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2017年10月

超人の面白読書 130 小冊子『神保町が好きだ!』第11号 特集 神田神保町書肆街考

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台風が過ぎ去った日の朝は秋晴れそのもので清々しい。このところ週末に二度も台風が日本列島を襲ったから尚更だ。
神保町古本祭りは10月27日~11月3日まで開催中だが、前半3日は雨にやられた格好だ。どうやら今週は木曜日頃までは天気はもつようだ。関係者は天気に負けず一踏ん張りしてほしい。
さて、東京古書会館で見つけた小冊子『神保町が好きだ!』最新号は、かつて筑摩書房PR誌『ちくま』に4年にわたって連載された『神田神保町書肆街考』を特集している。対談や座談会形式でわずか34ページだが内容は面白くかつ刺激的だ。鹿島茂、逢坂剛、森まゆみ、飯澤文夫、江草貞治、亀井崇雄、酒井健彦、八木壮一のそれぞれの分野の本に関するオーソリティーが登場している。(続く)

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超人の面白ラーメン紀行 238 神田神保町『黒須』

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今年も始まった神保町古本祭り。その古本を漁る前に専大前、集英社の通用口の真ん前にある、隠れ家風のラーメン店『黒須』に寄った。たまたま読んだある小冊子の座談会で古本屋の店主が薦めていたので出掛けた次第。神保町界隈のラーメン店はこれで何軒目か、結構通って食べ歩いているがまだまだ奥が深い。それに最近特に新興ラーメン店の進出が多くフォーローするのもしんどい。
さて、初めて入る店は、定番のラーメンを頼むのが筆者の流儀だが、あえて少し高額の特製醤油蕎麦(1000円)に挑んだ。カウンター7席しかない、a tiny ramen noodle shopで待つこと7分、若い男子がつくり若い女子が運んでくれた特製醤油蕎麦、これまた筆者の流儀に倣ってスープを一啜りした感想はelegant and rich taste。淡麗系で西早稲田の『らぁ麺 やまぐち』似だ。やや甘味のある醤油を使い、更に香味油のほのかな匂いも醸し出す。麺はやや黄色味がかった細麺ストレート系でスープによく絡んでいた。トッピングの赤味がかったチャーシューはよく調理されていてやわらか、美味。ゆでたまごの硬さ加減もいい。刻んだネギやミズナそれに太めのメンマも見た目だけではなく味にもワンポイント彩りをつけた感じだ。完食。今度は塩や煮干蕎麦に挑戦したい。
営業時間: 11:00ー15:00のみ ! 定休日: 日曜・祭日

神田神保町『黒須』1.スープ★★★2.麺★★☆3.トッピング★★★4.接客・雰囲気★★5.価格★★

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夜、灯りが消えたばかりの神保町古本祭りの会場のある一角、『兵六』を右折した路地の『ミロンガ』でブレンドコーヒー(700円!)を啜った。

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追記 『黒須』再訪。今度は特製煮干蕎麦(1000円)を食べた。淡麗系究極のラーメンと言いたいところだが、如何せんダシが効きすぎた。少々硬めの麺ややわらかチャーシューは美味。ラーメンを極めたいという情熱が伝わる一杯。味にこだわり、1日100杯限定。(2017.11.16 記)

