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2018/09/30

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 33 サイエンスパーク Kista シスタ図書館

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【写真②の左側画面の下の方に文字が書かれているが、「自由とは自分の意見を言うことができることだ」と読める】

ウプサラ大学図書館のスタッフのご厚意により当初予定した 時間より3、40分延長になり、図書館研修事務局はスケジュール調整に一苦労したようだ。何とかシスタ図書館に辿り着いたが、今度は時間オーバーでバスサービスが終了してしまったのだ。今夜はガムラスタンで主催者側による晩餐会が予定されているらしく、急遽地下鉄移動になった。
ストックホルムの郊外にあるサイエンスパーク(元々軍の施設だった地区をエリクソン社など企業、政府系機関それにストックホルム工科大学やストックホルム大学などが進出して今やIT企業など4200社、65000人が働く産官学の一大産業集積基地。筆者注: 一部ネットからの引用)、そこにあるシスタ公共図書館は、今まで見てきた図書館とは些か趣が異なる図書館だ。どちらかというと外国人に開放した図書館、特に移民・難民やセクシャルマイノリティの、社会的弱者の人たちにも行き届いた図書館のようだ。夕方の時間帯にさしかかってしまい、館内を見せていただいただけだが、ユニークな棚のレイアウト、スウェーデン語を習得するための辞典類、テキストや新聞(筆者なども電子版で愛読している、易しいスウェーデン語で書かれている新聞『8sidor』も)なども所狭しと置かれている棚、言語スタジオ、オーディオ、リラックスして本が読めるコーナーもある。16万人もの難民を受け入れたスウェーデンでは一定数の人口維持と近い将来働き手になる人材をいろんな形で支援し実践しているようだ。いわば、福祉政策の実験的な試みがこのストックホルム公共図書館分館シスタ図書館の魅力なのだろう。この試みに拍手を送りたい。館内には中東から来た子ども連れの人たちの姿があった。

“スウェーデンでの仕事の準備してください”と掲げられた文字が象徴的だ。

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【写真: ①シスタ図書館内検索端末周辺 ②図書館入口電子掲示板 ③シスタ サイエンスタワー ④シスタ図書館など100店舗と10のレストランが入ったショッピングモール『シスタガレリア』⑤就職斡旋の電子掲示板 ⑥福祉系8頁仕様の易しいスウェーデン語新聞『8sidor』 ⑦スウェーデン語の様々な辞典類が置かれた棚 ⑧新刊コーナー】

2018/09/29

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 32 映画監督イングマール・ベルィマンの生家探し

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【写真: 公園通り12番地にある祖父の家】

ウプサラでのもう一つの目的は、イングマール・ベルィマンの生家(確か父は牧師)を見ることだった。しかし、午前11時半過ぎから午後1時まで自由時間があったが探し出すことは時間的に無理だった。そこで帰国後、まだウプサラ大学で研究中のH先生に無理を言って頼んだのだ。ベルィマン生家そのものではないが祖父の家を見つけてくれた。そして、素敵な写真を届けてくれたので紹介したい。先生に感謝しつつ。また、もう一つの写真の「公園通り 12番地」のプレートにはウプサラ市による次のような記載がある。

イングマール・ベルィマン(1918ー2007)の祖母アンナ・オーケルブロム(1864ー1934)が亡くなるまで住んでいた家で祖父ヨーハン・オーケルブロム(1864ー1934)が1887から1888年にかけて建て、祖父が所有していた家である。ベルィマンはこの家で幼少期の大部分を過ごした。ここでの幼少期の生活が彼の演劇と映画に多大なインスピレーションを与えた(筆者注: たとえば、映画『ファニーとアレクサンドル』など)。


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【写真: ウプサラ市による公園通り12番地と来歴が書かれたプレート】

2018/09/28

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 31 ウプサラ大学図書館 続

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【写真: ウプサラ大学図書館特別コレクションホールから眺めたウプサラ大聖堂と町並み】

ウプサラ大学図書館の“デジタル工房室”に行く前に少し余談を。日本関係書籍の特別展示をしてくれたホールには貴重書がずらり、コレクションの山である。羊皮紙の魅力をたっぷり堪能したのだ。諸言語の集積地、英知の結晶ともいえる。一つひとつ見て歩いたら相当時間がかかるにちがいない。その中で特別展示品の和綴本が異彩を放っていたことは特筆に値する。何故なら文化の相違なのか硬軟の差異を感じてしまうのだ。まさに異文化交流史の現場に居合わせたことに感慨深いものがあった。コレクションホールの窓外には今にも雨が降りそうな雲行きの下ウプサラ大聖堂が聳え立っていた。ツゥンベリーの本は今週末(26日)まで日瑞交流150周年記念行事で日本に特別貸出中だと図書館のスタッフ(確か今年の春だったかこのツゥンベリーの本の展示のことは新聞か何かで読んで知っていたが、忘れていて行かなかった。つい最近東京駅に隣接する商業施設『KITTE』で開催されていたことを知った。惜しいことをしたと思っている)。
館内を少し移動して“デジタル工房室”へ。この部門の専門担当者のプチレクチャーを受けて実演の現場に出向いた。スキャニングは特大、大、中、小とサイズによって作業室があり、そこには取り込み作業のマシンがそれぞれの役割を担って稼働している。その中で特に優れものは、ページを捲る超高速マシンの存在だろう(超高速スキャナー)。担当者が実演してくれたが、速いの何のそれは大袈裟にいえば新幹線並の速さなのだ。1分間にどのくらい捲れると言っていたか聞き漏らしてしまった。筆者などもこういった作業に大分関心はあるものの、これはテクノロジーの優れた一端を見せつけられた格好だ。この超高速ページ捲りマシンを再度実演してもらった時には上手く作動しなかった!加減が微妙なのだろう。優れものには多少の危険も伴うということか。ともかくいいものを見せていただいた。感謝である。

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【写真: 超高速ページ捲りマシンのあるデジタル工房室】

2018/09/26

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラ8の旅 30 ウプサラ大学図書館

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【写真: 改修工事中のウプサラ大学カロリナ図書館】

ウプサラ大学は、1477年に創設された北欧最古の由緒ある大学で、人文社会自然科学分野をカバーする総合大学である。学生数、約23000人、職員数1800人余。植物学研究や生命科学の世界的な拠点(スウェーデンの製薬会社との結びつきが強いらしい)だがまた、千単位の共同研究もあって世界中から研究者がやってくる。筆者などは植物学の分類法のカール・フォン・リンネの出身大学それに大きな聖書があることぐらいは知っていた。アフリカなどの紛争解決に尽力したことで有名な前国連事務総長だったハマーショルドに因んだ図書館もある(彼はウプサラ大学出身で彼の家系はスウェーデン王室と関係が深いらしい)。ハマーショルドといえば、飛行機事故で不慮の死を遂げた政治家だ。11年前に飛行機事故に疑問、という記事がスウェーデンの有力紙に掲載されて読んだことを思い出した。このコラムでも書いたが、この話は別な機会に譲ろう。
さて、ウプサラ大学図書館は蔵書520万冊、電子ジャーナル購読12,000を誇る大学図書館(A科人文科、B科社会科、C科リンネ科の3科それと別に文化保存科がある)で本館にあるカロリナ図書館で北欧最後の研修をした。
図書館スタッフによる約30分間のプレゼン、レクチャー→リンネの部屋でfika(スウェーデン式コーヒーブレイク。ヘルシンキにしてもストックホルムにしても北欧はコーヒー先進国で美味しい)→歴史の重味に耐えた羊皮紙の書籍が天井高く幾層にも積み上げられた貴重書室、近寄って背文字を読めばラテン語をはじめ外国語の文字。見事という他ない。貴重な体験→特別コレクション室(シルバーバイブルといわれている6世紀ごろのゲルマン語祖語であるゴード語で書かれた聖書。Condex Argenteus 銀泥聖書。銀装丁の美本。海図、ツュンベリーの『日本誌』、江戸時代の浮世絵師勝間龍水の魚絵図、杉田玄白の『解体新書』、シーボルトのものなど日本関係特別展示品閲覧→驚嘆の“デジタル工房室”へ。この項続く。

