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2019/04/30

クロカル超人が行く 233 紀伊国屋サザンシアターで劇団民藝の芝居「新正午浅草―荷風小伝」を鑑賞 続


  水谷貞雄が演じる荷風の口癖、「~だもの」(終助詞、主に女ことば)が芝居が跳ねた後も印象的で筆者の耳に残っている。裕福な家庭に育ちながらも窮屈なエリート官僚の家庭から逃れ、自由な文学の世界に身を投じて明治、大正、昭和の時代を生き延びた荷風、その独特な耽美な世界を描く一方で、反骨精神を貫いた類いまれな小説家だった。明治の文豪森鷗外を尊敬し昭和の文豪谷崎潤一郎を見い出した作家で、『あめりか物語』、『ふらんす物語』、『濹東綺譚』などの傑作を生み、更にもう一つ、42年間書き綴った記録文学の傑作「断腸亭日乗」がある。昨年の2月に市川市文学ミュージアム「企画展―永井荷風の見つめた女性たち」(その荷風に関する企画展鑑賞のブログを読むはこちら①~⑤http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/cat2679852/index.html )を観たが、狭い空間には荷風に関する資料が、特に荷風の“側近女性”を中心に所狭しと展示されていた。その日記「断腸亭日乗」から拾って晩年の荷風を芝居にしたのが今回の「新正午浅草―荷風小伝」だ。

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【写真 : 会場受付で配布されていたPR誌「民藝の仲間」】

劇団民藝による2幕もの、全15場面、2時間半(18時30分~21時)、登場者男優・女優併せて16名、観劇料4,200円(昼の部は6300円)。市川市八幡の荷風の自宅書斎で七輪を持ち込んで昼飯用に“野菜入りの釜飯”を用意している場面から芝居が始まる。かつお節を欲しがっている猫と一緒の生活。カメラマンや近所のお手伝いさん(お手伝いさんにはかつお節買いを頼んでいる。そのお手伝いさん役は主役の男優水谷貞雄の奥方の女優田畑ゆり)が登場後、愛妾のお歌が久しぶりに訪ねてくる。しばし思い出話に花を咲かせたり身の回りを気遣ったりした後、荷風が書き綴っている日記に移る。そして、日記から場面は玉の井の娼婦お雪の家へふらっと訪ねる荷風の姿へ、そしてお雪との会話。荷風の自宅の場面へ戻り日記に触れ、今度は父親がいる明治の頃の永井家へ。そこでは厳格な父親が息子の放蕩ぶりを叱り、また、荷風が素人の女に手を出して手切れ金を要求されて懲りた父親が、素人女には絶対に手を出すなと諭し、遊ぶならプロの女と遊べと命じる、そして、将来を考えて海外へ留学させる。荷風は承諾する。場面はまた、荷風の自宅、お歌との会話へ戻り、さらに、お雪のいる2階の場面へ。蚊に刺させながらもなかむつましい2人は窓辺で月夜を楽しんでいる、寂寥感を漂わす老作家が可愛がるプロの女と月見をしながらの会話がいい、名場面の一つだ。荷風は月が好きだったようだ。さらに自宅の場面では押しかけるカメラマンとのユーモラスな会話などが展開される。銀座のカフェでの場面では新聞記者に囲まれた文芸春秋社の菊池寛の原稿依頼の申し出が記者から出されても断る、同業者や新聞記者を嫌う荷風の面目躍如といった場面で彼らを退けて友人と話している。芸術院会員候補の話や戦争反対の話、そこには反骨精神を貫く荷風の姿が。昭和25年頃の浅草のロック座では踊り子との会話が楽しく楽屋通いをする。作家井上ひさしはロック座で仕事をしていた頃ロック座通いの荷風と会っていて、彼の歯が黒かったことをユーモラスに書いている。第2幕の最後の場面は、昭和34年市川市八幡の自宅。そこで倒れてこの芝居は終わる。明治人がこよなく女を愛し自由奔放な生き方を貫き通した末の孤独死。ものの本には胃潰瘍の吐血による心臓発作とある。享年79歳だった。書き忘れたが、荷風の自宅の場面で荷風がトイレに行っている間にお歌がボストンバックの中の預金通帳を盗み見て、金額の多さに(当時のお金で2000万円以上)唖然とする場面やお歌が借金を申し入れしても断り、ケチっと言わせる荷風の金銭感覚にはしっかりした一面を見せつけられも、何かユーモアも感じてしまう。全体的には老老コンビの一人吉永仁郎の荷風のエキスを散らばめたユーモアの芝居が光っていたわけだが、彼は荷風全集の断腸亭日乗一冊、400~500頁全7巻を読んでこの芝居に臨んだ。それくらいしないといいものが出来上がらないと言いたげだ。そのことは、小冊子民藝の仲間409号、『新正午浅草―荷風小伝』の冒頭エッセイ「荷風のこと」を読めば一目瞭然だ。短いエッセイだが無駄のないきりっとしたすばらしい文章である。男優水谷貞雄の口調の「だもの」とよたよた歩く姿は印象的だ。また、軽妙洒脱な会話――。色気たっぷりのお雪役は女優飯野 遠、はまり役のばあさん役田畑ゆり、笑いを誘いだすお歌役に白石珠江、慌ただしく動き回るカメラマン(カメラに収められたかどうかは知らないが、居眠りしていて全財産が入ったボストンバックを電車に忘れたことも有名な話)役はみやざこ夏穂、権威主義的な荷風の父親永井久一郎役には伊藤孝雄、渋い友人役は松田史朗と時代を感じさせる壮士風の男役、梶尾稔、太鼓持ちの新聞記者たちと威厳の菊池寛、ちょい役の女給等々、それぞれの役に徹していて動きの俊敏さはもちろんのこと、セリフの長さを感じさせないメリハリの利いた演技力が目立っていた。筆者は最前列に座らせて頂いて、大道具、小道具はもちろんのこと、役者の動きもきちっと捉えることができて心地良かった。過去と現在を行ったり来たりする場面展開だが芝居の醍醐味を充分に味わった。あっという間の2時間半だった。たまに観る芝居もいい。蛇足だが、タイトルに「新」がついているのは、かつて俳優山田吾一(NHKのテレビドラマ『事件記者』に出演して一躍有名になった俳優)の一人芝居をこの劇作家作・演出で池袋の小劇場で上演したことに由来する。そのことは前述した劇作家の「荷風のこと」に書かれている。荷風は明治人のエロ爺だったが、評論家川本三郎が書いていたようにやはり女にミューズを感じていたのだろうか。芝居は荷風ワールドのエキスを妖しい生活空間のシンボライズした形として切り取り、民衆の視線も組み入れてリアリスティックに表現した。それが舞台芸術の真骨頂で観客を魅了するのだ。リアルに面白かった。観客は若い人たちもいたが、やはり年配者特に女性が多かった。

