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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 余滴

ここからは「フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅」にこぼれ落ちた写真を中心にアトランダムに取り上げてみたい。

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【写真: ①コペンハーゲン空港内にある人魚姫像とアンデルセンの婢 (観光地として有名)②アーランダ空港内にある『ポケットショップ』で購入した文庫本(昨年のノーベル文学賞受賞者カズオ・イシグロの本がベストテン入り)】③スウェーデン国会議事堂 (2018年9月8日の総選挙で左右政党がほぼ拮抗状態。9月下旬、現ロヴェーン首相の信任得られず退陣、混迷を深めるスウェーデン議会)④スルッセンやセーデルマルムへの方向を示す標識(このエリアを歩けたことはある意味で非常に良かった) ⑤衛兵交代時間に遭遇(ラッキー!)】

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 34 最終回

コラム「フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅」も今回で最終回。まだまだ書きたいことは山ほどあるがこの辺で一区切りをつけたい。
本で読んだりテレビの旅番組では知ってはいたものの、実際行ってみるのとは大きく異なる。当たり前のことだがこの当たり前のことに気づくことが大事である。旅人はしばし待て、考える旅人よ、国の、街の匂いを嗅ぎ取ったか、胸に手をあてて考えるがいい。あの膨大な羊皮紙の書棚は王様のものだった、貴重書も元を正せば戦利品ともいわれているが、それはともかく、ヘルシンキにしてもストックホルムやウプサラの図書館にしても、それが国立か市立かは問わない、この膨大な本を前にしてただ撮影許可をもらったから写真に収めるだけでは余りにも短絡的で実利すぎる。やはり街の匂いには本の匂いが大いに関係しているのだ。何故なら人間の営みの基本形がここにあるからに他ならない。人はなぜ収集するのか。その問いに向き合いながら、収集したものを整理(修復、保存)し、研究に役立て、市民に開放し知的循環を心地よいものにしていくには図書館人の不断の努力なくしてありえない。私たちはこれらの人々に感謝しなければならない。ウプサラ大学図書館では年間20万冊をデジタル化、電子資料に変換していると言っていたが、果たしてこの試みが人類にとって吉と出るか筆者には分からない。「紙」側の人間の少なからずの抵抗があるのかないのか―。確かにデジタル資料は重たくはないが。そして、この北欧図書館研修・見学ツアーは、短期間でいろんな研修を行って知識や技術を学んだが、それだけでない図書館人との距離を縮めまた、本の匂いを感得する大切さを教えられた旅でもあった。そして、この北欧図書館研修・見学ツアーを企画した人たちや参加者にも感謝したい。筆者は図書館研修・見学はもちろんのことプラスアルファの方にも大分興味をひかれた。例えば、優れた北欧建築、デザインそれに都市発展と政治、移民・難民受け入れ問題と極右政党の台頭、EU離脱問題、教育改革等々。ビデオを再生してみると再発見できて活字とはまた違った楽しみ方ができる。

クングスホルメン島のホテル近くで100年以上続く老舗のレストラン『Restaurang Löwenbrau』に3度ほど入ってビールを嗜んだが、それこそごく平凡な暮らしがそこにはあった。それも街の灯り、匂いの一つだろう。
アーランダ空港のポケットショップで村上春樹著『ノルウェーの森』やジョージ・オーウェル著『1984』のスウェーデン語訳のペーパーバックを買った。カズオ・イシグロの本がベストテン入りしていた。そして、コペンハーゲン空港を飛び立った飛行機から見た洋上風力発電、原発事故を体験した日本でこのような風力発電をもっと増やして環境にやさしい暮らしの実現を願いたい。また、そのすぐ近くにはデンマーク・コペンハーゲンとスウェーデン・マルメを結ぶエーレスンド橋がかかっている。その昔テレビで開通直後の様子をライブで見た。いつかは渡ってみたいとずっと思っている(このコラムでしばしば登場した“相棒”が、このツアー前に実際に電車で渡りマルメ市立図書館を見学してきたと言っていた。いとも簡単にやってのけたのだ。やはり好奇心の塊かつ行動的な人もいるもんだと感心した次第)。
旅はいろいろなことを教えてくれる。地球儀で日本を中心にして世界を見ていることに慣れている私たちだが、その地球儀を少しだけ回して視点替えて例えば、フィンランドやスウェーデンの方から眺めればまた、違った世界を現出させてくれる、その視点、みえ方こそが大事なのだ。北欧特にヘルシンキ、ストックホルムそれにウプサラが少し身近になったことは言うまでもない。Tack så mycket. Hejdå.