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【写真: Condex Argenteus 銀泥聖書の複製】


2018/09/25

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 29 大学町ウプサラ

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【写真: ウプサラ大聖堂遠景 撮影=H先生。先生に特別頼んで送ってもらったもの。筆者はウプサラで時間なく撮影する暇がなかった。うっかりである。しかし、とても良い写真を送ってもらったことに感謝したい】

ストックホルムから北へバスで約1時間弱(距離にして約70km)、ストックホルム市街からトンネルを抜けて少し走ると左側にサイエンス パークなる地区(Kista)、高速道路沿いには日産やトヨタの看板も見えたカーショップ、スーパーマーケットやガソリンスタンドの郊外店さらに進むと農家風の屋根が現れ、平坦な耕地にあって彩りを見せた。バスの窓からすぐ近くに見えた木々は少し青さに欠けた感じだ。夏が終わりかけ秋の始まりを告げる季節だが、日本とは四季の移り変わりが幾分違うような窓外の景色だ。送電線も見えた。そうそう、あのトーマス・トランストロンメル氏の短い詩を思い浮かべた(下記の和訳は毎日新聞2011年11月14日夕刊の記事からの引用)。

送電線
厳寒の王国の上にのび
あらゆる調べの
北にあり

やがて小高い丘や耕地を抜けると前方に高い教会が見えてきた。ウプサラ大聖堂である。高速道路を降りてウプサラ市街に入り、ウプサラ駅で迂回のため少し停車、その間現地ガイドさんがウプサラ観光案内のパンフレットを駅まで取りに行ってくれた。ウプサラの最初の印象は、緑の木々の中に黄色がかったベージュ色の建物の壁が目立つ落ち着いた大学町といったところか。ストックホルムみたいに大都会のざわめきはなく、むしろこぢんまりとした古さを残すもまた新しさもある、清潔感にあふれた町のようだ。
そして、ウプサラ大学図書館の前でバスを降り午後1時まで自由時間となった。筆者は事前にアポを取っていたH先生と会うことができた。彼は共同研究で約1ヶ月間ウプサラ大学経済史学部で金融史を研究中(一つけ加えるとH先生曰く、ここの大学は経済史の学部があることだと言っていた。確かに)こういうことはレアケースだと思うのだが、遠い極東アジアの日本から来た者としては何か感慨深いものがある。昼食をウプサラ大学から歩いて7、8分の町中のイタリア レストラン『RIFIFI』で取った。パスタを食べながら会話はお土産に持参した消えるボールペン(FRIXION BALL)のセット、筆者の企画、今回の図書館研修や彼のこちらでの研究生活のことなどで盛り上がり、1時間があっという間に過ぎた。彼は消えるボールペンのことは知らなかったみたいで校正などで役に立つと喜んでくれた。こちらに来て図書館から借りた本はたった一冊であとはダウンロードして研究していると。これには筆者も驚きを隠せなかった。ウプサラ大学ではデジタル化がここまで進んでいるのかと半ば感嘆し半ば懸念も―。

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【写真: ウプサラ大聖堂と近辺の街並み 撮影=H先生】

→ウプサラ博物館案内図を見るはこちら(バスの中で配布されたもの)「UPPSALAS MUSEER.pdf」

2018/09/24

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 28 ガムラスタンの路地など

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写真左上から右へ。⑧⑨を除いて①~⑫は路地。⑩が一番狭い路地といわれている。

⑧『Apoteket Korpen(Korpenは渡り鴉の意)コルペン薬局』のプレート
ここにはこの店の来歴が書かれている。それによると、ルーツは1600年代のセーデルマルムで1674年に創業したとある。創業3年後にはガムラスタンに移っている。1721年、大広場16番地に移って約200年、その後現在の大聖堂の短い急坂ヴェステル ロングガータンの角に移って営業している。
その左下には多数の所有者そして名前が。また、右下にはこんな文言も。老舗の薬局はその目的、飾り付けに揺らいでいる、と。このプレートの右下最後の欄には全スウェーデン薬局とクレジットが入っている。

⑨幸せを運ぶといわれる「ダーラヘストDalahäst ダーラナホース Dalarna horseダーラナ地方の木彫りの木馬、伝統工芸品(置物)」

2018/09/23

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 27 ガムラスタンとその周辺の街歩き 続々

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地下鉄ガムラスタン駅Gamla stanを出てとりあえずメインストリートを目指した。午後7時頃ガムラスタンに灯りがともった。夕暮れのガムラスタンは12、3世紀からの石造建築物が残っていて狭い路地とともに映えること、映えること、誰かが書いていたが美しすぎる景観だ。西洋と東洋の違いは当然あるが、京都の木屋町や祇園の街並みを思い描けば夕暮れの美しさが分かるというものだ。片方は石造り、もう片方は木造りの大きな違いはあるものの、その根っこは歴史が織り成す人間の営みの遺産だろう。いな、過去、現在、未来と受け継がれるべく人類の所産、それが美しすぎる街並みを形成したと見るべきだろう。この路地の佇まいと石畳の強靭さには驚嘆する。しかし、所々に見られる石の綻びも歴史がもたらす愛嬌といったものでこれ又いい。中世のハンザ同盟で港湾都市が栄華を極めた頃に思いを馳せるのも、このガムラスタン(旧市街)散策の魅力かも知れない。

「えっ、こちらの通りかも」
相棒がすでに「STOCKHOLM 散策MAP」を見ていてアドバイスをしてくれた。

やがて路地を何本も通り抜け、メインストリートに到着。土産物店、古本屋、陶器店、ブティック、カフェ、レストランなどが立ち並ぶあたりだ。やはり夕暮れ時は人が多い。特に目立ったのは中南米からの家族連れの観光客が多く見受けられたことだ。ドイツ教会をパチリと写真に収めて近くのレストランで相棒とディナー。オープンテラスでの食事は格別で、生ビール(日本のビールとほとんど変わりはない。強いていえば苦味が少し足りないくらい)とパスタ(まあまあの遜色ない味。店員は外国人だったが)を食した。通りに面しているので観光客がひっきりなしだ。一息ついたので街並み再開。ドイツ教会を右手に上り坂を北の方へ、大広場やノーベル博物館、大聖堂、王宮の方へと歩いた。王宮(今は王室関係者は郊外に住んでいて執務があるときだけここに来ているらしい)では衛兵と“面会”、しかめっ面の若い衛兵にスウェーデン語でほんの少し冗談を言ってみた。

「Alltid leenedeいつも微笑んで」

少し笑ったように感じた。夕闇が迫っていたので鉄兜の下の顔が薄暗く表情が分かりにくかったことも手伝ってか“感じ”たと曖昧な表現にならざるを得なかった。別な門にいたもう一人の衛兵にも話かけてみたがこちらは無表情のままだった。そうこうしているうちに相棒が闇に消えた風で少し捜したが、すでに先方はるかStrömbron橋の方へ歩いていた。遊覧船乗り場から見る夜景はこれ又絵になる、美しすぎる光景である。王立公園を左手にトラムとすれ違いになりながら横断歩道を渡りグランドホテルの脇を通り、王立劇場や舞台芸術博物館に辿り着いた。夕暮れ→夕闇→夜景と北欧の長い夜を堪能したのだ。

夏歩き
王宮の窓に
月明かり

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【写真上から: 夕暮れの王宮 船着き場からの夜景 レストランの生ビール】