遥か昔、演劇に打ち込んでいた毎日新聞編集局電信課のアルバイト生明大のS君、大分経った今何をしているのかしら。ベケットの『ゴドーを待ちながら』の舞台にかける情熱を聞かされたっけ。芝居といえば思い出す、今。あの頃は新鮮そのもの――。

30年と3ヵ月の平成の時代は今日で終わり、明日から新しい年号の「令和」が始まる。時は淡々と過ぎるのだ。特に感慨はない。いろんな儀式が目白押しだが――。

荷風の日記に倣って、

2019年(平成31年)4月30日、雨。気温15度、肌寒い。3月並みの気温。

世は改元モードにムード。世界広していえど76億の地球人の約76分の1の出来事、日本の歴史は古いが未来が不安。平和、それがすべて。

クロカル超人が行く 233 紀伊國屋サザンシアターで劇団民藝の芝居「新正午浅草―荷風小伝」を鑑賞

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【永井荷風生誕140年・没後60年のメモリアルイヤー】

文明批評家・日常観照者・日記文学者・随筆家・作家永井荷風の晩年をユーモラスに描いた劇団民藝の「新正午浅草―荷風小伝」。
永井荷風の晩年をユーモラスに描いた劇団民藝の芝居は、熟成された甘美な果実を味わっているような完成度の高い作品。ともかく89歳の劇作家が脚本を書き演出も手掛け、85歳の俳優が主役の、まさしく大人の演劇のエキスを見せつけられた舞台だ。老・老コンビ(民芸の仲間409号 『新正午浅草―荷風小伝』P.6より)のなせる技、大御所の貫禄である。