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 33 再びガムラスタンへ

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ガムラスタンへは地下鉄シスタ駅からブルーラインでクングストレドゴーデン駅(ガムラスタンに近い駅)で降り少し歩いて行けた。車内はちょうど金曜夕方のラッシュ時間帯、勤め帰りの年配の女性たち、片手に缶ビールを手に持ち飲んでいた外国人風の若者、若い女性たちそれにビジネスパーソン等で混雑していた。20分ばかりで目的地に着き、王宮近くのノーベル博物館前で1時間近く自由時間となり近くを散策、その後再集合して晩餐会会場へ。会場はドイツ教会近くのイタリアレストラン『Agaton』。入口のメニューを見ていたら雨が降ってきた。変わりやすい北欧の天気の実感だ。メニューは鮭の魚料理、地元のビールで乾杯しながらイタリアンを堪能した。しばらくするとすぐ近くのキッチンから日本語が飛び込んで来た。しかも砕けた日本語である。

「シェフはどこで日本語を習ったの?」と筆者が訊ねると、

「北海道にいるときだよ」

冗談が好きそうな明るいアジア系の男性だ。まさかストックホルムのど真ん中でしかもイタリアンで日本語が聞けるとはビックリぽんや!料理はハム&トマト系、次にメインディッシュの鮭料理最後にティラミスのごくカジュアルな料理だ。鮭は本場とあって美味。しかし、飲物は自腹の地元のビール(小瓶)を3杯も飲んでしまった。金曜日の夜はどこの国でも同じく賑やかだ。で、すでに帰ってしまった現地のガイドさんに教えてもらったラーメン店『Cafe Stierman』をどしゃ降りの雨の中訪ねたがすでに閉まっていた。時間も遅かった。仕方なくずぶ濡れになりながら地下鉄ガムラスタン駅からホテルに帰ったのだ(本当のところは庶民の日常に触れたいと思い老舗のレストランやホテルのバーを2軒ほどハシゴしたのだ)。
ストックホルムでは2年ほど前から日本の寿司やラーメン店が出来て流行っているらしい。しかし、味の保証はない。それはヘルシンキの『かもめ食堂』でも同じだろう。地元の人たちにも受けないとビジネスはやっていけないのだ。先ほどの現地のガイドさんが言っていたが、日本に行ったことがない店主は、ビジネスなどでスウェーデンで生活をしている人たちにアドバイスをもらって日々研鑽を積んでいるのでラーメンの味は良くなっているという。味噌ラーメン一杯、1700円ぐらいらしい。それはニューヨークで食べたMOMOFUKUラーメンとほぼ同じ値段だ。ラーメン好きの筆者としては食べたかった。残念である。今度行ったときにはぜひ試食したい。ついでにアジア料理について書けば、中華料理よりはベトナム料理やタイ料理がイケるらしい。筆者も詳しくは知らなかったのだが、タイはスウェーデンと経済的な結びつきが深く、スウェーデンの農業に従事しているタイ人労働者は多くまた、スウェーデンがタイに投資したり、工業製品ほかを輸出している。タイとの直行便も就航しているという。

さて、次回最終回はホテル近辺にある老舗のレストラン、アーランダ空港内、コペンハーゲン空港から日本向け飛び立った飛行機から見えた、環境にやさしい洋上風力発電Offshore wind powerやコペンハーゲンとマルメを結ぶエーレスンドの話を少し。

