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2017年7月

超人の面白読書 128 雑誌『うえいぶ』第50号 終刊号(2017年3月31日発行) 3

そんな中、米倉明氏の「押し付け憲法論」無用論を読んだ。現憲法が世界に稀な平和憲法で、それは先の世界第二次世界大戦で最後には原爆を投下され敗戦した反省から、二度と戦争をしないと誓った新生日本の姿勢を謳ったものだ。GHQに押し付けられてできたものではなく、現平和憲法草案は当時の関係者がマッカーサー他GHQの関係者と何度も協議してできたことは歴史的事実だろう。
米倉明氏の「押し付け憲法論」無用論は、短いエッセイながら論点を整理、問題点を浮き彫りにして「押し付け憲法論」を一蹴している。お見事という他ない。

このエッセイの最後に次のように書いている。
「・・・改憲を唱えるのに押し付け憲法論などは不要(かつ押し付け憲法論の論者にとって有害)であって、押し付け憲法論をきれいに棄て去り、端的に70年を超えた現憲法にはあちこち不備が目立つようになったので、この際改憲しようと呼びかければ足りる。そして、広く国民の意見を徴して改憲の是非を問えばよい」全く同感だ。
矢吹道徳氏の樋口陽一・米倉明両先生との出会いについて②は、著名な民法学者・米倉明氏のそのユニークな生い立ちにも触れながら、レスペクトをもって接した米倉明氏・樋口陽一氏(樋口陽一氏のエッセイは確かこの雑誌の前の号で読んだ)の出会いといわきでの(米倉明氏は小学中学時代を当時の平市、現いわき市で過ごした)交遊を活写している。
と書いてこの項を終えようとしたが、どうも出だしの1989年(昭和64)年『世界』2月号に掲載された「Z先生への手紙ー一市民の野暮な問い」が気になり、その掲載誌を探した。現物にあたってみようと考えて神保町の古本屋山陽堂へ。この古本屋は岩波書店ものを扱っているところで、ここならあるはずと目をつけて入ったのだが、雑誌のバックナンバーは売りものにならず置いていないと店主、ついでに岩波書店の本はどうかと筆者が尋ねると売れなくて困っているとの返事。硬派の本が売れなくなっているのだ。そう言えば、岩波書店のものを扱っていた新刊本の書店『岩波ブックセンター 信山社』も去年の11月に倒産している。結局地元の中央図書館から借りて読んだ。少し横道に逸れたので話を元に戻そう。昭和64年2月号の『世界』は歴史とは何かという特集を組んでいた。目次を見ると、井出孫六、江口圭一、中村政則、中村雄二郎、澤地久枝、弓削逹、鶴見俊輔、D・ラミス、奥村宏、内橋克人、鎌田慧、宇沢弘文、隅谷三喜男、粉川哲夫、辻邦生、藤本義一、M・ピーターセン、田辺聖子、野間宏、立松和平、津村節子などそうそうたる執筆者が顔を揃えている。当時は昭和天皇の崩御で自粛ムードが漂っていて暗い感じだったことを筆者もよく覚えている。「Z先生への手紙」は83頁から92頁、9頁にわたって綴られていた。天皇制の議論について一民法学者からの手紙形式による所見を分かりやすく述べたもの。天皇制など不要と。論理立てて手短に書いている。それは「押し付け憲法論」無用論にも通じるものだった―。

1989年(昭和64)年『世界』2月号に掲載された「Z先生への手紙ー一市民の野暮な問い」を読むはこちら→「yonekura_z_sensei.pdf」をダウンロード

(続く)

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超人の面白読書 128 雑誌『うえいぶ』第50号 終刊号(2017年3月31日発行) 2

今安倍政権は自ら墓穴を掘った格好で支持率が急落、政権維持が困難な状況に来ている。この政権の目玉の一つが戦後レジュームからの脱却で現憲法を改正して新しい憲法をつくることなのだが、数の論理に任せて強硬採決した安保法制やテロ等準備罪法(共謀罪法)など戦前回帰と思わざるを得ない国民にとっては極めて危ない法案を可決して来たのだ。そこには国民目線がほとんど感じられない安倍首相自らのパフォーマンスのオンパレードで政治言語が独り歩きしている。

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超人の面白読書 128 雑誌『うえいぶ』第50号 終刊号(2017年3月31日発行)