2018/09/22

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 26 ガムラスタンとその周辺の街歩き 続

さて、話を少し戻そう。王立図書館(国立図書館)研修を終えバスでホテルに着き、キャリーバック(ヘルシンキのホテルを出るときには片方の鍵が閉まらず急遽の策で透明なガムテープを巻いて対処した。で、ストックホルムのこのホテル(クングスホルメンKungsholmen 島地下鉄フリドヘルムプランFridhelmplan駅徒歩7分)を見たら鍵は左右両方とも閉まっていたのだ!奇跡。バルト海の真夜中の荒海で揉まれ元に戻ったのだろうか(笑)。それとも誰かが直してくれたのだろうか。ヘルシンキでは現地のガイドさんにも修理を依頼したが直らなかったので摩訶不思議である。とにかく無事直ったので荷物を部屋に入れて街歩きに出た。地下鉄フリドヘルムスプラン駅向かいにあるストックホルム市立図書館分館に立ち寄り館内見学、次にアカデミー書店に寄った。中規模書店といった感じでベストセラーものが一目で分かるように陳列されていた。ここでの書店員とのやり取りは前にこのコラムで書いたので省くが、トーマス・トランストロンメルの詩集はかろうじてゲットしたものの、もう一人の作家Stig Claesson(筆者は2006年に『Liv och kärlek』をアカデミー書店のネットで手に入れているし、大分前に購入した『Blå måndag』は持参した)の文庫本はなかった。易しい口語体で日常を活写して面白いのだがもう過去の作家あるいは人気がないということなのか。筆者にとって書店は居心地良い空間、それは日本でも北欧でも同じである。ヘルシンキの書店とはまた趣が違うストックホルムの書店はどちらかといえば実用的な感じだ。“相棒”のSさんは4、5冊装丁が綺麗な本をゲットしていた。
近くのキオスクらしき店で地下鉄のチケットを購入してフリドヘルムスプラン駅からT-Centralenで乗り換えガムラスタン駅へ。ストックホルムの地下鉄は岩盤むき出しでリアル、そういう地下鉄だからこそ美の施しが必要だったのか、至るところにアートが描かれている(現地のガイドさんよれば、メディアではこの最近描かれたアートがエロチック云々で物議を醸し出しているらしい)。大分掘削したのか長いエレベーターで降りるのだ。そう、東京駅の横須賀線ホームに行く距離ぐらいはあったか。地下鉄路線はブルー、グリーン、レッドの色で識別され、T-Centralen地下鉄中央駅を中心に郊外に伸びている。この日、行きはホテルの最寄りの地下鉄Fridhelmsplanフリドヘルムスプラン駅からグリーンラインでガムラスタン駅Gamlastanへ、そして帰りは クングストレドゴーデンKungsträdgådenからヒュールスタHjulsta行きのブルーラインに乗って帰ったのだ。ガムラスタンの街歩きは後ほど。

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【写真: アカデミー書店】
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【写真: アカデミー書店の新刊書コーナー】
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【写真: 地下鉄路線図】
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【写真: グングストレドゴーデン王立公園駅】
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【写真: ブルーラインの プラットホーム】
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【写真: 地下鉄の長いエスカレーター】_20180922_155007
【写真:岩肌むき出しの地下鉄内】
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【写真: 地下鉄構内にもユニクロ開店(8月24日)の広告。北欧初。現地のガイドさんの話では柳井社長も来ていると。現地メディアは労働条件が過酷と辛口報道されているらしい。】

2018/09/21

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 25 ガムラスタンとその周辺の街歩き

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【写真: 舞台芸術博物館Scenkonstmuseetで開催中(9月16日まで)のベルィマンフェスティバル、「真実と嘘」のポスター】

筆者にとってこの旅のメインテーマの一つは、ガムラスタンGamla stan(旧市街)近くの舞台芸術博物館あるいは国立劇場でベルィマン生誕100周年フェスティバルを観賞することだったが、やっとその辺を書けるところまで来た。結論からいうと、ベルィマン観賞はできなかった。自由時間を利用してホテルを出たのが夕方5時半過ぎでガムラスタンのレストランで夕飯を食べ(街歩きにお付き合い頂いたSさんと。そう、ヘルシンキの『かもめ食堂』で一緒だった)、路地や王宮を歩き回ってやっと舞台芸術博物館に着いた時には夜の9時前、すでに舞台芸術博物館は閉まっていた!国立劇場にはこの時間でも入口のロビーまでは入れて、丁度初演が終了したばかりだそうで出演者などが入口付近に出ていた。少し挨拶を交わした。ラッキーである。最新のプログラムを頂いて辞去した。ベルィマン生誕100年フェスティバルはネットで知ってぜひ観たいと思っていたが、今回はスケジュール的に無理で仕方がなかった。訪ねた記念として建物の外観や入口のロビーに貼られたポスターなどを写真に収め、せめて雰囲気だけでも味わったのだ。国立劇場はやはり歴史を感じる趣があった。北欧の夏は午後の8時過ぎまで明るいがさすが9時を回ると暗い。日本を発った8月中旬、東京や横浜のいくつかの映画館では「ファニーとアレクサンドル」などベルィマン生誕100周年に因んでベルィマン作品を特別上映をしていた。

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【写真上: 王立劇場 開催日時などを告げる電子掲示板
演目Riten遵守など4本のポスター 写真中: ベルィマン
フェスティバル(2018 8.23―9.2)上演プログラム
写真下: ベルィマンの手稿】

2018/09/20

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 24

閑話休題。

ここで視点をかえてスウェーデンに関する気になる最新ニュースを3本。

1.友人O氏から届いたメールから。時事通信(9月18日付)によれば、ストックホルムで3人の中国人観光客(親子3人の家族)が拘束され強制送還された記事。予定より半日前にホテルに着きロビーで寝泊まりしていたため、ホテルの従業員の退去勧告を無視し警察に通告した由。中国政府は人権侵害と抗議しているとう。

2.作家の村上春樹がノーベル文学賞の代わりに設けられた「ニューアカデミー文学賞」最終候補の一人に選ばれたがノミネートを執筆活動に専念したいという理由で辞退された記事(毎日新聞2018年9月17日朝刊26面社会面)。

3.ストックホルムのハンデルス銀行本店の地下に、設立時から140年にわたる取締役会の議事録が保管され、その記録には金融危機は17年に1度の頻度で繰り返されるパターンが認められるという記事(毎日新聞2018年9月19日朝刊3面)。

