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明治大学アカデミーホール「大岡信さんを送る会」

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2017年4月5日、86歳で永眠された詩人・評論家の大岡信さんを送る会に急遽駆けつけて献花させて頂いた。和服姿の写真は柔和そのもの。優しい人柄が偲ばれた。仕事帰りで会も終わり近く、間に合って良かった。一礼をしたかったのだ。また、Yさんにもお目にかかれたらとも・・・。


春のために


砂浜にまどろむ春を掘り起こし
おまえはそれで髪を飾る おまえは笑う
波紋のように空に散る笑いの泡立ち
海は静かに草色の陽を温めている

おまえの手をぼくの手に
おまえのつぶてをぼくの空に ああ
今日の空の底を流れる花びらの影

ぼくらの腕に萌え出る新芽
ぼくらの視野の中心に

しぶきをあげて廻転する金の太陽
ぼくら 湖であり樹木であり
芝生の上の木洩れ日であり
木洩れ日のおどるおまえの段丘である
ぼくら

新らしい風の中でドアが開かれ
緑の影とぼくらとを呼ぶ夥しい手
道は柔らかい地の肌の上になまなましく
泉の中でおまえの腕は輝いている
そしてぼくらの睫毛の下には陽を浴びて
静かに成熟しはじめる
海と果実

ー『大岡信の詩 16』(配布された小冊子)から

雑誌『現代詩手帖』6月号の大岡信特集号を少し目を通した限りでは、大岡玲の“師匠”の話や北川透の“シュルレアリスム、オートマチスム”のエッセイが良かった。いやいや、高橋睦郎さんの大岡信さんと飯島耕一さんとは仲が悪かった話も面白かった。前述した北川透のエッセイに、大岡信は理詰め、他方、飯島耕一は奇抜なアイデアと飛躍する連想を得意とすると二人の違いを浮き彫りにしていた。

追記 今朝のNHKニュースを観ていたら、昨夜の大岡信さんをしのぶ会の模様が放送されていた。長年の詩の仲間で友人の谷川俊太郎さんのお別れの挨拶、女優の白石加代子さんの
「水底吹笛」の朗読があったようだ。筆者は遅く行ったので聴けなかったが。

追記2 大岡信さんについては凝った詩集を出していたYさんからよく聞いていた。また、朝食はスパゲッティで、電車内では片足立ちなどしてバランス感覚を磨いていた。彼のエッセイか何かで読んで記憶に残っている。また、詩人の渋沢孝輔氏が亡くなった時の新聞の死亡欄か追悼文に、大岡信さんが詩人渋沢孝輔の性格の問題でえらく苦労したと書いていたことを思い出した。確か墓をどうするか云々の話だったと思う。面倒見の良い人だったのだ。

追記3 雑誌『現代詩手帖』6月号の大岡信特集号で大岡信さんと谷川俊太郎さんの違いを書いていた人がいて、そのさりげない言辞は示唆的だ。

三浦 大岡信と谷川俊太郎は対になって、片一方は批評家で片一方は詩人だと思っていたのが、大岡さんのが感覚派で、俊太郎さんのほうが理論派だということです。谷川俊太郎のほうがよっぽど理屈っぽくて哲学者っぽい。谷川徹三さん以上だと。―中村稔 菅野昭正 三浦雅士の鼎談「大岡信、詩的出発の頃から」  

谷川はやさしい言葉で、難かしいことを伝えますが、大岡さんを思うと、難かしい言葉をつらねて、その言いたいことを言います。―湯浅譲二「大岡信の死」
【写真: 筆者撮影】

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