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超人の生真面目半分転生人語 最近の政治ショー 続

大型台風21号が関東地方に接近した22日の日曜日、衆議院選挙が行われた。悪天候にも拘わらず前回より2ボイント以上上がって戦後最低の投票率は回避。だが、開けてみてビックリ自民党の圧勝で小池“希望の党”は絶望の党化し、「選別」・「排除」から立ち上がった枝野“立憲民主党”の大躍進、公明党、維新の会、共産党が伸び悩みの選挙結果となった。東京新聞夕刊(2017年10月23日)によれば、自民280(290)、公明29(35)、立憲54(16)、共産12(21)、社民1(2)、希望49(57)、維新10(14)、こころ0(0)、諸派・無所属26(37)。()内の数字は公示前の数字。安倍総理は今回の選挙で、もりかけ問題解決、実感できない経済、消費税率引き上げ、原発問題それに格差や憲法改正などを遡上に乗せず、北朝鮮の脅威論や教育の無償化、子育て支援など国民にすり寄った公約で、はぐらかされたような選挙戦だった。にも拘らず、自民党の圧勝だ。阿倍総理率いる自民党に対して、小池希望の党がもう一つの保守としての立つ位置を明確にしながらも、充分な批判足り得ず自滅してしまった感が強い。小池希望の党への民進党との駆け込み合流でにわかにできた故の政治理念の未熟さと曖昧さが露呈した形だ。総選挙後の昨日、落選した小池百合子代表の側近の若狭勝氏がいみじくも「排除」はキツかったと語っていた。いやいや、“緑のタヌキ”と揶揄した自民党の輩もいたようだ。小選挙区制度がまたもや憚り野党の苦戦が強いられたが、一つ、共産党にみられる共闘が意外と新たな道を模索するきっかけを創ったかも。野党の統一的な戦いができればやがて面白い政治ショーがみられるか。マックス・ウェーバーの『職業としての政治』を持ち出した選挙特番のテレビ局もあったが、やはりstatesmanとpoliticianの違いを見せつけられた衆議院選挙だった。
20日間にわたって途切れ途切れに綴ったこのコラムも、この間身内に不幸があったりと非日常の世界も味わったが、政治に携わる人はやれ不倫だとか国会答弁が できないとか極めて不誠実な議員をそれこそ“排除”してほしい。いや、有権者が選ばないことだ。今回もそんな連中が当選している。小選挙区制のおかげと野党分裂で漁夫の利を得た自民党だが、この日本国はどうなっているのか、政治倫理が問われている。それより何より安倍首相のもりかけ問題の解決、これこそ問われている問題なのだ。もう一つ、原発問題はどこへ行った? (2017年10月24日 記)

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超人の生真面目半分転生人語 最近の政治ショー

10月に入ってまだ暑い日が続くかと思いきや、寒気が急にやって来た。昨夜は十五夜、仲秋の名月を雲の間から見えて予想外。月にはうさぎはいなかったが地上にはぴょんぴょん跳ねるうさぎがあちこちに。月が出た出た、とは何とのどかなことか。十五夜が見える縁側に季節の花の薄と一緒に備えられた団子を物色するため、悪ガキ隊がめぼしい家を回っては長い棒で突いて獲物をゲットして食べるスリル満点の、畏怖と驚嘆が複雑に絡み合うキッズゲームも懐かしい。ご馳走に預かりそうな家を探すのがミソなのだが。その風情は消えたが心象風景としては永遠だ。筆者などは年少組でよくやらされたものだ。
最近はショッキングな内外ニュースが入れ替わり入って来て、それこそ自分なりに整理するのがタイヘン。
9月に入って北朝鮮の挑発、アメリカの人種差別問題、イギリスのEU離脱問題、フランス大統領の不人気、ドイツメルケル首相率いるキリスト教民主同盟の辛勝、ロシアの不気味な政治的な動き、クルド人の独立運動、中国の習近平体制の異常なまでの政治基盤強化策、メキシコの2度にわたる大地震やカリブ海沿岸国やアメリカを襲ったハリケーンなどの自然大災害、スペインバルセロナの住民投票での独立宣言そして信じられない事件、アメリカラスベガスでのコンサート銃襲撃事件等々目まぐるしく世界のあちこちで重要なことが起こり、ニュースになって瞬時にオンラインで知らされる。
日本国でも安倍晋三首相が伝家の宝刀を抜いて突然の大義のない(自分では取って付けたような“国難選挙”と言っているが)衆議院解散を宣言、実りの秋の大繁忙期に600億円かけて馬鹿げた選挙に打って出たのである。野党の再編が固まらないうちに、もりかけ隠しを押し通して、自公が圧勝すれば国民の信任が得られたと憲法改正を急ぎ、憲法第9条に自衛隊明記ができると考えているのだ。ある議員の言葉ではないが“わが逃走”選挙だろう。で、先の東京都の都議会選挙で大躍進した都民ファーストの会率いる小池百合子都知事と、民進党の代表や他の保守系の議員が話し合いを持ち、新たに希望の党が誕生し、小池百合子都知事が代表になった。安倍晋三首相もまだ野党が再編準備中と踏んでいたのでこれは明らかに誤算、しかし、保守系新党の希望の党の小池百合子代表が、民進党全員を引き受けて民進党の解党→新党合流の流れになりかけたが、リベラル派や首相経験者は排除すると言い出し、新たに枝野幸男議員が代表の立憲民主党まで出来てしまった。9月28日から10月4日までの政界の地殻大変動劇は、国民のなかで選挙に勝ちたいばかりの国会議員のエゴが目立ち過ぎると筆者には映る。国民不在なのだ。何が何だかさっぱり分からないとぼやく有権者は筆者を含めて多いはず。保守対保守では自民党の補完政党で、政権取りを狙った動きと思っても政策的に違いのない政党集団を作ったに過ぎない。小池百合子都知事・希望の党代表よ、あまりにも急ぎて綻びも見え隠れしないか。細川護煕元首相も小池氏に苦言を呈しているなど気をもんでいる様子(2017年10月4日付毎日新聞夕刊)。2017年10月3日 記。