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【写真: ①ノーベル博物館 ②地下鉄シスタKista駅 ③イタリアン『Agaton』メニュー ④トマト&ハム ⑤サーモン ⑥ティラミス ⑦地元のビール ⑧ラーメン店『Cafe Tierman』。この店の詳細はこちら→https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g189852-d2189992-Reviews-Cafe_Stiernan-Stockholm.html?m=19905

追記 今日2018年のノーベル生理学賞に京都大特別教授の本庶佑氏に授与すると発表された。NHKのインタビューで彼は教科書を疑えと言っていたことが印象的(2018.10.1 記)。

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 32 サイエンスパーク Kista シスタ図書館

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【写真②の画面で下の方に文字が書かれているが、「自由とは自分の意見を言うができることだ」と読める】

ウプサラ大学図書館のスタッフのご厚意により当初予定した 時間より3、40分延長になり、図書館研修事務局はスケジュール調整に一苦労したようだ。何とかシスタ図書館に辿り着いたが、今度は時間オーバーでバスサービスが終了してしまったのだ。今夜はガムラスタンで主催者側による晩餐会が予定されているらしく、急遽地下鉄移動になった。
ストックホルムの郊外にあるサイエンスパーク(元々軍の施設だった地区をエリクソン社など企業、政府系機関それにストックホルム工科大学やストックホルム大学などが進出して今やIT企業など4200社、65000人が働く産官学の一大産業集積基地。筆者注: 一部ネットからの引用)、そこにあるシスタ公共図書館は、今まで見てきた図書館とは些か趣が異なる図書館だ。どちらかというと外国人に開放した図書館、特に移民・難民やセクシャルマイノリティの、社会的弱者の人たちにも行き届いた図書館のようだ。夕方の時間帯にさしかかってしまい、館内を見せていただいただけだが、ユニークな棚のレイアウト、スウェーデン語を習得するための辞典類、テキストや新聞(筆者なども電子版で愛読している、易しいスウェーデン語で書かれている新聞『8sidor』も)なども所狭しと置かれている棚、言語スタジオ、オーディオ、リラックスして本が読めるコーナーもある。16万人もの難民を受け入れたスウェーデンでは一定数の人口維持と近い将来働き手になる人材をいろんな形で支援し実践しているようだ。いわば、福祉政策の実験的な試みがこのストックホルム公共図書館分館シスタ図書館の魅力なのだろう。この試みに拍手を送りたい。館内には中東から来た子ども連れの人たちの姿があった。

“スウェーデンでの仕事の準備してください”と掲げられた文字が象徴的だ。

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【写真: ①シスタ図書館内検索端末周辺 ②図書館入口電子掲示板 ③シスタ サイエンスタワー ④シスタ図書館など100店舗と10のレストランが入ったショッピングモール『シスタガレリア』⑤就職斡旋の電子掲示板 ⑥福祉系8頁仕様の易しいスウェーデン語新聞『8sidor』 ⑦スウェーデン語の様々な辞典類が置かれた棚 ⑧新刊コーナー】

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 31 映画監督イングマール・ベルィマンの生家探し

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【写真: 公園通り12番地にある祖父の家】

ウプサラでのもう一つの目的は、イングマール・ベルィマンの生家(確か父は牧師)を見ることだった。しかし、午前11時半過ぎから午後1時まで自由時間があったが探し出すことは時間的に無理だった。そこで帰国後、まだウプサラ大学で研究中のH先生に無理を言って頼んだのだ。ベルィマン生家そのものではないが祖父の家を見つけてくれた。そして、素敵な写真を届けてくれたので紹介したい。先生に感謝しつつ。また、もう一つの写真の「公園通り 12番地」のプレートにはウプサラ市による次のような記載がある。

イングマール・ベルィマン(1918ー2007)の祖母アンナ・オーケルブロム(1864ー1934)が亡くなるまで住んでいた家で祖父ヨーハン・オーケルブロム(1864ー1934)が1887から1888年にかけて建て、祖父が所有していた家である。ベルィマンはこの家で幼少期の大部分を過ごした。ここでの幼少期の生活が彼の演劇と映画に多大なインスピレーションを与えた(筆者注: たとえば、映画『ファニーとアレクサンドル』など)。


