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2019/04/30

クロカル超人が行く 233 紀伊国屋サザンシアターで劇団民藝の芝居「新正午浅草―荷風小伝」を鑑賞 続


  水谷貞雄が演じる荷風の口癖、「~だもの」(終助詞、主に女ことば)が芝居が跳ねた後も印象的で筆者の耳に残っている。裕福な家庭に育ちながらも窮屈なエリート官僚の家庭から逃れ、自由な文学の世界に身を投じて明治、大正、昭和の時代を生き延びた荷風、明治の文豪森鷗外を尊敬し昭和の文豪谷崎潤一郎を見い出した作家で、『あめりか物語』、『ふらんす物語』、『濹東綺譚』などの傑作を生み、その独特な耽美な世界を描く一方で、反骨精神を貫いた類いまれな小説家の面も。更にもう一つ、42年間書き綴った記録文学の傑作「断腸亭日乗」がある。昨年の2月に市川市文学ミュージアム「企画展―永井荷風の見つめた女性たち」(その荷風に関する企画展鑑賞のブログを読むはこちら①~⑤http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/cat2679852/index.html )を観たが、狭い空間には荷風に関する資料が、特に荷風の“側近女性”を中心に所狭しと展示されていた。その日記「断腸亭日乗」から拾って晩年の荷風を芝居にしたのが今回の「新正午浅草―荷風小伝」だ。

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【写真 : 会場受付で配布されていたPR誌「民藝の仲間」】

劇団民藝による2幕もの、全15場面、2時間半(18時30分~21時)、登場者男優・女優併せて16名、観劇料4,200円(昼の部は6300円)。市川市八幡の荷風の自宅書斎で七輪を持ち込んで昼飯用に“野菜入りの釜飯”を用意している場面から芝居が始まる。かつお節を欲しがっている猫と一緒の生活。カメラマンや近所のお手伝いさん(お手伝いさんにはかつお節買いを頼んでいる。そのお手伝いさん役は主役の男優水谷貞雄の奥方の女優田畑ゆり)が登場後、愛妾のお歌が久しぶりに訪ねてくる。しばし思い出話に花を咲かせたり身の回りを気遣ったりした後、荷風が書き綴っている日記に移る。そして、日記から場面は玉の井の娼婦お雪の家へふらっと訪ねる荷風の姿へ、そしてお雪との会話。荷風の自宅の場面へ戻り日記に触れ、今度は父親がいる明治の頃の永井家へ。そこでは厳格な父親が息子の放蕩ぶりを叱り、また、荷風が素人の女に手を出して手切れ金を要求されて懲りた父親が、素人女には絶対に手を出すなと諭し、遊ぶならプロの女と遊べと命じる、そして、将来を考えて海外へ留学させる。荷風は承諾する。場面はまた、荷風の自宅、お歌との会話へ戻り、さらに、お雪のいる2階の場面へ。蚊に刺させながらもなかむつましい2人は窓辺で月夜を楽しんでいる、寂寥感を漂わす老作家が可愛がるプロの女と月見をしながらの会話がいい、名場面の一つだ。荷風は月が好きだったようだ。さらに自宅の場面では押しかけるカメラマンとのユーモラスな会話などが展開される。銀座のカフェでの場面では新聞記者に囲まれた文芸春秋社の菊池寛の原稿依頼の申し出が記者から出されても断る、同業者や新聞記者を嫌う荷風の面目躍如といった場面で彼らを退けて友人と話している。芸術院会員候補の話や戦争反対の話、そこには反骨精神を貫く荷風の姿が。昭和25年頃の浅草のロック座では踊り子との会話が楽しく楽屋通いをする。作家井上ひさしはロック座で仕事をしていた頃ロック座通いの荷風と会っていて、彼の歯が黒かったことをユーモラスに書いている。第2幕の最後の場面は、昭和34年市川市八幡の自宅。そこで倒れてこの芝居は終わる。明治人がこよなく女を愛し自由奔放な生き方を貫き通した末の孤独死。ものの本には胃潰瘍の吐血による心臓発作とある。享年79歳だった。書き忘れたが、荷風の自宅の場面で荷風がトイレに行っている間にお歌がボストンバックの中の預金通帳を盗み見て、金額の多さに(当時のお金で2000万円以上)唖然とする場面やお歌が借金を申し入れしても断り、ケチっと言わせる荷風の金銭感覚にはしっかりした一面を見せつけられも、何かユーモアも感じてしまう。全体的には老老コンビの一人吉永仁郎の荷風のエキスを散らばめたユーモアの芝居が光っていたわけだが、彼は荷風全集の断腸亭日乗一冊、400~500頁全7巻を読んでこの芝居に臨んだ。それくらいしないといいものが出来上がらないと言いたげだ。そのことは、小冊子民藝の仲間409号、『新正午浅草―荷風小伝』の冒頭エッセイ「荷風のこと」を読めば一目瞭然だ。短いエッセイだが無駄のないきりっとしたすばらしい文章である。男優水谷貞雄の口調の「だもの」とよたよた歩く姿は印象的だ。また、軽妙洒脱な会話――。色気たっぷりのお雪役は女優飯野 遠、はまり役のばあさん役田畑ゆり、笑いを誘いだすお歌役に白石珠江、慌ただしく動き回るカメラマン(カメラに収められたかどうかは知らないが、居眠りしていて全財産が入ったボストンバックを電車に忘れたことも有名な話)役はみやざこ夏穂、権威主義的な荷風の父親永井久一郎役には伊藤孝雄、渋い友人役は松田史朗と時代を感じさせる壮士風の男役、梶尾稔、太鼓持ちの新聞記者たちと威厳の菊池寛、ちょい役の女給等々、それぞれの役に徹していて動きの俊敏さはもちろんのこと、セリフの長さを感じさせないメリハリの利いた演技力が目立っていた。筆者は最前列に座らせて頂いて、大道具、小道具はもちろんのこと、役者の動きもきちっと捉えることができて心地良かった。過去と現在を行ったり来たりする場面展開だが芝居の醍醐味を充分に味わった。あっという間の2時間半だった。たまに観る芝居もいい。蛇足だが、タイトルに「新」がついているのは、かつて俳優山田吾一(NHKのテレビドラマ『事件記者』に出演して一躍有名になった俳優)の一人芝居をこの劇作家作・演出で池袋の小劇場で上演したことに由来する。そのことは前述した劇作家の「荷風のこと」に書かれている。荷風は明治人のエロ爺だったが、評論家川本三郎が書いていたようにやはり女にミューズを感じていたのだろうか。芝居は荷風ワールドのエキスを妖しい生活空間のシンボライズした形として切り取り、民衆の視線も組み入れてリアリスティックに表現した。それが舞台芸術の真骨頂で観客を魅了するのだ。リアルに面白かった。観客は若い人たちもいたが、やはり年配者特に女性が多かった。

遥か昔、演劇に打ち込んでいた毎日新聞編集局電信課のアルバイト生明大のS君、大分経った今何をしているのかしら。ベケットの『ゴドーを待ちながら』の舞台にかける情熱を聞かされたっけ。芝居といえば思い出す、今。あの頃は新鮮そのもの――。

30年と3ヵ月の平成の時代は今日で終わり、明日から新しい年号の「令和」が始まる。時は淡々と過ぎるのだ。特に感慨はない。いろんな儀式が目白押しだが――。

荷風の日記に倣って、

2019年(平成31年)4月30日、雨。気温15度、肌寒い。3月並みの気温。

世は改元モードにムード。世界広していえど76億の地球人の約76分の1の出来事、日本の歴史は古いが未来が不安。平和、それがすべて。

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