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詩「日常」

日常

頑なに生きることは
日常を渡り歩くこと

誰にでもない
誰かのものでもない

認識をも押しやって
ひとつのものへ収斂してゆくこと

明日はと準備する
誰もが
一人生きることを
(おお それこそ黄金の搭)

望みながら
明日という日常をたずさえても
ぶらつけずに籠るのだ

頑なに生きることは
仔細な日常を歩行すること

おまえにでもない
おまえらのものでもない

みんな誰もが
言葉を
言と葉に分解しては
もとに戻らぬ不快さに

嘆き
或いは 悲しいという
或いは 淋しいという

何だか動物たちの声に響く

季節は春を告げるというのに
白々した日常の
大きな倦怠の欠伸
だが 動物たちの声は
不協和音などという
高尚なメロディーを轟かせはしない
太い低音の合唱で
始まり終わる

頑なに生きるとは
日常を
何でもない日常を
掘り起こす生の修羅場

ハンマーをふりあげ
血と汗に沁みながら
頭蓋骨と肉体とを活き活きと

そうして
全行程を日常に費やすことだ


この4月に起きた熊本大地震、かけがえのない日常がふっ飛び、一変して過酷な惨い日常が立ちはだかっている。私たちにはたくさんの覚悟がいる・・・。熊本出身の政治学者姜尚中氏や医師で日本医科大学特任教授海原純子氏の最近の記事に触発されて「日常」という詩を想い出した━。

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