文学・詩歌

自由の女神像にあるエマ・ラザラスの詩再考

The New Colossus

Not like the brazen giant of Greek fame,
With conquering limbs astride from land to land;
Here at our sea-washed, sunset gates shall stand
A mighty woman with a torch, whose flame
Is the imprisoned lightning, and her name
Mother of Exiles. From her beacon-hand
Glows world-wide welcome; her mild eyes command
The air-bridged harbor that twin cities frame.
"Keep, ancient lands, your storied pomp!" cries she
With silent lips."Give me your tired, your poor,
Your huddled masses yearning to breathe free,
The wretched refuse of your teeming shore.
Send these, the homeless, tempest-tost to me,
I lift my lamp beside the golden door!"

(Emma Lazarus, 1883)

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【コラージュ Ⅰ】

「The New Colossus」(14行のソネット詩)筆者訳。

新しい巨像

かの有名なギリシャの巨像とは違い
土地と土地を支配の手足で跨ぎ
海に洗われ 夕日に染まる港に
立つのは力強い女性
稲妻を閉じ込め 松明を持つのは亡命者の母
広く世界に向け歓迎の光を照らす
優しい目が二つの街を囲む吊り橋の港を見渡す
「古い国々よ、華やかさをとっておくがいい」
と静かに語る
「疲れはてた 貧しい人たちを
自由の息吹を求め寄せ合う群衆を
海岸で惨めに拒まれた人たちを
わたしのところに預けてください
祖国もなく 動乱に翻弄された人たちを
わたしのもとに送ってください
わたしは松明を掲げて見守ろう
金色の扉のそばで !」

アメリカのトランプ大統領は6日、テロリストの対策を目的に
した入国禁止の新大統領令を発令。イラクを除くイラン、シリア、リビア、イエメン、スーダン、ソマリアが対象国で、アメリカ入国を90日間禁止する。ビザやグリーンカード保有者は対象外。実施は3月16日から。移民の国アメリカが再び閉ざし始めたのだ。大義はどうであれ大きな外交政策転換であることは間違いない。空港などアメリカの入口で混乱が再び起こるかも。

アメリカよ!

自由と寛容さはどこへ行った?


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超人の文学鑑賞 2月、如月 西行のあまりにも有名な歌一首

願わくは
花の下にて
春死なむ
その如月の望月のころ


西行のあまりにも有名な歌一首。“いまさら感”も漂うが。2月15日は西行忌だった。吉野の千本桜見にでかけ西行庵に出会ったのが懐かしい。雨上がりのせいか道中足下がドロドロ状態で一苦労したことも今となっては良い思い出だ。その道中記を読むはこちら→http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2008/04/post_84b2.html

追記 昨日の毎日新聞夕刊(2017年2月15日)の石 寒太の「こころの歳時記」には西行法師の忌日因んだ一首が掲載されていた。

ほしいまま旅したまひき西行忌  石田波郷

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』余滴

大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』の
「大岡信の部屋」にあった持ち出し自由の連詩のコピーから。

フランクフルト連詩


ガブリエレ・エッカルト
ウリ・ベッカー
谷川俊太郎
大岡信

(訳)エドゥアルド・クロッペンシュタイン
福沢啓臣

1

この町で『西東詩集』の詩人は生まれた
東と西の言葉でぼくらが織物を始める朝
テーブルには新しい星座のように 栗の実が
飾られている 緑のはっぱを敷いて―
栗のいが 陸にあがった雲丹

