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2018/12/26

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 5 ヘルシンキ大聖堂・元老院の前の広場

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かつて『PS JOURNAL』(現『CPC JOURNAL』)にスロヴェニアのドラゴ氏が、京都散策について書いていたことを思い出した(エッセイはWebのみの掲載。http://crosscul.com)。冬の、そう大晦日の平安神宮の“広場”、それをヨーロッパの広場と比較しながら書いていたのだ。“広場”はヨーロッパ人にすれば都市空間を演出する不可欠な基地で、古代ギリシャのアゴラをその起源にもつが、教会、宮殿、市場の前に計画的に配置されコミュニティの重要な機能を果たしてきたのだ。ドラゴ氏が指摘したようにヨーロッパではごく当たり前のことが日本には見いだせないでいたが、平安神宮の広場にそれを見つけて驚きを隠せない書き振りだった。この記事は11年前のエッセイで、今度は筆者がヨーロッパしかも北欧で広場の意味を感得することになるとは、不思議な交流、クロスカルチャー的な邂逅である。平安神宮が土の上に小石を敷いた、いわば、ソフトなスクウェアだとすれば、ヘルシンキの大聖堂・元老院の広場は石畳のハードなスクウェアだといえよう。それはストックホルムのガムラスタンの石畳や広場でも同じような感情を持つ。じっくり歩くと歴史の足音も同時に聴こえてくるような気がする。昔の都トュルクがスウェーデン寄りなのを嫌って当時の帝政ロシアが港町ヘルシンキに首都を移したといわれている。都市形成史には様々な記号が隠されていてその謎を歴史に思いを馳せて解くのも面白い。ヘルシンキ大聖堂・元老院、国立国会図書館など立派な建物が広場を囲んでいる。夏空と中間色薄ベージュ色それに白色が石造りのがっしりとした建物に映えて広場もまた、その存在意義を刻印していた。歴史の重みに耐えてきた広場は、今観光客を乗せた赤色のバスが過り、その脇をトラムが走る。

ツアー(Tour)よ、ツアー(Tzar)!
ヘルシンキ大聖堂・元老院の広場を感知せよ。
キートス(Kitos: フィン語、感謝)。

上の写真の右側あたりのレストラン『Restaurant Sunn』で昼食(スカンジナビア料理)。フィンランド国立図書館見学後に。

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【写真: レストラン Sunn】
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【写真: 味のうすい野菜スープ 】
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【写真: 濃いミートボール】
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【写真: デザート】
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【写真: 現地のビール】
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【写真: 店の入口付近に貼られていたマリア・カラスのポスター】

追記 毎日新聞の日曜版には藤原帰一の映画評が掲載されているが、つい2日前の2017年12月23日の日曜版ではオペラ歌手の映画『私は、マリア・カラス』を取り上げていた。自分自身のオペラ鑑賞体験も書き記しながら、インタビューを織り混ぜたドキュメンタリー映画、マリア・カラスの実像にやさしくアプローチした感じだ。むしろ普段オペラに接することがほとんどない人たち(筆者もその一人)や逆にツーの人たちにどう届けるかと心配気味の先生、ともかく人間マリア・カラスを観てくださいと。マリア・カラスといえば、天才的な歌姫だったけど晩年はオナシス(あのケネディ大統領の元夫人ジャックリーヌと結婚したギリシャの富豪)の関係などスキャンダラスにまみれ、その死すら未だに謎が残っている大オペラ歌手のようだ。
さて、追記で書いた理由はレストラン『Sunn』の入口に飾られていたポスターにあったのだ。それが映画「私は、マリア・カラス」のポスターだった―。若きマリア・カラスの姿(最初は誰だか解らず、アメリカの歌手かな、程度の認識。マリア・カラスについては本の少し知っていたにすぎない!)に魅せられて思わずパチリと収めた一枚。この映画の日本公開は日本が1年遅れて2018年。(2018.12.26 記)
✳2018年8月29日の記事に追記。

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2018/12/05

クロカル超人が行く 223 泉岳寺

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泉岳寺といえば赤穂義士の墓がある寺で有名である。忠臣蔵とか赤穂浪士とか呼ばれて日本では歌舞伎、講談、小説、芝居や映画などで昔から親しまれてきた。1964年のNHK大河ドラマ「赤穂浪士」は、豪華キャストを配して高視聴率を獲得した。筆者などは今でも討ち入りのシーンや吉良邸それに大石内蔵助をはじめ四七士の“活躍”の場面が目に浮かぶ。

筆者が訪ねた日、泉岳寺は静かに佇んでいた。義士の墓には線香が絶えず墓参りの多さを感じさせた。やはりここでもアジア系のカップルや家族の姿があった。なぜに受ける赤穂浪士、この時期になるといつも考えさせられる問題だ。そうして、まもなく12月14日がやって来る。

2018/12/03

クロカル超人が行く 222 京都点景 夕暮れ・夜 2018 晩秋

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【写真: ①京都大学時計台下、名物の立看板が消えていた! 小綺麗になったが少し寂しい ②③④南座、発祥400年新会場記念公演中 ⑤スウェーデンの蒸留酒アクアビット 「スコーネ」】

秋は幻(げん)
鏡台に映る
タテカンバン


晩秋に
コトノハ落ちる
GION街


せめて一度
歌舞伎に触れたい
京の夜

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