映画・テレビ

2019/05/28

超人の映画鑑賞 ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス 3

改めてこの映画から図書館の役割や奉仕(サービス)とは何かというごく当たり前の問いを突きつけられた思いだ。〈知〉の集積場所である図書館は、その本来の姿から進化し続け、高度な調査能力を持つ―現に映画では移民のルーツを訊ねてきた女性に懇切丁寧に応対している光景を映し出していた―ライブラリアン、地図コレクションや貴重書(グーテンベルグの聖書や作家カポーティの草稿ほか多数)の所蔵、映画のシーンでもお馴染みの大閲覧室(3階、ローズ・メイン・リーディング・ルーム)、オーディオ関係の貸出はもちろんのこと、作家らのトークショー、学習プログラム、音楽やダンス教室の開催そして今やネット接続用のツールまで貸出されている(インターネットのサポートには目を見張るものがある)。言わば、カルチャーセンターやコミュニティセンターとしての役割も担っているのだ。サラダボールのニューヨークの人口800万人のうち11%に相当する90万人が貧困層といわれているが、そういう人たちにも利用できるよういろいろと工夫されている。身分証があれば原則無料だ。また、それぞれの地域に根差した地域館ともいうべき分館の役割はそれを物語っていて、カメラも捉えて離さない。ブロンクスの就職フェア、チャイナタウンでのパソコン指導、黒人文化研究図書館の作家を招聘してのトークショー、舞台芸術図書館でのピアノ演奏、点字・録音本図書館の勇気ある試みなどカメラは執拗に本質を抉るように追う。筆者は特に作家らのトークショーや黒人文化研究図書館それに職員幹部たちの会議のシーンが印象に残った。シビアな論戦のシーンも。この図書館を利用して作家や芸術家になった人たちもいるのも頷ける。知的好奇心を求める人たちには大いに解放されているのだ。1980年代後半にここを訪ねた際に分館も2、3訪ねている。それは寒いニューヨーク歩きに一休みできる安全な場所としてだったか、或いはある明治期に発行された新聞をあてもなく探していた時期だったか、今となっては定かではない。が、その新聞のありかをニューヨーク公共図書館で再チャレンジして探してみようと考えている。デジタル化が進んだ今、発見できるかも。それはともかくあっという間の3時間、迫力があったしニューヨーク公共図書館の内部を垣間観れて大変興味深かった。昨夏北欧の公共図書館・大学図書館を訪ねた筆者なりの“リアルな図書館”の旅に新たな映画芸術の所産が加わった格好だ。何よりもここには生き生きとした人間が描かれている。リアリズム映画の極致と言ってもいい。平等と民主主義そして人間参加・讃歌――。

※辞書を引くと、エクス・リブリスEx librisは 蔵書からという意味のラテン語。英語はbookplateというらしい。日本では蔵書印。

 

2019/05/27

超人の映画鑑賞 ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス 2

映画は図書館の科学者とのトークから始まる。やがてこれが民主主義だと言わんばかりの職員たちの熱い議論の場面が展開される。カメラは図書館の内部奧深く潜入していくが、基本はこの職員たちの熱い議論が全編を貫いている。公共図書館といっても中身は私立図書館でニューヨーク市の財政支援と残りは寄付で賄われているのが現状である。そこには財源確保に四苦八苦する図書館側の事情が見え隠れする。何にもまして企画立案がものをいうし、実現に向けて多種多様なプロジェクトを立ち上げ、分館や専門図書館を含めた巨大な図書館の運営が行政側にまた、寄付者側に対しても現実的に応えられているか、絶えず検証し続け結果を示している。でないと予算が削減され図書館運営に支障をきたすからだ。ニューヨーク公共図書館は、恐らく全ての点で世界中のライブラリアンが羨む、否憧れる筆頭図書館なのだ。