2

私にはうらやましい あなたたち詩人は
夢中になって積み木と遊んでいる
あるいは―
消えてしまった意味をなぞりながら―
系統樹にイースターの卵をつり下げる

書くことで私にできるのは
私を窒息させるものを吐き出すだけ

ガブリエレ

3

森の中の切り倒された老いた木の切り株の
波紋のようにひろがる年輪があなたの一生
そのまんなかで子供のあなたが泣きわめいている
バウムクーヘンが食べたいのだ

俊太郎

4

ケーキを食べたらいいじゃないか、詩の
きらいな人は、今日のお祝いに
四人で一緒に祝おう、おれたちのやり方で
ヒステリー気味の歴史抜きで

公園に出ておいで、友よ、見ろよ……
ドイツ自慢の樫の木に差し押さえの敦公印がぺたっとくっついているぞ。

ウリ

続きを読むはこちら→「frankfurt_liked_poem.pdf」をダウンロード


筆者の寸評。
連詩は連句にヒントを得て大岡信が提唱してできた詩的遊戯でワールドワイドな試み。このフランクフルト連詩は、丁度ベルリンの壁崩壊という歴史的な出来事があった時期で、旧東ドイツの詩人が連詩を始める前と後では心理的に違って、セラピー効果があったと当事者の一人である谷川俊太郎が語っていた(季刊雑誌『大岡信ことば館だより』季刊第11号 2013年春 対話=谷川俊太郎/三浦雅士 大岡信との絆を語る。P.28)。

20170106164843_00001 政治的抑圧からの解放あるいは内面を言葉で表出したあとの癒し効果なのか。詩的実験から新発見があったことは確かだ。

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』続々

展示の目玉コーナーの一つは、鮮烈なデビューを果たした第一詩集、「ネロ他5篇」を収めた『20億光年の孤独』(創元社1952年6月刊) の書籍や推薦者三好達治の原稿など関連資料の展示だ。下記はその代表作の「20億光年の孤独」。

20億光年の孤独

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ

万有引力とは
引き合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

20億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

筆者的な一言評。
少年のスケールは大きく孤独も深いが、何となくユーモラス。

(集英社文庫版『谷川俊太郎 詩選集 1』2005年)
※この集英社文庫版には巻末に収録詩集装幀選53点が収められている。下の写真はその1番目の『20億光年の孤独』の表紙。前にも見たと思うが、改めて見てみると時代の雰囲気が伝わって来るようだ。今回の「谷川俊太郎展 本当の事を云おうか」でも原画と作者が紹介されていた。キリッとした詩画集の感じを出したかったのかも。

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』続

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【写真上から: 展示配置などを記した簡単なチラシ 谷川俊太郎展 本当の事を云おうかに因んだかかどうか知らないけれど、自宅前で両手をあげている谷川俊太郎 造形を施した自己紹介の詩】

中でも谷川俊太郎と仲の良かった歌人寺山修司によるビデオ・レターが秀逸だ。「谷川俊太郎とは誰ですか ? 」、「彼の詩はいくらぐらいですか ? 」、「彼の詩をたとえてみれば何ですか ? 」といったような質問(筆者が覚えている限りでは)を津軽訛りの強いアクセントで一般人に浴びせる寺山修司(ナンセンスな仕掛けが小気味よい)、その質問に応えた一人の女性が印象的だった。「詩人です」「値打ちは99円かな」そして続けての質問に「その詩はマシュマロみたい」と言っていたが、“マシュマロ”とはさすが、谷川詩の本質を言い当てているような気がする。谷川詩には四角張ったところがなくまろやかなものが多いのだ。たとえば離婚のことを書いた詩には現実的にはそれなりの緊張感はあったと想像されるが、詩はむしろユーモアさえ漂わせる。
谷川俊太郎は大岡信という類稀な詩人・評論家と相互に響き合いながら独創的な詩的営為を続けている。その意味では大岡信ことば館に相応しい企画展である。欲を言えば、谷川詩の難解な詩にもっと焦点をあてて解説を施したものが欲しかった・・・。谷川俊太郎、バンザ―イ !

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』

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【写真上から: 大岡信ことば館入口 1階の関連書籍展示販売コーナー T出版社の本が売行第1位とか】

