文学・詩歌

クロカル超人が行く 206 世田谷文学館「澁澤龍彦展 ドラコニアの世界」続

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【写真: ⑧『高丘親王航海記』最後の長編小説。唐に渡り天竺をめざした9世紀日本の僧侶・真如(高丘親王)を主人公に長旅を綴った作品。⑨『高丘親王航海記』草稿と最終章「頻伽」】

渋澤龍彦略年譜と主要著作(図録P.266~P.274)☞「20171201181449.pdf」

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クロカル超人が行く 206 世田谷文学館「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」

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【写真上から下へ: ①澁澤龍彦展チラシ ②図録 ドラコニアの地平 ③球体、円環への志向 ④「さようなら、土方巽」1986年1月 土方巽への弔辞 ⑤ジャン・コクトーからの手紙ほか ⑤金子國義・四谷シモンの作品 ⑦北欧神話 宇宙樹イグドラジィルの話と愛用のパーカー万年筆それに澁澤龍彦のネーム入り原稿用紙】②~⑦は『図録 ドラコニアの地平』(平凡社 2017年10月刊)より。

世田谷文学館で開催中の没後30周年特別企画「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」を観に出かけた。10年前に横須賀美術館で開催された没後20周年記念イベント、「澁澤龍彦 幻想美術館」を観たが、今回はどんな展覧会になるか楽しみだった。また、美術館と文学館での展示の相違はあるのか、あれこれ思考を巡らせたのだ。その相違は歴然で、manuscriptの祝祭ともいうべきディスプレイ、書き記した夥しい数の生原稿の類が現前、ドラコニア(龍の世界)へようこそといった感じだ。鉛筆で書いた丸みがかった文字の原稿はとてもきれいで読みやすい。それにしても原稿、原稿また原稿のオンパレードである。約2時間鑑賞。興味深いところはいろいろとあったけれども、筆者が特に印象的だったところを図録(巻頭に菅野昭正「高丘親王航海記」讃、巖谷國士「澁澤龍彦と文学の旅」の好エッセーを掲載。展示内容を編集して反映している)から拾ってみた。

②見返しに黒を配して澁澤龍彦の世界をシンボライズしページ配置等細工を施した凝った本、その表紙。自分自身を写し出した鏡、キルヒャーの『シナ図説』、四谷シモンの「機械仕掛けの少女」ほか。帯には待望の大回顧展 公式カタログと書かれている。図録に挟み込まれた小冊子には妻の澁澤龍子さんと四谷シモン氏の対談があってなかなか読ませる。龍子さんから澁澤龍彦の日常が見えてきて何となく親しみが沸いてきた。食べ物や服の話など。著名人のエッセイも面白いが、その中でも芥川賞作家の諏訪哲史氏の澁澤龍彦評が秀逸。それはこのコラムの最後に引用したい。③球体、円環への志向のページには次のような言辞が。伸縮自在のマクロコスモスとミクロコスモスの観念を、二つながら手に入れることが必要ではないかと。円環志向はどこかの版元のモットーでもある。3つの矢を射る円環運動 : 異文化・文学・歴史統計。多分に澁澤龍彦の影響下にあるはず。マジナリアしかり。ついでに球体ほかオブジェに言及すると、地球儀、アストロラーベ(古代の天体観測器)、ウニの標本、ドライフラワー.鉱物、鏡、貝殻、小瓶のなかの玉虫等々。偏愛の賜物。④土方巽の弔辞、独特のかすれ声にひかれた。一つひとつ原稿を追った。文章も味わい深い。次を捲ると、右頁が土井典作「貞操帯」と左頁が雑誌『血と薔薇』。