作・演出 : 吉永仁郎   演出補 : 中島裕一郎   永井荷風(本名壮吉)  ― 水谷貞雄    若い男(カメラマン)  ― みやざこ夏穂    福田トヨ(近所の女)  ― 田畑ゆり   お歌(荷風の昔の妾) ― 白石珠江   お雪(玉の井の娼婦) ― 飯野 遠   永井久一郎(荷風の父)  ―  伊藤孝雄    老人(荷風の友人)  ― 松田史朗    喫茶店の女給 ―  高木理加 長木 彩   菊池寛 ―  富永倉吾    中年の新聞記者 ― 佐々木研    若い新聞記者 ― 大中耀洋   壮士風の男 ― 梶野  稔   浅草の踊り子(声だけ)  ― 吉田陽子  笹本志穂 金井由妃 増倉佑美         

第 1幕

昭和32年、千葉県市川市八幡の荷風自宅

昭和11年、玉の井の娼家

昭和32年、市川の荷風宅

明治36年、東京市牛込区の永井家          

昭和32年、市川の荷風宅

昭和11年、玉の井の娼家

昭和11年、娼家の2階    

昭和11年、娼家の2階

昭和32年、市川の荷風宅

第2幕

昭和12年、銀座

昭和32年、市川の荷風宅

昭和25年頃、浅草ロック座の楽屋

昭和32年、市川の荷風宅

昭和34年、市川の荷風宅

昭和34年、市川の荷風宅

昭和32年秋の昼頃、市川市八幡の荷風の自宅。独り暮らしの年老いた荷風が書斎に持ち込んだ七輪で野菜入りの“釜飯”をつくっている。そこへかつての愛妾のお歌が久しぶりに訪ねてくる。二人の思い出話は長年書き綴っている荷風の日記へと移り、小説『濹東綺譚』の娼婦お雪の日々がよみがえる・・・。

――小冊子民藝の仲間409号『 新正午浅草―荷風小伝』より一部抜粋。

【写真左上から : チラシ表紙 民芸の仲間409号 『新正午浅草―荷風小伝』の表紙と裏表紙 ◉スタッフ、◉人物、◉とき・ところ、◉ものがたり、の書いてあるページ、稽古場から(いずれも雑誌、民芸の仲間409号 『新正午浅草―荷風小伝』から)】

2019/04/25

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる 9

編集者あとがきの「こぼればなし」は、前号に続きドイツ出版界事情。そのコラムによると、ドイツには出版社が現在1800社、取次企業80社、主要書店3000店があるという。ライフスタイルの変化で読書する時間が持てないことが本を買わない主な理由らしいが、潜在的読者も数多くいることも、ドイツ図書館連盟(BDB)の2016年のアンケート調査でわかったと。本の価格は日本の1.5倍、図書館の年間利用料は20ユーロで(フランクフルトの場合)、延滞料は1週間につき2.5ユーロかかるらしい。図書館の利用が増えれば予算が増えるので読書推進運動は重要な仕事となっている由。翻って日本の出版界、今アマゾンなどのネットショップ大手が弱者に不利な取引をしていないか問題になっているが、ざっくりいって縮んでいる。雑誌や書籍のトータルの売上高がピーク時より半減していることはもちろんのこと、書店の廃業が止まらない。ネットの出現でライフスタイルの変化が大きいといってしまえばそれまでだが、楽しみ方が多様化したことが大きいような気がする。何せ高校の国語の教科書から文学鑑賞が外され契約書の読み方などが導入される国柄だ。筆者なども教科書に載っていた文学作品にはさほど関心がなかった。理由は教科書に載っていたからかも。一見矛盾しているようだが、要は毛嫌いしていたのだ。体裁のところで書き忘れていたことがここに来て判明した。そう、『図書』は3段組だった!一段大体400字弱で400字詰め原稿用紙約1枚分に相当する。1頁約1200字弱、原稿用紙で約3枚分である。