2018/09/19

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 23 スウェーデン王立(国立)図書館

https://youtu.be/HrCHT4YHMus

【スウェーデン王立(国立)図書館での“日本人女性”によるレクチャー】

スウェーデン王立(国立)図書館 Kungliga biblioteket, National library of Sweden。図書館スタッフに日本人女性がいたことは大変心強かった。さて、館内視察。スウェーデン人のスタッフと日本人のスタッフの2班にわかれて館内の説明を受け、最後に大きめの会議場で日本人スタッフによる王立図書館のガイダンスを受けた。初めに館内メイン閲覧室(Tyst!静かに!という閲覧室前に貼り紙が。“静かに”ドアを開けてすぐに感嘆、すばらしい!ニューヨーク公共図書館の閲覧室に劣らず立派)→借出カウンター(カウンター奥の眠そうな男性の職員に、Hur mår du? Det är bra ?お元気?快調? とスウェーデン語で声をかけてみた。彼は少し照れ臭かったのか更に奥に引っ込んでしまった)→スキャニングコーナー(一般の男性が使用中だった)→日本関係の貴重書特別展示コーナー(川端康成のノーベル文学賞受賞講演本、リンネの弟子のツュンベリーの『日本植物誌』など→近くの棚にはアウグスト・ストリンドベリーの本がずらり(彼はこの王立図書館に勤めていた)→中央の階段を降りて地下の新聞など資料がおかれたマイクロ・デジタル室で担当の女性スタッフからプチ レクチヤーを受けて見学→蔵づくりの小部屋を思わせるような、特別頑丈な貴重書室で古い巨大な聖書(サイズは世界最大で13世紀のチェコにあった中世の手稿ギガス写本 Condex gigas The Giant Book: 高さ89cm×49cm重さ75kg 悪魔の聖書)閲覧→会議場で王立図書館のガイダンス聴講。プレゼンのタイトルは、In the service of democracy 民主主義社会に貢献して。この図書館の基本理念はフィンランドの図書館でも同じく掲げられていた。スウェーデンの図書館は学校図書館を含めて2400館、その頂点がスウェーデン王立(国立)図書館、予算規模は約40億円。日本語で書かれた本は全く収集していない様子。この日本人女性スタッフもメールでの問い合わせがあればできたら英語でお願いしますと言っていた。筆者は図書館の予算、収集方針、利用状況、図書館内イベント、デジタル化、社会的役割等にはごく普通に関心をもつ一人だが、それよりむしろ日本の書籍や雑誌がどれだけ収集されているかの方にどうしても関心が向いてしまうのだ。
この図書館でツュンベリーの『日本植物誌』など日本関係の貴重書を何点か拝見させて頂いたけれども、その中には日本に最初に来たとされるヴィルマンの『日本旅行記』はなかった(ひよっとしたらと一瞬わくわく感が過ったが日本人の図書館スタッフに訊ねて確認したところ所蔵していないという)。尾崎義訳『日本滞在記』(原題: Een Reesa till Ost Indien, China och Japan 「東インド、シナ及び日本への旅行」 雄松堂出版 1970年初版)には原本の扉が掲載されていてスウェーデン王立図書館蔵と記されているのだが・・・。20180919180321_00001
また、尾崎義は昭和25年の雑誌『日本歴史』(第24号~第26号、昭和25年5月~25年7月刊)でヴィルマン小伝とともに「Olof Eriksson Willmanの“日本旅行記”について―オランダ使節に随行して来朝した最初のスェーデン人―」(ヴィルマンは1652年オランダ使節アドリアン・ファン・デル・ブルクAdrian van der Burgが4代将軍家綱に謁見のため参府したときに随行した)と題して一部を訳出している(訳出頁を読むはこちら→「尾崎義訳出Olof Eriksson Willmanの日本旅行記について。該当の雑誌が古く劣化が激しいため図書館では撮影での許可のみ。P.34とP.35は撮影漏れ。そのため大分前にコピーしておいたものをあてた)。今年は日瑞交流150年の大きな節目の年でスウェーデン研究者たちによる書籍、岡澤憲芙監修日瑞150年委員会編『日本・スウェーデン交流150年 足跡と今、そしてこれから』も刊行されているが、この本の最初の方にはヴィルマンに関する記述もある。ここで注目したいのはベリエンシェーナが1647年8月8日に、コイエットが1647年に来日していることが分かっていることだろう。ヴィルマンより先に来日しているスウェーデン人がいたことだ。筆者もてっきりヴィルマンだと思っていた。ヴィルマン(スウェーデン海軍大尉)の『日本滞在記』には道中や謁見の様子が小まめに記されていて興味が尽きないが、特に何月何日某所云々と筆者の住んでいる地名も出て来て大いに刺激される。

スウェーデン王立図書館のパンフレットを見るはこちら→「20180917113622.pdf」
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【写真: ①王立(国立)図書館外観 ②閲覧室 ③壁側の書棚 ④日本関係貴重書 ⑤ツゥンベリーの『日本植物誌』の扉 ⑥⑤の本文の一部、植物の写生図を特別に閲覧 ⑦特別貴重室での中世の手稿ギガス写本Condex gigas悪魔の聖書 ⑧⑦の本文の一部 ⑨デジタルで新聞などが読めるコーナー】「20181108181937.pdf」をダウンロード

2018/09/17

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 22 トーマス・トランストロンメル氏の「わが回想」のあるシーンを地図上で歩く 続々

同じく「トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 46」(2012年1月31日 の記事)から再録。

今一万分の一のストックホルムの市内地図を広げてトーマス・トランストロンメル氏の『わが回想』に出てくる地名などを記し、その足跡を追っている。もちろん戦前と現在では街の風景は変わっているに違いないが(行ったことがないので分からないが、テレビの映像やインターネットの動画で多少知っている程度。近い将来行ってみたいが。筆者注―今回やっと実現した !)、地図上では公共の建物、駅名などはそんなに変化がないはずだが、通り名などは変化しているところもあるはずだ。また、イングマール・ベルイマン映画の『悶え』は著者の学校がロケに使われた映画で、当時の学校生活の雰囲気を見事に活写しているだけでなく、その当時の学校周辺の建物なども写し出していて大変印象深かった。特にロケで使われた学校は、威厳がある建物、また、高台にあることも映像を通じて判った。

さて、この『わが回想』をページを追いながら実際に地図上を歩いてみよう。最初出てくるのは著者や母方の両親の住所、スウェーデンボリィ33番地、ブレーキンゲ通り、その後の転居先住所、フォルクンガ通り57番地、警察本部のあるクングスホルメン(今でもこの場所にある。地図で見ると偶然にも筆者らが宿泊したホテルからすぐ近くにあるではないか)、ストックホルムのど真ん中で消えたところへトルイェット、家に帰る途中の橋ノルブロー 、旧市街ガムラスタンそしてスルッセンからセーデルへ、鉄道博物館のあるイエヴレ、国立歴史博物館通いでは路面電車でロスラグスツルまで、高台にある南ラテン中学校通勤は家からビョルンの庭園、イェート通りやヘーベリィ通りを通って行く、というように該当の地名を一つ一つ蛍光ペンで記しながら追ってみた。著者の行動範囲が判って面白かった。そして印象に残った二ヶ所―ストックホルムのど真ん中で迷って家に帰るところや南ラテン中学校通勤のところ―の距離を大雑把だが試しに測ってみたのだが、結果的には想像していたより長い距離ではなかった。テキストの地名を地図上で当たり、行動範囲を描き、点→線→面に到達していく過程の面白味を味わった。ついでにインターネットでストックホルムの現在の映像を見て、夜のスルッセン辺りを確認したのだ。それにしても周りは大小の島々という多島海である。余談だが、近代的な建物と古い建物が混在しているような街並みの中に緑色に染められた公園が多いことに気づくと同時に、病院も多く存在していることも地図で判った。

関係地図を見るはこちら→「ストックホルムの地図.pdf」「20180917122404.pdf」
※実は2012年1月時にはストックホルムの一万分の一の地図を使って蛍光ペンで関係する地名を塗りつぶして地図を保管していたが、その地図が見つからず改めて買い直そうと書店で同じものを買い求めたところ、現在はこの一万分の一の地図は発売していないらしい。仕方なく縮尺7,400分の一の『STOCKHOLM & SOUTHERN SWEDEN』を購入して使用した。

トーマス・トランストロンメル氏の作品「わが回想」に興味ある方はこちらを読まれたい→http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2011/10/post-d9a9.html

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 21 トーマス・トランストロンメル氏の「わが回想」のあるシーンを地図上で歩く 続

下記はこのコラム「トーマス・トランストロンメルの作品を読む 9」(2011年10月26日の記事)からの再録。これはトーマス・トランストロンメル氏の「わが回想」の一部(ストックホルムの中心部ヘトルイエットHötorgetの周辺で迷い子になり一人で帰宅する件。筆者の試訳)