⑤ジャン・コクトーの手紙。筆者的にはこの展示会で一番の収穫。便箋に万年筆で書いたジャン・コクトーのやわらかい文字が踊る。ブルーカラーのCher Tasso Shibusawaがいいね! like ! 澁澤龍彦、初翻訳はジャン・コクトーの『大股びらき』(白水社 1954年8月)だ。次頁は東京大学仏文学科に提出した卒業論文「サドの現代性」(1952年12月)⑥画家金子國義と人形作家四谷シモン、いわば、澁澤龍彦ファミリーの人たちの作品、「エロティシズム」と「天使ー澁澤龍彦に捧ぐ」⑦北欧神話を読み解くエッセイ、宇宙樹イグドラジィル(ユグドラシル Yggdrasill)に魅せられて。羽のデザインが特徴のパーカー万年筆、筆者の高校時代の一時期、当時の友人N男と万年筆談義に花を咲かせていた。専らボディの緑が特徴のドイツ製ペリカン万年筆をあれこれ話題に。買えないくせにカタログを弄っていた。もちろんスマートなアメリカ製パーカー万年筆も地元の大きなステーショナリーで特別に見せてもらったりした。パーカー万年筆もゲットしたが、胸ボケットにさしているうちに羽の部分が何かに引っ掛かって折れたりしたので、それ以来使っていない。やがて大学生になってモンブランを手に入れ、今も愛用している。モンブランのカタログでは一番先に登場するモデルだ。たまに銀座のモンブランの日本支社に行ってオーバーホールをしてもらっている。澁澤龍彦のパーカー万年筆は保管が良いのか歴史性を感じさせない。Good fountain-pen, good job ! 自家製原稿用紙には澁澤龍彦の「彦」の独特なのばし方に魅了される。遊び心たっぷりなところがいい。原稿用紙はそれこそ銀座の「伊東屋」に行って気に入ったものをゲットしたりしたが、筆者にはどうも馴染まない。きちんと文章を書くのが目的なのに、いやに升目の鉛筆文字の格好を気にし過ぎていたのかも。升目を埋める丸みのある澁澤龍彦の文字群を“見る”と、一見さりげなく綺麗に並んではいるが、どういうわけか不思議な魔力を感じざるを得ない。そう、野中ユリの作品「新月輪の澁澤龍彦」がそれを見事に表現している。筆者は横須賀美術館の「澁澤龍彦 幻想美術館」の最後にこの作品が飾られていたのをよく覚えているしまた、ずっとそれこそ頭を抱えて考えていたことも事実なのだ。構図の奇抜性(宇宙観・感、大きなものとちっぽけな眼差し、その対比のオモシロさ、『高丘親王航海記』の原稿の配置、幻想、闇考)だけではあるまい・・・。そして今、謎が少しずつ解けていくような、溶けていかないような、健全な暗黒世界に誘われている。澁澤龍彦はいつも無限の可能性を秘めているのだ。

さて、芥川賞作家諏訪哲史氏の図録に寄せたエッセイだ。最後の何行かを引用してこのコラムを締めよう。
「澁澤龍彦とは果たして人がいうような異端者であろうか。偏綺を愛する彼自身の本質とは天使の如き「聖性」だ。サドが時に聖侯爵と呼ばれるように、澁澤さんはいわば裏返された聖人であった。」(図録『 澁澤龍彦 ドラコニアの地平』P.261より)

世田谷文学館の「渋澤龍彦 ドラコニアの地平」の展示会の実際の様子はこちらへアクセスされたい。→http://s.webry.info/sp/mignonbis.at.webry.info/201710/article_2.html

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草野心平詩集(岩波文庫)『 侏羅紀の果ての昨今』抄から 或る永遠 J.N氏に

草野心平の西脇順三郎について書いた詩。

或る永遠

J.N氏に

日本海に面したN県に。
川がある。
川底の小砂利の見えるセルリアンに布を流し。
川底の雪の上にそれらを並べて晒す。
赤ギレの手によって生まれるニッポンの高貴な縮である。
J.N氏はその界隈で生まれた。
ふるさと。
けれどもJ.Nにふるさとはない。
ギリシャ神話と玄のいりまじった次元が氏の脳髄のふるさとである。