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる 8

さて、本題に戻して『図書』、『ちくま』、『一冊の本』3誌読みくらべの続きだ。『図書』の執筆者15名、表紙裏面エッセイそれに「こぼればなし」とすべて読んでみた。文学関係の長短含めたエッセイものが8本と断トツで、意外と少なかったのが絵画・芸術関係のエッセイである。作曲家武満徹が夢に出てきた話を語る表紙裏面の司修、巻頭エッセイで北斎「富獄三十六景」は、「感覚を解放する力の発見である」と横尾忠則、指揮者山本直純の回想を楽しく綴るさだまさしのエッセイくらいだ。際立っていたのは、料理研究家辰巳芳子の筍の話。まさしく旬の食材を取り上げ、文章も春の小川のように流麗で素敵なおばちゃまという感じだ。御年94才らしい。そう、その昔おばちゃまには元帝人社長夫人の大屋政子、映画評論家の小森和子、料理評論家の岸朝子などがいてテレビのバラエティー番組を賑わしていたっけ。「口説きのテクニック」のエッセイの持ち主の小説家高橋三千綱には、ある時代スポーツ小説みたいなジャンルを開拓した記憶が筆者にはあるが、この人のエッセイには何か哀しみの通低音が響いていてやるせない。やはり犬もありか――。ムーミン谷は、もはやフィンランドのスウェーデン語系童話作家トーベ・ヤンソンの北欧のおとぎ話の特権ではなくなり、埼玉県飯能市にテーマパークとしてこの3月に出現し人気らしいが(似たような地形が飯能市にあるらしい)、フランス哲学が専門の聖心女子大学の冨原眞弓(北欧文学の翻訳家でもある。多分語学が堪能なのかも)の北欧文化や文学などを扱った“ミンネのかけら ”の連載ものも毎回楽しく読ませてもらっている。トーベ・ヤンソンが青森産の綿入れを着こなしていた、いいね、この話。今号『図書』の出色は松井茂記の「なぜカナダは大麻を合法化したのか」である。知らなんだ、今時のカナダ事情!2019年1月に発見され“注釈”を施した漱石の通信簿、魯迅の仙台医専のノート写し、アガサ・クリスティーに関するエピソード、植物、古代文学、モダン語のエッセイ、どれもこれも退屈させない。スキップしないで良かった。得した気分。植物、古代文学には多少退屈したが、こういったものに慣れていないのだ。風土記はオモシロイと思う。すんなりと出社途中の電車で読めた。で、気がついた、岩波カルチャーネットワーク人が多いか、若手の書き手が少ない。明るくエネルギッシュな言葉の迸りがほしいところだ。少なくとも他の2誌にはある。

2019/04/19

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる 7

一応雑誌の外側を分析できたところで、少し👀を外に向けてみよう。PR誌といえば、その昔エッソスタンダード石油の『エナジー』、サントリーの『洋酒天国』などが有名で、最近では焼酎「いいちこ」の三和酒類のPR誌『iichiko』が面白かった。もちろんこの他にたくさんの有名なPR誌は存在するが、ここでは一つひとつ言及する場ではないので割愛する。『エナジー』は今でも筆者の書棚の隅にあるはずで、また、確か『洋酒天国』は銀座の三笠会館地下のバーに行けば見れるはずである。『iichiko』は特集によっては昔大分にある会社から取り寄せていた。デザインや文章に時代の息吹を感じるオモシロみがあった。これらの雑誌は企業のPR誌だから、話を元に戻して今度は出版社と密接な関係にある書店のPR誌に少しばかり言及してみたい。後発だが頑張っている雑誌にジュンク堂書店の『書標』があるが、創刊当初から知っている雑誌で本の書評が中心でなかなかよく出来ている。そんな中、大手書店、紀伊國屋書店出版部の『SCRIPTA』を偶然に手にした。2019年冬号、通巻50号(A5判・60頁)のもの。定期的に揃えておこうと何回か試みたりしたりしているのだが途中で途絶えてしまう。無料なのは良いが発行時期に大学の売店や紀伊國屋書店にその都度取りに行かなければならない。少し面倒でつい忘れがちになるのだ。それはさておき、今回の号には森まゆみの「30年後の「谷根千」9  第8号、団子坂特集」が5頁にわたって掲載されておりおもしろく、一気に読み終えた。団子坂聞きがたり、今昔といったところか。この辺は筆者にとっても思い出深い場所でいろんな場面が目に浮かぶ。森まゆみも書いているように、吉本隆明が自転車を引いて団子坂を登っていた。筆者がよく目撃したのは、ズボンのバンドに手拭いをぶら下げながら自転車を押している姿だった。また、能楽師安田登の「野の古典18――ホームレス賢者のように」中の芭蕉の俳句に言及しているところに興味津々。斎藤美奈子は執筆者の常連、よく書いていると感心しきりだ。執筆者は全部で9名、長く続いている連載ものが目立つ。

