと矛盾するようだが、大学の学費が高すぎる。何とかならないものか。

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超人の面白時事 国立大学通知の波紋 3

更に時系列で追ってみよう。毎日新聞2015年9月27日の記事から。「学術会議の幹事会で、文科省の担当局トップ、常盤豊・高等教育局長が30分にわたって通知の「真意」を説明した。その趣旨はこうだ。「大学は、将来の予想が困難な時代を生きる力を育成しなければいけない。そのためには今の組織ままでいいのか。子どもは減少しており、特に教員養成系は教員免許取得を卒業条件としない一部の課程を廃止せざるをえない。人文社会科学系は、専門分野が過度に細分化されて、たこつぼ化している。養成する人材像が不明確で再編成が必要だ。局長からの説明を受けた大西会長は報道陣に「改革の必要性はその通り」と話し、理解を示しつつもこう付け加えた。「通知を何度読み返してみてもそう理解できない」。通知の経緯は、文科省が大学側と協議しながら進めてきた「ミッションの再定義」と呼ぶ作業にさかのぼる。各大学・学部の強みや役割を整理する狙いだった。そして文科省が昨年7月にまとめた文書は、教員養成大学・学部の一部の課程について「廃止を推進」を明記した。人文社会科学系には「組織のあり方の見直しを積極的に「推進」としていて、「廃止」の文字はなかった。ところが、今年6月に大学向けに出した通知は、人文社会科学系を「廃止」の対象に含めてしまい、大きな反発を招いた。文科省幹部は「通知を作った役人の文章力が足りなかった」とミスを認め、自身の名で出した下村博文文科省は今月11日の記者会見で「廃止は人文社会科学系が対象ではない。誤解を与える文章だったが、(通知の)一字一句まで見ていない」と釈明した。そもそも誤解を招く「通知」をなぜ書いたか―。新国立競技場の建設といい、オリンピックのエンブレムといい、文科省はブレまくっている!どれをとってみても責任の所在が不明瞭だ。(続く)

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超人の面白時事 国立大学通知の波紋 2

あるPR雑誌の座談会で歴史学者がこう言っていた。「今年6月、文部科学大臣が国立大学に中期目標として、教員養成系学部と人文社会科学系学部の廃止や改組を命じた。すでに統合によって無くなる学科があるとか、相当深刻な話が出てきています。今の日本がやっているのは、「金になりますか」「企業に入ってすぐ戦力になりますか」と、それだけで学問の世界に圧力をかけているわけです。しかし電気を発明し、フィルムを発明しても、中身をつくるのは人文学で、それがなければ映画は出来ない。一人ひとりの生きる力につながるような刺激を与え、社会を変えていく力を与えるのは人文社会科学ですから。」(『図書』2015年9月号 いま、近世史を語る)このPR誌は8月に発売されたが、この中に“廃止”や改組を命じた、との廃止の文言がすでに入っていた。この“廃止”を巡って文部科学大臣が異例の謝罪をしたというのだ。2015年9月11日付「毎日新聞」朝刊のにゅーす360度 紙面審査委員会から の記事。「下村博文元文科相は9月11日、人文社会系については廃止ではなく見直しを求めたものだったとして「誤解を与える表現だった」と釈明しました。7月23日には日本学術会議が懸念を示す声明を出しました。すぐには「成果」の出ない文系をやりダマに揚げるかのような内容だと各方面から批判されたのは当然でしょう。文科相の釈明は、反発の高まりを受けて軌道修正したものと受け止めました。それにしても、こんな重要な政策変更が「通知」。ずいぶんアンバランスだなという印象を持ちました」。報道されるのは結論だけで、議論の過程を知りたいと書いていた。(続く)

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超人の面白時事 国立大学通知の波紋

文科省は2015年6月8日に全86の大学、主に文学部や社会学部など人文社会系の学部と大学院について、社会に必要とされる人材を育てられていなければ、廃止や分野の転換を求めた通知を出した(「朝日新聞」2015年6月9日付の朝刊)。これに対して人文社会系の研究者間に波紋が広がっている。実学優先の方向転換で目に見える成果がなかなか出ない文系をあまりにも蔑ろにしたものだとの意見が出ている。国際日本文化研究センターの小松和彦所長は「人文学によって培われてきた知識が、人間にとって本当に不必要か大いに疑問だ」(「新潟日報」2015年7月10日)。また、文科省の通知が出る前の2015年3月4日付の朝日新聞オピニオン欄で、経営コンサルタント富山和彦氏の「実学を教えるたのは嫌だ、でも世界に通用するアカデミスムでは闘えないという人には、じゃ大学はいったい誰のため、何のためにあるのですかと問いたい」と実社会に通じる教育の重要性を強調したのに対して、名古屋大学准教授の日比嘉高氏は、「目先の利益にとらわれた改革が進めばどうなるか。教育は壊滅的な打撃を受け、社会は資産や出身地によって階層化し、格差が広がるでしょう。」と考える力の低力で危機を乗り越えられることを力説。また、詩人の荒川洋治氏は、「言葉をつうじて人間のあり方を伝え、人間性を失わせずに思考力や想像力を育てる文学こそ、本当に役立つ実学でしょう。勘違いしているぞ、と強く言いたい」(2015年7月28日付「毎日新聞」夕刊)と語っている。そんな中、毎日新聞記者が書いた記事が示唆的だ。「てめえ、さしずめインテリだな」―。映画「男はつらいよ」の寅次郎はこう言い放った。大学出の「知性主義」には権威と権力はあっても、庶民の知恵のようなものが欠落していると腐したのだ。今こそ、知能ばかり重んじる「半知性主義」の「インテリ」に対して、同じセリフをぶつける時ではないか。そこに文系学部の将来が隠されていると思う。―PR誌「クロス文化」創刊第3号 2015年8月25日から抜粋 (続く)

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