三島駅近くにある大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』を観に出かけた。今日が開催最終日、1.映像作品、2.模型飛行機、3.ラジオコレクション、4.『20億光年の孤独』、5.写真作品、6.朗読、7.詩集/絵本の原画、8.櫂、9.書簡資料、10.海外での活動、11.鉄腕アトム、12.大岡信の部屋を2時間かけてたっぷりと観賞。印象的だったのは、ノートに鉛筆で書き記されていた高校時代の詩篇(意外にもきれいな字!)と父谷川徹三のABC評価(筆者的には「20億光年の孤独」の自筆原稿が見たかった!)、三好達治の谷川詩を推奨する原稿、谷川俊太郎が献呈した作家の自筆御礼葉書(室生犀星、サトウハチロウ、堀口大學など。三島由紀夫は達筆)、父谷川徹三の息子宛の子を思う優しい葉書、寺山修司のビデオ・レター、ラヂオのコレクション(アメリカ製やドイツ製の貴重なラヂオは京都工繊大に寄贈した由)、模型飛行機(懐かしい。作ったことがあるある)、大岡信の机(使いこなされた大きめの木製机とその上に置かれた大辞典の数々)、フランクフルトでの連詩の試みの写真・巻物など。
谷川俊太郎に詩友と言わしめた大岡信には谷川詩についての小論があるが、その冒頭にはenfin terrible(恐ろしい子ども)とその鮮烈な詩を評価した文章が展示してあった。大岡信は『文學界』に掲載された「ネロ他5篇」を読んで衝撃を受けたと語っている。筆者は大岡信の仕事振りは先に世田谷文学館で鑑賞していたので想定内だった。しかし、その著作物には驚嘆せざるを得ない。幅広いジャンルに及び極めて生産性が高い。それに比べて谷川俊太郎は評論は手掛けなかったが、これまた幅広いジャンルで活躍している。いわゆる現代詩、連詩、鉄腕アトムの詞などアニメソングやコマーシャル、校歌、ライトヴァース、マザーグースのうたやスヌーピーの翻訳、絵本、脚本、自作詩の朗読(ポエトリーリーディング)、横のつながりに目をむけた「にほんご」など多岐多様、その詩的真髄はジャック・プレベール的なポエジーか、即興詩人のそれか。ことばに軽やかなリズムを吹きかけて異次元の世界を現出させる、言わば、現代のことばのマジシャンだ。言葉の異化作用をいとも簡単に成し遂げてしまう天才的なテクニシャンなのだ。それで“私は詩人ではない“と嘯く(谷川俊太郎展の「本当の事を云おうか」は、詩集『鳥羽』から取ったフレーズでそのあとに続く言葉がこれ。詩集が出てすぐ読んだ。何と人を喰ったフレーズであることか)。筆者は谷川俊太郎の詩とは20歳の頃から付き合ってきた。今日も「トルムソコラージュ」の中の長い詩を含めて10篇以上は声を出して読んだ。改めて詩の面白さを噛み締めたのだ。快い響きと解放感、それにナンセンス詩や言葉遊びがいい。

追記 大岡信ことば館の季刊雑誌『大岡信ことば館だより』(季刊第11号 2013年春)には、対話=谷川俊太郎/三浦雅士 大岡信との絆を語るという記事が掲載されている。「櫂連詩」から「ファザーネン通りの縄ばしご」までの副題が付けられた25頁もの。同人誌「櫂」に集った詩人たちの連詩をつくる過程と人柄がみえて勉強になった。影響力大の大岡信それに谷川俊太郎の連詩をつくるも良いものながなかったなど印象深かったところも。(2016.1,5 記)


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超人の面白翻訳鑑賞 西脇順三郎作「雨」のドナルド・キ―ンの英訳 余話

以前にこのコラムで西脇順三郎の詩「雨」のドナルド・キ―ンによる英訳を掲載したが、その原文も入った原書を京都に出張の折に所蔵機関の図書館へ出向き、特別に許可を得てコピーを取った。今から30数年前にニューヨークで刊行されたもの。タイトルはDAWN TO THE WEST Japanese Literature of the Modern Era POETRY, DRAMA, CRITICISM、版元はHOLT, RINEHART AND WINSTON。その中の西脇順三郎の項目をコピーしたのだ。この西脇順三郎の項目の最後にドナルド・キ―ンが西脇詩の特徴を次のように簡潔かつ的確にまとめている。

The expression is indirect and sometimes even obscure, but the beauty of the imagery can be intuitively felt, and the mood of each poem is securely established. The effects achieved may suggest those of traditional Japanese poetry in the ecomomy of means and the skillful juxtaposition of imagery, but Nishiwaki's poetic past is European rather than Japanese. Nevertheless, the language he uses is Japanese, the landscapes before his eyes or in his mind are Japanese, and he has found in such poetic features as an intense feeling for the seasons a cogruence between his European tastes and Japanese tradition. He is an international poet who has exercised a frofound influence on the poetry of one nation.