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友人S氏からいわきの総合文化誌『うえいぶ』が届いた。終刊号に相応しく刺激的な記事が多い。地方創世といいながらこういった文化の香りたっぷりの雑誌が退場してしまうのが惜しい。創刊から29年、50号を出して終刊、一定の役割を果たしたのかも。筆者は時々S氏から贈られてくる号に目を通していたに過ぎなかったけれども―。紙面には『洟をたらした神』で有名な吉野せいに因んだ第39回吉野せい賞も発表されている。特に前半の3本の記事は秀逸までは行かないまでも結構読ませた。冒頭は草野心平記念館での詩人荒川洋治氏の講演「詩を知るよろこび」、続いて米倉明氏の「押し付け憲法論」無用論、樋口陽一・米倉明先生との出会いについて②そして草野心平の家系を追った力作、関内幸介の「夏井川のほとりにてー本郷界隈のことどもー」が並んでいる。講演記録とエッセイの類いだ。
荒川洋治氏の講演では面白い提案も。灘中学校の橋本武先生が中勘助の『銀の匙』をテキストで使い独自の奥の深い授業をしたように、吉野せいの『洟をたらした神』をテキストで使ったらどうかと。昭和期の農村の風景が読み取れる好テキストで一冊を一年間読み続けることを提案しているが、これは筆者も同感で、草野心平記念館主催でいわき駅近くで記念館サテライトを設けて開講したらいい。その際に小学生、中学生、高校生それに一般人向け広く開放することだ。「日本一不便で日本一の文学館」といわれている草野心平記念館(筆者的には日本一不便なことは分かるが、日本一の文学館かは分からないが。それはともかくとして友人S氏が配布した退職挨拶文の中に、この館を創設したことが自分の大きな実績の一つだと書いていたことを思い出した)をより身近な存在にしていくには関係者の柔軟な発想と気概が不可欠だろう。心平さん号とか名付けて専用の観光バス(横浜の港を走る「赤い靴号」などを参考にして)をループ形式で走らせるとか。いわき市は面積が広いからコストなど考えないといけないが、ボランティアのガイド付で吉野せい・三野混沌の菊竹山(その前に川中子の猪狩満直の生家も見学)→草野心平記念館→草野心平実家公園→天田愚庵・松ヶ岡公園→いわき市立美術館などを巡るコースを考えても良いではないか。コストは寄付金などで賄うとか。道中は草野心平の詩を読んだり、郷土の文学者に因んだクイズを出したりと楽しだらいい。
荒川洋治氏が言われているように、日本でたぐいまれな豊かな文学、特に詩歌文学が栄えた地域として語り継ぐ必要があるのかも。(続く)

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超人の書評紹介 2017年7月9日(日)新潟日報読書欄 にいがたの一冊 加藤孝男、 太田昌孝著『詩人 西脇順三郎 その生涯と作品』

『新潟日報』2017年7月9日(日)読書欄に澤正宏氏による、加藤孝男、太田昌孝著『詩人 西脇順三郎 その生涯と作品』が掲載された。西脇順三郎研究の第一人者による書評は、「詩の基層にある絶対的な現実を追体験するところから記された貴重な著作である」と本書の性格を述べたあと、「西脇順三郎の従兄が記した『西脇義一郎日記』への太田昌孝氏の言及は特記すべきである」、また、加藤孝男氏のイギリス留学時代の追跡は、新事実を調査しての圧巻で新鮮と論評した。
澤正宏氏の書評全文は下記の通り。

郷愁の表現 足跡たどり追及

この度刊行された本書は、日本の現代詩のパイオニア(開拓者)の筆頭にあげられる詩人・西脇順三郎(1894~1982年)を紹介、解説する一冊である。
1920年代中頃よりスタートした日本の現代詩をリードしていった詩人だけに、順三郎の詩は難解であり、現時点でノーベル賞候補者に8回も推薦されていたことが分かっているのだが、正式な受賞を逃した一因に詩の難解さがある。加藤孝男、太田昌孝両氏が共著の本書は、こうした順三郎の「詩の基層にある絶対的な現実を追体験する」(あとがき)ところから記された貴重な著作である。
確かに、小千谷が生んだこの偉大な詩人については、詩や詩論が紹介されることに比べれば、「詩の基層」、つまり、順三郎の生活体験から詩を読んでみるという試みは少なかった。本書の最大の特色は、長期にわたって小千谷に深く関わり、とくに小千谷市民でもあった1年間の経験を生かしながら、太田氏が西脇家一門を含めた、順三郎の幼少期を掘り起こしている部分、また、戦後から晩年にかけての郷里・小千谷に対する味わい深い郷愁の表現を紹介している部分などである。ことに順三郎の従兄が記した「西脇義一郎日記」への言及などは特筆すべきであろう。
加藤氏の順三郎の足跡やその詩への探求心も見事な成果を展開している。とりわけ、往路を含めた順三郎のイギリス留学時代の足跡は、新事実を調査しての圧巻で、順三郎の旅路やロンドンでの生活実感が伝わってくる手応えがある。エジプトでのピラミッド見学の検証、ロンドンで下船した埠頭の確定、マージョリ・ビットルとの出会いから恋愛、結婚、彼女を伴っての帰国などの記述は、知られざる事実の満載でとても新鮮である。
本書は「新潟日報」紙に「聖地をたずねて」と題して1年半にわたり連載した記事をまとめたものである。この一冊をあらためて読み返してみると、書物の基本的な骨格として、太田氏の民俗学を重視した小千谷からの視点と、加藤氏の当時のヨーロッパ社会、文学動向をふまえてのロンドンからの視点とが見事に対をなして、順三郎の郷里・小千谷とそこへの郷愁という詩の表現とに向かっていることに気づかされる。
詩人・西脇順三郎をより深く知ることのできる一冊が、順三郎に関する書架に加わったことを喜びたい。