2019/04/18

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる 6

次に広告関係。裏表紙を覗いてみよう。『図書』は公益財団法人日本バレー協会の広告。由緒あるバレー協会の活動よろしくと、黒が目立つ。『ちくま』は河出書房新社の書籍広告だ。平成最後の衝撃小説とやや大袈裟なキャッチコピーの、赤坂真理著『箱の中の天皇』。『一冊の本』の広告はひのきの家を讃えるサイエンスホーム。抽選でひのきの柱プレゼントだと。『図書』と『一冊の本』の裏表紙の広告は、直接出版とは関係ないものだ。ついでに裏表紙の裏面は『図書』が、法政大学出版局、北海道大学出版会、ヨベル、新教出版社、『ちくま』がみすず書房、ミネルヴァ、文藝春秋、吉川弘文館、『一冊の本』が文遊社一社のみでユニーク。新学期の時期としては各社とも地味だ。『図書』の自社広告は33頁、『ちくま』16頁、『一冊の本』が8頁で『図書』が断トツに多い。頁内のタテ3分の1の広告では『図書』が3本、『ちくま』が7本、『一冊の本』が11本の順で『一冊の本』が一番多い。しかも『一冊の本』は表紙裏面に作品社、平凡社、吉川弘文館、勉誠出版の4本の書籍広告を載せている。インパクトのある広告は少ないようだ。無難におさめた感じだ。この手の広告は発行部数や社の方針によって違うが、1本10万円以上とか。ここで気づいたことだが、『一冊の本』が他の2誌と比べて頁数も多いが広告本数も多いのだ。事業にかける熱量が違うのだろう。それとも広告もしっかりやらないと維持できないということなのか。少しはゆったり感もほしいところだ。岩波朝日文化それに筑摩を加えて典型的な硬派出版社(揶揄されることも)のものを見ていくと、『図書』に掲載された書籍の数が圧倒的に多いのがわかる。ここで読者は、岩波書店の出版物の近刊、新刊、既刊、重版、品切などについての情報が得られる。また、一瞥して最新の出版傾向が会得できるのだ。それにしても相変わらず硬い本が並んでいる。硬い本が売れなくなっている昨今だが、これだけ出ているのだからPR誌の役割は益々重要になる。そうそう、出版社は企画力、“岩波文化人”をフル回転しなければならない――。

 

2019/04/17

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる 5

『図書』の表紙はかの司 修だ。【表紙】 レリーフの音符は「雨の樹を奏でる」。「砂漠を水で満たそうとする木が一本ありました」と作曲家武満徹が夢に出てきたエッセイの中で綴っている。『ちくま』は、漫画家西村ツチカ作「壁活用ガール」。何ともグラフィック的デフォルメが堪らない。ユニークな発想と壁活用の現実感、色彩特に緑化が素敵だ。『一冊の本』の表紙は、原研哉+及川仁。クリップの絵というより、クリップで留められた紙束の絵であるとグラフィックデザイナーの原研哉。面白いことを書いているので後半部分を抜き書きしてみよう。

「綴じるというより、すぐにバラバラにできる整理、分類のための小さな道具は、便利というより、働く人間の思考のどこかに、したたかな編集力を付与しつつ、AIの時代にも飄々と生きている。この金具の繊細な紙束のホールドぶりを、紙表面にできる歪みに感じてみる。紙は人の脳でもある。」なるほどウマイこと言うものである。筆者などはクリップはなかなか面倒な文具で扱いに苦労している。白表紙に薄グレー、クリップがひときわ映える、そのレイアウトの妙技――。

2019/04/16

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる 4

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読みやすさの点では『図書』➡『一冊の本』➡『ちくま』の順(『図書』については長年読んでいるので慣れきっているかも)か。字面、活字の大きさでは『ちくま』が一番小さく些か読みづらい。これは情報量の圧縮の問題があるかもしれないが、活字を少し大きくした方が読みやすい。何年か前から活字が少し小さくなった。『図書』、『ちくま』、『一冊の本』、いずれも執筆者数は15名~18名で3誌とも大差はない。執筆者の顔ぶれはそれぞれ下記の通り。

『図書』: 横尾忠則、高橋三千綱、宮  紀子、中島国彦、三宝政美、松井茂記、加藤典洋、片山杜秀、さだまさし、佐伯泰英、辰巳芳子、円満字二郎、三浦佑之、冨原眞弓、山室信一 

『ちくま』: 西村ツチカ、岡田育、藤井誠二、安藤智子、清水良典、斎藤美奈子、藤田貴大、鹿島茂、ブレディみかこ、梨木香歩、戸田山和久、ほしおさなえ、岸本佐知子、井上律子、穂村弘、猪木武徳、最果タヒ、ドミニク・チェン