それでは3時間余の上映の中身をパンフレットで追ってみよう。午後の本 Books at Noon)~リチャード・ドーキンス博士   司書たちの対応   民間支援者に語りかけるマーク館長  ジェローム・パーティー分館   著者と語る~イスラム教と奴隷性   舞台芸術図書館~ブルーノ・パーティーワルター講堂のピアノコンサート   ブロンクス分館の就職フェア   幹部たちの会議   ピクチャー・コレクション   ニューヨークのユダヤ2世について著者のトーク   (公共図書館ライブ)~エルヴィス・コステロ   幹部たちの会議   (午後の本 Books at Noon)~ユーセフ・コマンヤーカ   中国系住民のためのパソコン講座   点字・録音本図書館   ミッドマンハッタン分館   ブロンクス分館の演奏会   黒人文化研究図書館~“ブラック・イマジネーション”展   舞台芸術図書館~マイルズ・ホッジス   幹部たちの会議   読書会   幹部たちの会議   舞台芸術図書館~劇場の手話通訳者   図書館の内側   パークチェスター分館   ジョージ・ブルース分館   シニアダンス教室   ウェストチェスター・スクエア分館   黒人文化研究図書館~90周年の祝賀会   読み聞かせ教室~マクドナルドおじさんの歌   ハーグ・コレクション   幹部たちの会議   印刷コレクション  各分館スタッフとのミーティング   点字・録音本図書館   ジェファーソン・マーケット分館   (公共図書館ライブ)~パティ・スミス   施設担当の報告  幹部たちの会議   図書館ディナーの準備    委員会への報告~黒人文化研究図書館の蔵書について   幹部たちの記念撮影   (公共図書館ライブ)~タナハシ・コーツ   幹部たちの会議   マコーズ・ブリッジ分館   (公共図書館ライブ)~エドムンド・デ・ワール   以上が上映内容である。

 

2019/05/24

超人の映画鑑賞 ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス

_20190525_110215_20190525_110801_1 

世界的に有名なニューヨーク公共図書館 NewYork Public Library。三越ではないが二つのライオン像(ライオン像には母体となったAstorアスター図書館とLenoxレノックス図書館に因んだ名称がありまた、恐慌時代に名付けられたpatience忍耐とfortitude不屈の精神の愛称もある)が出迎えてくれる、あのニューヨークは5番街42丁目にある威厳のある図書館。その名前の経緯は何度も訪ねたり調べたりして筆者なりに分かっていたつもりでいたが、今回ドキュメンタリー映画を観てその名前をしかと認識した次第。氷解したのだ。名称はpublicだが中身はprivateなのだ。それは鉄鋼などで財をなしたカーネギ―たちが私財を投じてできた世界屈指の私立図書館だからである。カーネギーは教育、文化や福祉にも力を入れた慈善家としても有名だ(これに匹敵する人が日本では倉敷の実業家・慈善家大原孫三郎か)。筆者が最初に訪ねたのは1980年代後半だ。プライベート旅行だったが、当時勤めていた会社の商品を閲覧室のコンピューターを使って検索、その会社の商品の何点かが出てきて興奮したことを昨日ように鮮やかに覚えている。また、マップコレクション室や2階(?)にあるチャールズ・ディケンズの展示品等を観て回った。そのあとニューヨーク旅行では時々訪ねている。ニューヨーク公共図書館の建物のまわりには様々な人間模様が見て取れて、これまた興味深い。2013年春5月にはとうとう仕事でお邪魔して館内を案内されたりもした。映画のシーンでお馴染みの大閲覧室も。その時は日本関係の担当者が休暇中でイタリア旅行中、代わりにウェブデザイン担当の女性が応対してくれた。こちらはお近づきの印として日本から箸や和紙などを持参してプレゼントした。日本のラーメンがブームらしく(ここ2、3年でラーメンも更に進化したらしくニューヨークのあちこちに店舗ができているらしい)、話題は豚骨ラーメンの『一風堂』の話で盛り上がった。ラーメンにありつけるまで2時間待ちでtoo crazyと。一緒にお付き合い頂いた某書店ニューヨーク店のキューバ人を伴侶にした千葉県出身の女性スタッフと素晴らしい環境の事務室でしばし会話を楽しんだのだ。それも今となっては懐かしい思い出だ。