ここまで書いて少し各党の闘いぶりをみようと様子見していたら、新聞などの序盤戦のアンケート調査が出て、小池の希望の党が失速、枝野の立憲民主党が大躍進、自民党が300議席に迫る勢いという意外や意外の調査結果。政治は一寸先は闇とはよく言ったものだ。“排除”が有権者に予想外に効いて希望の党に風が吹かなかったか。まだまだだが、果たして終盤戦、どうなるか。(2017年10月17日 記)(続く)

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クロカル超人が行く 八丁堀欧風カレー『ロダン』のカツカレー

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八丁堀にある欧風カレー専門店でロースカツカレーを食べた(850円)。カツは揚げたてでサクサク、カレーは甘口の欧風。燻玉と小さめのじゃがいも半分もサイドに。手作り感たっぷりだ。店主はテレビのバラエティー番組に出てカツカレーを実際に揚げて供した。その食べ方コーナーで師匠のマッキー松元がカツカレーの究極の食べ方を伝授。①カツにルーをかけない②カツはフォークで半分にカット③重ねる順番で味が変わる。③の場合、ごはん、カツ、カレーと組み合わせが6通りあって、それぞれの味が楽しめる由(詳細はこちらにアクセスされたい。https://selfshot-digi.com)いざ食べる段階になると忘れてしまい、カツにカレーをかけて食べるといういつものパターンに。今度はフォークとスプーンを使って食べてみたものの、ぎこちなくステーキを食べるスタイルでナイフを探したが見つからず(ひょっとしたらフォークやスプーンが置いてあるところにあったか?)、結局はスプーンでカツを切りフォークで刺して食べた。ガツンと一切れ全部食べるのが普通かも。カツカレーと言えば、筆者的にはその昔白山上にあった洋食屋が思い浮かぶ。ステンレスの皿にカレーをたっぷりかけたカツカレーだ。今もそのイメージが強烈で頭から離れない。
『ロダン』のロースカツカレーは上記の写真のように見た目はきれいで美味だが筆者的にはもう少し辛いカレーが好み。フランス的な絵が飾ってある店内は15、6人が入れば一杯の昔風な雰囲気の店。券売機は外に備えてあって店構えもレトロ。入ってすぐにアジア系の女性に案内されたのにはビックリ。スタッフは店主ほか3名。店の昼終了時間の40分前に入ったが、この時間帯でも客が結構入って来る。これでカツカレーの店1位、2位を“制覇”。あとはキッチン南海のカツカレーか。キッチン南海のカツカレーはずっと昔に食べているはずだが。

追記 これが『キッチン南海 神保町店』のカツカレー(750円)。カツはサクサク、カレーは甘系。(2017年11月20日 記)

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超人の面白ラーメン紀行 237 御茶ノ水駅『なおじ 御茶ノ水店』