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【写真: ウプサラ市による公園通り12番地と来歴が書かれたプレート】

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 30 ウプサラ大学図書館 続

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【写真: ウプサラ大学図書館特別コレクションホールから眺めたウプサラ大聖堂と町並み】

ウプサラ大学図書館の“デジタル工房室”に行く前に少し余談を。日本関係書籍の特別展示をしてくれたホールには貴重書がずらり、コレクションの山である。羊皮紙の魅力をたっぷり堪能したのだ。諸言語の集積地、英知の結晶ともいえる。一つひとつ見て歩いたら相当時間がかかるにちがいない。その中で特別展示品の和綴本が異彩を放っていたことは特筆に値する。何故なら文化の相違なのか硬軟の差異を感じてしまうのだ。まさに異文化交流史の現場に居合わせたことに感慨深いものがあった。コレクションホールの窓外には今にも雨が降りそうな雲行きの下ウプサラ大聖堂が聳え立っていた。ツゥンベリーの本は今週末(26日)まで日瑞交流150周年記念行事で日本に特別貸出中だと図書館のスタッフ(確か今年の春だったかこのツゥンベリーの本の展示のことは新聞か何かで読んで知っていたが、忘れていて行かなかった。つい最近東京駅に隣接する商業施設『KITTE』で開催されていたことを知った。惜しいことをしたと思っている)。
館内を少し移動して“デジタル工房室”へ。この部門の専門担当者のプチレクチャーを受けて実演の現場に出向いた。スキャニングは特大、大、中、小とサイズによって作業室があり、そこには取り込み作業のマシンがそれぞれの役割を担って稼働している。その中で特に優れものは、ページを捲る超高速マシンの存在だろう。担当者が実演してくれたが、速いの何のそれは大袈裟にいえば新幹線並の速さなのだ。1分間に2000ページを捲れると言っていたか、不確かだ。筆者などもこういった作業に大分関心はあるものの、これはテクノロジーの優れた一端を見せつけられた格好だ。この超高速ページ捲りマシンを再度実演してもらった時には上手く作動しなかった!加減が微妙なのだろう。優れものには多少の危険も伴うということか。ともかくいいものを見せていただいた。感謝である。

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【写真: 超高速ページ捲りマシンのあるデジタル工房室】

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 29 ウプサラ大学図書館

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【写真: 改修工事中のウプサラ大学カロリナ図書館】

ウプサラ大学は、1477年に創設された北欧最古の由緒ある大学で、人文社会自然科学分野をカバーする総合大学である。学生数、約23000人、職員数1800人余。植物学研究や生命科学の世界的な拠点(スウェーデンの製薬会社との結びつきが強いらしい)だがまた、千単位の共同研究もあって世界中から研究者がやってくる。筆者などは植物学の分類法のカール・フォン・リンネの出身大学それに大きな聖書があることぐらいは知っていた。アフリカなどの紛争解決に尽力したことで有名な前国連事務総長だったハマーショルドに因んだ図書館もある(彼はウプサラ大学出身で彼の家系はスウェーデン王室と関係が深いらしい)。ハマーショルドといえば、飛行機事故で不慮の死を遂げた政治家だ。11年前に飛行機事故に疑問、という記事がスウェーデンの有力紙に掲載されて読んだことを思い出した。このコラムでも書いたが、この話は別な機会に譲ろう。
さて、ウプサラ大学図書館は蔵書520万冊、電子ジャーナル購読12,000を誇る大学図書館(A科人文科、B科社会科、C科リンネ科の3科それと別に文化保存科がある)で本館にあるカロリナ図書館で北欧最後の研修をした。
図書館スタッフによる約30分間のプレゼン、レクチャー→リンネの部屋でfika(スウェーデン式コーヒーブレイク)→歴史の重味に耐えた羊皮紙の書籍が天井高く幾層にも積み上げられた貴重書室、近寄って背文字を読めばラテン語をはじめ外国語の文字。見事という他ない。貴重な体験→特別コレクション室(シルバーバイブルといわれている6世紀ごろのゲルマン語祖語であるゴード語で書かれた聖書。Condex Argenteus 銀泥聖書。銀装丁の美本。海図、ツュンベリーの『日本誌』、江戸時代の浮世絵師勝間龍水の魚絵図、杉田玄白の『解体新書』、シーボルトのものなど日本関係特別展示品閲覧→驚嘆の“デジタル工房室”へ。この項続く。