さて、『ニューヨーク公共図書館』は、NYPLの略で親しまれている、分館や研究図書館を含めて92館、予算規模340億(日本の公共図書館の数は3292館、経常予算1427億円―日本の図書館総計2018より)、蔵書5295万冊、職員3100人余、年間来館者数1700万人、貸出数346万人(ウィキペディア)の巨大かつ民主的な図書館だ。そこにカメラが入った。ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン監督の『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』である。午後6時15分開始、午後9時50分に終了の3時間30分の上映(途中5分の休憩)だった。

2018/06/11

超人の映画鑑賞 マルクス・エンゲルス(原題: THE YOUNG KARL MARX)

20180611194613_00001

日本でも20年以上前からか中間層が氷解し、新たに格差や貧困が社会問題化してきた。そして、最近ではアメリカや中国でも再びマルクスが注目されているという。そんな中、神保町にある岩波ホールで〈岩波ホール創設50周年記念・カール・マルクス生誕200年記念作品〉ラウル・ペック監督作品『マルクス・エンゲルス』(原題: THE YOUNG KARL MARX)を観た。若きマルクスに焦点をあてたフランス・ドイツ・ベルギーの合作映画。
時は1840年代のヨーロッパ。産業革命が生んだ社会のひずみが格差をもたらして、貧困の嵐が吹き荒れ、人々は人間の尊厳を奪われて、不当な労働を強いられていた。20代半ばのカール・マルクスは、搾取と不平等な世界に対抗すべく独自に政治批判を展開するが、それによってドイツを追われ、フランスへと辿りつく。彼はパリでフリードリヒ・エンゲルスと運命の再会を果たす。『共産党宣言』(この有名な本は、「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」で始まる)の執筆に至るまでの日々を描く(この映画のチラシから)。マルクスとエンゲルスの共働の理論形成の様子や苦悩それに友情、それらに劣らず支えあう夫人たちの姿も観る者に感動を与える。筆者は昨夜の睡眠不足と仕事帰りのせいか少し居眠りしてしまった。気を取り直して観ているうちに、映画の最後のクレジットのシーンでボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」の曲が流れたのにはプチサプライズ。この映画の現在性を強く感じた。
2017年/フランス・ドイツ・ベルギー合作/仏語・独語・英語上映時間118分。

追記 最新のマルクス関連記事二つを読むはこちら→「ひもとく カール・マルクス(朝日新聞)/マルクスと『心』の吟味(毎日新聞)」

追記2 南米のマルクス主義者といえばチェ・ゲバラがチョー有名だ。その チェ・ゲバラについては過去何度かテレビのドキュメンタリー番組で観ているが、先週の金曜日にもETVで放送していた。詳細はこちら→https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/4471/1418010/index.html


2018/03/04

超人の映画鑑賞 ゴーギャン タヒチ、楽園への旅

_20180304_100452_2 _20180304_100900_2

ポール・ゴーギャン生誕170周年記念フランス映画。タヒチを舞台に繰り広げられる画家と現地の野性味溢れる少女との愛と苦悩を描いた作品。性の倫理を問う作品。2月中旬、渋谷のルシネマで鑑賞。全体的には物静かでフランス的といえる内面を抉った映画だ。最後のナレーションが印象的。“ゴーギャンはその後タヒチで出会った少女とは二度と会わなかった”要は寝取られたのだ。些か哀しさが残った感じ。しかし、ゴーギャンには妻や子どももいた━。ゴッホとの関係もそうだが、自分の身の置きどころに懊脳した画家だったか。