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2017年9月オープンの新潟のラーメン『なおじ』の御茶ノ水店。2010年6月に某大学大学院生の合宿に誘われて2泊3日の旅(新潟市内での学会参加→佐渡島での合宿)の途中に寄ったのが『なおじ』。ラーメンの下調べをして筆者が先生方他を誘ったのだ。この時は醤油味の「なおじろう」を食べたが、御茶ノ水店にはこのメニューがなかった。食べたのは「中華そば」(720円)だ。鶏ガラ+煮干しのダブルスープ、もちもち感たっぷりの太麺、やわらかいチャーシュー3枚それにメンマと刻んだタマネギの見た目はシンプル系だが味は背脂も入って濃厚。筆者的には新潟で食べた「なおじろう」の方が良い。
店はJR御茶ノ水駅を降りてすぐの駅隣接地で確かここはその昔洋酒酒場だったところ。2階に上がってみれば一目瞭然、木製のテーブルと椅子のユニークな形状に見覚えが。時代は変転するのだ。 JR御茶ノ水駅は只今工事中で2020年には新しく生まれ変わる予定とか。
JR御茶ノ水駅新潟ラーメン『なおじ』1.スープ★★2.麺★★☆3.トッピング★★4.接客・雰囲気★☆☆5.価格★★

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超人の面白ラーメン紀行 236 神田神保町『蘭州拉麺 馬子禄 牛肉面』

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中国甘粛省蘭州市(古くはシルクロードの要衝でイスラム系住民が多いところ)の蘭州拉麺日本第1号店が8月22日に神田神保町の老舗鞄屋『レオ マカラズヤ』の隣にオープンした。前から行列ができていて気になっていたラーメン店だが、正直言って中国系と少し敬遠していた。2日前に仕事関係で親しくしている部長さんが、筆者に神保町を歩いていたら行列のできている中国系のラーメン店ができたと少し驚いた様子で話してくれた。それで翌日の昼に思いきって並んで食べたのだ。
店一押しの牛肉面(880円)を注文、しばらくして供された色鮮やかなラーメンは見た目はグー(写真面左上)。面白かったのは麺が細麺、平面、三角麺から選択でき、しかもトッピングのラー油やパクチーの量も好みに応じて注文できるのだ。蘭州拉麺には大原則があるらしく、1.清 澄んだスープ 2.白 薄い大根 3.紅 ラー油で辛さを 4.緑 パクチーやニラの野菜系 5.黄 手作り麺の食感が基本で、牛骨スープに10種類のスパイスをまぜた薬膳風味(ハーブ系のコリアンダー)が特長だ。店の人にスープの出汁について訊ねると牛骨であとはいろいろとブレンドしているとのこと。確かに選択した細麺はイケるが、スープの薬膳風味が少し慣れるまで時間がかかりそう。トッピングのラー油は少なめでパクチーなしにしたのが幸いしたのか、散りばめられたニラの味を引き出していた。日本のラーメンのようには行かなかったが、味的には薬膳風味をモノにすれば良いかも。しかし、この薬膳風味が問題だ。好みが分かれるところだろう。筆者的にはこの味はイマイチ苦手。だから結局のところ蘭州拉麺は美味に近いが微妙。麺を少し残して中国蘭州拉麺の初挑戦は終わった。40人位入る中国情緒の漂う店内にはやはり中国人やアジア系の人たちが多く、中国語が飛び交っていた。ちょっとした異国感も味わえるのだ。奥の方の厨房では麺作りのパフォーマンスも見れる。開店は11時、スープがなくなり次第閉店とか。宣伝はしていないのに逆に取材されたとは店の日本人の男性の話。
この店ができる前は何の店だったか。2017年の神保町古本屋地図一覧では『神保町茶房』と書いてあったが、洋書などを扱っていた『タトル商会』はここにあったはずだ。10年以上前には。調べたら今は救世軍ビルの4階にあるらしい。このところの古本の街神保町界隈は店の出入りが激しく元あった店を思い出すのに一苦労する。そして一つずつ古本屋が消えて、カレー屋、ラーメン屋などの食べ物屋が増え文化の香りが薄らいでいる。