1930年代の半ばのある日私はストックホルムのど真ん中で消えた。母と私は学校の演奏会に行っていた。入口のそばで押しつぶされて母と握っていた手を離してしまったのだ。人混みの中で何も手助けもなく流された。私は大分背が低かったから見つけられなかったのだ。ヘトルイエットHötorgetに暗闇が降りていた。身の危険を感じて私は入口に立っていた。私の周りに人集りができていたが彼らは自分のことしか考えていなかった。私は持ちこたえられなかった。死の経験をした最初だった。
パニックが起きたあと、私は考え始めた。徒歩で家に帰れるだろう。絶対にできるはずだ。私たちはバスでやって来た。いつものように座席に座って窓の外を眺めた。王宮が窓外に流れ去った。今しなければならないことは単純に同じようにして徒歩で引き返すことだった。バス停留所を一つ一つ。
真っ直ぐに歩いた。長い間歩いているとわずか一ヶ所だけはっきりと覚えていた。ノルブロ―に着いて橋の下の水を眺めたのだ。ここでの交通量は多く、私はどうしても道路を横断できなかった。私の脇に立っていた一人の男性の方を振り向いた。「ここは混んでいますね」と私が言うと、彼は手をつないで横断してくれた。
だがそれから彼は私を突き放した。小さな子どもが暗い夕方にストックホルムを一人でほっつき歩くこと、そのことがこの男性や見知らぬ大人たちには全く問題ないと思うような神経が私には分からない。しかしそれが流儀だった。旅の残像―旧市街のガムラスタンを通り、スルッセンを越えてセーデルに入った―は複雑だったに違いない。多分犬や伝書鳩がしたように同じ神秘的な羅針盤の力を借りながら自分の方向に従って帰宅したのだろう。たとえ彼らが突き放そうとしても常に自分の帰り道は見つけられる。私の歩行のこのところは何も覚えていない。確かに自己信頼度はますます増大した。だからついに家に着けたのだ。祖父が私を出迎えてくれた。包容力のある母は警察署で座っていた。私の捜索の行方を見守りながら。祖父はくじけなかった。祖父は全く自然に受け入れてくれた。もちろんほっとしたが文句は言わなかった。すべては安全で自然なことに尽きた。

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【写真: トーマス・トランストロンメル著『詩集』に収録されている「わが回想」の本文の一部。写真は1933年ルンマレにて。祖父や両親らと一緒の写真。2011年秋にe-bookでゲットしたもの】

2018/09/16

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 20 トーマス・トランストロンメル氏の『わが回想』のあるシーンを地図上で歩く

ここでかつてこのコラムで書いたトランストロンメル氏の「わが回想」に言及した一部を再録してみよう。何故なら、今回の図書館研修後の自由時間に、トランストロンメル氏の「わが回想」にある地名を実際に辿ってみる計画を練っていて地図などを用意していたからだ。しかし、後述するガムラスタン(旧市街)の街歩きに魅了されその計画は見事に消え伏せてしまった。それでもバスでの市内遊覧や街歩きでトランストロンメル氏の「わが回想」の中の地名が所々に出現していたのだ。その最たるものがHötorgetだ。
ところで、文学作品と地名・地理あるいは都市という切り口で文芸評論を書いたのは前田愛だった。つい一週間前に毎日新聞夕刊(2018年9月11日3面「著者のことば」)に明治の文豪夏目漱石に関して早大名誉教授中島国彦氏が『漱石の地図張―歩く・見る・読む』なる本を上梓したことが載っていた。本郷、小石川、牛込など坂と台地に注目して作中の場所や地理について考察。地理に着目することによって作品の時代背景が鮮明に見えてくると書いている。これほどまでに本格的なものではないが、文学鑑賞の方法論としては似通っている、トランストロンメル氏の「わが回想」の地名トレースの試みは、都市と文学、その背景を探るには路上観察の点でも少しは貢献するかもしれない。
「わが回想」は著者が60歳の時に書かれた、幼少期~大学入学直前までを綴った自伝的散文詩である。トランストロンメル氏は60歳の時に脳梗塞で倒れ、右手に麻痺が残り話すことも不自由な身になりながらも試作し生き延び、2011年にノーベル文学賞を受賞。受賞式には車イスで臨み、受賞スピーチは彼に替わって夫人が流暢なクウィーンズ イングリッシュで行ったことは記憶に新しい。また、クラシック音楽に造詣が深く自らもピアノを弾いた。2015年に83歳で亡くなっている。23年間病と闘っていたことになる。「わが回想」は、記憶、博物館、小学校、戦争時代、図書館、グラマースクール、エキソシスト、ラテン学校からなり、幼少期~高校時代の思い出が面白い可笑しく、時に哀しく綴られている。おませな子どもみたいな感じと受け取るには容易だが、むしろ今でいうシングルマザーの教師の一人息子が、絵を描き、工作や昆虫採集(このコラムでカブトムシの標本の写真があるが、これは「わが回想」に書かれている)をし、博物館や図書館通いもしている。また、学校生活特に授業のこともややシニカルに書いている。これらのことから見えてくるのは、知的で内気なしかも空想力に長けた感受性豊かな子どもだったことだ。中学生時代には学校がイングマール・ベルィマンの映画『悶え』(原題 Hets)のロケに使われて出演もしている。

2018/09/14

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 19 へトルイェトHötorget

もう一つこのコンサート ホール前の市場Hötorgetについて書き記しておきたい。前に書いた2011年のノーベル文学賞受賞者トーマス・トランストロンメル氏の「わが回想MINNENA SER MIG 1993」に出てくる印象的な場面がここHötorgetだ。「わが回想」に言及する前にトーマス・トランストロンメル氏の初期の詩を紹介したい。詩集『Dikter och prosa 1954-2004』の初期作品『17の詩篇』の有名な詩。

秋の群島

偶然にも歩行者がここで
巨大な樫の木に出会う。
幅一ハロンの王冠を被った
9月の海の
深緑色した要塞の前に立つ化石化した大鹿のようだ。

北の嵐。ナナカマドの実の房が成熟するとき。
暗がりで目が覚め
星座が木の上高く小屋の中を踏みつけているのが聞こえる。

(筆者の試訳)

また、俳句にも造詣が深く短詩を書いている。

高圧線の幾すじ―
凍れる国に弦を張る
音楽圏の北の涯。

(エイコ・デューク訳)

この詩のスウェーデン語の原詩と英訳を示そう。

Kraftledningarna
spända i köldens rike
norr om all musik.

The power lines streched across the kingdom of frost
north of all music.

2018/09/13

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 18 コンサートホール近くでランチ 続

キャッシュレスの話の続き。つい一週間前に起きた北海道の大地震で想定外の「ブラック アウト」(大停電)があったが、北海道では全域で人々の日常生活に大打撃をもたらした。そこで浮上した問題は、カード決済を中心に据えた人たちが身動きが取れない状態に陥ったということだ。自然災害で文明の利器の限界を浮き彫りにされた格好だ。日本郵便は当初の計画を前倒しにして2020年の東京オリンピック開催にあわせてキャッシュレス化を急ぐと発表したが、果たしてそんなに急ぐ必要があるのか。キャッシュレス化にはいろいろとメリットはあるらしいがデミリットも充分考慮してほしい。
さて、ストックホルムの中心街でのランチの話しに戻るが、時間制限もあってセルフ式の海鮮料理店でランチメニューから魚スープをチョイスしてレジに進んだ。キャッシュを出すとカードでと催促されたが、ここは折角スウェーデンクローナに替えて臨んだわけだから使わなきゃ損と一応押し通した。女性店員は、渋々レジの下からキャッシュを探しておつりをくれた。日本では考えられない光景だか本当に現金がないのだ。わずか20クローナ以下のランチの代金までカード支払いで済ますのだ。仲間の一人は戸惑ったがどうにかクリアした。魚スープとパンそれにビールでランチを食べ終えて、さて、トイレタイム。トイレはスクウェア形の地下食堂街の左端にあって、先客が在室中で塞がっていた。しばらく経つと次の人の順番だったが、ここで問題が。入ろうとしたら有料でしかもカードで6クローナ支払いとトイレの左側入口に小さなカード支払い機が設置されているではないか。仲間の一人がカードを入れるもなかなか「non-approved」と表示され、3度目でやっと「approvedlと表示され入れた!急いで用を足す人はさぞ困ってしまうと短絡的に考えてしまうのだが。要は慣れかー。
キャッシュレスがここまで進んでいるストックホルムの現状を「視察」できたことはありがたいことだったか、戸惑う筆者だった。

2018/09/12

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 17 コンサート ホール近くでランチ

_20180912_121813_2 【写真: スウェーデンの魚スープfisksoppa】

「百聞は一見にしかず」のストックホルム市立図書館。今度訪ねる時はじっくりと自分の好きな作家を調べたい。1日中ずっといても飽きない図書館かも。それこそハードとソフトの融合形だ。カウンター脇には軽い読物の推理小説など文庫本も。スウェーデン発の犯人推理仕立ての警部もののシリーズは世界的に知られている。もちろん日本でも人気だ。