2017/02/27

超人の映画鑑賞 エゴン・シーレー死と乙女

Img089_2 Img090_5

横浜市営地下鉄「阪東橋」近くの映画館「ジャック & べティ」で「エゴン・シーレー死と乙女」を観た。
クリムトとともに世紀末ウィーンの象徴派・表現主義の寵児だったエロスと美の探究者、画家エゴン・シーレの自伝的映画。ディーター・ベルナー監督。2016年オーストリア・ルクセンブルグ共同作品。アルバトロス・フィルム配給。独題: EGON SCHIELE―TOD UND MÄDCHEN 英題: EGON SCHIELE―DEATH AND MAIDEN。天才画家エゴン・シーレは構図や色遣いなど独自な裸体画の名画を多数産み出したが、その短い絵画人生(28才で夭折)は、女とスキャンダルとエゴイズムの欲望が渦巻く世界だった。
映画は病床にある兄夫婦(シーレ夫婦)を妹が見舞うシーンから始まる。妹は子どものいる既婚者。身籠っていた義姉はすでに死亡、兄もスペイン風邪に罹り瀕死の状態。映画はここで切り替わり第一次大戦前の世紀末ウィーンに“フラッシュバック”、ウィーン工芸学校を辞めたシーレの貧弱なアトリエを映し出す。そこでは兄が妹をモデルにして裸体画を描いている。兄妹愛的な兄と妹の関係は普通ではないようにみえる。が、兄は現状に満足することなく、踊り子や年端のいかない少女をゲットしてはモデルに使い、度々男女間のトラブルを引き起こす。敬愛するもそんな兄に嫌気がさして妹は兄の画家仲間と結婚してしまうー。映画は兄シーレの最後を看取る家族、特に妹の献身的なしぐさを捉えて離さないが、兄の偏執狂的な女性履歴も追っていく。クリムト(アール・ヌーボー、ウィーン分離派の画家)に紹介されシーレのモデルにもなり同棲までする、生涯のパートナーと思しき女性(ヴァリ: レリエ・ペヒナー)ーその彼女が大戦後に病没と知らされたシーレは自分の展覧会の作品リストの題名を急遽「死と乙女」に替えるがそれがこの映画のタイトルにもなっているーがいるも別の良家の女性(エディット: マリー・ユンク)との結婚に踏み切ってしまう付和雷同振り・・・。男女間の縺れ合いはこの画家が女性にモテたという証左かもしれないが、あまりにもだらしな過ぎる。一度ゲットしてしまえば飽きて次に移る男性の性なのか。それとも自分の芸術を極めるにはどうしても女性が必要だと言わんばかり― ? 結婚、第一次大戦従軍、展覧会での成功、次第にシーレの絵画は売れていく。やがて映画はクライマックスに。妹が病に倒れた兄の病気を治そうと母にねだった宝石と交換に劇薬キニーネをやっとのことで手に入れるも時すでに遅し。兄はベットで病死する。映画はここで終わる。

Egon_schiele_012_4 1370132598715_4

写真左: エゴン・シーレの作品『死と乙女』(1915年) ウィキペディアより
写真右: グスターブ・クリムトの作品『希望Ⅱ』('1907年) MoMAで筆者が撮影したもの

2017/02/22

超人の映画鑑賞 遠藤周作原作 マーティン・スコッセッシ監督『沈黙』 余滴

映画『沈黙』で好演した俳優のイッセー尾形が「週刊現代」最新号(2017年3月4日)のモノクログラビアに登場し、映画『沈黙』の舞台裏や台湾ロケなどについて語っている。小籠包の有名な『鼎泰豊ディンタイフォン』に食べに行った話やマーチン・スコッセッシ監督は馴れ合いはしない人とかいろいろと開陳していてオモシロイ。映画の内容にも触れているので引用してみたい。