J.N氏は書斎のなかで世界をうろつく。
多島海の渚に足をひたし。
ラテン語だけしか通じない中世の村道でプラチナの太陽をまぶし黒仰ぐ。
もどって武蔵野のイノクロ草をちぎったり。
エンサイクロビデア・ブリタニカの頁のなかに一ミリの小人になってもぐったりする。
地理や歴史や。
虹かかる永遠。
永遠に向かってJ.N氏は書斎をぬけでる。
永遠のなかに歩いてゆく。
そのうしろ姿。
陽は正に没しようとしてそのうしろ姿。
永遠のなかの一つ黒子。

黒子のなかの或る永遠。

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明治大学アカデミーホール「大岡信さんを送る会」

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2017年4月5日、86歳で永眠された詩人・評論家の大岡信さんを送る会に急遽駆けつけて献花させて頂いた。和服姿の写真は柔和そのもの。優しい人柄が偲ばれた。仕事帰りで会も終わり近く、間に合って良かった。一礼をしたかったのだ。また、Yさんにもお目にかかれたらとも・・・。


春のために


砂浜にまどろむ春を掘り起こし
おまえはそれで髪を飾る おまえは笑う
波紋のように空に散る笑いの泡立ち
海は静かに草色の陽を温めている

おまえの手をぼくの手に
おまえのつぶてをぼくの空に ああ
今日の空の底を流れる花びらの影

ぼくらの腕に萌え出る新芽
ぼくらの視野の中心に

しぶきをあげて廻転する金の太陽
ぼくら 湖であり樹木であり
芝生の上の木洩れ日であり
木洩れ日のおどるおまえの段丘である
ぼくら

新らしい風の中でドアが開かれ
緑の影とぼくらとを呼ぶ夥しい手
道は柔らかい地の肌の上になまなましく
泉の中でおまえの腕は輝いている
そしてぼくらの睫毛の下には陽を浴びて
静かに成熟しはじめる
海と果実

ー『大岡信の詩 16』(配布された小冊子)から

雑誌『現代詩手帖』6月号の大岡信特集号を少し目を通した限りでは、大岡玲の“師匠”の話や北川透の“シュルレアリスム、オートマチスム”のエッセイが良かった。いやいや、高橋睦郎さんの大岡信さんと飯島耕一さんとは仲が悪かった話も面白かった。前述した北川透のエッセイに、大岡信は理詰め、他方、飯島耕一は奇抜なアイデアと飛躍する連想を得意とすると二人の違いを浮き彫りにしていた。

追記 今朝のNHKニュースを観ていたら、昨夜の大岡信さんをしのぶ会の模様が放送されていた。長年の詩の仲間で友人の谷川俊太郎さんのお別れの挨拶、女優の白石加代子さんの
「水底吹笛」の朗読があったようだ。筆者は遅く行ったので聴けなかったが。

追記2 大岡信さんについては凝った詩集を出していたYさんからよく聞いていた。また、朝食はスパゲッティで、電車内では片足立ちなどしてバランス感覚を磨いていた。彼のエッセイか何かで読んで記憶に残っている。また、詩人の渋沢孝輔氏が亡くなった時の新聞の死亡欄か追悼文に、大岡信さんが詩人渋沢孝輔の性格の問題でえらく苦労したと書いていたことを思い出した。確か墓をどうするか云々の話だったと思う。面倒見の良い人だったのだ。

追記3 雑誌『現代詩手帖』6月号の大岡信特集号で大岡信さんと谷川俊太郎さんの違いを書いていた人がいて、そのさりげない言辞は示唆的だ。

三浦 大岡信と谷川俊太郎は対になって、片一方は批評家で片一方は詩人だと思っていたのが、大岡さんのが感覚派で、俊太郎さんのほうが理論派だということです。谷川俊太郎のほうがよっぽど理屈っぽくて哲学者っぽい。谷川徹三さん以上だと。―中村稔 菅野昭正 三浦雅士の鼎談「大岡信、詩的出発の頃から」  

谷川はやさしい言葉で、難かしいことを伝えますが、大岡さんを思うと、難かしい言葉をつらねて、その言いたいことを言います。―湯浅譲二「大岡信の死」
【写真: 筆者撮影】

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超人の面白詩歌鑑賞 直近の谷川俊太郎の詩そして故大岡信の詩

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「はなをこえて しろいくもが
くもをこえて ふかいそらが」
若いころ書いたこんな詩句が古くないのは
くりかえす自然が年ごとに新しいから
いまいぶきを手にするあなたのうちにも
生まれて初めての新しい春が息づいています
その泡のほろ苦い歓びに
乾杯 !