コンサートホールの斜め前にある映画館の地下で、北欧図書館視察団の仲間2人と昼飯を食べた。ランチタイムなので混雑していることは仕方ないとしても、どんな料理を食するか少し手間取った。なぜかふとアメリカのフィラデルフィアのオールドマーケットプレスの店の光景を思い浮かべた。ぐるぐると地下食堂を一巡後、手軽なスウェーデン料理が食べられる鮮魚料理店Kajsas Fiskに入った。そこで多少戸惑いながらスウェーデンの魚スープをパンと一緒に食べたのだ。レシートは右下。20181203174358_00001_4
この魚スープfisksoppa(ネットでレシピを紹介しているので参照されたい。→http://cookpad.com/recipe/2531139#shre_mail)は、日本のあら汁に似て美味。あら汁ほど骨っぽさはないが、鱈、鮭などの切り身、じゃがいも、太ネギ、バター、トマトの水煮、サワークリームなどを入れたスウェーデンの魚スープで、一応筆者の口に合った。 しかし、先ほど“戸惑いながら”と書いた理由は、店で代金を支払う時にキャッシュを出したら怪訝な顔をされカードで支払ってくれと女性店員に言われたからだ。また、この後トイレでちょっとした事件が・・・。この話の続きはまた。

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【写真左上: コンサートホール前の彫刻『オルフェ群像』
写真左下: コンサートホールのネームプレート】

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【写真: コンサートホール前の広場】
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【写真: 広場の出店果物屋
色鮮やかに旬のものが並ぶ】
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【写真: 映画館Filmstaden Sergel 筆者たちが
入った鮮魚料理店Kajsas fiskがある地下食堂街】

2018/09/11

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 16 ストックホルム市立図書館 続

まずコンピューターでスウェーデンの19世紀の国民的作家アウグスト・ストリンドベルイを検索、次にその作家の影響大のこれまたスウェーデンが誇る映画監督イングマール・ベルィマンを検索をしていたら、クリックして行くうちにダウンロードが次々と出て慌ててしまった。終にはコンピューターが一時動かなくなったので、近くにいた図書館人に恐る恐る拙いスウェーデン語と英語で訊く始末。我ながら少し恥ずかしかった。でも、少し離れたところから大丈夫かと伺っていたら、コンピューターはフリーズしていず動いていた。一安心。
「イングマール・ベルィマンのコーナーは階下です」と親切にも教えてくれたが時間がないため、階下へ行くことを断念せざわるを得なく説明会室へ。図書館人に折角教えてもらったのに大変残念だった。筆者らを案内してくれた人の良さそうな図書館人は、ホテルから近いからまた寄ればと気さくに話してくれた。筆者は文学特に詩のコーナーを見つけて最近刊行された古典から現代までの分厚いスウェーデンの詩のアンソロジーを閲覧することができた。カメラに収めたことは言うまでもない。

「ねぇ、ねぇ、この書棚を背景に私を撮ってくれませんか」
しきりにカメラに収めることに余念がない視察団の一人が声をかけてきた。
「いいですよ、バックが円形で書棚が超高い、きっと映えますよ」
筆者も撮ってもらった。

活気のある説明会が終わり館内を一巡、目立ったのは総選挙の期日前投票のコーナーだった。四角い箱に色別に政党名が書かれていた。有権者は自分が入れたい候補者と政党名を選んで投票するようだ(定数349のスウェーデン総選挙は、比例代表制で310議席が29選挙区、残りの39議席は全国で得票に応じて配分されるシステム。有権者は726万人―毎日新聞2018年9月11日付朝刊8面。選挙の仕方についてはこちらが参考になる→https://www.thelocal.se)

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【写真: 検索して出てきたアウグスト・ストリンドベリイの画面】
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【写真: 借出場所】

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【写真: 館内にある期日前投票所】


ストックホルム市立図書館のパンフレット。8月~10月にかけての行事も掲載されている。パンフレットを見るはこちら→「20180917113011.pdf」

2018/09/10

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 15 ストックホルム市立図書館

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ストックホルム市立図書館には今スウェーデン総選挙用の事前投票所が設置されている。今回の選挙ではEU離脱や移民問題が争点で、事前の調査で反移民政策を掲げる極右政党のスウェーデン民主党が大躍進して社会民主労働党を押し退けるとの予測が出ているらしく、こうなれば1917年の結党以来初めてで政治の舵取りが難しく一大事である。ここに来てSNSなどで極右支援の大量の書き込みがあるとの不穏の動きも。
(筆者注: 今朝総選挙の結果が出て極右政党が大躍進するも、現政権のロヴェーン首相率いる中道左派・社会民主労働党が第一党をかろうじて守った格好だ。EU離脱や移民政策問題を抱えて政権運営が難しくなった模様。詳しくはこちらを参照→https://www.dn.se)。

建築家グンナール・アスプルンド設計のストックホルム市立図書館は、外観から圧倒される。 『世界の図書館』にも掲載されている有名な図書館だ。優しそうな女性図書館人が北欧図書館視察団を迎えてくれた。エントランスすぐに円形の大書架が並ぶホール。見事と言うほかに言葉がない。Det är mycket bra !今までに見たことのない図書館だ。しかもサーメ語など少数言語にも配慮されながらジャンル別に開架されている。京都の国際日本文化研究センターの図書館も円形だが規模が小さい。規模が違う、人が違う、意識が違う―。

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建築家グンナール・アスプルンドについて。市立図書館のパンフレットを見るはこちら→「20180917113540.pdf」


追記 最上部分には[SHONLITERATUR PA SVENSKA スウェーデン文学]、下の部分には[MEANKIELIメアンキリ北方少数民族語の一つ、フィン語の一方言]、[SAMISKAサーミスカ北方少数民族語の一つ、サーメ語]のジャンル名を読み取ることができる。メアンキリ語やサーメ語など少数民族の言語で書かれた本も並ぶ。(2018.12.27 記)

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2018/09/09

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 14 憧れのスウェーデン・ストックホルムバス遊覧

スウェーデンは他の北欧諸国、特にアイスランドやノルウェーとともにいつかは行ってみたい国だった。約30年前にニューヨークのケネディ空港で見た鷲の翼をもつコンコルドの飛び立つ勇姿を近くで見たとき、これでニューヨークから北欧に一気に飛び立てると真剣に考えた。しかし、今はそのコンコルドはない。それ以来北欧特にスウェーデン行き決行は延びに延びてやっと今回実現の運びに。
それは空路ではなく航路の終着点ストックホルムから始まった。シリアライン ターミナル内で現地ガイドと合流してバスに乗り込んだ。北欧図書館視察団のスウェーデン最初の図書館研修は、ストックホルム市立図書館だ。約束の見学時間にはまだ早いこともあって、少しの間バスでの市内遊覧となった。ストックホルムの東端Värthamnenバットハムン港シリアターミナルからバスはゆっくりと窓外を眺められるようにスピードを落として走行。まず現地ガイドさんが案内したのは、ヤーデットの芝で覆われた小高い丘、元は軍の練習場だったところ、次にスウェーデンテレビやラジオ放送局。実は筆者が常に現地語の生きた言語を身につけたいと考えてスウェーデン語放送をネットで聴いているのだ。その放送局を案内されたのだ。感激!ここで放送しているんだ、最新のニュースや天気報それに身近な話題を英米ほかのポップミュージックを挟んでネット配信している。1、2カ月前だったか、Kポップって、なにと質問していたアナウンサーがいたが)。最近のネットだと音声だけではなく、写真付きの記事がリアルに見れるから今は便利な時代である。ドュールゴーデン地区に入ると人気のスウェーデンが生んだ4人組ポップグループ、アバ(1970年代、「ダンシング クィーン」が代表ヒット曲)の博物館、ヴァーサ博物館、途中世界最古の野外博物館スカンセン(古き良き時代のスウェーデンが見学できる。本ではよく知っていた)の一角では、日本人たちによる撮影が行われている現場に遭遇した。来年のNHK大河ドラマ「いだてん―東京オリンピック噺 オリンピックに初参加 金栗四三」のストックホルムロケと判明。主役の中村勘九郎も来ていた。来年5月頃放送予定とか。
バスはトラムなどとすれ違いながら王立劇場などのある高級住宅街(住宅は今は供給不足、分譲と賃貸の割合は6対4だそうだ)や湖岸通りを抜け、王宮や大聖堂があるガムラスタン(12、3世紀~17世紀の建物で国の重要文化財に指定されている旧市街)からセーデルマルム地区のスルッセン方面へ。メーラレン湖とバルト海の水面を調節する水門(スルッセン)は、今150年に一度の改修工事中で大型の重機が何台も動いていた。2030年に完成予定らしい。先ほど通った湖岸通りに『ユニクロ』が明日北欧初の出店で開店準備中。店の前には大きな赤いユニクロの文字が踊っていたばかりでなく、トラムやバスにも派手な宣伝を繰り広げていた。スウェーデンのファストファッション『H&M』に向かい撃つビジネス展開になりそうだ。日本のアパレル企業がデザインの優れた北欧の地で認知されるか。
バスはさらにメーラレン湖河畔の橋を渡ってしばらく走り小高い丘で少しの間停止した。そこはストックホルムの王宮など有名な歴史的な建造物が一望できるまさしく絶景で撮影スポットになっている。なるほど北の水の都ベニスという意味がここに来て初めてわかる。14の島々からなるストックホルムは水の都で島を繋ぐフェリーが頻繁に出ている。ニューヨークのブルックリン橋の撮影スポットから眺めるマンハッタン島とはまた違った趣である。筆者流の新たな絵葉書が出来た格好だ。