「今回は、セリフが英語だからこそ、冒険できたところがあるんです。中略。英語はニュアンスがわからないから、こう言ってみようかと、無限の挑戦ができた」

「信仰とは宗教に限らず、自分が信じているもの、大切にしているもののことだと思うんです。そして踏み絵を差し出されたとき、つまり試されたときに、信じるものを貫くか、自分を売り飛ばすか。キチジロー(窪塚洋介)のように、踏んでもまた戻ってくるという選択肢もあるんですね。世の中、とかく二項対立で語られがちですが、僕は、この“第三の選択肢”がとても現代的だと思うし、一番ほっとするんです」

「清濁の両面を持つ人間の可能性って、やっぱり大きいんですよ。僕はそういう人間が好きだし、演じたいですね」

2017/02/13

超人の映画鑑賞 遠藤周作原作 マーティン・スコッセッシ監督「沈黙」

1486895528520.jpg

遠藤周作原作・マーティン・スコッセッシ監督の「沈黙サイレンス」を観た。2016年アメリカで制作されKADOKAWAが配給。戦後文学の傑作の一つといわれている作品の映画化。日本の監督の作品にもあるが(昭和46年の篠田正浩監督の『沈黙』、恩師フェレイラ役は丹波哲郎)マーティン・スコッセッシ監督が原作に感銘して制作したアメリカ映画だ。
江戸時代初期、幕府の「禁教令」発令後のキリシタン迫害をポルトガル人の宣教師を通じて描いた作品。当時の隠れキリシタンがおかれた悲惨な状況を弾圧する強者側(権力側・奉行所)と弾圧される弱者側(キリスタン信徒・カトリック系)の両面から鋭く抉り出している。恩師フェレイラの棄教の真相を探るため、マカオで知り合ったキチジロー(窪塚洋介)の案内で日本に潜入したポルトガル人―ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とガルぺ(アダム・ドライヴァー)の2人、その後ガルペは弾圧され酷い仕打ちを受けて死亡―は、結局、恩師もそうであったように葛藤の末強者側の言い分を聞き入れざるを得ず、キリスト教を邪教とみなし棄教(転び=転宗)して日本名に改名、妻をもらい日本で暮らして亡くなる。長崎を舞台に隠れキリシタンの苦悩の問題を扱ったこの映画は、神は苦悩する人間に現れずなぜ沈黙するのか、信仰と愛の問題など根源的な問いを私たちに突きつける。しかし、筆者など冠婚葬祭や盆暮それにクリスマスのときぐらいにしか宗教を意識しない、世俗的でゆるい日本教信奉者にとっては、正直言ってついていけないところも・・・。
さて、演技面では特に奉行役のイッセイ尾形の演技になぜか共感。全体的に暗く笑いが少ない中にあってイッセイ尾形の名演技の悪代官の表情におかしみを感じたのだ。また、通辞(浅野忠信)の存在のある演技など全体的に日本人の役者が活躍していた。内面の蠢きと大自然の静寂、度々登場する「踏み絵」から「拷問」に至るリアリティーある酷いシーン、その上信仰と向き合うシーンなどセリフも長かった。途中眠気も。映画終了時にまわりを見渡したけれど、観客は少なかった。日本公開して3週間も経ってはいるがもう少し観客が入っていても良さそうな気がしたー。
筆者は 遠藤周作原作『沈黙』の文庫本を読もうとずっとテーブルに置いていたが、何ヵ月前に片付けてからその文庫本がどこへ行ったか分からずにいる。あとがきだけは読んだはずだが覚えていない。

“沈黙”といえば、イングマール・ベルイマン監督の『沈黙』が有名。こちらは大分古く1964年日本公開のスウェーデン映画。今ではyou tubeでも観られる。内面の苦悩や葛藤劇は、父親が牧師とあって掘り下げ方が尋常ではない。大小道具の使い方も巧み。但し、こちらはキリスト教でもプロテスタント系。字幕はアラビア語!これには参った。

