« 超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 3 | トップページ | 超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 5 »

超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 4

第4章は「シアトルの石灯籠とバラ」。関東大震災の見舞金のお返しに横浜市がシアトル市に石灯籠を贈り、また、シアトル市が2000本のバラの苗を贈った話。いい話である。まさにgoodwill diplomacy。その重たい石灯籠を運んだのが移民船としても有名な日本郵船の船。つい最近では高円宮家3女の絢子さまと婚約したのが日本郵船の社員だ。ということで日本郵船の社員の名前が大きく報道され一躍時の人に。その日本郵船株式会社は1886年(明治19)に創立、戦前最大の輸出品生糸を主に運搬したことで知られる。北米航路のほか欧州や豪州の三大航路を開設 し、北米航路では日本から移民を運びやがてはシアトルに日本人町を形成するほどに。話は逸れるがこの欧州航路を利用して横浜からマルセイユ経由でロンドンに留学したのが詩人で英文学者の西脇順三郎である。
さて、戦争を挟んで紆余曲折するが、日本郵船の日枝丸が運んだ石灯籠はシアトルに、お返しとして贈られたバラは横浜のこども動物園で健在だという。日米を跨いだ市レベルの交流史である。
第5章はユダヤ系ドイツ人故にナチスドイツから逃れて翻弄する家族の物語。著者は2001年春にカナダのヨーク大学の教員ゴッドフリート・パーシェ氏に会い、母が書いた回想記「Our Thanks to the Fuji-san」をもらった。それをもとにドイツから来た家族を紹介している。本書に沿って追おう。ゴッドフリート・パーシェ氏の母親は、ドイツの貴族出身で名はマリア・テレーゼといい、ヒトラー政権樹立の1933年にベルリンで東洋学を志すヨーン・パーシュという青年と結婚する。その青年の父親はユダヤ人でかつ祖父が社会主義者。ニュルンベルグ法(ユダヤ人の市民権を剥奪したりユダヤ人との結婚を禁じた法律)成立の前年1934年にドイツを離れる決心をする。オランダそしてロンドンに渡り、そこで当時横浜正金銀行ベルリン支店駐在員よで休暇で一時帰国途上の久米邦武・多賀子夫妻(久米邦武は『米欧回覧実記』を編纂した人。筆者はかつてこの岩波文庫版『米欧回覧実記』を持参、読みながら最初のニューヨーク行きを敢行した。1980年代半ば過ぎだ。ある先生が久米編纂のは間違いがあるとしきりに言っていたが、何年か前にその内容を照合して修正した本が慶応大学出版会から出た。水澤周『現代語訳 特命全権大使 米欧回覧実記』だ。何度か買おうと書店に足を運んだが高額なので買えず。今は廉価版も出ている)、娘寿賀子に出会う。久米邦武は真珠王木本幸吉の甥、妻多賀子はホテルニューグランド、サムライ商会などを経営する日本有数の実業家野村洋三の三女だった。日本郵船の欧州航路で横浜へ、ホテルニューグランドに投宿した後野村家の別荘を提供される。ここまで来ると出会いが運命的で日本人のもてなしも卓越していると言わざる得ない。度量が深いのだ。さて、その後。横浜ニューグランドに投宿した時のマリアの回想記。トーフ入りの味噌汁に馴染めなかったのか、クリームを入れて飲んだと。木の風呂や海苔がまだとれた時代の様子も。戦前の横浜の生活の様子が書かれていて面白い。それこそ詩人西脇順三郎の夫人だったマージョリーさんの挿絵が入ったキャサリン・サンソム著『東京に暮らす』を彷彿させる。時代もそう違わない。(続く)

|

« 超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 3 | トップページ | 超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 5 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/77059/66897518

この記事へのトラックバック一覧です: 超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 4:

« 超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 3 | トップページ | 超人の面白読書 132 大西比呂志著『横浜をめぐる7つの物語』 5 »