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超人の面白読書 128 雑誌『うえいぶ』第50号 終刊号(2017年3月31日発行) 3

そんな中、米倉明氏の「押し付け憲法論」無用論を読んだ。現憲法が世界に稀な平和憲法で、それは先の世界第二次世界大戦で最後には原爆を投下され敗戦した反省から、二度と戦争をしないと誓った新生日本の姿勢を謳ったものだ。GHQに押し付けられてできたものではなく、現平和憲法草案は当時の関係者がマッカーサー他GHQの関係者と何度も協議してできたことは歴史的事実だろう。
米倉明氏の「押し付け憲法論」無用論は、短いエッセイながら論点を整理、問題点を浮き彫りにして「押し付け憲法論」を一蹴している。お見事という他ない。

このエッセイの最後に次のように書いている。
「・・・改憲を唱えるのに押し付け憲法論などは不要(かつ押し付け憲法論の論者にとって有害)であって、押し付け憲法論をきれいに棄て去り、端的に70年を超えた現憲法にはあちこち不備が目立つようになったので、この際改憲しようと呼びかければ足りる。そして、広く国民の意見を徴して改憲の是非を問えばよい」全く同感だ。
矢吹道徳氏の樋口陽一・米倉明両先生との出会いについて②は、著名な民法学者・米倉明氏のそのユニークな生い立ちにも触れながら、レスペクトをもって接した米倉明氏・樋口陽一氏(樋口陽一氏のエッセイは確かこの雑誌の前の号で読んだ)の出会いといわきでの(米倉明氏は小学中学時代を当時の平市、現いわき市で過ごした)交遊を活写している。
と書いてこの項を終えようとしたが、どうも出だしの1989年(昭和64)年『世界』2月号に掲載された「Z先生への手紙ー一市民の野暮な問い」が気になり、その掲載誌を探した。現物にあたってみようと考えて神保町の古本屋山陽堂へ。この古本屋は岩波書店ものを扱っているところで、ここならあるはずと目をつけて入ったのだが、雑誌のバックナンバーは売りものにならず置いていないと店主、ついでに岩波書店の本はどうかと筆者が尋ねると売れなくて困っているとの返事。硬派の本が売れなくなっているのだ。そう言えば、岩波書店のものを扱っていた新刊本の書店『岩波ブックセンター 信山社』も去年の11月に倒産している。結局地元の中央図書館から借りて読んだ。少し横道に逸れたので話を元に戻そう。昭和64年2月号の『世界』は歴史とは何かという特集を組んでいた。目次を見ると、井出孫六、江口圭一、中村政則、中村雄二郎、澤地久枝、弓削逹、鶴見俊輔、D・ラミス、奥村宏、内橋克人、鎌田慧、宇沢弘文、隅谷三喜男、粉川哲夫、辻邦生、藤本義一、M・ピーターセン、田辺聖子、野間宏、立松和平、津村節子などそうそうたる執筆者が顔を揃えている。当時は昭和天皇の崩御で自粛ムードが漂っていて暗い感じだったことを筆者もよく覚えている。「Z先生への手紙」は83頁から92頁、9頁にわたって綴られていた。天皇制の議論について一民法学者からの手紙形式による所見を分かりやすく述べたもの。天皇制など不要と。論理立てて手短に書いている。それは「押し付け憲法論」無用論にも通じるものだった―。

1989年(昭和64)年『世界』2月号に掲載された「Z先生への手紙ー一市民の野暮な問い」を読むはこちら→「yonekura_z_sensei.pdf」をダウンロード

(続く)

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