追記 遠藤周作の『沈黙』の文庫本を買い直した。あとがきも読んだ。まだ手に入れたばかりだが、奥付を見ると2017年1月31日発行で何と63刷、驚いたことに、はしがきと本文は活字のポイントが違っていた。しかも、解説文まで活字が大きくなっていたから面白い。この方が読みやすいことは確かだ。ただ構成的にはどうかー。(2017.2.14 記)


2017/02/12

超人の面白テレビ観賞 その名は、ギリヤーク尼崎 職業 大道芸人

NHKEテレのドキュメンタリー番組「その名は、ギリヤーク尼崎 職業 大道芸人」を観た。役者根性がここまですわった人も珍しい。御年87歳、身体の不自由さにもめげず、路上で踊ったままで死ねれば役者冥利に尽きると老体をうって励む、その日常を密着取材した番組。身の回りの世話をする元タクシードライバーの弟さんの献身的な努力にも感心するが、それにもまして兄のギリヤーク尼崎の役者ばかを懸命に貫き通す芸人魂に感動した。圧巻は去年10月10日の新宿路上でのパフォーマンス「念仏じょんがら」だ。200人位の観客の前で弟子に支えられながら見事に踊り切った。それは非日常へ誘う奇抜な衣装で踊り狂う魂の舞踊そのもの、独創性に溢れていた。私はロマンチストで夢を売る商売をしていると都営アパートの自宅で語るギリヤーク尼崎。年老いて身体の自由を奪われても役者稼業を続けているのだ。その根性にアッパレ!

ギリヤーク尼崎の舞踏を見るはこちら→
https://youtu.be/p1eg24HYY34

2016/09/25

超人の面白テレビ観賞 ETV特集「武器ではなく命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン~」 3

中村は800人収容の巨大モスク(授業料無料の小学校を併設)も建てた。日本から6000キロ離れた中近東の山岳地帯のアフガンで活躍する、一人の勇気ある日本人医師中村哲の仕事に賛辞を贈りたい。本当に役立つこととはこういうことなのだ。映像は褐色の砂漠から緑の沃野に変わった風景を写し出す。用水路ができたことで治安が良くなり、平和な暮らしが戻って来たと地元の人々の喜ぶ表情も映し出す。今や用水路は9ヵ所、アフガン東部3郡に跨がり、田畑面積16000ha、60万人を潤す規模に。今後国連とJICAとの連携も視野に入れて事業を更に進めるという。中村は言う。「これは平和運動ではない、医療の延長なのだ。・・・戦いをしている暇はない・・・。争いことがなくなり、平和になったが、これは結果であって平和が目的ではない・・・」
緑野した広大な光景と現地の人々に感謝され祝福されている中村の表情が筆者の瞼に焼き付いた。15年の歳月を追った取材も見事である。

このあとユーチューブで8月26日記者クラブでの中村哲医師の講演を視聴した。アフガンの医療・診療所つくり、農業用水路建設活動費は、ぺシャワールの会の会員12000人の寄付3億円によって成り立っていると。1984年NPOの派遣でパキスタンのハンセン病など感染症治療を皮切りに医療活動を開始し、その後アフガンにわたって灌漑用水路建設にも従事して32年、日本人にはあまり馴染みのないイスラム圏山岳地域の、民族(多民族)、宗教(イスラム教)、政治(部族中心の緩やかなシステム)、経済、文化の違うアフガンで様々な活動を続けている。その原動力は“武器ではなく命の水”を広めていこうとする強いパッションである。彼は誰か僧侶の言葉だと断った上で、「一隅を照らす」という言葉を発した。自分のやってきたことの意味をこの言葉に託したのだ。小柄でやや細いが優しい目、濃い眉毛、髭を生やしハンチング帽子を被った、白髪の69歳の人懐っこそうな九州人は、流暢なアラビア語と英語を話す含羞の人であり、また、信念の人でもある。彼の功績は数々の賞が物語っている。こういう人にこそノーベル賞を差し上げてほしいものだ。

より以前の記事一覧

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31