演劇

クロカル超人が行く  216  新国立劇場小劇場で演劇鑑賞 ジョージ・オーウェル原作 戯曲「1984年」 2

【動画: 新国立劇場公開サイト「1984」】
https://youtu.be/8O_XvxJP0kI

観客席から見て舞台右側前方に、「1984」の主人公ウィンストン・スミスの小机、その上にスタンドに照らされたノートが配置されている。全体的には暗くてまわりや奥行きが見えない。スポットライディングは小机周辺のみ。可愛らしい女性の声のナレーションが入る(これには筆者も予想外、プチサプライズだった)。やがて登場人物が現れ、机に座るやいなやペンをもち何やら黄ばんだノートに書き記す。それが1984の数字、同時に上方の中央、左右の壁、いな、遠近のあるテレスクリーン(双方向テレビと監視カメラを兼ね備えた装置)にその数字が大きく映し出される。やがて場面は男女数人が本を抱えて『1984』の附録の「ニュースピークの諸原理」について群読・分析する場面に切り替わる。時は2050年以降。右端にはファイルが収納できる木製のキャビネットが並ぶ。
これが舞台「1984」の最初の場面である。ここから監視と恋愛ドラマが始まり、党に批判的な真理省記録局で新聞などの書き換え、改竄を仕事としている主人公が、党幹部から洗脳、尋問、自白を強要され、その後人間改造の酷い拷問を受け、最後には全てを受け入れる。そして、この群読・分析の場面に戻り終了する。上演時間約2時間。
演出家の眼差しを筆者なりに少し感じ取った。きつい展開のはずなのに全体的には不思議とやわらかさが感じられた芝居だ。原作は論理展開がいやというほど散りばめられていて理屈っぽいが、コンテンポラリーで多層的な舞台装置の仕掛け(遠近法的なレイアウト、配色、照明、音響など)が上手く施され観客を魅了した。特に少し長く続いた拷問の場面は圧巻。主人公、準主人公それに脇役のセリフは長い。それを克服している役者魂に共感を覚えた。それは「あっという間の2時間」という表現が物語っていて、まさに観劇の面白さを味わったのだ。
二度目の原作を注意深く読む試みは、あと少しで終わる。

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クロカル超人が行く  216  新国立劇場小劇場で演劇鑑賞 ジョージ・オーウェル原作 戯曲「1984年」

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ほぼ満員の新国立劇場小劇場(326席)で、原作ジョージ・オーウェル、脚本ロバート・アイク/ダンカン・マクミラン、翻訳平川大作、演出小川絵梨子の「1984」を鑑賞。反ユートピア小説を描いたジョージ・オーウェルの原作を題材にした戯曲で、ロンドン、ニューヨークで評判を呼んだもの。井上芳雄、ともさかりえ、森下能幸、宮地雅子、山口翔悟、神農直隆、武子太郎、曽我部洋士などが出演、迫力のある演技と斬新な舞台設定、特に照明、映像それに音響が光っていた。休憩なしの2時間はあっという間に終わった感じだ。本当に久しぶりに芝居を観たが良かった!

時は2050年以降の世界。人々が小説『1984』とその"附録"「ニュースピークの諸原理」について分析している。過去現在未来を物語り、やがて小説の世界へと入って行く...。
1984年。1950年代に発生した核戦争によって、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国により分割統治されており、その3国間で絶え間なく戦争が繰り返されていた。オセアニアでは思想、言語、結婚等全てが統制され、市民は"ビッグブラザー"を頂点とする党によって、常に全ての行動が監視されていた。
真実省の役人、ウィンストン・スミスは、ノートに自分の考えを書いて整理するという、発覚すれば死刑となる行為に手を染め、やがて党への不信感をつのらせ、同じ考えを持ったジュリアと行動をともにするようになる。
ある日、ウィンストンは、高級官僚オブライエンと出会い、現体制に疑問を持っていることを告白する。すると反政府地下組織を指揮しているエマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書を渡され、体制の裏側を知るようになる。
はたして、この"附録"は誰によって、どのように書かれたのか? それは真実なのか? そして今、この世界で、何が、どれが真実なのだと、いったい誰がどうやって分かるのだろうか......。(新国立劇場webpage「1984」あらすじ より)

ドラマ「1984」の詳細はこちらを参照されたい→
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009661.html


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