『一冊の本』: 島薗  進、太田  光、簑原俊洋、和田秀樹、太田直子、鴻上尚史、植木  建、小島慶子、群ようこ、落合恵子、山田清機、武田砂鉄、岡本裕一朗、菊地秀行、夢枕  獏、原  研哉、波多野  光

目次に連ねた執筆者の総数は50名、女性比は 約30%。年齢構成は分からないが若者組から年寄りまでと層は広そう。本はいろんな人たちにアピールしなければ実売に結びつかない。 このなかで筆者が知っている執筆者は24名で約半分。

最初は目次、巻頭記事、あとがき(『図書』のみ。宣伝はあるものの編集子の呟きがいい)、広告、連載ものの続き、単発もので自分のアンテナに感応したものに👀を通すのが筆者流の読み方。ページを行ったり来たりするが、それが楽しくもあり、時として雑誌づくりの裏側を覗けたような、妙な錯覚に陥ることも。

 

 

2019/04/14

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる 3 閑話休題 上野千鶴子氏の東大入学式での祝辞

出版社のPR誌の記事を書いている途中で、ネットを覗いていたら東大名誉教授で社会学者の上野千鶴子氏の東大入学式(2019年4月12日)でのユニークな祝辞が話題になっていた。実は筑摩書房のPR誌『ちくま』で彼女が連載していた記事が刺激的だったので、このコラムで参考のため取り上げてみようと考え、調べたら2018年3月に終了していたことが分かった。筆者の記憶の曖昧さを嘆くと同時に、月日の過ぎるのが早いと実感させられたが、また、半年後の9月に『情報生産者になる』というタイトルでちくま新書の一冊として書籍化されたスピードにも驚かされた。筆者は書籍化されたことを知らなかったのだ!それだけ雑誌連載中に評判が良かったことの証左かも。学術論文の書き方について懇切丁寧に書かれているのだ。参考書として大いに役に立つと思う。

さて、3200人の新入生の前で行った上野千鶴子氏の東大入学式でのユニークな祝辞である。前半部分は主にジェンダー的視点の開陳だが、後半部分は今の時代における〈知のあり方〉と〈行動〉を考える上で示唆に富む講演で、言い換えれば、羅針盤のない航海を述べたようなもの。既存の知を吸収するだけに終始せず独創的な知を作り出せ、しかも、自分の強さだけで押しのけて進むのではなく、自分の弱さも知りつつ困っている人たちには手をさしのべて進んでほしい、というメッセージだ。その新聞記事を読むはこちら➡http:http://smart.asahi.com/m/article/ASM4D3JLQM4DUTIL00L.php?ref=kiji_search//smart.asahi.com/m/article/ASM4D3JLQM4DUTIL00L.php?ref=kiji_search 

東京大学のホームページで上野千鶴子の祝辞の全文を読みはこちら➡https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

 

 

 

2019/04/12

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる 2

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今回は『図書』、『ちくま』、『一冊の本』の直近の2019年4月号(場合によっては3月号も参照)を取りあげてみたい。この手のものとしては老舗の『図書』があるが、最近は後発ものにも面白いものが出てきている。大昔PR誌作りにほんの少し参画したことがあるが、雑誌のランニングコストがかかりお荷物状態で、終いには休刊(実際には廃刊)に陥った。結局編集者の自己満足で終わってしまうのがオチである。社の新刊既刊の書籍の購買につながるような手短なインパクトのある記事はもちろんのこと、連載ものなど掲載したもののうちいくつかが、書籍化も考慮に入れてペイできるような編集者のコスト意識を含めた用意周到さがないと続かない。そうそう、広告掲載も重要だ。内容が濃い割には安価(PR誌の性格上仕方ないが例外もある。某老舗書店の明治時代から続いている『學鐙』などは価格が乱気流気味だし、ライバルの大手書店のものも休刊したり、復刊しては季刊になったりと四苦八苦しているようにみえる。2誌とも内容はそう悪くない、むしろ前者は風格があり良い味を出している。後者にしても意外な発見があってお得なところも)、いかに成り立たせるか思案のしどころだ。台所事情は分からないが成功しているところは編集方針がしっかりしていてぶれていないということだ。また、販売面では定期講読者を増やすなど不断からの努力を怠らないということだろうか。ネット時代だからこそその存在意義が問われているのだ。