全文を書き写してみて澤正宏氏の批評の確かさを思った。

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超人のドキッとする絵画 31 東京都美術館 ボイマンス美術館所蔵「バベルの搭」展

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 【東京都美術館の案内チラシの
 「バベルの搭」】
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【東京都美術館入口付近の案内ポス
ターの「バベルの搭」】
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【入口の大友克洋の「Inside Babel」】
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   【出口の「バベルの搭」】
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【上野構内の『たいめいけん』。海老
オムライス+チラシ「バベルの搭」】

ジョージ・オーウェルの『1984』をやっと読み終えた。ディストピア小説の最高傑作。新訳もこなれていて読みやすい。限りなく「現代」を映し出していてそら恐ろしい。この想像力・創造力!恐らく著者の経験が背景にあることは容易に想像がつく。でないとこれだけの小説は書けない。トーマス・ピンチョンの解説もまたよく読み込んでて的確、素晴らしい。今度は念願のジョージ・スタイナーの『After Babel』に原著と翻訳書でチャレンジしたい。この原著の見返しにはこの本の内容を象徴的に表している「バベルの搭」の絵が挿入されている。原著は複数の言語で書かれていてかなり根気のいる読書となるはず。翻訳は原著が出て35年後に刊行された([上]が1997年、「下」が2009年に刊行)。まさしく言語と翻訳の問題を扱っている。 その前に気になっていた展覧会に出向いた。

東京都美術館特別席展
ボイマンス美術館所蔵
ブリューゲル「バベルの搭」

16世紀ネーデルラントの至宝ーボスを越えてー
オランダのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館のコレクションから、ピーテル・ブリューゲル1世の「バベルの搭」(旧約聖書の「創世記」にある伝説の搭。天まで届く高い搭を築こうとするも、同じ言葉を話す民だからこんなことをすると言葉を通じなくし搭の建設を途中で打ち切ってしまう。神の逆鱗に触れた話。傲慢さと愚かさの戒め)と奇想の巨匠ヒエロニムス・ボスの作品を中心に、絵画、彫刻、版画など16世紀ネーデルラント美術のコレクション約90点を展示紹介。(参照: 東京都美術館CALENDAR 2017[平成29].4→2018[平成30].3)

16世紀北ヨーロッパのオランダ絵画の世界に。
「aera_mook_2017.4.20刊ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展公式ガイドP.78-P.79).pdf」をダウンロード
少し薄暗い世界、幻想、怪奇、寓話の世界へ。教会関係者の彫刻から始まり、肖像画などホラント地方の美術、ボスの絵

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【ボス: 浮浪者(行商人)  よく観察すると面白い】
や版画などを観て歩き、奇想の世界に

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【ブリューゲル: 大きな魚が小さな魚を食う。
当時の体制批判、寓意画】

少し引き込まれたあと(何故か横須賀美術館て開催された「澁澤龍彦展」を思い出した)、ピーテル・ブリューゲル1世の[バベルの搭]を観賞。その絵の何とも言えない造形美、人々の表情など描写の緻密なこと、それに色彩の冴え、一つ一つ観ていても飽きず、これが16世紀中期のものかと驚くばかり。筆者的には褐色の搭に不穏な雲、それはニューヨークの世界貿易センタービルに飛行機が突撃してビルが崩壊し多数の犠牲者を出した大惨劇、あの16年前の9.11同時多発テロのシーンを思い起こした。しかし、この絵の前には人だかりができていて、じっくり観賞している暇はなく係員の誘導するまま歩を進めざるをえなかったのが残念。特に出口付近のミュージアムショップでは買い物客でレジは長蛇の列、いやはや凄いことになっていた。これでは“建設中”の「バベルの搭」も崩れそうな気配(笑)。それで急いで東京都美術館を出て、JR駅構内の『たいめいけん』で食事をしたのだが、驚くなかれここのメニューに“バベルの搭カレー”なるものがあったのだ。ファミリーで食事のテーブルにはそのバベルの搭カレーが供されていた。搭は黄色みがかっていてきもち高かった。老舗の洋食屋はあやかりメニューまで作ってしまったー。

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