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“Flowers beneath a spread of white clouds, and over the clouds a deep sky”
These words I wrote in my youth don't grow old
Tasting the essence of in your life, it has come alive in you.
Here's to your frothy, bitter delight !

谷川俊太郎

上記はキリンビールの春限定販売缶ビールに書かれている谷川俊太郎の詩と英訳。英訳には知り合いの先生が関わっている。この先生からご自身が英訳に使った底本、山本健吉著『こころのうた』(文春文庫 1981年刊)を頂いた。英訳の方は原本が絶版でコピーをもらえることになっている。詩人110人、153篇の詩を掲載。愛の世界、死と生と、人生、生活のうた、社会と人生、自然の中で、旅人のこころ、ふるさとと思い出の全8章312頁。谷川俊太郎の詩「空の嘘」も収録されている。


そして、願わくは春花の下に死なん、とまさにそれを全うして4月5日に亡くなった詩人・評論家の大岡信さん。その彼に捧げた谷川俊太郎さんの詩。朝日新聞に寄稿した一篇だ。

本当はヒト言葉で君を送りたくない
砂浜に寄せては返す波音で
風にそよぐ木々の葉音で
君を送りたい

声と文字に別れを告げて
君はあっさりと意味を後にして
朝露と腐葉土と星々と月の
ヒトの言葉よりも豊かな無言
今朝のこの青空の下で君を送ろう
散り初める桜の花びらとともに

君を春の寝床に誘うものに
その名を知らずに
安んじて君を託そう


詩人の和合亮一さんは4月25日付毎日新聞夕刊の詩月評「詩の橋を渡って」の中で、谷川俊太郎さんの詩に触れて次のように書いている。青年の頃より詩心を共にした歳月の親しさと本当の別れの寂しさについて、もはや言葉では綴れないという思いが伝わってくる。
筆者的には大岡信さんの詩と言えば、なぜか「春 少女に」の詩篇が咄嗟に浮かぶ。言葉の響きとイメージの鮮烈さが印象的だからかも。同名の詩集『春 少女に』は1978年(昭和53)の12月に刊行されて、翌年の1月からは朝日新聞にあの「折々のうた」の連載が始まる。


春 少女に

ごらん 火を腹にためて山が歓喜のうねりをあげ
数億のドラムをどつとたたくとき 人は蒼ざめ逃げまどふ

でも知つておきたまえ 春の齢の頂きにきみを押しあげる力こそ
氾濫する秋の川を動かして人の堤をうち砕く力なのだ

蟻地獄 髪切虫の卵どもを春まで地下で眠らせる力が
細いくだのてつぺんに秋の果実を押しあげるのだ

ぼくは西の古い都で噴水をいくつもめぐり
ドームの下で見た 神聖な名にかざられた人々の姿

迫害と殺戮のながいながい血の夜のあとで
聖なる名の人々はしんかんと大いなる無に帰してゐた

それでも壁に絵はあつた 聖別された苦しみのかたみとして
大いなるものは苦もなく少でありうると誇るかのやうに

ぼくは殉教できるほど まつすぐつましく生きてゐない
ひえびえとする臓腑の冬によみがへるのはそのこと

火を腹にためて人が憎悪のうなりをあげ
数個の火玉をうちあげただけで 蒼ざめるだろう ぼくは

でもきみは知つてゐてくれ 秋の川を動かして人の堤をうち砕く力こそ
春の齢の頂きにきみを置いた力なのだ

筆者のコラムで世田谷文学館「大岡信展」を読むはこちら→http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2015/11/post-7bfe.html