さて、雑誌の外面から。分量、総頁数では『図書』と『ちくま』は64頁、『一冊の本』だけが32頁も多い96頁、断トツの多さだ。価格は3誌とも100円で同じ価格。紙質は『ちくま』、『図書』、『一冊の本』の順の感じ。判型は3誌ともA5判、このサイズは他の出版社、例えば、『未来』、『みすず』、『波』などのPR誌でも同じサイズで、このサイズが大半なのは持ち運びに便利だからかもしれない。

2019/04/09

超人の面白読書 137 出版社のPR誌をよみくらべる

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筆者は週末に書評欄の載る新聞を4、5紙買い込んで読んでいるが、同じ出版社の本が一紙で複数取り上げられていることがしばしば散見される。新聞はスペースが限られているのだから、少なくとも同じ出版社の本を複数取り上げるのは、やはり公平性の点からいっても妥当ではないように思われる。優れた本だから紹介したいという気持ちは分かるが、片寄らず一社一冊に限定して新聞社の書評欄担当者は紙面作りの段階で交通整理してほしいものだ。より広くフォローしてほしい。毎日などは評者の字数は他紙よりも多く書評内容の充実度が高いが、その分取り上げる本の数が少ない。朝日は書評欄が縮小気味。読売は企画力で、東京は個性的と各社各様。読む側としても今週の書評ではこれが良いかと実際に印を付けたりするが、何日か晒すと淘汰されていくのもあって実際に買うのはほんのわずかだ。

さて、本題のPR誌よみくらべの話に移ろう。『図書』、『ちくま』それに『一冊の本』の3点は毎月定期講読して何年も経つ。カバンに入れてもかさばらず電車の中で気軽に読めることや企画力を強化するための小雑誌としてパラパラと捲ってはザッピングな読書を楽しんでいる。薄手の雑誌ではあるが、なかなか読み応えがあるのも事実で本のPRを兼ねているとはいえ、号によっては内容の充実度が高くなっているように思えることも。特に連載ものに一味違ったものがあるのだ。今年の1月に惜しまれて亡くなった橋本治氏の時事エッセイは、最初『一冊の本』で連載されていたが、なぜか途中から『ちくま』に移って巻頭エッセイを飾っていた。ここはかつてはなだいなだが死の直前まで書いていたことでも有名なコラムだ。橋本治にせよ、なだいなだにせよ、やや辛口ひねくれの戯言的な社会批評は“一服の読む薬”としての役割を果たしていた。

2019/04/08

クロカル超人が行く 232 東京駅ステーションギャラリーでフィンランドの建築家アルヴァ・アアルト展を鑑賞

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北欧モダニズム建築の典型的な実例である、フィンランドの建築家Alvar Aaltoアルヴァ・アアルトが設計した老舗のアカデミア書店。昨夏筆者が訪ねた書店だが、天窓からの光がガラス越しに差し込んで開放感があった。その時筆者がスマホで撮った写真が、左からアカデミア書店の玄関、2階のカフェ・アアルトそして店内だ。カフェ・アアルトにはアアルト作の椅子が並んでいた――。

 

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東京駅ステーションギャラリーは、できたときから気にかけていたギャラリーで、東京駅改装後以前あった場所から今の丸の内北口改札近くに移動している。今回初めて入った。丁度フィンランドの建築家アルヴァ・アアカルト展「もうひとつの自然Second Nature」が開催されていたのだ。土曜の昼下がり、東京駅内は平日より混雑していたが、このギャラリーに入ったらさすがに静か、レンガ造りのひんやり感もあって、建築家の細密な図面や写真、照明器具、模型、有名な椅子などの作品群を鑑賞できた。自然の中に建築物をいかにマッチングさせるか、建築やデザインに触れて自然の存在を想起させる、或いは自然と建築がいかに共生できるかがテーマ。森と湖の国ならではの建築家のなせる技が散りばめられている感じだ。フィンランドの1930年代の雰囲気が味わえるドキュメンタリーの映画も観賞できた。妻の尽力も大きかったようだ。アアルトは妻と1935年にヘルシンキでインテリアブランド会社を設立したが、そのアルテック社が、直営店Artek Tokyo store(案内チラシを見る→http://crosscul.com/artek.pdf を表参道に2019年4月27日にオープンする。家具、照明、テキスタイル、現代のデザイナーの最新作まで取り扱うらしい。近くにはこれまたフィンランドを代表するブランド『マリメッコ』もある。今や北欧デザインはその優れたデザイン力で極東のこの日本でも人気であちこちにその商品を扱う店ができている。また、この3月に埼玉県飯能市にオープンした小説家のトーベ・ヤンソンの人気キャラクター”ムーミン”にあやかった「ムーミンバレーパーク」も注目されている。3000万弱の人口だが幸福度が高い北欧は、政治、経済、文化、芸術、建築などあわゆる分野で現代の日本の生活文化に浸透しているといっても過言ではない。そこには決して気候には恵まれているとはいえない生き延びて行くための知恵が凝縮されているのだ。建築家アルヴァ・アアルトの作品にもシンプルだが機能性抜群の傑作品が多い。よく考え抜かれているし、木の性質を存分に活かして暖かみもある。何よりも自由度が高いのだ。