追記 たまたまかは知らないが(そんなことばのニュアンスだったか)、シリア ラインの船着き場から次の訪問館のストックホルム市立図書館へ行くにはまだ時間がたっぷりあったので、バスガイド付きのバスでの市内観光となった。改めて旅行会社が作成した大まかなスケジュールを確認したがそこには市内観光とは書いてなかった。
バスの中から撮影したストックホルム市内をビデオで観るはこちら→
【ストックホルム市内観光①】
https://youtu.be/dzR6xuEITHw
【ストックホルム市内観光②】
https://youtu.be/rux7CFzUsQE
【ストックホルム市内観光③】
https://youtu.be/vYzV31a5cZc
【ストックホルム市内観光④】
https://youtu.be/mNP4NfQPaDw

2018/09/07

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 13 スウェーデンのストックホルム港に入る前に

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てっきりスウェーデンのストックホルムにはアーランダ空港から入るものと勝手に想像していたが、いやいや、フィンランド湾、バルト海をショートクルーズしながら夕暮れ、夜、早朝としばしゆったりとした“海上の時間”を楽しんだ。晴れが続くかと思いきや、やがて暗雲が立ち込め忽ち雨に。3時間位過ぎると、今度は晴れ間が見えるという具合に気まぐれな天気に遭遇しながら船旅の醍醐味を味わった。暗雲が立ち込めた光景は不気味で、何故かイングマール・ベルィマンの映画の一シーンを思い浮かべた。北欧の人たちは、天気を気にせずマイペースでむしろ気まぐれな天気を楽しんでいるらしい。我々日本人は雨に対してセンスシティブだ。そのことは日本文学や随筆を読めばよくわかる。日本語には雨を表す表現の何と多いことか。しばし、待てよ旅人、このバルト海を眺めると見方が変わるような気がする。秋から長い冬を思うと激しい風雪に耐えなければならない過酷さを想像してしまうのだ。また、バルト海は、ヴァイキングの時代、中世のハンザ同盟の沿岸交易の時代、近世の覇権争い、近現代の戦争の時代には要衝海域であったため幾多の戦いの場ともなった歴史をもつ。
そうして、「シリア シンフォニー」号のデッキに立って朝日を拝めれば、少し前の真夜中の揺れは何だったのか。快と不快のはざまで心も揺れ動いたことは確かだろう。このルートは途中オーランド諸島のマリエハムンを経由してストックホルム港に朝9時半に入る。時間を1時間戻してしばらく経つが、ストックホルムが近づくにつれて群島のサマーハウスが所々に姿を現わし始めた。本で読んだ光景が広がる。サマーハウスを持つことはスウェーデン人のステータスなのだ。そうした贅沢な早朝の景色は点在するサマーハウスを視野に入れて船が、静かに方向をかえて旅の終着地ストックホルムに入っていく。ゆったりとした時が流れていくのを感じた。

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【写真: 上 船上からの朝方の眺め 写真: 中央 島々に点在するサマーハウスと思しき建物 写真: 下 ストックホルム港】


2018/09/06

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 12 豪華客船シリヤ シンフォニーでバルト海クルーズ 続

フィンランディア ウォッカ。京都の祇園にある店の名前も『フィンランディア』。7階のお店が並ぶフロア。スーパーマーケット。ムーミングッズ。That's show time. デッキからの眺め。

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『シリアシンフォニー』号にはもちろん書店も図書館もなかった(笑)

2018/09/05

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 11 豪華客船シリヤ シンフォニーでバルト海クルーズ

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いつかは豪華客船に乗船してみたいと考えていたが、まさかこういうところで実現するとは夢にも思わなかった。横浜の大桟橋では飛鳥Ⅱ号を時々見かけるし、入港すると話題になるクイーンエリザベスⅡ号などはよく知られている。また、地中海あたりではこのような豪華客船クルーズが事故にあったりして深刻な事態を招いたこともテレビの報道で広く知られた事実。夢を運ぶ豪華客船が一瞬悪夢化し絶望の淵を渡る―。映画でお馴染みの豪華客船(タイタニック号)の沈没事故はこの典型だろう。
それはさておき夢の舞台に乗船だ。2000人以上の乗客を乗せた「シリア シンフォニー」号は、現地時間午後5時一路バルト海をクルーズしながらスウェーデンのストックホルムへ。快晴、気温24度。出航だ。11階のデッキから眺めるヘルシンキ港は180度パノラマの正真正銘のオーシャンビューである。船が離れる模様はしっかりとビデオカメラに収めた。船中一泊の始まりだ。フィンランドやスウェーデンなど地元のリタイア組のグループ、南米、韓国のグループ、日本のグループなど若い夫婦や老人まで多種多様である。6階と7階にはカフェやレストラン、土産物店、スーパーマーケットなどが並ぶ。7階のインフォメーションセンターではユーロからスウェーデンクローナなど両替ができる。何せお金に関しては慣れないと小銭がどんどん溜まってしまうのでウンザリしてしまうほど。トランジットのデンマーク・コペンハーゲン空港ではユーロは使えるがお釣りはデンマーククローナ、フィンランドではユーロのみ、スウェーデンではスウェーデンクローナのみ使用できると国よってまちまち。EU域内外の経済事情が覗けて興味深いが、観光客としては厄介である。特にスウェーデンは世界でもっとも進んだカード社会でそこではキャシュレスが浸透していた。スウェーデン中央銀行が紙幣を造るのを止める議論までしていると報道されて知ってはいたが、ここまで進んでいるとはリアルに驚きである。実際に遭遇した事例はのちほど紹介したい。
やがて楽しい夕食の時間。6階のレストランでビュッフェ形式のディナー、英語、フィン語、スウェーデン語で書かれたメニューは分かるが日本語で書かれたメニューがあったのにはサプライズだった。サーモンの生と焼き物、ゆで卵とスクランブルエッグ、エビ、小魚、ムール貝、ローストビーフ、ハム各種とソーセージ類、ミートボール、ポテト、キュウリやトマト、パン各種、軽いビールにワインなどを嗜んだ。もちろんこの他にも揚げ物、肉類(固そうだった)、ヨーグルトやデザート各種、ソース各種など。サーモンはさすが本場もので美味。意外や意外、キュウリがヘルシンキの朝食でもあったが新鮮で美味しかった。筆者的には醤油がほしいところで、周りを見渡したらやはり調味料コーナーに塩、ソースと並んでキッコーマンの醤油瓶があった。味付けに使ったことは言うまでもない。料理は自然の恵みがもたらす最高の贈物、感謝しつつ食べた。
下記の写真の説明、上から下へ。
サントリーのウィスキー「響」など高級ウィスキーが並んだ土産物店のコーナー。「響」は日本では手に入りにくいらしい。現に筆者の利用する駅近くの酒店では「響」は品切でいつ入荷するか分からないとわざわざ貼り紙が。6階のレストランでのディナー。7階のインフォメーション センターと寿司店にあった日本のサッポロビールとキッコーマン醤油。働いている人は全員外国人。