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自由の女神像にあるエマ・ラザラスの詩再考

The New Colossus

Not like the brazen giant of Greek fame,
With conquering limbs astride from land to land;
Here at our sea-washed, sunset gates shall stand
A mighty woman with a torch, whose flame
Is the imprisoned lightning, and her name
Mother of Exiles. From her beacon-hand
Glows world-wide welcome; her mild eyes command
The air-bridged harbor that twin cities frame.
"Keep, ancient lands, your storied pomp!" cries she
With silent lips."Give me your tired, your poor,
Your huddled masses yearning to breathe free,
The wretched refuse of your teeming shore.
Send these, the homeless, tempest-tost to me,
I lift my lamp beside the golden door!"

(Emma Lazarus, 1883)

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【コラージュ Ⅰ】

「The New Colossus」(14行のソネット詩)筆者訳。

新しい巨像

かの有名なギリシャの巨像とは違い
土地と土地を支配の手足で跨ぎ
海に洗われ 夕日に染まる港に
立つのは力強い女性
稲妻を閉じ込め 松明を持つのは亡命者の母
広く世界に向け歓迎の光を照らす
優しい目が二つの街を囲む吊り橋の港を見渡す
「古い国々よ、華やかさをとっておくがいい」
と静かに語る
「疲れはてた 貧しい人たちを
自由の息吹を求め寄せ合う群衆を
海岸で惨めに拒まれた人たちを
わたしのところに預けてください
祖国もなく 動乱に翻弄された人たちを
わたしのもとに送ってください
わたしは松明を掲げて見守ろう
金色の扉のそばで !」

アメリカのトランプ大統領は6日、テロリストの対策を目的にした入国禁止の新大統領令を発令。イラクを除くイラン、シリア、リビア、イエメン、スーダン、ソマリアが対象国で、アメリカ入国を90日間禁止する。ビザやグリーンカード保有者は対象外。実施は3月16日から。移民の国アメリカが再び閉ざし始めたのだ。大義はどうであれ大きな外交政策転換であることは間違いない。空港などアメリカの入口で混乱が再び起こるかも。

アメリカよ!

自由と寛容さはどこへ行った?


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超人の文学鑑賞 2月、如月 西行のあまりにも有名な歌一首

願わくは
花の下にて
春死なむ
その如月の望月のころ


西行のあまりにも有名な歌一首。“いまさら感”も漂うが。2月15日は西行忌だった。吉野の千本桜見にでかけ西行庵に出会ったのが懐かしい。雨上がりのせいか道中足下がドロドロ状態で一苦労したことも今となっては良い思い出だ。その道中記を読むはこちら→http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2008/04/post_84b2.html

追記 昨日の毎日新聞夕刊(2017年2月15日)の石 寒太の「こころの歳時記」には西行法師の忌日因んだ一首が掲載されていた。

ほしいまま旅したまひき西行忌  石田波郷

追記2 昨日詩人で評論家の大岡信が亡くなった。享年86歳。
聞けば「願わくは花の下にて春死なむ」を愛し、事実その願い通りの死だったという。合掌。(記 2017年4月6日)

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』余滴

大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』の
「大岡信の部屋」にあった持ち出し自由の連詩のコピーから。

フランクフルト連詩


ガブリエレ・エッカルト
ウリ・ベッカー
谷川俊太郎
大岡信

(訳)エドゥアルド・クロッペンシュタイン
福沢啓臣

1

この町で『西東詩集』の詩人は生まれた
東と西の言葉でぼくらが織物を始める朝
テーブルには新しい星座のように 栗の実が
飾られている 緑のはっぱを敷いて―
栗のいが 陸にあがった雲丹