「アルヴァ・アアルト  もうひとつの自然」展は東京駅ステーションギャラリーで14日まで開催中。その展示案内チラシとプログラムを見るはこちらで→http://crosscul.com/alvar.aalto.pdf

 

 

2019/04/06

今年の桜 新元号「令和」が発表された4月初めが満開

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今年の桜は格別。新元号の「令和」が4月1日に発表になったからだ。出典は万葉集から。しかし、“平和を命じる”と意味にも取れる。施行は5月1日。開花宣言してから気温が冬並みに下がり、今年の桜は比較的長持ちしているのだ。

今朝の夢掴みたいけどパッと散り

 

追記   この「令和」に関して万葉集の研究者の中西進氏が、飽くまで令は令嬢の令で良いという意味で、命令の令の意味ではないと談話を発表(毎日新聞2019年4月13日朝刊)。辞書には最初に命令の令の意味が出てくるし、そう捉えられても仕方がないのでは。要は誤解を招くような言葉を使用しないことだと思うのだが・・・。

追記   外国メディアが新元号「令和」をorder and harmonyと報道したことに対して、外務省が改めてBeautiful harmonyの意味だと説明した由。(2019.5.3  記)

 

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2019/04/01

超人の面白ラーメン紀行 261 横浜市戸塚区『カミカゼ』

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こんなところにもラーメン店があるんだと以前から気になっていた店。ところが、この箱根駅伝戸塚中継所にあるラーメン店『カミカゼ』は、立地は必ずしも良いとは限らない場所でいい味を出していることを聞きつけた。しかも淡麗系。で、思いきって出向いてみた。

その昔確か“金太食堂”があったあたりで、いやー、本当にうん十年ぶりにこの辺りに来た。隣にもラーメン店『まるもり製麺』がある。こんな場所でラーメン店が二軒並んでいて、他人事ながら商売になるのかしら。それはともかくラーメン店『カミカゼ』に入った。土曜日の午後とあって店内は一杯かと想像していたがそれほどでもなくすんなり入れた。そして、コの字型のカウンターに座り注文した焦がし塩ラーメン(大盛)を待った。実はチケットを券売機で買おうとしたら、売り切れなのか買えなかったのだ。仕方なく大盛(900円)に替えた。店の女性にそのことを告げると券売機をチェック後取り替えますと申し出てきたが、この際大盛にチャレンジしてみようと取り替えなかった。券売機に不具合が生じたみたいだ。

カウンター席で『2019年版 ラーメンウォーカー』を見ていると、頼んだ焦がし塩ラーメンが供された。一振りしてスープの味をチェック、想定内のスープだった。ま、いろいろとこれまで淡麗系のラーメンを食べてきたこともあって舌が覚えているのかも。むしろストレート細麺の柔らかさこそインパクトがあった。自家製麺で麺がやや白っぽい。焦がし部分は淡白、トッピングのチャーシューも柔らかかった。店内は昭和レトロ感が漂う、どこか懐かしさを覚える空間になっていて、少しばかり時間が止まった感じだ。カウンター席10席、テーブル席10席。店の女性の応対も丁寧で好感が持てた。ついでにもう一つ、厨房が広く麺工房みたいで、台湾などの店の造りを思い出した。比較的若い家族連れ、中高年夫婦、作業服を着た人たちと車で来店する人たちが多いみたい。ネット情報だとここの店主はラーメンにかける執念が凄いらしい。また、店の名前の「カミカゼ」がユニークでインパクトがあったので、機会があったらその由来を聞いてみたい。

 

横浜市戸塚区『カミカゼ』1.スープ★★☆2.麺★★☆3.トッピング★★4.接客・雰囲気★★★5.価格★☆☆

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