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クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 10 ヘルシンキベイエリア

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【写真: ホテルに隣接する日本人経営のおみやげ店『NORDIC STAR』で買った2枚の絵葉書】

今まであまり触れずずまいだった『Library 10』は、音楽関係に特化した公共図書館で郵便局の2階にある。3Dプリンターもコンパクトだが使えるしまた、音楽スタジオまで装備されているのにはびっくり仰天。音楽関係が中心なので書籍はほんの一角にあるにすぎない。郵便局の上とあってロケーションもよく、かなり活用頻度も高いようだ。バックヤードで説明会を催したほどで館内は狭く少しごちゃごちゃしている感じは歪めない。帰り際出口付近で本格的な回転寿司店を見つけたがまだ開店していない様子。

さて、ヘルシンキベイエリアを少し活写してみよう。ホテルから次の訪問国スウェーデンのストックホルムに船で向かうためベイエリアの船の乗船口にバスを走らせ、しばしくつろぎの時間があった。同じ港町横浜赤レンガ倉庫の個性的な商店街を思い浮かべるにはそう時間がかからない、同じような雰囲気のマーケットプレスがあって店が数珠繋ぎに隣接して商いをしていた。その数4、50軒あるかないか(ビデオには収めたが・・・)。その先にはシティホールがあって船着場近辺には屋台が犇めきあっている。山下公園にたくさんの屋台が並んでいる光景を想像すれば足りる。面白かったのはビールを置いている店がほとんどないことだ。フィンランドはアルコールの厳しい規制があって普段スーパーなどには度数が軽いものしか売っていないというのだ。ものの本によれば、3時間で行ける距離にある隣国エストニアのタリンに行ってアルコールを嗜むそうだ。で、昼間から酔いしれているのはフィンランド人ばかりといわれているらしい。筆者は北欧でもこんなに暑いのは珍しいのではないかと少し戸惑いながら、やはりこのベイエリアでビールを嗜むのが一番と4人でシティホールのすぐ近くにあるレストランのオープンテラスに座って地元のビールで乾杯した。スコール!遅い午後の燦々と輝く陽を浴びて飲むビールは幸せそのもの。皆さん、次第に赤ら顔になった。
乗船時刻が刻一刻と近づいている。あと10分で乗船である。左前方高くには観覧車が回っている。その一つだけサウナ付きのワゴンがあって、現地ガイドさんによると、乗るにはかなり高いお金を払わなければならないらしい。
港町ヘルシンキは雲が泳ぎ、豪華客船が停泊する蒼い海に夏の影を大きく落としていた。まるで絵葉書の世界にいるように色鮮やかである。

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2018/09/03

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 9 パシラ図書館研修・館内視察

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ヘルシンキ中央駅から一つ目の駅パシラ駅に隣接する公共図書館の中枢的な役割を担うパシラ図書館(ヘルシンキの東側)。パシラ駅は改修工事中で駅の外観は少し見えたにすぎない。背の高い図書館人に淀みのない英語で30分ほど図書館について説明を受けた。図書館の人から撮影許可を得て筆者はここでもビデオカメラを回した。その後女性図書館人に館内を案内されながら、有名な建築家の設計による閲覧メインステージ(天の川など宇宙をイメージして造形)、音楽関係の棚、日本書の棚(二昔前の日本の文学、辞典、日本語関係書、評論、文学などが並んでいた。最近は日本語が人気だという)、マンガ(“manga”とローマ字表記されていた)、児童書コーナー(担当者にプチレクチャーを受けた)、バーチャルコーナーなどを見学。この館内での注目は、移民の人たちにフィンランド語を基礎から教えるコーナーが設けられていて、講師はボランティアで行っていることだ。また、本と接することが苦手な子どもたちには専門校で特別に訓練を受けた読書介助犬がつく。「今日はサーメの子どもたちも来ていますよ」とは女性図書館人。サーメとはノルウェー、スウェーデン、フィンランドやロシアに跨がって住んでいる北極圏に近いラップランドの少数民族の名称。ともかく少数民族にも手厚く、多言語多文化を受け入れて多様性に対応していていることが見事である。女性図書館人もお気に入りの螺旋状に多種多様な書籍が積み上げられた、本物そっくりの彫刻が2階の中ほどにあった。「実はこの中には針金が施されているの」と親切にも種明かしまでしてくれた。日本語のドラえもんの漫画もあってその収書能力の高さを伺わせる。実はこの12月初めにヘルシンキ中央図書館の開館に伴って一部ジャンルを移す計画だという。図書館研修・視察は貴重な体験の連続と発見の旅でもあるのだ。

先に少し触れたヘルシンキ大学図書館では、今は購入予算の95%が電子情報(デジタル化された情報)で紙媒体はわずか5%にすぎないと図書館人から告げられ、かつて書籍の受入をしていたコーナーを実際に見学し、パソコンやコピー機などが置かれただけのサッパリしたコーナーに変わっていたのを目にした時にこれまた、強いショックを受けた。ほんの少ししか紙媒体の本を買わないというのだ。女性の図書館人に説明を受けながら館内を一巡、芬語、瑞語、英語、独語、露語などで書かれた専門雑誌閲覧室、少し贅沢な大学院生の個室や子ども預け室それにテラスに出れば外の景色は最高、リラックスできるようにレイアウトされている。書棚の中に日本の駒沢大学から寄付された仏教書(現地のガイドさんも言っていたが)、歴史書、文学書、辞典や語学書などが並べられた日本書のコーナーもあった。昨日一番目に訪問したフィンランド国立図書館は納本制度(legal deposit)を実施ている特別な図書館だが、ヘルシンキ大学は機能性を重視したリアルな図書館で世界の大学ランキングの上位入りを目指して戦略的に大学・大学図書館運営を図っている。そして目標はほぼ達成していると数字を示してくれた(プレゼンで)。かなり努力しているのが分る。

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【写真: 研究社の『英和大辞典』や『和英大辞典』などが棚に 】
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【写真:日本書の棚 仏教書など】
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【写真: テラスからの眺め】

2018/09/02

クロカル超人が行く 219 【北欧最新情報】 北欧フィンランド・ヘルシンキ&スウェーデン・ストックホルムとウプサラの旅 8 アカデミア書店

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『マリメッコ』のすぐ近くにある『アカデミー書店』(Akateeminen Kirjakauppa, AKademiska Bokhandeln, Pohjoisesplandi 39)。筆者は西側の入口から入った。建築家アルヴァ・アアルトAlva Aaltoの設計で有名な回廊型の書店だが、2階のカフェ『アアルト』は映画『かもめ食堂』のロケにもなった建築家の名前を冠したカフェでフィンランド人の憩いの場所でもあるようだ。吹き抜け三層構造で天井から陽が入るように透明な天窓があり、明るく開放的な書店である。棚指し部分はもちろんあるけれども、平台、平積みのスペースを重視していて本が溢れていた。しかも造本も良くカラフル。フィン語はローマ字通りに読めば良いらしいが難しい。現地ガイドさんに教えてもらった早分かりフィン語の一つ、「i」で終わる単語は外来語ということ、たとえばkioskiなど。値段的には高め。2階にはガイドブックなど日本書もあった。

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