« 超人の面白読書 119 西脇順三郎に関する記事を読む | トップページ | クロカル超人が行く 187  『金門飯店』一瞥 »

超人の面白読書 119 西脇順三郎に関する記事を読む 続

・『國文学―解釈と教材の研究―』 昭和54年9月号 學燈社
現代詩をどう読むか
現代詩を読む 表現に即して 西脇順三郎「眼」 千葉宣一(帯広畜産大学教授)

白い波が頭へとびかかってくる7月に
南方の奇麗な町をすぎる。
静かな庭が旅人のために眠っている。
薔薇に砂に水
薔薇に霞む心
石に刻まれた髪
石に刻まれた音
石に刻まれた眼は永遠に開く。

ギリシャ的抒情詩の一編である、「眼」のモチーフや素材を照明し、解釈の許容範囲を限定する上で留意すべきは、最初に想定されいた詩集の題名が、Ambarvaliaではなく、『ヘレニカ』(『尺牘』5号、昭和8.・6、「椎ノ木社通信」に拠る)であり、次いで西脇に拠れば、『ヘリコン』であったという事実である。37年前の雑誌掲載記事。文章的には硬いが解釈が面白い。

・『英語青年』 1982年10月1日号 研究社 P.14〜P.17他
追悼文のなかで井筒俊彦が書いている。若いうちに自分を専門領域の枠に閉じこめ、その狭い世界のなかで小成を図ろうとする近代の学者一般の傾向に反抗して学問することの貴さとむずかしさとを、私は西脇先生に教えられた。この意味では、私はやはり西脇先生の忠実な弟子だったかも知れない。

Image_3


【写真 : 2015年12月(2日~18日)に開催された慶応大学文学部125年記念展示2 師弟のことば。語学の天才のふたり。西脇順三郎と井筒俊彦。ふたりともパイプを加えているのが印象的。今回の展示でふたりの個性的な筆跡を見ることができた】


池田満寿夫、会田綱雄、阿部良雄、岩崎春雄、海野厚志、大橋吉之輔、三神勲が寄稿。長文の『The Times』の追悼文も掲載されている。

・『朝日新聞』夕刊 1982年(昭和57年)6月7日
篠田一士による追悼記事。西脇順三郎を悼む 彼の眠りは静かな宝石である 我れ この朝 この海を歎ず
この記事についてはこのコラムですでに触れた。

・古典的な西脇順三郎の詩鑑賞本は、やはり文芸評論家伊藤信吉だろう。伊藤信吉は筆者の青春時代に毎日新聞夕刊で文芸時評を執筆していてよく読んだものだ。歯切れがいい文章だったように記憶している。
伊藤信吉著『現代詩の鑑賞  下巻』(新潮文庫   昭和29年)  西脇順三郎の項  P.377~P.400
西脇順三の『アムバリヴァリア』に言及して伊藤信吉は言う。(中略)知識や教養が、作品理解のために役立つことはいうまでもないのだけれども、これを逆に、もっと素朴な態度で読んでも差し支えないだろう。読んで感じたままの印象と、その感銘を享受すれば、それでひとまず事足りるわけである。(P.380) ※一部新漢字に改めた。

|

« 超人の面白読書 119 西脇順三郎に関する記事を読む | トップページ | クロカル超人が行く 187  『金門飯店』一瞥 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/77059/63005278

この記事へのトラックバック一覧です: 超人の面白読書 119 西脇順三郎に関する記事を読む 続:

« 超人の面白読書 119 西脇順三郎に関する記事を読む | トップページ | クロカル超人が行く 187  『金門飯店』一瞥 »