DAWN TO THE WEST Japanese Literature of the Modern Era  POETRY, DRAMA, CRITICISM
の西脇順三郎の項目の原文を読むはこちら。「20160729134005.pdf」をダウンロード
DAWN TO THE WEST Japanese Literature of the Modern Era  POETRY, DRAMA, CRITICISM P.323-P.335からの引用。


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クロカル超人が行く  189  西脇順三郎 生誕記念 アムバルワリア祭Ⅴ 西脇順三郎と井筒俊彦―ことばの世界

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【西脇順三郎 生誕記念 アムバルワリア祭Ⅴ の会場
: 休憩時間に筆者撮影】

西脇順三郎 生誕記念 アムバルワリア祭Ⅴ 西脇順三郎と井筒俊彦―ことばの世界 の講演会を聴きに慶応大学三田キャンパスに出かけた。司会はお馴染みの新倉俊一氏、登壇者とタイトルは次の通り。高橋勇氏(慶応大学教授)「文学部の西脇・井筒」、野村喜和夫氏(詩人)「神秘と諧謔」、若松英輔氏(批評家)「コトバの詩学 西脇順三郎と井筒俊彦」、坂上弘氏(慶応大学出版会会長)「井筒俊彦の内なる西脇順三郎」。午後2時~5時。北館ホール。
登壇者には話し振りなどそれぞれに個性があって興味深かった。慶応大学は文学部創設125周年記念事業として「西脇順三郎学術賞」と「井筒俊彦学術賞」を去年設立したばかりである。西脇と井筒は師弟関係で今回の「アムバルワリアⅤ」ではここに焦点をあてた。西脇順三郎の詩「失われた時」は、西脇詩の最高作ばかりではなく、日本の現代文学にとっても避けて通れない傑作と語るのは、二番目に登壇した詩人野村喜和夫氏だ。親しみのあるややゆったりとした語り口(マイクに近づきすぎて聞き取りづらかったが)で独自の西脇と井筒読み解き合戦を展開した。そうそう、彼は開口一番に西脇順三郎の研究会で晩年の井筒俊彦と風貌が似ていると言われたことを披露して場内を沸かせた。三番目に登壇した若松英輔氏(『井筒俊彦 : 叡知の哲学』の著者)は西脇詩についての研究だけでは理解できないとし、情感が混じりあって初めて分かると説いていた。第一登壇者の高橋勇氏は若手の研究者だが、淡々と半ば理路整然に慶応大学文学部の西脇・井筒の足跡を述べ、最後に登壇した坂上弘氏は、小説家だが慶応大学出版会関係者の立場から井筒言語哲学出版雑記張なる一覧でビジュアル的に解説。井筒の残したものには日本語と同じボリュームの英文で書かれたものがあると語りまた、井筒関連著作では夫人にも語ってもらおうと企画しているがなかなか進まないとも。質疑応答の時間も設けたが活発な質問はなかった。最後に新倉俊一氏が西脇順三郎と井筒俊彦は現代文化のブラックホールではないかと締めくくった。筆者の友人I氏は井筒俊彦の書物は全部読んだと言っていたけれど、筆者は「意識と本質」をまず手にとって本格的に読んでみたい。難解だとは分かっているが。それと西脇順三郎の全集で詩集を再読するつもり。聴衆は約100人。帰り際小千谷からK氏とN氏が来られていたので挨拶した。寒い寒い日だったが、心がより豊かになる“あんばるわりあさい”だった。

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超人の面白読書 112 中村忠夫著『西脇順三郎の風土 小千谷を詠んだ詩の数々』余滴

今年の夏にこのコラムで書評した、中村忠夫著『西脇順三郎の風土 小千谷を詠んだ詩の数々』が第9回新潟出版文化賞(文芸部門)を受賞した。中村先生の地道な研究が認められた。本当におめでとうございました!詳細は小千谷市立図書館のホームページを参照されたい➡http://www.city.ojiya.niigata.jp/site/library

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クロカル超人が行く 179 世田谷文学館「詩人・大岡信展」

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秋晴れの文化の日の今日、芦花公園にある世田谷文学館に足を運んだ。今12月6日(日)まで「詩人・大岡信展」が開催中だ。前から三島市に出来た「大岡信ことば館」に行ってみたいと思っていたから、比較的近場での開催はありがたい。