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【写真: Condex Argenteus 銀泥聖書の複製】


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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 28 大学町ウプサラ

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【写真: ウプサラ大聖堂遠景 撮影=H先生。先生に特別頼んで送ってもらったもの。筆者はウプサラで時間なく撮影する暇がなかった。うっかりである。しかし、とても良い写真を送ってもらったことに感謝したい】

ストックホルムから北へバスで約1時間弱(距離にして約70km)、ストックホルム市街からトンネルを抜けて少し走ると左側にサイエンス パークなる地区(Kista)、高速道路沿いには日産やトヨタの看板も見えたカーショップ、スーパーマーケットやガソリンスタンドの郊外店さらに進むと農家風の屋根が現れ、平坦な耕地にあって彩りを見せた。バスの窓からすぐ近くに見えた木々は少し青さに欠けた感じだ。夏が終わりかけ秋の始まりを告げる季節だが、日本とは四季の移り変わりが幾分違うような窓外の景色だ。送電線も見えた。そうそう、あのトーマス・トランストロンメル氏の短い詩を思い浮かべた(下記の和訳は毎日新聞2011年11月14日夕刊の記事からの引用)。

送電線
厳寒の王国の上にのび
あらゆる調べの
北にあり

やがて小高い丘や耕地を抜けると前方に高い教会が見えてきた。ウプサラ大聖堂である。高速道路を降りてウプサラ市街に入り、ウプサラ駅で迂回のため少し停車、その間現地ガイドさんがウプサラ観光案内のパンフレットを駅まで取りに行ってくれた。ウプサラの最初の印象は、緑の木々の中に黄色がかったベージュ色の建物の壁が目立つ落ち着いた大学町といったところか。ストックホルムみたいに大都会のざわめきはなく、むしろこぢんまりとした古さを残すもまた新しさもある、清潔感にあふれた町のようだ。
そして、ウプサラ大学図書館の前でバスを降り午後1時まで自由時間となった。筆者は事前にアポを取っていたH先生と会うことができた。彼は共同研究で約1ヶ月間ウプサラ大学経済史学部で金融史を研究中(一つけ加えるとH先生曰く、ここの大学は経済史の学部があることだと言っていた。確かに)こういうことはレアケースだと思うのだが、遠い極東アジアの日本から来た者としては何か感慨深いものがある。昼食をウプサラ大学から歩いて7、8分の町中のイタリア レストラン『RIFIFI』で取った。パスタを食べながら会話はお土産に持参した消えるボールペン(FRIXION BALL)のセット、筆者の企画、今回の図書館研修や彼のこちらでの研究生活のことなどで盛り上がり、1時間があっという間に過ぎた。彼は消えるボールペンのことは知らなかったみたいで校正などで役に立つと喜んでくれた。こちらに来て図書館から借りた本はたった一冊であとはダウンロードして研究していると。これには筆者も驚きを隠せなかった。ウプサラ大学ではデジタル化がここまで進んでいるのかと半ば感嘆し半ば懸念も―。

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【写真: ウプサラ大聖堂と近辺の街並み 撮影=H先生】

→ウプサラ博物館案内図を見るはこちら(バスの中で配布されたもの)「UPPSALAS MUSEER.pdf」

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 27 ガムラスタンの路地など

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写真左上から右へ。⑧⑨を除いて①~⑫は路地。⑩が一番狭い路地といわれている。