神田神保町『蘭州拉麺 馬子禄牛肉面』1.スープ★★ 2.麺★★☆ 3.トッピング★★ 4.接客・雰囲気★★ 5.価格★★

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遠い記憶 ある死その7 長男Y男の少し早すぎた死

栄枯盛衰世のならわしとは含蓄に富んだ言葉だ。一地方の小企業が昭和20年代後半でピークを迎えるとそれ以降は次第に地方に進出して来た大企業に駆逐されて行く。かつてのK家もその例に漏れなかった。日本国が大きく変化し高度成長を遂げ始まるきっかけをつくった昭和39年の東京オリンピック、その時期から遡ること4、5年前だったか。半商半農のK家は当時両親と男4人女2人の6人兄弟姉妹の家族構成で、生活は決して楽ではなく子どもたちは家業の手伝いを余儀なくされていた。春夏秋冬ほとんど休みのない子どもたちの家業の手伝いは、ある意味ではかけがいのない労働力を提供して家計を助けたはずだが、それでも家計は苦しく外に働きに出ざる得ない状況もあったのだ。遠い記憶はその家族の犠牲者となった一人の人物を否応なしに引き出す。シリアス映画のワンシーンそのもの。その人物こそ3日前に急死した長男Y男である。
ある夜のこと、珍しくK家では深刻な家族会議が玄関を入ってすぐの六畳の居間で行われた。子どもたちの前で父が家業の窮状を告げ、それに対して二言三言言ってすすり泣く母がいた。奥の納戸の前に座っていた長男に父がT屋に働きに出てくれと告げた。それが長男Y男とっての出稼ぎの始まりだった。要は長男故稼ぎの糧にされたのである。
家業がうまく行っている間長男長女は大事に扱われたが、せいぜい7、8才止まりだった。長女N子ともどものんびりした性格で育ちの良さも伺えるほどだ。その頃K家の洒落た薄黄色の小さな工場の裏には何本もの無花果の木と桐木があって、小学生だった丸坊主で制服を着た長男Y男がその無花果の木に登っておどけて見せた。無花果の木の下には笊に一杯の取り立ての無花果があった。弟たちに自慢したかったのかもー。それは家族の古いアルバムの一ページにモノクロの写真で収められていたが、はて、古い家が放火で焼失(そう、K男は実家が焼失し新築した時期は、青春時代のど真ん中でアルバイト三昧の日々。正直言って経済的にも全く余裕がなかった。だから実家の放火→新築の過程は分からず。しかし、家計を支えていたのは長男Y男夫婦だったのである)してからは、今実家を継いでいる末弟M男が持っているのか定かではない。かつてK家で働いていたH女史が撮ったものか、今となってはそれこそ遠い消えかえそうな記憶だ。そういう楽しい日々もあったのだ。それから何年か経って家業が傾き、前に書いたように長男の出稼ぎが始まったのである。
Here's an eldest brother in family history.
記憶はさらに違った局面も抉り出す。こんなこともあった。一つは何かの調子で父の逆鱗に触れ、長男Y男が当時家業で使っていた大きな冷蔵庫に小一時間閉じ込められたこと、また、地元の夕刊紙にも写真入りで掲載された台風余波中洲置き去り事件は、小さな集落の大事件で今もって語り草となっている。長男Y男の母が亡くなったあとすぐ彼の家に焼香に来てくれた友人の一人に、彼の叔父がその当時のことを尋ねていたので、やはり伝説化していて関係者の脳裏に焼き付いていたのだ。夏のある日、台風が近づいているにも拘わらず近所の同級生何人かとN川で水遊びをしている最中に、台風の影響で急にN川の水かさが増して流され、中洲に漂着したものの引き返しができず置き去りにされてしまった。通報を受けた消防隊員が助けに出て一命をとりとめたという、誠に人騒がせな出来事だった。それは今たがらこそ笑える話だが一歩間違えば命を落としかねない非常事態だ。幼少期の苦い思い出だろう。