花 Ⅱ


花もまた 物質であり
物質であることによって
宇宙の輝かしい突起となる

私は精神をもっていると信じている
けれども私の精神はもっていない
花や葉っぱの純粋な形態を

光 水 空気 土
花の形態を展開させるために
宇宙はそれ以上のものを必要としなかった


「水の生理」1960─1967


約2時間たっぷり編年体で織り成された大岡信の詩宇宙に遊んだ。三島・沼津での幼少期と初期の同人誌など、一高時代(仏文で担当教官は寺田透だった)の雑誌に参画(仏文学者の渡辺一夫に原稿依頼した校内文芸誌の現物も陳列)、東大時代(国文専攻)、卒論は「夏目漱石論」(現物陳列)、詩を書く傍ら「ポール・エリュアール論」(現物陳列)など詩論やシュールリアリスム研究も。読売新聞記者から大学教員時代へ。その間に「櫂」など詩誌(現物陳列)に参画、書肆ユリイカの社主(詩集の刊行など)や南画廊の店主(コンセプショナル アートや現代美術の紹介者)、加納光於、武満徹などの画家や音楽家との出会い、連詩連句の実作と海外での講演、数々の詩集や詩論の本、折々の歌の原稿やバリエーションのある書籍等々が展示・展開されている。何よりも目を引いたのは上梓した本はもちろんのこと、数多く展示されているノートに万年筆で綴られた“詩稿”の類いだ。細字で細かいが整然と書かれた詩片など大岡信の几帳面な一面、とりわけ詩の“源泉”を読みとれるほど。筆者的には大岡信が指摘した西脇順三郎の萩原朔太郎との交友関係疑惑について西脇順三郎が大岡信に送った手紙の文章や懐かしい書肆山田(当時の山田耕一社主とは大分親しかった)刊の書籍に魅了された。雑誌『詩学』に載った大岡信の西脇順三郎論も大変興味あるところ。その昔文学研究者だか作家だったか、それとも、知人の読書人だったか忘れたが、大岡信の評論はみんな誉めすぎでほんわかしていて面白くないと言っていたが。さて、本当だったか。それはさておき、読書量と幅広い知識は相当なものだ。ここにディスプレイされている有名な詩は一つひとつ読んだ。昔読んでいたものが大半で、ほとんど忘れかけていたが、蘇ったのだ!あの大岡コトバが。同じコトバでイメージを脹らませることが得意で、ナンセンス語も散りばめられている。ここではひらがなの多用が効果的で、やわらかく、自由にのびやかに詩群が遊泳し戯れているのだ。これこそ大岡信の真骨頂だ。ナンセンス詩と言えば、谷川俊太郎だが、彼は大岡信詩の最大の理解者で良き伴走者だ。対談で詩の分析となると、いつもその辺は大岡に任せますと言っていた…。作家北杜夫のユーモアに溢れた手書きの某共和国の表彰状も面白くて思わず二度読んでしまった。大岡信が飲むと大変で、さらに飲み過ぎると訳の分からないフランス語が飛び出す始末と。ビデオ鑑賞では晩年の自宅の様子が写し出されていたが、その書棚は何と筆者のものと同じだった!その書棚は某先生から譲り受けたもので、今仕事場で光彩を放っている。今度は三島行きを決行する番だ。世田谷文学館の館長はマラルメ論などで有名な仏文学者の菅野昭正氏で、話題性のある企画を次々と打ち出している。
もうひとつ面白いことを発見したことをつけ加えてこのコラムを終わりたい。賢明な読者諸氏は、昨日世界ラグビー世界大会でニュージーランドが優勝したことはニュースで知っていたと思うが、日本も強豪南アフリカを破るなど大活躍し世界が注目したことは記憶に新しい。その中心メンバーでユニークな“祈り”のポーズでキックした、今やすっかり有名になったラガーマン、太郎丸歩氏(たった今入ったニュースでは、彼はオーストラリアのラグビーチームに移籍したと伝えた)がいる。詩人・大岡信の近況を写し出したビデオに登場した品のいい愛猫の名前が何と“太郎丸”だった!これは偶然にせよGREAT MARU⭕

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【写真左上: 館内で唯一撮影できた会場入口。 写真左下: パンフレットの一部。 写真右下: 似顔絵の判を4ヶ所、パンフレットに押して悪戯書きしたもの。最初は記念の判押しだったが、左下がかすれてしまって再度判をポンポンと押したらユーモラスなものに。偶然の産物!】

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