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2019/04/09

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる

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筆者は週末に書評欄の載る新聞を4、5紙買い込んで読んでいるが、同じ出版社の本が一紙で複数取り上げられていることがしばしば散見される。新聞はスペースが限られているのだから、少なくとも同じ出版社の本を複数取り上げるのは、やはり公平性の点からいっても妥当ではないように思われる。優れた本だから紹介したいという気持ちは分かるが、片寄らず一社一冊に限定して新聞社の書評欄担当者は紙面作りの段階で交通整理してほしいものだ。より広くフォローしてほしい。毎日などは評者の字数は他紙よりも多く書評内容の充実度が高いが、その分取り上げる本の数が少ない。朝日は書評欄が縮小気味。読売は企画力で、東京は個性的と各社各様。読む側としても今週の書評ではこれが良いかと実際に印を付けたりするが、何日か晒すと淘汰されていくのもあって実際に買うのはほんのわずかだ。

さて、本題のPR誌よみくらべの話に移ろう。『図書』、『ちくま』それに『一冊の本』の3点は毎月定期講読して何年も経つ。カバンに入れてもかさばらず電車の中で気軽に読めることや企画力を強化するための小雑誌としてパラパラと捲ってはザッピングな読書を楽しんでいる。薄手の雑誌ではあるが、なかなか読み応えがあるのも事実で本のPRを兼ねているとはいえ、号によっては内容の充実度が高くなっているように思えることも。特に連載ものに一味違ったものがあるのだ。今年の1月に惜しまれて亡くなった橋本治氏の時事エッセイは、最初『一冊の本』で連載されていたが、なぜか途中から『ちくま』に移って巻頭エッセイを飾っていた。ここはかつてはなだいなだが死の直前まで書いていたことでも有名なコラムだ。橋本治にせよ、なだいなだにせよ、やや辛口ひねくれの戯言的な社会批評は“一服の読む薬”としての役割を果たしていた。

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