長男Y男はその後仕事を替えてサラリーマンになった。ある時期から請われて叔母夫妻の青果店の店長として働き独立、すでに結婚していて夫婦ではじめた青果店だったが、Y男はその事業をU駅近くのショッピングセンターの中でしばらく続けたが、立地が悪いのか客足が今一でうまくいかなかった。それと自分たちではじめた青果店だが以前に働いていた青果会社の叔母たちが役員に入り、まだ事業が利益を十分に出させずにいる段階でそれなりの報酬を払っていたことも経営を圧迫していたのかも知れない。これはK男が長男Y男から実際に聞いた話で、今だから書けるが、叔母にはこの役員報酬の話は内緒にと口止めされていたのだ。長男Y男にも遠慮があったのだ。そこはビジネスと割り切って事業が軌道に乗るまで凍結してもらっても良さそうに思うが、見栄というか独立するときの条件か何か柵があったのか、門外漢のK男には分からないままだ。それはどうだろう、K男が想像するにビジネスの基本で最も重要なことだが、計画的な事業遂行が見通せなければ撤退も仕方なしの大原則の決断を踏襲することなのだが、これができなくずるずるとさらなる悪化を招いてしまったのだと想像する。経営悪化の泥沼化だ。確かにどのタイミングで決断を下すかがなかなか難しいことなのだが。会社経営している人たちが攻めの営業展開するより守りを固めることがもっと難しいかよく知っていると思うのだ。長男Y男はこのビジネスの総合的判断からして見通しの甘さを露呈した形だ。時すでに遅しー。生前Y男の叔母がどういうつもりで言ったか知らないが、K男に「Y店長は計画性がないね」と言っていたことを思い出す。若い頃から一家の長として自分のやりたいことがままならないジレンマと闘ううちに(それは経済的な理由で満足に上級学校に進学できなかった無念さもあったことは容易に想像がつく)、自然と「仕方がない、今日を生きさえすればいい」という刹那的な見方や諦観や無常観が芽生えていたのだろう。さらに長男Y男が母から子どもが授からないことを咎めらたとK男に話していたこともあった。そのことも長男Y男の諦観や無常観を助長したものと思われるのだ。優しい繊細な男の心情を慮る配慮がK家には不足していたのかも知れない。今でいう家族のコミュニケーション力が足りなかったのだ。家父長制が多分に残っていて長男長女の両親にもそれなりの重荷に耐えた歴史があったからこそ、母の言葉も自然と出てきたことなのかも知れない。跡継ぎ問題はどこの家庭でも重要なテーマだ。K男が思うに、そこには母の表面的な取り繕った構えた仕草ではない、もう一つの子どもに対する深い愛情に支えられた仕草があってしかるべきだった。母にその感情があったなら長男K男のその後の生き方も柔らかな肯定的な人生を歩んだはずだ。かつて帰省したときなど送迎の車の中で、家督を譲ってもいいと言っていたのを思い出す。それは諸事情が重なって嫌になっていた時期だったかも知れない。これも遠い記憶、消えかけた記憶の一つだ。そして長男Y男は青果店つながりで運送屋に。それから細君と惣菜店を営み、その商売が上向き出した時期に病に倒れた。心身ともどもボロボロだったかも知れない。70才の生涯だった。少し早すぎた死だ。せめて人生の帳尻が合う時期まで生きて欲しかった。あと10年はー。さぞ無念さが残る一生だったとは本人が一番知っていたかも知れない。酒、タバコそして競輪のギャンブルもやった。あまりにもあまりにも人間的であった。波乱万丈ともいえる長男Y男に長年連れ添った細君T女史には大感謝だろう。苦労が絶えなかったはずだが明るく振る舞ってくれた。
K男は小さいときから長男N男とは何となく少し距離をおいていた。とことん話し合ったことは一度もなかった。多分相互に干渉されたくない関係を保ちたかったのだろう。しかし、彼の人生を他山の石としたい。そして、作家梅崎春生の言葉を贈ろう。「人生 幻化(げんけ)に似たり」。ありがとう。Y男兄さん。さようなら。安らかにお休みください。合掌。
(2017年10月9日 記 10月10日修正)