2

私にはうらやましい あなたたち詩人は
夢中になって積み木と遊んでいる
あるいは―
消えてしまった意味をなぞりながら―
系統樹にイースターの卵をつり下げる

書くことで私にできるのは
私を窒息させるものを吐き出すだけ

ガブリエレ

3

森の中の切り倒された老いた木の切り株の
波紋のようにひろがる年輪があなたの一生
そのまんなかで子供のあなたが泣きわめいている
バウムクーヘンが食べたいのだ

俊太郎

4

ケーキを食べたらいいじゃないか、詩の
きらいな人は、今日のお祝いに
四人で一緒に祝おう、おれたちのやり方で
ヒステリー気味の歴史抜きで

公園に出ておいで、友よ、見ろよ……
ドイツ自慢の樫の木に差し押さえの敦公印がぺたっとくっついているぞ。

ウリ

続きを読むはこちら→「frankfurt_liked_poem.pdf」をダウンロード


筆者の寸評。
連詩は連句にヒントを得て大岡信が提唱してできた詩的遊戯でワールドワイドな試み。このフランクフルト連詩は、丁度ベルリンの壁崩壊という歴史的な出来事があった時期で、旧東ドイツの詩人が連詩を始める前と後では心理的に違って、セラピー効果があったと当事者の一人である谷川俊太郎が語っていた(季刊雑誌『大岡信ことば館だより』季刊第11号 2013年春 対話=谷川俊太郎/三浦雅士 大岡信との絆を語る。P.28)。

20170106164843_00001 政治的抑圧からの解放あるいは内面を言葉で表出したあとの癒し効果なのか。詩的実験から新発見があったことは確かだ。

追記 詩人で評論家の大岡信さんが昨日(2017年4月5日)に亡くなった。享年86歳。連詩・連句の試みなど海外にも広げ、多作の作家だった。本望は「願わくは花の下にも春死なむ」だった。事実その通りの死だった。安らかにお休みください。(記 2017年4月6日)

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』続々

展示の目玉コーナーの一つは、鮮烈なデビューを果たした第一詩集、「ネロ他5篇」を収めた『20億光年の孤独』(創元社1952年6月刊) の書籍や推薦者三好達治の原稿など関連資料の展示だ。下記はその代表作の「20億光年の孤独」。

20億光年の孤独

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ

万有引力とは
引き合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

20億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

筆者的な一言評。
少年のスケールは大きく孤独も深いが、何となくユーモラス。

(集英社文庫版『谷川俊太郎 詩選集 1』2005年)
※この集英社文庫版には巻末に収録詩集装幀選53点が収められている。下の写真はその1番目の『20億光年の孤独』の表紙。前にも見たと思うが、改めて見てみると時代の雰囲気が伝わって来るようだ。今回の「谷川俊太郎展 本当の事を云おうか」でも原画と作者が紹介されていた。キリッとした詩画集の感じを出したかったのかも。

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』続

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【写真上から: 展示配置などを記した簡単なチラシ 谷川俊太郎展 本当の事を云おうかに因んだかかどうか知らないけれど、自宅前で両手をあげている谷川俊太郎 造形を施した自己紹介の詩】

中でも谷川俊太郎と仲の良かった歌人寺山修司によるビデオ・レターが秀逸だ。「谷川俊太郎とは誰ですか ? 」、「彼の詩はいくらぐらいですか ? 」、「彼の詩をたとえてみれば何ですか ? 」といったような質問(筆者が覚えている限りでは)を津軽訛りの強いアクセントで一般人に浴びせる寺山修司(ナンセンスな仕掛けが小気味よい)、その質問に応えた一人の女性が印象的だった。「詩人です」「値打ちは99円かな」そして続けての質問に「その詩はマシュマロみたい」と言っていたが、“マシュマロ”とはさすが、谷川詩の本質を言い当てているような気がする。谷川詩には四角張ったところがなくまろやかなものが多いのだ。たとえば離婚のことを書いた詩には現実的にはそれなりの緊張感はあったと想像されるが、詩はむしろユーモアさえ漂わせる。
谷川俊太郎は大岡信という類稀な詩人・評論家と相互に響き合いながら独創的な詩的営為を続けている。その意味では大岡信ことば館に相応しい企画展である。欲を言えば、谷川詩の難解な詩にもっと焦点をあてて解説を施したものが欲しかった・・・。谷川俊太郎、バンザ―イ !

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