⑧『Apoteket Korpen(Korpenは渡り鴉の意)コルペン薬局』のプレート
ここにはこの店の来歴が書かれている。それによると、ルーツは1600年代のセーデルマルムで1674年に創業したとある。創業3年後にはガムラスタンに移っている。1721年、大広場16番地に移って約200年、その後現在の大聖堂の短い急坂ヴェステル ロングガータンの角に移って営業している。
その左下には多数の所有者そして名前が。また、右下にはこんな文言も。老舗の薬局はその目的、飾り付けに揺らいでいる、と。このプレートの右下最後の欄には全スウェーデン薬局とクレジットが入っている。

⑨幸せを運ぶといわれる「ダーラヘストDalahäst ダーラナホース Dalarna horseダーラナ地方の木彫りの木馬、伝統工芸品(置物)」

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンラド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 26 ガムラスタンとその周辺の街歩き 続々

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地下鉄ガムラスタン駅Gamla stanを出てとりあえずメインストリートを目指した。午後7時頃ガムラスタンに灯りがともった。夕暮れのガムラスタンは12、3世紀からの石造建築物が残っていて狭い路地とともに映えること、映えること、誰かが書いていたが美しすぎる景観だ。西洋と東洋の違いは当然あるが、京都の木屋町や祇園の街並みを思い描けば夕暮れの美しさが分かるというものだ。片方は石造り、もう片方は木造りの大きな違いはあるものの、その根っこは歴史が織り成す人間の営みの遺産だろう。いな、過去、現在、未来と受け継がれるべく人類の所産、それが美しすぎる街並みを形成したと見るべきだろう。この路地の佇まいと石畳の強靭さには驚嘆する。しかし、所々に見られる石の綻びも歴史がもたらす愛嬌といったものでこれ又いい。中世のハンザ同盟で港湾都市が栄華を極めた頃に思いを馳せるのも、このガムラスタン(旧市街)散策の魅力かも知れない。

「えっ、こちらの通りかも」
相棒がすでに「STOCKHOLM 散策MAP」を見ていてアドバイスをしてくれた。

やがて路地を何本も通り抜け、メインストリートに到着。土産物店、古本屋、陶器店、ブティック、カフェ、レストランなどが立ち並ぶあたりだ。やはり夕暮れ時は人が多い。特に目立ったのは中南米からの家族連れの観光客が多く見受けられたことだ。ドイツ教会をパチリと写真に収めて近くのレストランで相棒とディナー。オープンテラスでの食事は格別で、生ビール(日本のビールとほとんど変わりはない。強いていえば苦味が少し足りないくらい)とパスタ(まあまあの遜色ない味。店員は外国人だったが)を食した。通りに面しているので観光客がひっきりなしだ。一息ついたので街並み再開。ドイツ教会を右手に上り坂を北の方へ、大広場やノーベル博物館、大聖堂、王宮の方へと歩いた。王宮(今は王室関係者は郊外に住んでいて執務があるときだけここに来ているらしい)では衛兵と“面会”、しかめっ面の若い衛兵にスウェーデン語でほんの少し冗談を言ってみた。

「Alltid leenedeいつも微笑んで」

少し笑ったように感じた。夕闇が迫っていたので鉄兜の下の顔が薄暗く表情が分かりにくかったことも手伝ってか“感じ”たと曖昧な表現にならざるを得なかった。別な門にいたもう一人の衛兵にも話かけてみたがこちらは無表情のままだった。そうこうしているうちに相棒が闇に消えた風で少し捜したが、すでに先方はるかStrömbron橋の方へ歩いていた。遊覧船乗り場から見る夜景はこれ又絵になる、美しすぎる光景である。王立公園を左手にトラムとすれ違いになりながら横断歩道を渡りグランドホテルの脇を通り、王立劇場や舞台芸術博物館に辿り着いた。夕暮れ→夕闇→夜景と北欧の長い夜を堪能したのだ。

夏歩き
王宮の窓に
月明かり

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【写真上から: 夕暮れの王宮 船着き場からの夜景 レストランの生ビール】

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