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今年のノーベル文学賞は英国の日系作家カズオ・イシグロ氏に

今年のノーベル文学賞は英国の日系作家カズオ・イシグロ氏が受賞。受賞理由の英文は次のようだ。
“Who, in novel of great emotional force, has uncovered of the abyss beneath our ilusory sense of connection with world.”「世界と私たちがつながるという幻想の下、暗い深淵を感情豊かな力のある作品で明らかにした」としている。残念ながら今年も村上春樹氏の受賞は見送られた。下記はスウェーデンの小さな新聞『8 sidor』(5 oktober 2017 )から。

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Författaren Kazuo Ishiguro
får Nobelpriset i litteratur.
Han är född i Japan
men bor i Storbritannien
sedan många år.

62-åriga Kazuo Ishiguro
har skrivit många böcker.
Några av de mest kända är
Återstoden av dagen(『日の名残り』),
Begravd jätte (『忘れられた巨人』)och
Den otröstade(『充たされざる者』).

Många säger att han
skriver böcker som är
ganska lätta att läsa.

Den som inte orkar läsa
honom kan se filmen
Återstoden av dagen
som är gjord på hans bok.

Dela på internet.

ノーベル文学賞受賞の詳細はこちらへアクセスされたい。ノーベル賞委員会公式ホームページhttps://www.nobelprize.org/

追記 NHKが2年前に放送した、カズオ・イシグロ氏講演の「文学白熱教室」の再放送を視た。更に再度ユーチューブでも視聴。フィクションを書きたいのは、ただ単に情報を伝えるのではなく、感情を分かち合いたいからだと語っていた。マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の読書体験を通じながら、「記憶」についても語っていたが、筆者もこの「記憶」の思い入れについては興味津々だ。作家が自分の作品について語ることにはある種のワクワク感がある。ここで一つ重要な発見があった。自分は日系作家で日本や日本人を想像の産物として書いてきたが、ヨーロッパやアメリカの読者は作家の意向とは違って、日本や日本人の特殊性を興味深げに読んでいることに気づき、普遍的なテーマに迫ろうと英国の執事を扱った『日の名残り』を書いたと執筆の経緯を語った(結果、この作品で成功をおさめ、映画化もされ、英国の作家としての地位を不動なものに)。合点が行くような発言だ。
また、別なところでカズオ・イシグロ氏は、翻訳しやすいようにできるだけ平易な英語で書くことを心掛けていると語っていた。さすが英国のベストセラー作家は、世界中の人とたちに自分の作品を一人でも多く読んでもらいたいとの思いが強いようだ。社会や政治的な関心も大な作家だ。
仕事帰りに東京駅近くにある大書店の洋書コーナーに寄ってKazuo Ishiguroの本を探したが品切れだった!TBSはドラマ『私を離さないで』を再放送すると発表した。(2017.10.15 )

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超人の面白読書 129 木村 誠著『大学大倒産時代』 8

さて、そろそろノーベル賞が発表される時期だが、日本のノーベル賞受賞の科学者が異口同音に話しているのは、このまま行けば日本はノーベル賞受賞者ゼロがずっと続くと嘆いている。なぜなら、科学の基礎研究にかける研究費があまりにも少なすぎるからだそうだ。一方、防衛費や防衛省の科研費がハネ上がっている現状をどうみるか。教育や研究にもっともっと予算を投入すべきだ。また、新自由主義の副産物で格差が広がり、経済的理由でまともに大学に行けない人も増えている。こちらも小手先だけではない手厚い救済制度が必要だろう。でないとアメリカみたいに大学は卒業したはいいが、奨学金返済で苦しむ羽目に陥ってしまいかねない。
本書の主眼は、様変わりしている大学の姿を追って、これから大学生になる人たちに確かなナビを提供することである。今大学は国公私立と問わず生き延びるのに必死だ。だからこそユニークな学部や学科が出来つつあるが、その中には理解に苦しむものも散見される。キーワードは“共創”とか。この際大学とはどんなところか再考してみてはどうだろう。専門学校に益々近づいた格好のような気が筆者にはするがー。それと統轄する文科省にも制度設計などに問題がある。アメとムチの使い分けが容赦ない。大学は企業と性格が違う。すべて目に見える成果主義で良いのか、要は質のいい人材育成と社会貢献ができる高水準の学問だろうか。そのためには時間がかかる。目先を追うだけではなく、長い地道な道程が必要だろう。グローバル、グローバル、いや、グローカリズム、英語がすべてではないので品のある母国語もしっかり大学で身につけてほしいものだ。仕事柄日本の大学を長らく訪ねた者の一人として、大学は強かに生き延びてほしい。
これでこの著者のものは『危ない私立大学 残る私立大学』に続き2冊目、手軽な新書版で読みやすかった。

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